169 人民皇帝VS鬼畜王
169 人民皇帝VS鬼畜王
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(第二日目 AM00:30)
降り注がんばかりの星の下、砂浜の上、
ランスは砂の上に脱ぎ捨ててあった鎧を手際よく身につけながら体を起こす。
「オイ・・・」
彼は首を回しつつ空から降ってきた鉄の塊の近くに転がしたままの
タコのような奇妙な生き物に近づくと、それをつま先で軽くつっついた。
するとそれは軽い衝撃にむずがるように蠢めき一瞬覚醒しかけたかに見えた。
しかし、しばらくもぞもぞとしていたそれはランスの足をうるさげにふり払うと、
ふたたび泥のようなまどろみの中に転がり落ちていった。
そしてあとにはそれ――グレン・コリンズ――の聞くに堪えないいびきだけが残る。
「ムム、俺様を無視するとは無礼なやつ」
「ま、待ってくださいランス様!」
ランスが振り返ると、そこにはドレスの着付けを終えたユリーシャがたっていた。
急いで走ってきたのか、彼女は肩で大きく息をしながらも近づいてきて
砂浜に突き立ててあった剣を手にしていたランスにすがりついた。
「待ってくださいランス様。わたくしが起こしてみますから・・・」
「ム・・・・・・いいだろう。やってみろ。その代わり出来なかったら、お仕置きだ、いいな?」
懇願するようなユリーシャの目を見て、ランスは気勢をそがれたのか、ぶっきらぼうに言った。
(どうも調子が狂うな・・・こんなことではいかん、主導権はつねに俺様が持っていなくては示しがつかん)
何が嬉しいのか艶を含んだ笑みを浮かべるユリーシャを見ながら、ランスは漠然とそんなことを考えていた。
「ハイ・・・」
お仕置きという言葉にユリーシャは柔らかそうな頬をぽぽっと赤らめた。
「お仕置き・・・、ですね?」
ユリーシャは夢みるように陶然と繰り返して、きゅっと拳を握り締める。
彼女は四度目の定時放送もランスに抱かれたままで聞いてたことを思い出していた。
思い出すだけで胸が高鳴り、体がかぁっと熱を孕んでいくのをはっきりと感じられる。
それに下腹部のあたりもじんじんとしびれるように疼く。
父以外の異性をよく知らない彼女はその感情を上手く言葉には出来なかったけれど、
自分のものとは違う、硬くて大きいランスの背中に体を寄せているだけでとても暖かい心持ちがした。
(・・・ランス様・・・私は・・・・・・)
熱に浮かされたような顔をしていた彼女はそこで我にかえって、
沸きあがってきたはしたない妄想を頭から追い払おうと可愛らしく頭を振る。
そして、グレンのほうに向き直ると豪奢なドレスの裾を摘んでかがみこみ、おずおずとグレンのほうに手を伸ばした。
(ウ・・・)
ユリーシャはおよそ人間のものとは思えないグレンの体を目の前にしてさすがに躊躇した。
「G・S・V3」が落ちてきてから既に六時間あまり立った今でも、まだその異様な風体には慣れなかった。
銀色のやや硬質な髪はすっきりと刈り込んであり、
眠っているにもかかわらず眉間に深い縦皺をいく本か浮かべてはいるものの、彼は歳相応に整った顔立ちをしていた。
問題は首より下の部分だった。
夥しい数の触手が月明かりにぬらりと光り、おぞましくもひしめくように絡み合っている
吸盤こそついていないものの、それはタコやイカの足に極めてよく似ており、
すえたような匂いのする未知の分泌液が絶えずその表面を潤している。
さらにそれがきらきらと光る糸を引いて滴り落ち、砂地の上でじっとりとわだかまっていた。
ユリーシャに、情事の際にランスが吐き出したものを連想させるその液に、
高まっていたユリーシャの心も一瞬にしてクールダウンする。
「何をしてる。さっさとやらんか」
「ハ・・・ハイ!」
背後からのイラついたランスの叱声に、
ユリーシャははじかれたように答えると、覚悟を決めてグレンの肩(?)に手を置いた。
「あの、もし、起きてください。起きてくださらないと大変なことになってしまいます」
控えめなユリーシャの呼びかけに、敏感に反応したグレン・コリンズはクワッと目を見開き、
にらみつけるような目つきで彼女を凝視した。
それがあまりに異様な眼差しだったのでユリーシャは少し後ろに身を引いた。
そのままの体勢でしばらく次の言葉を待ったが、目覚めたはずのグレン・コリンズには一向にものをいう気配がない。
