261 絶望

261 絶望


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〜透子〜

(二日目 PM6:23 E−8・漁協付近)

夕陽が遠く水平線へと溶け、宵月が薄ぼんやりと浮かび上がる。
その月の化生の如きなま白い少女が、集落から漁協詰所へと歩みを進めていた。
彼女は監察官・御陵透子。
楡の木広場にて検索網に掛かった勝沼紳一の有り得ぬ記録に違和感を覚え、
その理由を探るべく、彼の足跡を辿っている。

(わたしの直感も当てにならない)
(これ以上の追跡に意味なんてないかも)

ここまで追跡してきた紳一の記録は、透子の常識を揺さぶるに十分なものだった。
しかし、その彼が行ってきたことや今後行うと予想できることは、
ゲームの進行にはなんら影響はないと、透子は考えていた。

(それに…… この男はくだらなすぎる)
(―――頭痛い)

透子はうんざりした表情でため息をつく。
無表情・無感動で以って知られる透子からこれほどの反応を引き出すとは、
ある意味、紳一は快挙を達成したといえよう。

(それでもここまで来たのだし)
(漁協詰所での記録までは読んでおこう)

透子は歩きながら、拾い集めた紳一の記録を思い出す。




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〜紳一〜

(一日目 PM4:18 D-8地点・衣装小屋付近)

前後の記憶ははっきりしない。
気付けば俺は真人と一緒に走っていた。

磯で転倒したとき足元から広がった黄緑色のガスに包まれたこと。
それが記憶にある最後の情景。
おそらくあれは毒ガスで、俺は一旦そこで気絶したのだろう。
その時点から、集落の入り口までの記憶が欠落している。
まあいい。
詳細は腰を落ち着けてから真人に聞こう。

それにしても宙に浮いているかと思えるほど体が軽い。
心臓の痛みも息苦しさも無い。
逆に真人はかなり不調のようだ。
俺があいつのペースに合わせて速度を落とさなくてはならないのだから、
よほどあの毒ガスを吸い込んでしまったのだな。

《追ってくる気配は無いな。適当な民家に入ってお前の怪我を手当てをしよう》
「……」
《真人、聞こえないのか?》
「……」

返答はなく、真人の足も止まらない。
どうやら返事をする余裕もないらしい。
それとも、鼓膜がやられたのか?
俺は時折咳き込みながらやや後方を走っている真人に目線を送る。


その時、俺は初めて気づいた。
真人が小柄な男を背負っていることに。
ああ、なるほどな。
幾ら俺が絶好調とはいえ、走りでお前に先行するなんておかしな話だと思っていた。

しかし、なぜ背負っているんだ?
女を運ぶなら判るが、そんな男を助けてやる義理や余裕はないだろう。
それとも、俺の途切れた記憶の中のどこかで、
その男を助けなくてはならない事情が発生したのか?
必勝はちまきなぞを巻いている妖しげな男を助けねばならない事情が。
ん?
必勝はちまき……

!!

待て。
待て待て待て待て。
ソレは無い。
流石にソレは無いだろう。

見覚えのあるスーツだ。見覚えのあるパンツだ。見覚えのある革靴だ。
全てオーダーメイドだ。俺が身に着けているはずのものだ。
だからといって、そんな。
幾らなんでも、お前が背負っているソレが俺だなどと……
だとしたらお前の隣を走っている俺はなんなのだ!?
まるで俺は―――

《亡霊、みたいじゃないか》



どのくらい立ち尽くしていたのだろう。
気付けば真人を見失っていた。
俺はあいつを求めて手当たり次第に集落の家々を覗いて回った。

ドアノブに触れられないことが判ったとき「まさか」と思った。
扉を通り抜けられることが判ったとき「もしや」と思った。
そして横たわる自分の肉体を発見したとき―――
俺は「やはり」と思わざるを得なかった。

《ふ、ふははははははははははははははははは……》

笑うしかなかった。
あまりに惨めで滑稽な死に様だったから。
だってそうだろう?
俺はまだこの島でまだ一枚の処女膜すら破っていない!
あっちからもこっちからも処女の匂いが漂ってくるというのに!

