218 脅威
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(二日目 PM3:15 本拠地・管制室)
島の地下道を数十もの人影が足早に歩く。
地上の学校がある位置へ。
殺人ゲームの管理者、椎名智機のレプリカ達がそれぞれ武器を持って目的地へ
向かう。病院にいる反乱分子に懲罰を与えるべく。
そのころ椎名智機の本体は主催者達の本拠地の管制室にいた。
病院の外壁にカモフラージュした格納庫に潜伏していた先発隊をすべて参加者に
返り討ちにされて数分経つ。
智機は鋼鉄の椅子に座り、無表情のままうつむいていた。
『……広場さん…か…』
『あっ、恭也さん!』
『さっきの爆発は…?それより他のみんなは…?』
『ロボット達が攻めてきたけど、なんとかやっつけたんで、みんな大丈夫だよ。魔窟堂さんは出かけちゃってるけど』
『そうか…』
『恭也さんは大丈夫?』
『大丈夫だ。主催側の刺客に襲われたけど、何とか退けた』
『病み上がりなのに…ゴメン…』
『気にしないでくれ…俺もみんなと離れるべきじゃなかったんだ』
『恭也さんがぶ……』
高町恭也(No8)の首輪を通じて、彼と広場まひる(No38)の会話を盗聴した
智機は言った。
「まさか…1人も捕獲も…始末も…できないまま」
智機は先ほどまで病院内を(レプリカ6体の『眼』を通じて)映し出していた、
今は何も映し出されていないモニターを見る。
「解除装置の破壊はおろか…奴等に武器も手に与えてしまい…」
そして、両手を握り締める。
「ノーダメージで先発隊を全滅させるとは……」
撃破されたのが反乱分子を鎮圧するための戦力の本体でないにしろ、先ほどの
戦いの結果に智機は屈辱を味わっていたのだった。
「広場まひると、月夜御名紗霧(No36)…」
モニターに今、病院内にいる参加者の顔が映し出される。
「予想以上の戦闘力があったとはいえ、確実に広場1人を始末できるはずだった。
それができなかったのは広場が急に戦法を変えたからだ。間違いなく紗霧が
アドバイスをしたに違いない」
智機の口元に自嘲めいた笑みが浮かぶ。
「さすがは神鬼軍師といった所か…」と、智機は紗霧のふたつ名を口にした。
「素敵医師…いや、長谷川も余計な事をしてくれたものだ…」
アイン(No23)に執着している元主催者の素敵医師こと長谷川均は昨夜、死にかけ
の遺作を手駒にすべく無断で薬物を投与して復活させていた。その後、遺作は
竜神社にいた紗霧を襲撃した。紗霧が単独行動をやめたのはそれが原因と見ていた。
「…………。まあいい…まだこちらには充分手札がある。魔窟堂か広場、どちらか1人を始末で
きれば我々の勝利は揺ぎ無いのだからな」
智機は参加者達のデーター検索し始める。
(参加者どもの中には、戦闘力に限定してもまだ全力を出し切っていないのがいる。
魔窟堂、広場、知佳、双葉。広場と知佳は盗聴記録から、我々の知りえない力を
行使できるだろうな。双葉の陰陽術も未知数。特に魔窟堂は1日目に琢磨呂に
襲撃を受けて以降、戦闘に参加していない。加速装置以外にも別の力を持って
いることも否定できない)
「……しかし、魔窟堂……奴はいったい何なのだ…?」
魔窟堂のデーターを読み取りながら、疲れたような声色で智機は呟く。
彼の経歴はは智機から見て、非常識極まりなく、理解したくないシロモノだった。
「兎に角、あの2人だ、力を出し切る前に早急に排除しなければならない」
その一言を発した直後、モニターに映し出されていた恭也の首輪感知反応が消えた。
「高町の首輪も解除されたか…。だが、魔窟堂が病院に帰還するのにはまだ時間がか
かるはず。奴等が病院から遠くに離脱する前に包囲して叩く!」
(二日目 PM3:24 学校地下)
椎名智機と寸分違わぬ外見のレプリカが38体。
赤いコートと細身のボディをぴったりと包むデザインの金属鎧を着た智機が3体。
計41体の智機が、横幅の広い連絡通路の中継点に集結していた。