そのうち、グレンはふたたび大きな高いびきをかき始めた。
「・・・未来の偉大なる皇帝の眠りを邪魔するのはだ〜れ〜だ〜・・・、不埒者は地獄に落ちるがよい、
さもなくば私が即位したあかつきには・・・」
わけのわからぬうわごとをあげながら、グレンは気持ちよさそうに触手をブルブルと震わせた。
「あの、本当に大変なことになってしまいますから、起きてください、ね?」
目の前で人が殺されることを忍びないと思うユリーシャは、ふたたび勇気を出してグレンの体をゆすりつづけた。
「ユリーシャおねえさん、ダーメ、ダメ、そんなんじゃぁ。
寝てる人を起こすときにはぁーーーーーーーーーーーーーーーーー、
こーゆーふーにーやんなくっちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、とぉぅっ!!」
先ほどまで三人で川の字になって眠っていたあたりから、アリスのやたら元気な声が耳に届いた。
「キャッ」
声のほうを振り返り見て、ユリーシャは小さな叫び声をあげた。
腕を大きく振り、叫びながら全速力で走りこんでくるアリス。
風をはらませながら視線の先のユリーシャめがけて走る彼女は減速する兆しもなく、
慌てて後ろに身をそらしてかわすユリーシャ。
その空間を、力強く地を蹴り跳躍したアリス・メンディがたなびく黒衣もいと見目鮮やかに
美しくなめらかな放物線を描きつつ猛スピードで通り過ぎていった。
そして、
バ キ ャ ァ ッ ! !
きりもみ状になって飛来したアリスのかかとが眠れるグレン・コリンズのこめかみに見事に突き刺さった。
「ギャフン!」
間抜けな声をあげて、1回、2回となおも勢いよく転がりながら遠ざかっていくグレン・コリンズ。
「た、たいへん!」
「ありゃりゃ、失敗、失敗。ちょぉっと、強すぎたかも。
てへ、アリスちゃん、はんせー、はんせー」
青ざめたユリーシャが慌てて駆け寄っていくのを見ながら、アリスは気まずそうに笑いながら頭を掻いた。
「大丈夫ですか?」
ようやく勢いのおさまったグレン・コリンズは俗にいうマングリ返しの体勢のままピクリともしない。
彼は困ったような少女の声をぼんやりと聞き流しながら、ようやく覚醒し始めた意識の中で状況を整理し始めた。
(ム・・・、ん・・・、どういう・・・ことだ、これは?頭が割れるように痛むぞ。
・・・ハッ、もしやこれは病気か、病気なのか、それも未知の病気なのか?
クゥゥッ、このような辺境で古今無双にして空前絶後、前代未聞の偉大なる頭脳、
史上最高の知性、明日の偉大なるリーダー、グレン・コリンズがこんなところで失われてもいいのか?
否、断じて否!!
神がそのような愚を許すはずがない。
・・・だが待てよ、一体どこに神がこの私よりも聡明にして万能であるという証拠があるのだ?
そもそも、神は試練などと称して人に苦悩を与えて悦ぶような加虐趣味の持ち主だったではないか。
と、すれば私という救世主が無知蒙昧にして、愚劣な民衆の手から奪われるのは必然にして当然。
そうか、私に支配されるという無上の喜びに浴さぬままに民草どもは生きていかねばならんのか、なんとも不憫な・・・
そしてとるに足りぬ哀れな民どものためにこうして涙を流すことのできる私はなんと美しいのだろう)
「あ、あ、白目むいてます。どうしましょう、ランス様?」
(ああ、美しい声が聞えだ。
もしや噂に聞く天使というやつの声か?
私は神などといった馬鹿げたものは信じてはいなかったが――なぜならば、私こそが神そのものだからだ――
この声は良い声だ、フム・・・実に、実に心地よい。
よし、この声に免じてもしも天国などというものが実在するのならば、神に代わって私がそこを治めてやろう。
私の溢れんばかりの才覚は地上だけのものにしておくのは勿体無いからな。
フハハハハ、私が天に召されんとしているということは、
神もその程度のことを気づくくらいには聡い、ということか。
・・・・・・ただひとつ気にかかるのは・・・ミス北条、すまないがどうやら君との約束は果たせなかったようだ。
ゲームの参加者を救うのも、偉大なる知性の宿る頑健な肉の器あったればこそ・・・今となってはいた仕方がない。
せめて、私が神となったそのときには、彼らの魂に永遠の平安とやらを与えてやることにしようではないか。
少し趣旨が変わってしまったが、これくらいの誤差は許せよ、なぁ、ミス法条?)
