195 首輪の・・・
195 首輪の・・・
前の話へ<< 150話〜199話へ >>次の話へ
下へ 第七回放送までへ
あたしと星川は東の森の中を歩き続ける。
さっきから…身体が痛む…。星川が心配そうに見る。
「大丈夫よ」
そして今、左肩に熱くヌルリとした感触がする。
あたしの左肩の傷口が開いたからだ…。
星川には言えない、また心配かけてしまう。
「………。見つからないね。」
あたしをしばし見つめた後、星川はそう言った。
あたしが優勝するには、十数人残った他の参加者達を
探して全部、倒さないと…。
さっきから逃げられてばかり……
今では、むかつくことに見つけることもできやしない。
「双葉ちゃん…その傷…」
星川があたしの傷に気づき、声を掛ける。
「だ、大丈夫よ…」
また同じ事を言ってしまうあたし…イライラする…。
傷口を塞ぐためにあたし達は、座って休憩することにした。
少し冷たい緩やかな風が、あたしの頬をなでる。
もたれていた木の幹にふと右手をやり、
あたしは頭を上げる。数メートル先に白い何かが落ちてる……何だろ?
星川も気づき、少し用心しながら白い何かを確かめる。
あたしの方へ歩きながら、やや不可解そうに顔を曇らせて言った。
「双葉ちゃん……これって…」
…え…これって、式札…。まさか他の参加者を探索するのに
周辺に放った式神?何で?これ、十分位前に使った式札だ。
もう時間切れ?そんなはずない、術に失敗した?まさか、森の中で。
それも比較的簡単な術をあたしが失敗した?
額に汗がにじむのがわかる。こんなトコで失敗なんて!
あたしは札を星川の手から取り、呪紋を描き、呪を唱えた。
「!!!!!!!」
突然、あたしの身体に激痛が走り、あたしは声にならない悲鳴をあげる。
「双葉さま!」
星川も悲鳴を上げる。
荒い息を吐きながらあたしは言う。
「ま…間違えないんでよね…く…双葉ちゃん…でしょ…」
「も…ゴメン、双葉ちゃん…」
あたしは札を見つめる。そんな、バカな。こんなこと一度だって、
なかった。何で?なんで?こんなこと一度も……
一時間ほど前に大技の準備に術を多用したから?
初めて使う術だったし、面倒だったけど、ここまで負担がかかるの?
まさかその前にあのカップルに使った催淫術の所為?
多くの式神を探索に向かわせた所為?
大技はまだしも、他の術はあたしには簡単なのに…
術には代償が必要…なのは知ってる、でもこんなんじゃない。
あたしは再び札を掲げ、呪を唱えようとする…
「あ・・・」
星川が声を上げる、そして彼の姿が…故障したテレビ画面の中の人物のように
音を立てながらブレ始めた!
「星川!?」
声を上げるあたし。次の瞬間、説明できない重圧感と共に
『声』が脳裏に響いた!
放送とは明らかに違う、脳裏に直接響いた声は全てを語り終わった。
「はあ、はあ、はあ……」
荒い息を吐くあたし。あの声、ただ脳裏に響いただけじゃなかった。
説明できない、けど。あたしの持つなにかが、あの声の主が何者なのかを
漠然と知らしめる。あの女、透子が言ってた「願い」を叶える力を持つ者。
あの時、虎の覆面の男を殺したあの男を上回る圧倒的な重圧感を
あたしに感じさせた。
「神」としか形容のしようがない、あたしにそう確信させる何かがあった。
「ふう、ふう……」
落ち着き始めたあたしの呼吸。星川も元に戻っている。
あの言葉、あたしが望んでいた真実だった。でも…
「…本当だったんだ。だから何?
あたしは優勝すると決めたんだから、今更何?」
自分でも、慌てているのがわかる。身体中が震えて痛む。
何気に首輪に手をやりながら、星川の方を向く。
「今のは…」
星川は自分の身体に異常はないか体中を見回している。
彼にもあの「声」は聞こえていたみたい。
「星川、少し休んだらまた探すわよ!」
とあたしは立ち上がろうとした。
「!!」
立ち上がれない。立ち上がる力が…出ない。
「……」
星川が駆け寄り肩を貸そうとする。
「1人で立てるわよ!」
手を払いのけてしまう。もう一度立ち上がろうとするあたし。
でも立てない。さっき聞こえた声の事を思い出してしまう。
『また、運営者を全滅させた場合でも、願いを叶えよう』
あたしは…あたしは…あの女、透子に騙され利用されてた?