ちょっとしたホールくらいの広さの地下室には、更に先に進む通路と地上の学校へと
続く上がり口と、地下室の4隅に様々な機材が箱と共に置かれていた。
智機達は上がり口から学校へと入っていった。
(二日目PM3:27 学校内2階)
学校内のとある教室内に1人の少女が外側の窓を開けて、そこに布を敷いて腰掛けて
いる。
幼い風貌のの亜麻色の髪の少女――仁村知佳(No40)である。
普段の彼女を知っている人が今の彼女を見たら、大きな違和感を感じるかもしれな
い。やや無機質さを感じさせる瞳で物憂げに遠くを見つめ、彼女の身体からは虹色の
オーラの様なものがぼんやりと発光している。
知佳は何気なしに自らの左耳たぶに触れる。
いつもつけているピアスは既に砕けて無く、代わりに穴の跡が残っていた。
自らの超能力をコントロールする為にあったピアスは、恭也が銃弾に倒れた際、解放
した力に耐え切れず砕けてしまっていた。
知佳は一時間ほど前に学校を訪れ、校舎の中を歩き回っていた。
充分見回りしたからだろうか、今はこの教室で休んでいる。
彼女は机も椅子も何も置かれていない教室を一瞥する。
「………」
知佳の瞳が怪訝そうな色を宿す。
知佳が見てきた校舎は構造自体は前のままだったが、簡易的な造りをしていた。
実際には二室だけ地下通路への出入り口と、定時放送用のマイクを繋げるコンセント
があったが、そこを発見するにはいたっていない。
それもその筈、参加者達が集まっていた校舎は6時間ほど前に、ガス爆発によって崩
壊している。今の校舎はしおり(No28)が一度立ち去った後に、智機のレプリカ達が
一時間半位の恐るべき早さで、新しく建てた校舎だからだ。ほとんどプレハブだが。
「……」
知佳は小さくため息をつくと、やがて窓枠から降りて、教室を出た。
廊下を歩き、階段を降りようとする。
「……!」
(何かが…危険な何かが…下にいる)
知佳は下の階へと続く階段を見て、身の危険を感じた。
殺気と悪意。知佳が感じたのはそれだった。
だが、それは知佳が今まで感じ取ったものとは、多少異なっていた。
無機質で底の知れない殺意。知佳は深呼吸をする。
それに伴い彼女の背に薄いオーロラの様なものが浮かび上がる。
知佳は階段をただ見つめ続けていたが、一度目を瞑った後、睨みつける様に階段を凝
視すると、意を決したように階段を足早に降りていった。
(二日目 PM3:29 学校内1階)
校舎内のとある大部屋。
突然、床が割れて自動ドアのように左右に開き始める。
空洞の中にはそのまま部屋のドアへと続くエスカレーターがあり、そこから数体の智
機が現れる。
彼女等は注意深く部屋の中を観察し、ドアを開けて教室を出て行った。
「!」
4体の智機が校舎を出るべく走る。
先頭にいた智機のソナーは2階から階段を降りる何者かの足音をキャッチした。
(侵入者だと!)
智機達は銃を構えると階段に向かって走る。
(レーダーの反応が無い。誰だ。アインか?透子か?)
その時、智機は階段付近に高エネルギーの発生を感知した。
(まさか…奴か!?)
智機達は走るのを止め、注意深く移動してその何者かと遭遇した。
「・・・・・・・・・!」
「仁村知佳……!」
互いに驚きの表情をしながら、1人と4体は対峙する。
「…同じ顔が4つ…」
(やはりな…道理でやすやすと進入できたわけだ…。クソッ、こんな時に透子は何を
している)
「・・・・・・・・?」
「!!」
(チッ…)
こちらをじっと見つめる知佳に気づき、智機の本体は慌ててレプリカとのAIとの
シンクロを何割かカットした。レプリカの智機から表情が消えた。
(奴は読心能力が使える。我々の情報が漏れる所だった)
「…………?あなたは主催者の人…」
階段を降りながら知佳が問う。
(フン…)
代わりに智機は音声データーをレプリカに送って喋らせる。
「私の名は椎名智機。仁村知佳、早急にゲームに戻れ」
「…………」
「拒否するなら、君にとって最悪の結末が訪れる」
「……今度は…今度は…」
「………」
ダンッ、ダンッ、ダダンッ!