「貴様っ、いい加減にせんかぁ〜〜〜〜〜〜!!」
バキッ!!
振り下ろされたランスのかかとによってグレンの【天国統治計画】――その第一章――を余儀なくされた。
「クゥッ、死者に鞭打つとは天使というのも存外ひどい・・・・・・・・・ん?」
妄想を中断させられたグレンは、痛む頭を振り振り目を開き、
自分のことを心配そうに見つめるユリーシャの顔をぺたぺたと触手で撫ではじめた。
「やぁっ・・・」
ナメクジが這ったあとのように粘っこく光るあと筋をつけられたユリーシャは嫌悪感にすくみあがった。
が、そんなことにはお構いなしにグレン・コリンズはズイッと顔を寄せて目を細める。
「君が天使なのか?
天使というものはもう少しこう・・・、後光が射していたり、羽が生えていたりしているものと思い込んでいたが・・・
そういえば君にはエンジェル・ハイロゥもないな・・・、まぁ、元来天使というものはこんなものなのかもしれん。
まぁよい。では、天使、貴様に神の後継グレン・コリンズ・ザ・ファーストを天国へ連れて行くことを許そう」
傲慢な口の聞き方をされても、どうしたらよいのか分からずにユリーシャは
ランスに助けを求めるような視線を送る。
「オイ、貴様、俺様の女に勝手に触るな」
それまで二人のやり取りを(正確にはグレンの一方的な長口上)を黙って聞いていたランスは、
不機嫌を隠そうともせずに手にした大剣の鋭利な切っ先をグレンの首(?)のあたりに突きつけた。
「ム、天使は女形だとばかり思っていたが男もいたか。
しかし、醜いうえに未来の神に対して刃を向けるとは・・・ハッ、そうか貴様が噂に名高い堕天使というやつか。
天使と堕天使か、実に興味深い、後学のためにも是非あとで比較解剖を・・・」
「うるさい、黙れ」
バキャッ!!
「貴様!!1度ならず2度までも私を足蹴にするとは何という不埒な天使、いや、だから堕天使なのか・・・
いずれにせよ、だ。その剣を私によこしてそこになおれ、たたっ切ってくれるわ、この下衆が!」
ビシッと、ランスを指(触手)さすグレン。彼は内心ではうっとりとほくそえんでいた。
(決まった、完璧だ。さすがはグレン・コリンズ、神の後継者、パーフェクトだ。
この見るからにおつむの拙そうな哀れな堕天使も思わずひれ伏すほかはあるまい・・・
しかし、天使を身にまとったオーラだけで心服させるとは我ながら罪な男だ。
何故に造物主はかくも潤沢な才をわたくしグレン・コリンズ一身に与えたのだ。
この調子ならば、やはり仮に神というのが本当にいるにしても、悪いが天国は私のものとならざるをえまい。
飼い犬に手をかまれるとはな、ククク、神の全能というのもすこぶる怪しいものだ)
「フハ、フハ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「あの」
ユリーシャは今にも切りかかりそうなランスを必死に押しとどめながら、
胸を大きくそらして高笑いするグレンに声をかけた。
「ん、なんだ天使その1?
本来ならば、下っ端天子ごときが神である私に声をかけるなど許されんことだが、
君は私を天国へ導いてくれる祝福の天使、麗しき生きたトロイの木馬だ、特に許してつかわそう」
「あ、ありがとうございます」
律儀にもお辞儀を返すユリーシャに向かってグレンは鷹揚に頷く。
「あの、ですね。実に申し上げにくいのですが」
「ウム、苦しゅうない。はっきりと申すがよい・・・そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」
「あ、はい、わたくしはユリーシャと申します。それで・・・」
「ユリーシャか、どことなく田舎臭く垢抜けない名前だが、まぁ悪い名前ではないな」
「ありがとうございます。
それでですね、実は・・・・・・」
「分かっている、分かっている。
君達が天使であるということくらい、この天才グレン・コリンズにはすっかりお見通しだ。
いやはや、何もかも悟ってしまうというのも考え物だな。いささか面白味に欠ける人生だ、そうは思わんかね?」
ハッハッハッ、とまんざらでもなさそうに笑うグレン。
人の話はまったく聞いていないようだ。
「いえ、あの・・・だから・・・」
「ん?何だ、まだ話があるのか?まぁ、良かろう。
私は寛大だからな。もう一度だけ奏聞することを許す、ただし手短にな」
「あ、はい。あの、もう一度言いますから、よーく聞いてくださいね?
