151 スターダストボーイズ
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(20:15)
♪ 何処から見てもスーパーマンじゃない
♪ スペースオペラの主役になれない
♪ 危機一髪も救えない
♪ ご期待通りに現れない……
本来明るいサックスをバックに流れるその歌を、彼は力なく口ずさむ。
目許には自虐の色が浮かんでいる。
エーリヒと星川を失ったとき、彼はその隣室にいた。
遙を失い、神楽と藍が失踪したとき、彼は森の中にいた。
若人を助ける。戦いを止める。
いつだってそう思って行動していた。だのに。
いつだって間に合わない。
今回もそうだ。
魔窟堂は90分ほど前のことを思い出す。
目的地・灯台から飛翔したと思しき銀色の物体を見上げた魔窟堂は、
まりなたちの実験が上手く行ったのだと思っていた。
しかし、実際にたどり着いた灯台は、激しく損壊していた。
室内には大量の血液が飛び散っていた。
触手のかけららしき肉片も転がっていた。
誰もいなかった。
―――彼は、またしても重要な局面に間に合わなかっのだ。
落胆の溜息をつき、魔窟堂は灯台跡を後にした。
♪ 「Help!」もたまに聞こえない
♪ その気になっても間に合わない……
今、魔窟堂は再び東の森の中にいる。
闇の中、一人鬱蒼とした森の中を歩き回っていると、いやがおうにも孤独が実感される。
誰でもいい、見知った誰かを探していた。
誰かの無事な姿を一目でも見たいと切望していた。
そんなおり、風に乗ってきた嗅ぎ慣れた匂いが、魔窟堂信彦の鼻を刺激した。
血の臭い。
今度こそ間に合ってくれ。
その血を流しているのが誰だかわからないが、これ以上、命は散らせない。
先ほどまで彼の胸に宿っていた弱気の虫を払い落とし、魔窟堂はその臭いの元へ向かい走り出す。
嗅覚を研ぎ澄まし、臭いの元へと近づく。
苔むした岩盤に背の高い羊歯が生い茂る地帯を抜け、楢、橡などの広葉樹林に足を向ける。
血の臭いは益々濃い。
慎重に闇の中に目を凝らし、その発生源を探る魔窟堂。
その一角から、か細い声が聞こえてきた。
「肇」
「愛して……」
若い女性の声だ。
「連れて行く」
「……わからない」
かすれたその声は、それきり聞こえなくなった。
「む!!大丈夫か!?」
魔窟堂は木にもたれかかり、足を投げ出している女性を発見し、声をかけた。
スーツにストッキング、ヒールといったいかにもOLといった風情の格好をしている。
篠原秋穂。
魔窟堂の知らない女性だ。
彼女が座り込んでいるのは、ちょうど声が聞こえていたであろう位置だった。
「返事も返せない状況なのじゃな…… しからば御免じゃ」
魔窟堂は女性の手を取り、脈を取ろうとする。
しかし、脈は全く感じられなかった。
腕は冷え切っており、死後硬直も始まっているようだ。
「くっ…… またしても間に合わなんだか!!」
奥歯を噛み締め、嘆息する魔窟堂。
しかし、次の瞬間、彼は気付いた。
だとすると、先ほどの声は何なのだろう。
魔窟堂は頭を振る。
ワシがここに近づくまでの間、物音の一つもしなかった。
この闇の中で、足元の不安定な森の中で、完全に足音と気配を消して移動できる人間がいようか?
いるはずが無い。
ならば、先ほどの声は幻聴か?
それとも―――
魔窟堂は背筋に寒いものを感じ、無意識の動きで肩を払う。
彼女の胸を痛々しく貫く一本の矢。
鏃は胸から突き出ていた。
背後から射られている。
彼女はそれに手を当て、顎を上げたまま憎しみとも悲しみともつかない表情を浮かべていた。
その表情は即死ではないことを物語っていた。
自分が射られ、死に行く自分をを実感しながら、逝ったのだ。
死の直前に、空に向かって祈ったのであろうか。
それとも、自らを射殺した犯人と、最期の会話を交わしたのであろうか。
「苦しかったじゃろうにのぅ……」
魔窟堂は秋穂の体から矢を引き抜き、優しい手の動きで瞑目させる。
それから黙祷。
祈りを終えた魔窟堂は、自分に科された新たな使命を胸に立ち上がる。
『弓矢を持つ者に気をつけろ』
出会う人間にそれを伝えるだけで、今後起こりうる悲劇を未然に防げるかもしれない。
魔窟堂は肺に痛みを感じ、しばし咳き込む。
疲労感が肩にずっしり重く、がくがくと笑う膝には力が入らない。
老いて益々盛んな彼ではあるが、この一昼夜の彼の運動量、精神的疲労は限界に差し掛かっていた。
そのことを経験深い彼は十分認識している。
しかし、この瞬間どこかで誰かが助けを求めて泣いているかもしれない。
今立ち上がらなければ、またしても間に合わなくなるかもしれない。
その思いが、彼の気を逸らせる。
♪ だからといってダメじゃない、ダメじゃない
魔窟堂は自分に言い聞かせるように強くそのフレーズを口ずさみ、森の奥へと分け入る。