3体の智機は後ろへ数歩下がり、残りの1体はいきなり銃弾を知佳に向けて続けて発
射した。
「…わたしが……」
何発かの弾丸は知佳には音を立てて命中したかに見えた。が、彼女の発する虹色の
オーラに阻まれていた。歪んだ弾丸が床に落ちる。
その事にひるむことなくダッシュした智機が知佳の面前に迫る。
智機は右拳を知佳の顔面に振り下ろす。それもオーラに阻まれた。
突如、智機の右拳から紫電が放出される。
電気は知佳のオーラを侵食するかのように打ち消し始める。
「身を…」
知佳の身体から発せられるオーラが大きく膨れ上がっていく。
それに伴い、智機はかつてカモミールを気絶させたのよりも遥かに強力な電撃を発し
て対抗する。
線香花火のような音を立てながら、智機の紫電と知佳の虹色のオーラは互いに相殺す
る。
「張らなきゃっ!」
その言葉とともに知佳のオーラは紫電を飲み込み、「ドンッ」という音とともに智機
を転倒させた。
3体の智機がマシンガンの銃口を知佳へ向ける。
突然、倒れてた智機の右手が割れた。
(……?)
割れた右手には虹色の電気がはじけていた。それを見た知佳は二歩踏み出す。
突如、智機の右手から虹色の光が放出し始める。
(何ッ!?)
そして、割れた右腕から衝撃波が発生し、それはそのまま頭部をも破壊した。
知佳はそれを一瞥すると、今度は銃を構えていた智機に目を移した。
引き金を引くより早く、知佳は右手をかざし、彼女の周囲に発生した野球のボールほ
どの形と大きさの衝撃波を銃に向けて放った。
智機達のマシンガンは次々と爆発を起こし、智機達のボディにダメージを与える。
それに怯まず3体はそれぞれ放電しながら、知佳に突っこんでいく。
知佳はため息をつくと、再び発生させた球体の衝撃波を智機達の胴体に当てる。
3体の智機は紫電を身体中から発しながら爆発した。
爆風が晴れた後、知佳の背には虹色の蝶の羽に似たものが生えていた。
(予想以上のデーターだな。だが、これは防げまい)
「!」
いつのまにか知佳の周りには更に数多くの智機が集まっていた。
全部で15体いる智機は両手の掌を上に向けて紫電を発生させる。
それぞれの両手に発生した紫電は智機の頭の2本のアンテナからも発生し、円状のプ
ラズマへと変化した。一体に付き4つの電撃球。
15体の智機の周辺に電磁波が発生し、吹き荒れ。
それに萎縮したのか知佳は後ろ向きで階段をじりじりと上り始める。
智機達は横一列に並び、放電している手のひらを前に突き出す。
それを見た知佳は息を飲んだかに見えた。
知佳は大きく息を吐くと、虹色の羽を大きく広げた。
知佳の羽はキィィィィィィィィーーンッッと空気を震わせ、白、青、赤、紫、
オレンジ、緑、黄と色を変えながら輝き始める。
知佳の面前に白く輝く光球が形作られる。
智機達の膨大な量の直線状の雷撃が放たれるより一瞬早く、それは放たれた。
放電していた智機と光弾がぶつかり合い。
発生した高エネルギーは智機15体を轟音とともに粉砕した。
(二日目
PM3:36 本拠地・管制室)
(38体中、19体破壊。予想以上の力だな)
歯軋りしながら本体の智機は心中で呟いた。
そのまま追撃するのは危険と判断した智機は切り札の1つを使う事にした。
足下にある取っ手を引き、ノートパソコンのようなものを取り出した。
(長谷川が残した変異性遺伝子障害のデーター。仁村知佳の能力の高さはその範疇を
大きく超えている。どういうことだ?)