私は天使じゃありません。あちらの方はランス様といって、あの方も天使ではありません。
もちろん堕天使でもありません」
大きく息を吸って、今度こそ聞き違えられることがないようにユリーシャは一語一語はっきりと話し、
報告を終えると、グレンの様子をうかがった。
しかし彼は彫像のように立ち尽くしたまま、ぴくともうごかない。
聞いてなかったのかしら、とユリーシャが思いだしたころ、
「 何 で す と ぉ ぉ お お ぉ お ぉ! ? 」
びくりと体を震わせたグレン・コリンズは絶叫した。
「では、君達は正真正銘の人間だというのかね?」
数分後、ようやく落ち着きを取り戻したグレンは情けない声で尋ねた。
「ちっがうよ〜、このアリスちゃんは人間なんかじゃなくって、
なんとぉ!デケデケデケデケデケデケェ、デンッ、まおー様なのだぁ、パンパカパーン!!
どうどうどう、おっどろいたでしょ〜?」
「何だ、貴様は、頭がおかしいのか?」
突如ユリーシャの肩口から顔を突き出してきたアリスを冷ややかな目でじっと見たあと、
自分は神を名乗っていたことをすっかり棚あげにしてグレンは言い放った。
早くも立ち直ったのか、先ほどの動揺もすっかり収まっている。
「う、ひっど〜い。アリスちゃん、怒れる。プンスカプンプン!
ランス〜、なんか言ってやって、ガッツーンと言ってやってよ〜」
「・・・オイ、タコ」
「私はタコではない、グレン・コリンズ。
将来人民皇帝となり貴様ら愚民どもを顎で使うようになる男だ、覚えておくがよい、蛮人ランス」
ブツン!! (←何かがブチ切れる音)
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、もう我慢できん、殺す、絶対に殺す!」
「ま、待ってくださいランス様。ほらこの方、鍵と何か黒い箱のようなものを持っています。
これが何なのか聞いてからでも遅くはありませんでしょう?」
「・・・チッ、好きにしろ」
さえぎるユリーシャに、ランスはしぶしぶ引き下がった。
「ランスはユリーシャおねーさまには甘いよね〜、ひょっとこするとラブですか、ラブラブなんですかにゃ〜?」
「・・・」
「いった〜い、なにゆえに殴るかな〜?ぼーりょく振るう男は、もてないよ、ランス〜」
「お前は少し黙っていろ・・・さて、では貴様の話を聞いてやろう、ありがたく思えタコ」
図星をつかれたのか、単にうるさいと思っただけなのか無言でアリスを小突いたランスは、
【らぶらぶ】に過剰反応しているユリーシャのほうを見ないようにして、グレン・コリンズの方に向き直った。
「フン、説明したところで貴様ごときに理解できるとは思えんがな、
これは私グレン・コリンズの天才によってのみ作り出しうる「首輪解除装置」だ。
ほれ、その首についている首輪をはずすための道具だ。まぁ、いずれ私の家畜になる貴様らにはお似合いだがな。
フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「そうか、だったらそいつをよこせ。そーすりゃ命だけは見逃してやろう」
「ハッ、貴様と貴様の連れごときがこの装置を扱えるとでも思っているのか?」
「もう一度だけ言う、それをよこせ。でなければ今度こそ殺す」
ランスの目は笑っていない。今度はもうユリーシャも口を挟むことはできなかった。
「タコたんも、ランスがこーいってるうちに渡したほーがいーと思うよ。
ランスはやるときにはやるおっそろしい男だから。
・・・でも、それがかっこいーんだよねぇ。や〜ん、言ってたらまた濡れてきちった。
ランス〜、そんなのほっといてアリスちゃんとズンパンしよ〜」
アリスの能天気な声を聞きながらも、グレン・コリンズは目前の危機を回避するためその頭脳をフル回転させていた。
(どうするグレン・コリンズ?