ははっ…… つまりはそういうことか。
処女を犯すことなく絶命した俺の絶望が未練となり、
成仏できずに亡霊と化したのだな。

ならば為すべきは明白だ。
死してなお犯す。
少女を犯さなければ、死んでいる甲斐も無いというものだ。




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〜透子〜

つまり有り得ない記録とは死後の記録。
つまり辿るべき足跡とは亡霊の足跡。
その予想を超えるイレギュラーな存在のあり方は透子に衝撃を与えた。
しかし。

(くだらない)

透子は紳一の執着の源を思い出して思わずそう呟いた。

(でも、とても厄介)

透子は、亡霊そのものを見ることはできない。
感じることも話すことも出来ない。
なぜなら彼女が行使できる能力は、記録の検索/閲覧。
生者の残した思いを読み取るが如く、亡霊の発した思いを読み取ったに過ぎない。
例えば目の前に紳一の亡霊がいるとして、その存在に透子が気づくのは、
周辺の空間検索をして紳一の情報を拾った上で、その内容を読み解いて後となる。
故に分単位のタイムラグが発生してしまうのだ。
しかも、明確な位置は捉えられない。
それを指して透子は厄介だと判ずるのだ。

そしてまた、このゲームの全ての記録を司る椎名智機にも紳一は捉えられない。
集音マイクにも赤外線カメラにもサーモグラフィにも引っかかることは無い。
それは紳一が己が亡霊だと認識してから5分後に、
ほかならぬ智機自身の手によって証明されていた。




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〜紳一〜

かちゃり。ドアノブか静かに回転し、ゆっくりと玄関が開いた。

「こちらP−4。現在地、D-8地点・衣装小屋1F」

現れたのは白衣に身を包んだ眼鏡の少女だった。
ボリュームたっぷりの硬質な銀髪は寸分の狂い無く切り揃えられている。
一瞬、彼女と目が合ったように感じられて身じろぎしたが、
彼女は俺の存在に気づくことなく遺体のそばまで寄ってきた。
そうか。俺の姿は見えないのか。

「これより、ナンバー20:勝沼紳一の遺体検分と記録を開始する」

少女は白衣のポケットから取り出した医療器具を用いて遺体を調べ始めた。
独り言をぶつぶつと呟く様は、トランス状態に陥っているかのようだ。
俺はしばし彼女を観察することに決めた。
彼女の後頭部からは排気口のような2本の筒が出ている。
青い手袋を両腕に嵌めているのかと思っていたが、あれは自前の腕だ。
そして首筋と指先の関節部分を曲げたとき、僅かに走る亀裂のようなライン。

この少女、もしやロボットか?
―――まあいい。人か機械かの違いなど些細なこと。
問題は処女か非処女か。
この一点に尽きる。
俺はしゃがみ込んでいる彼女の正面にポジションを移し、
警戒心なく開かれた両膝の付け根に目を凝らす。
そこには金属の光沢を持った下着が装着されていた。

《貞操帯…… だとっ!?》


俺はあまりのショックに思わず声を上げてしまった。
気づかれたか!?
慌てて少女を見やるが、彼女は俺の焦りなどどこ吹く風で検分を続けている。
そうか。声も聞こえないのか。
真人からの返事がなかったのも、そういうことだったのか。

しかし…… 貞操帯か。それはいい。
すなわち導き出される真実は2つ。
1つ この少女ロボットはセックスが出来る。
2つ この少女ロボットは処女である。
ははは、これは洒落が効いている。
アイアンメイデンをファントムペニスでレイプとはな!

「それにしてもこの男、期待はずれもいいところだ。
 聖エクセレント女学院バスジャック事件の主犯という経歴から、
 もうすこし活躍してくれるものと思っていたのだが……」

検分を終えたらしい少女はまたぶつぶつと独り言。
俺ほどの男を前に随分勝手なことを言っているが、それがいい。
生意気な女を恥と苦痛と快感で堕とすことこそが至高の悦楽なのだから。

《ならば今こそ期待に応えよう!》

リビドー、装填完了。剛直、レディーセット。
俺は両腕を広げ、がばりと彼女を抱きすくめた!


  ―――すかっ。


俺をすり抜けたことに気づきもせず、少女ロボットは小屋を出て行った。

まあ、そうだろう。
姿が見えないしな。
声も聞こえないしな。
壁抜けができるしな。
触れることが出来ぬのも、また必然だ。

しかし、しかしだ!
少女を犯す為に亡霊となった俺だ。
例外的に少女くらい触れるはずだと思うだろう!
少なくとも剛直だけなら突っ込めると期待するだろう!

だというのに…… なんという……
なんという絶望!!
ただひたすら少女を犯す為だけに亡霊と化したというのに、
その本願を亡霊ゆえに成就できぬとは!!