智機はノートパソコンを開き、懐からコインの様な物を取り出すと、硬貨投入口の様
なスリットにコインを投入する。
ノートパソコンには赤く『タイプ壱』と書かれいた。
(何にせよ、もう通常のレプリカ体では手に負える相手ではない。強化体を使用す
る)
(二日目 PM3:38 学校二階)
二階のとある教室。その教室の窓際の壁に知佳はへたり込んでいた。
先ほどまで乱れていた呼吸は少し休んだからか、整い始めている。
彼女の背にはまだ、虹色の蝶の羽の様なものが伸び縮みしている。
彼女は天井を見上げて、唾を飲み込むと立ち上がり教室を出て行こうとした。
突然ドアが開き、赤いコートを着た智機が入って来た。
その姿を知佳が認めた直後、猛スピードで彼女の前に迫ってきた。
「!」
知佳は慌ててバリアを張って打撃をガードする。
バックステップで知佳から離れる智機に知佳は念動波を放った。
難なくそれを右に避ける智機。
再び迫ってくる智機に対し、知佳は4発の念動波を放つ。
今度は4発とも命中し、智機は後ろに吹っ飛んだ。と思いきや左手を床につき態勢を
整
え立ち上がる。その智機の顔は焼け爛れていて、否、別の顔を覗かせていた。
「え…?」
智機は顔を手にやると焼け爛れていた『顔』をはがした。
新しく現れた顔は、2本のアンテナと眼があった部分には青いゴーグル。鼻や口は無
く、西洋の兜に近いのっぺりとした赤い顔をしていた。
念動波が命中した顔とボディには傷1つ無かった。
(この程度なら避けるまでもない)
口元に笑みを浮かべながら智機は心中で呟く。
知佳は数歩後ろに下がると、さっきよりも大きな念動波を二発放った。
赤い智機の両かかとから車輪がカシャンッという音ともにせり出る。
車輪の方向を右に向けると、正面を向いたままで智機は念動波をかわした。
「!?」
虚をつかれて隙を見せた知佳を確認し赤い智機は迫る。
知佳はバリアを展開する。
それに構わず突っこむ智機。かすかだが金属を引っかくような音がし始める。
智機の右手首から60センチ程度の刃が生えて、それを振り落とす。
バリアに阻まれ、刃が止まる。それはわずかな抵抗だった。
そして、床に赤い血が数滴零れ落ちた。
刃はバリアを、知佳の左手を浅く切り裂いていた。
「!!!」
驚愕の表情で斬られた左手を見つめる知佳。
再び、斬撃。知佳はまたバリアをはって防ごうとする。
(フン…もうお前の能力は把握済みだ)
今度は抵抗も無くバリアを知佳の前髪数本ごと容易く切り裂く。
知佳は転倒し、転がるように必死に後ろに下がった。
智機は左手首からも刃を生やすと、2本の刃を震わせながらゆっくりと知佳へと迫っ
た。
「え……?」
双刃から発せられる振動音を聞きながら、知佳は後ろを見て気づいた。
自分の羽がボロボロになっている事に。
「ど、どうして…なのっ!?」
こわばった声を上げて、知佳は背を向け、窓の外へと駆け出した。
(学校の外に逃げる気か?)
少し反応が遅れたが、智機はそれを追う。
赤い智機の刃が届くより一瞬早く、開いた窓から知佳は飛び降り、着地する寸前に飛
行能力を発動し軟着陸した。
赤い智機も飛び降りてそれを追おうとするが、知佳が校舎内に再び入っていくのを見
て動きを止めた。
智機は刃を伸ばして、それを床に突き立てると刃から振動波を発生させ、床に穴を開
けてそこから下に下りていった。
知佳は背に生えている羽を見る。蝶のような形状の羽。
能力を解放した時にこういう形になってしまったが、さっきの様にボロボロにはなっ
ていなかった。少し安心したのか、安堵のため息をつく知佳。
直後、背後の方で天井が崩れ、何かが降り立った音がした。
「!」
知佳は後ろを向いて赤い智機の姿を認めて、慌てて渾身の念動波を放つ。
その時、管制室の智機のノートパソコンのモニターに赤い光点が映し出される、智機
は慌てることなくそれを見る。
それに答えるかのように校舎にいる赤い智機は悠々と念動波をかわす。
(視覚で判別できるなら避けられないスピードではないからな)
嘲笑する管制室の智機と、悠然と知佳を見つめる赤い智機。
知佳は焦りの色を見せて後ろに下がる。そして再び羽を広げ7色に輝かせ始める。
(無駄だ)
赤い智機の背後に現れた白衣の…レプリカの智機が現れ銃を構えた。
「……っ!」
知佳は慌ててバリアを張って、発射された銃弾をガードする。
赤い智機が刃を振動させ知佳に向かって歩き始める。
知佳はバリアを張ったままじりじりと後ろに下がる。背後に壁。
壁際に追い詰められた知佳は、目を瞑り飛行して逃れようとする。
が、身体が浮かび上がらなかった。羽がさっきと同じようにボロボロになっていた。
(フフフ…)
「はあ…はあ…はあ…」
荒い息を吐いた知佳は歯を食いしばると両掌を壁につけ、力を解放した。
彼女の背にある壁を中心にオーラが膨れ上がる。校舎内の所々に衝撃が走る。
巻き添えを食らわないようにその場を離れるレプリカに対し、赤い智機は歩みを止め
ない。発生した衝撃波は智機に向かうが、そのこと如くが霧散する。
それに構わず力を放出する。虹色の光は膨れ上がり、校舎内に風が吹き荒れる。
(悪あがきか?)