確かにお前は天才かつ万能だが、武器を持った蛮人に素手で挑んで勝つというのは難しい。
蛮族は往々にして文明人よりも身体能力に優れているものだ。
かててくわえて、仮に出来たとしても暴力的なのは美しくない、やはり却下だ。となれば・・・)
「いいだろう、この装置は貴様にくれてやろうではないか。・・・・・・ただし!!」
「何だ?」
ランスは伸ばしかけた手を中途で止め、獣ような目でにらみつけてきた。
「・・・ただし、だ。先ほども言ったようにこの装置は作動させるには非常に複雑な操作が必要だ。
無論のこと、少しでも間違えれば、ドカン、だ。
そして、こいつの操作法を知っているのはこの私グレン・コリンズをおいて他にはない」
(もう一人だけ・・・君は知っていたな、ミス法条)
グレン・コリンズの顔が一瞬曇ったのもつかの間、彼はすぐに何事もなかったかのように話を続けた。
「さらに、私はこれの操作方法を誰にも教えるつもりはない。ということはだ・・・
ここまでくれば、君の粗末な頭脳でも私の言いたいことは分かるだろう?」
「・・・俺様と手を組もうってのか?」
グレン・コリンズは無言のまま、自信に満ちた目でランスを見返した。
顎に手を当てたまま、苦虫を噛み潰すような顔でランスは考え込む。明らかにランスは苛立っていた。
グレン・コリンズは自分の高鳴る鼓動を聞きながら、返事を待った。
自分の仕掛けたこのブラフにはいくつかの穴があることに、彼自身も気づいていた。
涼しい顔をしているがいつそれを看破されるかと考えると気が気ではなかった。
「俺様が、それをいらんと言ったらどうする?」
(野蛮人にしては痛いところをついてくるではないか)
隠してもにじみ出てしまう狼狽を見て、今度はランスが自身たっぷりに笑った。
「・・・では、君はその首輪をどうする気かね?引きちぎってみるかね?」
「簡単だ、こんな首輪を外す必要はない。
男は殺す。女は俺様のもの。
ついでにルド・・・何とかもぶち殺して、世界も俺様のものだ。
そうなったら、マリアあたりに何とかさせる。ウム、さすがは俺様、グッドだ。ガハハハハハハハハ」
「フハハハハハハハハハハハハハハ」
突然、グレン・コリンズは愉快で愉快でたまらないといったふうに両手で腹を抱えて哄笑する。
ランスはこの状況で馬鹿笑いを上げるグレン・コリンズを奇妙なものでも見るような目で見つめた。
「何がおかしい?」
「いやいやいや、失敬、失敬。気に障ったのなら、謝るよ、ランス。このとおりだ、すまなかった、許してたもれ。
フフフフフ、そうか、これはいらないのか・・・ならば残念だがいたし方あるまい。
貴様らには言ってなかったが、実はこの装置にはもう一つの機能があってね、首輪の起爆装置でもあるのだよ。
しかもそちらのほうの機能は何とワンボタン操作なのだ。
まさに天才の深謀遠慮、ここにきわまれりといったところか。
さて、それでは君がそいつで私を斬り捨てるのが早いか、私がスイッチを押すのが早いか、試してみるかね?」
「・・・話が違うぞ。」
「話?フフフ、何の話かな?」
グレン・コリンズは狂気の色を滲ませた病的な笑いに顔を歪ませて、装置をランスのほうに向ける。
見開かれた青い目は細かい血管が浮かび上がっており、少し斜視気味にランスの目を射抜く。
チッ、と舌打ちするとランスは剣を収めた。
「不愉快だ・・・男を生かしておくのはヒジョーに不愉快だが、生かしておいてやる、ありがたくおもえ」
「フフフフフ、そうか一度こいつを試してみたかったんだがな。
それはまたの機会のお楽しみにとっておくとするか。
・・・では、ランス、一時休戦ということで同意するのだな?」
ランスが無言で頷くのを見て、成り行きを見守っていたユリーシャもホッと安堵の吐息をつく。
(ふぅぅ、やり遂げた。やり遂げたぞ、ミス法条!)
グレン・コリンズは渋面を崩さぬように、今にもこぼれそうになる笑いを必死に堪えて、
ランスに気づかれぬよう後ろ手にぐっと拳(触手)を握り締めた。
彼は最大のブラフを通すことに成功したからだ。
彼が通したブラフ、すなわち、「起爆装置」という最大のブラフを。