あたし達をここに連れてきた運営者達に踊らされていた?
そんなの関係ないじゃない!
それともそんなに、奴らに踊らされていたのが悔しいの……?
あたしは立ち上がろうとした。途中で脚に力が入らず、
あたしはうつぶせに倒れてしまった。
「双葉ちゃん……」
星川が肩を貸してくれる。そして、あたしは彼の顔を見る。
「…………」
悲しそうな顔。あたしは顔を思わず背けてしまう。
「無理しないで……」
無理?この位何よ。今更、後には退けないわよ。
身体中の痛み……これさえ何とかすれば、あたしは無敵なんだから。
この痛み。一体いつから?あたしは考えはじめる。
「………」
やっぱ思い当たる節は無いわね。あたしは再び首輪に手を触れた。
「!!」
思い当たる節は…あった……
術を失敗する。
あの時、「星川」も失敗していた。
エーリヒと名乗っていた老人の首輪を外すのに失敗してた。
あれが術だったかはあたしにはわからない。
でも、首輪を外すのに結構集中してたのは分かる。
あたしの術も集中力が必要だからだ。
あたしは星川の顔を見る。
「?」
「あ……あ…」
あたしは思わずうめく。首輪をつける――あたしがゲームに乗った証。
あたしは、星川を生き返らせるためにゲームに乗った。
そして主催者いや、運営者の奴らに命を預けた。
その…その事で星川の行為を無駄にした?
もし奴らがあたし達を1人残らず生かして帰す気がなかったら?
仮にあたし達の首輪に何かを仕掛けていたら?まさかあたしの痛みもこれで?
「う……くあ…」
頭が痛い。眩暈がする。動悸が早まる。痛い、心が。
星川が何かを叫んでいる。なにいってんのよ?
混乱したまま、あたしは意識を失った。
突如聞こえた『声』、それは同時に聞きたくないモノでもあった。
(第二日目 PM12:00 東の森・南部)
声が聞こえる、やな感じの声が…
「……あったからそこを訂正するぜ。3番
伊頭遺作 5番 伊頭鬼作
14番 アズライト 26番 グレン・コリンズ 13番 海原琢麿呂
以上だ。まぁ、せいぜい殺しあってくれよ、ゴミどもめ………」
うっさいわねえ…あたしは頭を押さえながら身を起こす。
「双葉ちゃん。大丈夫」
星川が安堵の声を上げる。
「大丈夫よ。」
手を振りながら答えるあたし。
「双葉ちゃん、もう少し休んだ方が……」
「………。あたし、これから考え事するから回り見張ってて」
星川の眼を見ながら、あたしはそう答える。
「うん…わかったよ」
星川があたしから少し離れる。あたしは周囲を見回す。
相変わらずそよ風が吹いてる。さっきと変わらない風景。
あたしはふと自分の右手を見つめる。
………少し泥で汚れている手のひら。でも、まだ血で汚れていない。
あたしは、元々こんなゲームに乗るつもりはさらさら無かった。
ゲームに乗ったのは、黒髪ショートカットのあいつに
殺された「星川」を生き返らせたかったから。
あたしの首輪を外してもらった借りを返せないまま
「星川」の事を引きずっていくのが嫌だから参加した。
人を殺す意味を、無理やり連れてこられた参加者達を皆殺しに
する意味を考えもしなかった。
もし…生き返った「星川」や妹の若葉が、優勝したあたしを見たら
どう思うんだろ?あたしはいつもどおりに振舞えるんだろうか?
多分無理なんだろうな。きっと気づかれてしまう。
あたしは空を見上げる。若葉。あの子、今どうしてるんだろ?
あたし達の乗ってたバス。あたしがいなくなって
きっと大騒ぎになってるに違いない。
そういえば、この島に来てからまだ2日も経っていない。
向こうでは何日経ってるんだろ?ホントならあたしが今通っている
鐘ノ音学園ってどんなガッコなんだろう?
