149 月下に悪魔が薄く微笑む

149 月下に悪魔が薄く微笑む


前の話へ<< 100話〜149話へ >>次の話へ 下へ 第四回放送までへ




(20:05)

 ぽとり。ころころころ。
 路上に落ち、赤い糸を引いて転がる眼球。
 神楽の顔の上部には大きな穴が空いていた。
 そこからどぷどぷと血液と髄液があふれ出し、真人の顔を、胸を、赤く染める。
 むうと濃密な血の臭いが当たり一面に広がる。
 一体何が起きたのだ。
 なぜ神楽の額に穴が空いているのだ。
 右目は何処へいった?
 真人は状況を飲み込もうと、痺れる頭を働かせる。
 
 がさがさ。道路北の茂みが音を立てる。
「苦しめずに逝かせることが出来て良かった。
 流石は天才的名探偵の私だ。銃の腕まで天才的だ」
 続けて聞こえてきたのは男の声だった。
 抑揚があまりなく、飄々とした印象の声だが、どこかくぐもった響きを持っている。
 真人は男の言葉に戦慄する。
 神楽の額に穴を開けたのは―――神楽を殺したのは、こいつだ。
 無防備な彼女を背後から銃で撃ったのだ。
 真人の心に、恐怖より先に怒りが走り、その衝動が彼の体に攻撃準備を命じる。
 しかし、四肢の筋肉はぴくりとも動かなかった。
 辛うじて動かせる顔面に、苦渋の表情が浮かぶ。
「20分近くも呼吸停止していたのだ。
 まだ体に酸素は行き渡っていないだろうし、脳の組織もだいぶ死んでいるだろう。
 ま、無理して動かそうとしても苦しいだけだ。じっとしていたほうがいいぞ」
 こつこつと、男の足音が近づいてくる。

「今まで私は職業柄、嫌になるくらいの数、人を見てきていてな。
 その中に自称博愛主義者も沢山いたわけだが、ホンモノに会うのは初めてだったよ。
 探偵はすべからく懐疑主義者であるべきで、感情に押し流されては商売にならんのだが、
 今回、不覚にも感動というモノを味わってしまった」
 男は言葉を続ける。
 飄々とした口ぶりが真人の神経に障る。
 なにをしゃあしゃあと感動などと口にするのだ。
 全く後悔も哀悼の念も感じられないではないか。
「だったら……何故……」
 神楽を殺したのだ。
 真人の口から、痛切な思いが零れる。
「きみが息を吹き返したからだな」

 真人は愕然となる。
 俺のせいなのか。
 俺を救ったせいで殺されたのか。
「始めはきみだけを殺すつもりだったのだ。
 だが、私が君を捕捉する前に、巫女さんときみが出会ってしまってな。
 たどり着いた頃には戦いに決着がついていたのだ」
 足音が徐々に近づいてくる。
「それでもまあ、きみがそのまま死んでいれば撃つ事はなかった。
 落ち込む巫女さんを適当に慰めて、また保健室に連れ帰って、それで終われた。
 しかし、きみは息を吹き返してしまった。
 君を助けた以上、あの子は必ず君を守ろうとすると推理できる。
 きみはきみで『ありがとう』などと言っていたから、
 あの子と争う意思を失ったと見て間違いないだろう」

「巫女さんはじきに神人の力を取り戻しそうな気配だったし、きみも私より強い。
 そうなると、君から他爆装置を奪うのが困難になる。
 どう理由をつけても、他爆装置を欲しがるのは不自然だからな」
 男の説明が終わる。
 殺される。
 真人はくっきりと確信する。
 俺が殺されたら、あの神楽の行動は一体何なのか。
 あの崇高な想いは無駄になるのか。
 それだけは我慢ならない。
 男の目的を理解した真人は、指輪を壊すことを決意する。
 こんな邪な男に、危険な道具を渡してはならない。
 これをどう利用するつもりかはわからないが、決して神楽が望むような使い方はしない。
 神楽の死を無駄にさせないためにも、ほんの束の間蘇ったこの命を意味のあるものに
 するためにも、この指輪だけは破壊しなくては。
 そう思ったからだ。
 真人は何とかしてサイフにしまいこんである他爆装置を取り出そうとする。
 体は相変わらずピクリとも動かない。
 動け、動け、指先。
 動け、動け、手首。
 しかし、ただの人たる真人の意思は、肉体を凌駕できなかった。
 心の内の激しさはまるで表に現れず、植物のように横たわったままだ。

真人の双眸に暗い炎が点る。

 神楽に救われる前まで、常に湛えていた炎と同じ色の、狂気が。
 真人は心に誓う。
 神楽に報いることが何も出来ないのならば。
 せめて刻んでやる、胸に。お前の顔を。
 どうせお前もこの島で死ぬのだ。
 地獄でお前の到着を待ち構え、復讐を果たしてやる。
 死を覚悟した真人の顔に、鬼相が宿る。
 さあ、もっと近づけ。
 お前の小汚いツラを見せろ。
 睨みつけてやる。
 今持てる気力の全てを目線に込めて、呪ってやる。

 こつ、こつ、こつ。
 アスファルトに硬く軽い反響音を響かせ、ついに男が真人と接触する。
「それではな」
 真人の顔を覗き込み、最後の言葉をかける男。
 月を背負い真人を見下ろすその呪うべき相手の顔は、人のものではなかった。
 虎の仮面。
「どういう……」
 唖然とし言葉を失う真人にくたびれた革靴が伸び、磨り減った踵が喉笛を襲う。

 ―――ごき。

 鬼の形相を浮かべた真人の無念、如何ばかりか。
 真人は最後まで、その男の顔を―――
 海原琢磨呂の顔を見ることが出来なかった。


【17 神条真人:死亡】
【22 紫堂神楽:死亡】


―――――――――残り 22



                    【海原琢磨呂】
                    【現在位置:病院北東】
                    【所持武器:他爆装置、素早い変な虫 入手】




前の話へ 投下順で読む:上へ 次の話へ
141 彼らの事情
時系列順で読む
151 スターダストボーイズ

前の登場話へ
登場キャラ
次の 登場話へ
132 午後六時の素描
海原琢磨呂
158 名探偵の静かなる電撃作戦(第一波)
148 月下美人、咲いた。
神条真人
死亡
紫堂神楽
死亡