歩みを一旦止める赤い智機。その周辺だけは虹色の光が当たっていない。
刃を構え、斬りつけるべく知佳に狙いを定めた。
その時、天井の一部が崩れ目前に瓦礫が落下する。
(何だと!?)
それを引き金にあちこちの壁に亀裂が入り、床は腐食してはがれ、あちこちの天井が
崩れてゆく。
(こ、これを狙っていたのか!また校舎を倒壊させるわけにはいかない!)
駆ける赤い智機。だが、知佳の面前でまたも天井が崩れ、阻まれる。
(クッ…おのれっ!)
やむを得ず管制室の智機は赤い智機を学校を脱出させる。
脱出には成功したものの、新校舎は大きな音を立てて崩れ去った。
(二日目 PM3:45 本拠地・管制室)
「劣化している…。琢磨呂が死ぬ前に叫んでいたのはこの事だったか…」
赤い智機を通じて、校舎のコンクリート片を分析していた本体の智機はそう言った。
瓦礫の山と化した新校舎。赤い智機は知佳が最後に立っていた場所の前にいる。
(また、逃げられるとはな…)
知佳がいたその場所の壁はそのまま残っていた。
(力を解放した直後に、バリアをはり、テレポートで避難したか)
管制室の智機は頭を抱えながらそう結論付けた。
(埋まったレプリカ達のダメージは軽微だが。被害は大きい)
急ごしらえだったとはいえ、放送拠点のひとつである新校舎が再び破壊され、19体
ものレプリカを失い、追い詰めたのにも関わらず知佳を逃がしてしまった。
強化体の能力、突然校舎内に現れたレプリカ達。それらの情報が知佳に知られたのも
痛い。なによりも校舎内で足止めを喰らって時間を浪費したのが悔しかった。
「ハハハ…ハハ…参加者残り10名。内7名の首輪が解除。内1名は場所の特定及
び、盗聴は不可。内2名は装着中だが、反抗の可能性あり…か…」
智機の口から乾いた笑いが漏れる。
「ハハ…ゲームは崩壊したのも同然だな…」
今、智機は連敗を喫した事で言い知れない屈辱を味わっていた。
他の主催者を見下し、失敗を責め続けていた彼女にとって、連敗という事実は認めが
たいものだった。
「レプリカ達を撤退させずに先発隊と合流させれば良かったか?あの時、広場を最大
電圧でし止めるべきだったか?島中に偵察隊を派遣すべきだったか?あの時、強化体
でしおりの首を落として……ブツブツブツ……」
智機はうつろな目で延々と愚痴り続けた。
(二日目 PM3:49 本拠地・管制室)
喋るだけ喋って落ち着いたのか、智機は次に取るべき対策を思索していた。
(広場達とランス(No2)救出に向かったであろう魔窟堂の6人は、しばらく様子見
だな)
(ランスとユリーシャ(No1)…この2人はこれまでの行動からして、魔窟堂達に
とって爆弾になりかねない存在だ。首輪解除後、数時間の動きは不明だが軋轢を生み
出せればそこに付け入る隙がある)
かといってそのまま放置する智機ではなくレプリカ数体を既に探索へと向かわせてい
る。
(仁村知佳については再び居場所を確認できない限りは放置やむなしだな)
強化体の初戦闘は智機にとって満足のいく性能を発揮した。
その運動性の高さゆえに、智機本体が直に操れないという欠点はあるが。
(私の願いをかなえるにはゲームを成功させねばならない)
「邪魔者を始末し、ゲームに乗らざるを得ない2人以上の参加者を残し、闘わせる」
(それがゲームを成功させるベストの選択だ)
「候補者はユリーシャ、紗霧、しおり、双葉、アイン」
(その中から最低2人を残し、それ以外は始末する)
「いずれにせよ東の森にいる連中に動きが無ければ、こちらも動きにくいがな…」
智機の口元に皮肉めいた笑みが浮かぶ。
智機はモニターを見つめると、そのモニターにレプリカ達のデーターが映し出され
た。
ノーマル型。高機動型。強化体。
3種類の智機の戦闘記録を見て智機の本体は呟く。
「ノーマル型には戦闘プログラムとこれまでの戦闘記録をインプットしてたのだが…