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〜透子〜

(やっぱりくだらない)

透子は軽い眩暈を覚え、目を瞑る。

(くだらないけど……)
(この在り方は、未知)

透子思うところの「この在り方」とは、以下のようなものを指す。
 ・思考する
 ・移動する
 ・感情がある
 ・性欲がある
 ・陰茎が勃起する
それらは透子の知る幽霊という存在にはありえない特徴だ。

透子が認識する幽霊とは、すなわち―――




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〜紳一〜

あまりの絶望に滂沱たる涙を流し頭上を振り仰ぐ俺の耳に、声が届いた。
微かな、微かな、声が。

《ただいま、フォスター》

女の声だ。鈴を転がすような、清楚で上品な声だ。
その声だけで美少女なのだと確信が持てる、美しい声だ。
だが―――それがなんだと?
いかに美少女とて、犯すことのできない俺には意味のないことだ。
いや、目の前のご馳走に手をつけることができないのなら、
いっそご馳走に気づかないほうが幸せなのに。

《ただいま、フォスター》

だというのに俺ときたら……
なぜ、息を殺して声を捉えようとしている?
なぜ、耳を凝らして位置を探ろうとしている?
なぜ、導かれるように階段を上ろうとしている?

心に赤々と燃えているのは処女だけだ。
頭の中を埋め尽くすのは強姦だけだ。
理性では押さえが利かぬ、これは業か本能か。
無駄であっても無意味であっても、傷つく結果になるとわかりきっていても、
俺は禁断の青い果実を追い求めてしまうのだな。
虹の橋を渡らんと荒野を行く孤独な旅人のように。

《留守中ご迷惑を……》

果たして2Fで俺の到着を待っていたのは、メイド服の少女だった。


印象的なのは、情熱的な長い赤髪に憂いを含んだ顔立ち。
ゆらゆらと輪郭が安定せず、半透明に透ける体。
足許に倒れているのは心臓と思しき位置に僅かな血痕を残す少女の死体。
俺が死んでから初めて出会う亡霊だった。

俺の唇の端が再び吊り上がる。
生身の人間には触れられなかった。
しかし、亡霊同士ならどうだ?
俺は恐る恐る手を伸ばし、メイド少女の肩を軽く叩く。
おお、やったぞ!
俺の手が少女の肩に触れている!

《君はそれなりに楽に逝けたようだな》
《留守中ご迷惑を……》
《1Fに俺の死体があるのだが、笑えるぞ?》
《ただいま、フォスター》

この焦点の合わぬ目…… 成り立たぬ会話…… 繰り返されるうわごと……
まるで2回目の陵辱を加えた少女のようだな。
殺されるのも犯されるのも同じ絶望だということか。
残念だ。
正気の少女が陵辱で壊れていく様が楽しいのだが、この際贅沢は言うまい。
まあ、手間をかけずに犯せるというメリットもあるしな。

《まずは顔に似合わぬそのけしからん乳から味わわせてもらおうか》


ああ、なんという胸のやわらかさよ!
普段なら鬱陶しい衣服の繊維の感触すら今は心地良い。
俺は少女の胸に顔を埋め、その青い香りを存分に吸い込む。

《ただいま、フォスター》

少女はこの期に及んでなお、錯乱したままうわごとを繰り返している。
それはいい。想定内だ。
しかし、俺の鼻腔がとらえた香りが想定外だった。
まさか、この女……

俺は重いエプロンドレスのスカートをめくり上げ、
その下のペチコートもめくり上げ、
レースの意匠がまぶしい下着に鼻先を潜り込ませた。
そして、臭いを嗅ぐ。
祈る思いで。

《頼む、俺の思い違いであってくれ……》

俺の危惧は正しく、現実は非情だった。
俺は再び絶望した。


 中 古 女 だ !


こんな清楚な声と外見をしているというのに、なんという裏切り!!
ふざけるなこの糞ビッチめ!!
一瞬感じてしまったときめきを返せ!!