あたしは自分の左手のひらを見つめる。
「優勝……」
一言呟いた後、あたしは再び考える。
あの時、あたしは絶対優勝してやると決意していた。
でも今ではあのときの熱意はもうない。
優勝か運営者全滅……。どちらを選んだ方が良いかは、
可能性以前に運営者全滅を目指した方が良いに決まっている。
あたし達をこんなトコに連れてきたアイツ等にも腹が立っているし、
「星川」もそれを目指していた。例えば昨日の夜に見かけたあのカップルには
幸せになって欲しいとあの時はそう思ってた。
わずかな間、一緒に居た魔窟堂って老人にもどちらかといえば
手にかけたくない。何よりそっちを選んだ方がまだ気持ちは楽だ。
だけどあたしはもう彼らを殺そうとした。
さっきの定時放送であの二人はまだ生きている。
でも、無事じゃないかもしれない。
あたしが攻撃してないってしらばっくれる事なんてできない。
今更、仲間に加えてなんて言えない。
今更、一緒に行動なんて多分できやしない。
だけど、陰ながらサポートはできる。
あの人たちが変わってさえなければ助けてやりたいと思う。
「………」
あたしは左肩を押さえる。それでも今でも変わらないモノがある…。
黒髪ショートカットのセーラー服の女。「星川」を殺したアイツ。
アイツに対する怒りだけは消えない。アイツさえ、アイツさえ
「星川」を殺さなかったら、あたしが首輪を付ける事はなかった。
絶対、今よりマシな状況になってた筈だ。
「………」
歯軋りする。アイツの名前は知らない。既に死んでるかも知れない。
でも、あたしにはアイツが死んでいるとは思えない。
きっと生きてて、あたしの命を狙っている。
たとえあたしがあの老人と同行できたとしても、アイツなら
それにかまわずあたしを殺ろうとする。
一度深呼吸して、気持ちを落ち着かせようとするあたし。
少し前の記憶をたぐりよせる。
あの時、あの老人の仲間であった巫女装束の女、
神楽が止めようとしても、アイツは止めようとしなかった。
「・・・・・」
――――生き残って、星川を生き返らせる。
これも変わらない気持ちだ。それを叶えるにはアイツとだけは
ケリをつけなきゃならない!
あたしは立ち上がり、星川に声をかけた。
「なんだい、双葉ちゃん?」
あたしは立ち上がり、星川の近くに行くと、木の棒を拾って
星川に地面を見るように合図した。
「?」
「あたしはそのまま優勝を目指す」
「え……どういう?」
そう答える星川の目線は地面の方を向いている。
「そのままの意味よ、今更変えられるわけないじゃない」
あたしの右手は言葉とは違う事を地面に書いている。
「で、でも双葉ちゃん。本当に…」
結構、うまく合わせている。連中は別の傍受方法を使ってるかもしれない
無駄な事してるかも知れない。
けど、これ以上踊らされるのはゴメンだ。抵抗らしい抵抗ぐらいはしてやる。
あたしはこれからの行動を星川に文字で伝えながら心中でそう呟いた。
(第2日目 PM1:05 東の森中央部)
一時間くらい後。充分な休憩を取った後で
あたし達は再び広場に向かっている。
あたしが結果的にどっちを選ぶかはまだ決まっていない。
あたしの首輪を外す方法はないし、運営側の奴ら次第で爆破されてしまう
かもしれない。事がすんだら様子を見る。自分から手は出さない。
あたしは後悔してしまう道を選びたくはない。
その前にやらなきゃいけないアイツとの決着。
それだけは分かるアイツに勝てば、あたしは生き延びる事ができる。
「星川」は…もしかしたらそれを咎めるかも知れない。
それでも、アイツとは決着をつけたい。
願いが叶えば、復讐の意味がないのはわかる。
あたしのエゴに過ぎなくても、アイツとは戦う!
横に歩いている星川を見つめる。
星川には感謝している。あたしの我侭に付き合ってくれている事。
先ほど、術を仕込む事を了解してくれた。
絶対服従なのが分かっていてもそれが嬉しかった。
あたしは木の葉で作った札を一枚飛ばす。
その札はあたしの姿となって、数秒後に消えた。
もう一枚飛ばす。その札は木の枝に張り付き、木の枝を一瞬、針のように
変える。
身体は痛まない。休んだからだろうか。
首輪が原因かはまだあたしにはわからないけれど、
術を多用するのは控えようと思う。
術に頼らなくても、森の木々はあたしに味方してくれる。
森の木々に周囲の状況を聞きながらあたし達は歩き続けた。
【朽木双葉と式神星川】
【所持武器:手作りの呪符多数、薬草多数】
【現在位置:東の森中央部】
【スタンス:アインの捜索と決着
参加側にはなるべく干渉せず
運営者には首輪の仕掛けについてだけ聞く
相手の態度次第では干渉しない】
【能力制限:術の多用は肉体に負荷がかかる】
【備考:双葉は能力制限の原因は首輪だと思っている】