先発隊のように能力の向上は望めなかったか…」
雷撃を放つのが遅かったために知佳に破壊されてしまった15体のレプリカを考え
た。
ノーマル型はしおりと知佳によって容易く破壊されていった、最も能力が低く、それ
ゆえに最も数多く存在するレプリカ。
高機動型は病院を襲撃し、まひる達に返り討ちにあった、智機本体と同等の戦闘力を
持った6体のレプリカ。
強化体は神から報酬の前払いで手渡された、3種類の未知なる金属を素材に造り出さ
れた自動操縦型の智機の最新機である。
「戦闘経験か…私は元来、純戦闘用に生み出されたわけではないが、立て続けに不覚
を取るとなると自分の学習不足を自覚せざるを得ないな」
そう言って自嘲の笑みを浮かべる。モニターの画面が切り替わり、そこに1人の少女
が映し出される。しおりの手で破壊された参加者の1人、ロボットなみ。
彼女の性能はたとえ住む世界が異なってい ることを前提に考えても
智機が感嘆の声を上げてしまうほどの高性能だった。
ボディの性能もそうだが、智機が注目したのはその戦闘経験の豊富さ。
その戦闘経験と、智機が否定している精神論を力に転嫁するが如く行動力。
少しばかりの嫌悪を感じながらも、智機は彼女を認めていた
「本来ならしおり相手でも互角以上に闘えた筈なのにな…」
(残念だが…これも結果。彼女はより確実に生き残る方法を取ったに過ぎない)
モニターにもう1人の人物のデーターが映し出される。
(何故なら…なみがあの男に勝利できる確率は…)
モニターに映し出された人物は…
(ゼロだったからな…)
主催者達のリーダー、ザドゥだった。
(二日目 PM3:55 東の森・病院付近)
東の森の中を六本の腕と八本の触手を持つ怪物が木をなぎ倒しながら彷徨している。
50分ほど前に魔窟堂によってランスを取り逃がしてしまったが為に、ランスを探し
続けている主催者の1人、ケイブリスである。
「どこに行きやがったあぁぁぁぁぁあ!!」
また木が倒される。既に東の森南西部の木々のほとんどがなぎ倒されていた。
「あン?何だ、あの白い建モンは?」
まだ倒していない木々の向こうに見える病院を見つけたケイブリス。
その時、ケイブリスは自らの身体の中に仕舞っていた通信機が鳴り続けていることに
気づいた。
「うるせえな、誰だ?」
通信機を取り出し、適当にボタンを押す。スイッチが切られ、アラームが止まった。
「………あの建物を探すか…」
再び鳴るアラーム。面倒くさそうにボタンを押すケイブリス。通信機が破壊されな
かったのは奇跡だったのかもしれない。今度は間違えなかったようで、通信機から智
機の苛立ったような、嫌そうな声が応答する。
『…ようやく出たか…こちらは椎名。ケイブリス…現在の状況はどうだ?』
「椎名…?誰だてめえ?」
『・・・・・・・・・・・。ザドゥ殿から私の事、聞いていなかったのか?』
震えたような声色の智機の声にケイブリスは少し考えたそぶりを見せてこう応答し
た。
「そういや、なんか言ってやがったなあいつは……」
『・・・・・・・』
「……そうか、思い出したぜ、智機だったな。何の用だ?」
『・・・・・・・・・。現在の…状況は…どうなっている…?」
「あの野郎…倒したと思ったらどこかへ消えやがった。まだ見つからねえ…」
『一緒にいた女はどうした?』
「勝負の邪魔になるからな…放っておいたぜ」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
本拠地にいる智機が沈黙する。何か怒っているような雰囲気が通信機から感じ取れる
がケイブリスにはその理由は解らない、ていうか解除装置の奪回については既に忘れ
ていた。しばしの沈黙の後…
『今、何処にいる…』
「何、苛ついてんだ?白い建物の近くの森にいるぜ」