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〜透子〜

(ほんとうにくだらない)

透子は頭痛すら覚え、眉間を揉み解す。
閉じた瞼のその裏で、クレアの霊体を思い返す。

(あれが普通)

そう、透子の認識する亡霊とはこのメイド服の少女クレアの如きものだった。
死を迎えた現場から動くこと無き残留思念。
死の瞬間に抱いた思いを何度も繰り返し、
記録空間にひたすらばら撒き、
ばら撒いた分だけ己を消費し、
やがて輪廻の流れに飲み込まれてゆく。
空間検索者・透子にとっては、屑データで空間を圧迫する鬱陶しい存在。
透子の世界に於いての霊とはそうしたもの。
決して能動的に行動したり新たな思念を発生させられる存在ではないのだ。
その常識を、紳一が覆した。
透子にとってはあまりにもくだらない執着によって。




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〜紳一〜

キッチンには見苦しいデブの亡霊がいた。
この男も存在が希薄で、うわごとを繰り返していた。

《エネミー》《これは毒?》《エネミー》

俺はなんとなしに理解する。これが普通なのだ。俺が特殊なのだ。
はは…… なんとも皮肉な話だ。
生きている間、心臓病で不自由な生活を送っていた俺が、
死んでしまえば誰よりも健常だというのだから。

よし、状況は飲み込めた。
メイドの裏切りには絶望したが、殺し上等のこの島ならば、
他にも死んだ少女にはこと欠かないだろうしな。
俺の欲望を満たすことはいくらでもできそうだ。

そうだ。
昼間真人とともに攫ったあの少女……
まひるといったか。
あの娘のところへ行こう。
俺たちへの逆レイプの後、あの連中はウチに帰るといって、
漁港方面へと向かったはずだ。
あの辺りの建物を虱潰せば見つかるだろう。

どうせ俺は誰にも気づかれないんだ。
まひるをストーキングしてやる。
まひるが誰かに殺されるまで尾行してやる。
そして殺されて亡霊になったら……
ははっ。
その時こそ犯して犯して犯しまくってやるぞ!




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〜透子〜

(くだらない)
(ほんとうにくだらない)

何度目かの溜息をつく透子が漁協詰所を視界に捉えたその時、
管制室のレプリカ智機・N−22からコールが入った。

『御陵透子、聞こえますか』
「聞こえる」
『ザドゥ様と芹沢の救助に協力していただきたい』
「まだ懲りないの?」
『状況が変わりました。
 現在朽木双葉の幻術は解け、ザドゥ様から救助要請が入っています。
 また2人は戦線から離脱し参加者3名とは距離があります』

透子とて強い望みを持ちゲームの成功を願う者。
彼女なりに現状が主催者対参加者の構図へと書き換わりだしたと理解しているし、
ザドゥ、芹沢の2人を欠いては益々天秤が参加者に傾くことも理解している。
今、智機から入った状況の変化が事実ならば、協力するに吝かでない。

「……やってみる」

透子は強く願う。
具体的な手段などは考えない。
現出する変化は世界とロケットが勝手に決めることだから。

(ザドゥと芹沢が無事に森から脱出できるように―――)


透子が感じる世界の読み替え。
それは感覚的なもので理屈では説明しづらいが、彼女は「通る」と表現している。
透子がルドラサウムから与えられた契約のロケット。
世界の読み替えを行うとき、ここを彼女の願い―――
彼女の感覚では思惟/情報が通ってゆく感じがするのだ。

透子の胸に、その「通った」感じがしなかった。

(願いの強さが足りないのかも)

透子はさらに念じる。
念じるがしかし、一向に通る感じがしない。
感じるとすればそれは「止められている」感覚。

『なんの変化も捉えられませんが……』

N−22の声に篭る不安の響きは、透子の不安が伝染した故か。
透子は胸に垂らした契約のロケットに指を伸ばす。
人差し指がロケットに触れた。
途端、透子の象牙細工の如き肌からさらに血の気が引き、白磁の如き肌となった。

「……読み替えは出来ない」
『どういうことです?』
「だって」

透子が持ち上げたロケットはひび割れ、色を失っていた。



【監察官:御陵透子】
【現在位置:F−8・漁協詰所付近】
【スタンス:@ 紳一(亡霊)の記憶検索
      A ルール違反者に対する警告・束縛、偵察】
【所持品:契約のロケット(破損)、通信機】
【能力:記録/記憶を読む】
【備考:疲労(小)】

※ 世界の読み替えに大きく制限が掛かった模様。現時点では詳細不明。
※ 記録/記憶を読む力は、世界の読み替え由来の能力ではありません。

※ 智機の下着はパーツの一種で、貞操帯ではありません。念の為。



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レプリカ智機
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077 毒とナイフと太った死体
クレア・バートン
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076 Last regrets
猪乃健
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149 月下に悪魔が薄く微笑む
神条真人
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