『病院の近くか…早急にその建物に向かえ!』
「言われなくてもそうするぜ」
ケイブリスは通信を切ると病院へ向かった。
(二日目 PM4:02 病院内)
「いねぇじゃねえかぁぁぁぁー!!」
玄関を破壊しながら病院内に入ったケイブリスはランスを探すべく病院内を徘徊した
が。見つかったのは破壊された智機と、霊安室で見つけたミイラ化した死体だけで
あった。再びスイッチを入れた通信機から智機の声が発せられる。
『そうか…ケイブリス…お前とランスが受けたダメージはどういうものだ?』
病院内で暴れようとしたケイブリスは不機嫌そうに答える。
「何でそんな事言わなきゃならねえんだ?」
『・・・・・・。ゲームを成功させたくはないのか?』
「…ちっ。俺の方は腕2本と鎧の背中部分を破壊されちまった。代わりにあの野郎の
剣と鎧をぶっ壊して奴を気絶させたがな」
『解った。ケイブリス、早急に本拠地に戻れ』
「うるせえ!!あの野郎をギタギタに引き裂くまでは帰らねえ!」
『…ルールを守らねば、お前の願いがかなわないぞ。それでもいいのか?』
「なにィ…んなの聞いてねえぞ……」
『私はゲームの管理者だ。他の主催者には知らされていないルールも把握している」
「あのザドゥって奴がリーダーじゃなかったのか?」
『あくまで形の上でのリーダーだ。それにお前の治療が必要だ、ランスと決着をつけ
るにもな』
「・・・・・・・・・・?」
『現時点で奴を補足するのは不可能だ。今は時間を待つしかない。時間が経てば決着
をつけさせてやる。だから、戻って来い」
「・・・・・・・・・・。解ったぜ…戻ってやるよ。だが、あの野郎は俺様が仕留め
る。邪魔するんじゃねえぞ!!」
「ああ…」
ケイブリスは通信を切り、学校跡に向けて移動を始めた。
(二日目 PM4:06 本拠地・管制室)
智機のうなじから蒸気が排出される。
ケイブリスとの交渉を終えた智機は心底うんざりした表情で呟く。
「心にもない事を言い続けるのは本当に疲れるな…」
智機自身としてはケイブリスそっちのけでランスを見つけ次第、拘束、又は抹殺した
かったが、ザドゥと同等の戦闘力(壁を破壊した際、モニターを通じて智機が判断)
を持つケイブリスの助力を得られればと考えたのである。
「これ以上あの男(ザドゥ)が願いそっちのけで私情で動かれては困る」
智機は何気なく、まだ未使用の強化パーツを思い浮かべる。
(ケイブリスの奴、鎧が破壊されたと言ってたな。あれで鎧と武器を作ってやるか。
『それ』がどういうものか解らない以上、こちらも戦力の増強が必要だ)
智機はレプリカ達にパーツを用意させると、別の事に考えを移す。
(戦力の増強か…参加者どもがまだ手出ししていない、あの場所はまだ手を付けるわ
けには行かないからな…)
智機は顎をしゃくりあげるとこう心中で思った。
(なみのAIが完全に壊れてなければ…戦闘記録だけを移植して強化体の増強に使える
かも知れないな…)と
【主催者:椎名智機】
【所持武器:レプリカ智機(学校付近に19体待機、本拠地に40体待機
or 本体と同じく内蔵型スタン・ナックルと軽・重火器多数所持)
現在位置:強化体(学校付近に白兵型が1体、本拠地に1体
残る2体は本拠地に帰還中、白兵型の武器↓
高周波ブレード、加速車輪、ビーム砲、防御力・大・熱耐性】
【スタンス:参加者の捜索と偵察、
隙あらば邪魔な参加者の抹殺】
【備考:強化体は自動操縦で智機の命令を独自の判断で遂行する】
【ケイブリス】
【現在地:病院】
【スタンス:反逆者の始末・ランス優先】
【所持品:ハリセン、まりなの手帳(拾った)
【備考:現在、学校跡へ移動中(帰還中)
左右真中の腕骨折・鎧の背中部分大破】
【仁村知佳】
【現在地:???】
【スタンス:恭也が生きている間は、彼らの後方支援へ】
【所持品:???】
【備考:超能力使用可能、ただし暴走中】