168 求めよ、さらば求められん

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(第二日目 AM05:00)

「では、どうする。これからあやつを追うか?」
ようやくパニックの収まったまひるに向かって、魔窟堂は尋ねた。
何も答えないまひるのつむじを見ながら、彼は自分のしたことがはたして正しかったのかを考えてみた。
少し考えて答えを出すことを諦めた魔窟堂は目を閉じて、まひるが何か言い出すのをじっと待つ。
アインが出て行った後しばらくして、彼はまひるに事態を説明することを決意した。
それがどういう結果になるかがよく分かっていただけにひどく憂鬱な仕事だった。
それでも魔窟堂が重い腰をあげたのは、
あえて泥水をかぶることを選んだアインに、少しでも報いてやりたいと思ったからだった。
しかし、そのためには真相を胸にしまっておかなくてはならなかった。
ただ、既に起こってしまった干からびた事実だけを話しさえすればそれでよかった。
湿ったため息をついて部屋を出た魔窟堂は
ところどころ壁の漆喰の剥がれかけた廊下を足を引きずるようにして歩き、
ひんやりと冷たいドアノブをゆっくりとひねった。
薄暗い部屋の中はガランと広く、備え付けの簡易ベッドの上に腰掛けたままのまひるがぼんやりと窓の外を見ていた。
入り口に魔窟堂の姿を見とめるとまひるはすぐに、何かあったんですか、と駆け寄ってきた。
真っ赤に泣き腫らした彼女を目の当たりにした魔窟堂はなおのこと憂鬱な気分になった。
「落ち着いて聞いてもらいたいんじゃがな、まひる殿」
慎重に言葉を選びながら話す魔窟堂の説明をはじめた。





まひるは小さな叫び声や、まるで意味をなさない独り言を何度か漏らしたが、
一度も口を挟むことなく黙って聞いていた。
まひるはその間ずっと顔を伏せたままにして、おこりを起こしたかのように震えていた。
そして、今、まひるに事実を伝え終えた魔窟堂はじっとまひるの返事を待っている。
まひるの背中を見ながら、アインのことを考えていた。
かのひたむきな殉教者の行く手にはつねに血の臭いがついてまわる。
望むと望まざるにかかわらず、それがファントムと名づけられたものどもの宿命なのだ。
魔窟堂はカーテンの向こうの夜の景色を歩く彼女のことを思った。
「あたし・・・あの人を追います」
「そう・・・か」
予期したとおりの言葉が長い沈黙を破った。
魔窟堂は肩を落として深い溜息をつく。
(さあ、これでおぬしの望んだとおりになったぞ、アイン。 これでよかったんじゃろう?)
「追って・・・どうしてこんなことしたのか、聞こうと思うんです」
「そうか、しか・・・・・・・・・・・・何じゃとっ! 
復讐は、あやつに復讐はせんのか?あやつを許せるのというのか?」
「許せるかどうかは、分かりません。
でも、あたし、そんなに長くお話したわけじゃないけど。
アインさんがそんなこと・・・意味なくこんな酷いことする人には思えないんです。
だから、きっと、何か理由があると思うんです、何か、きっと。
許せるかどうかは分からないけれど、それを聞いてからでも遅くないかなって・・・、やっぱり変ですよね?」
当惑する魔窟堂の目をしっかりと見据えてまひるは話を続けた。
まひるの目はまだ涙は乾ききってはいなかったけれど、光を宿した強い目だった。
魔窟堂はその目が誰の目に似ているかに思い至り、嬉しくなった。
正しきは報われると信じることが出来た。
「それは、そうじゃな、それも、よいかもしれん」


「それで魔窟堂さんは何か心当たりありませんか?」
「・・・さあ、わからんのう。儂には見当もつかんわい」
核心にいきなり触れられた魔窟堂の答えはしどろもどろになる。
「その間は何なんですか、その間は?あやしーなー。
あっ、ひょっとして魔窟堂さん、ほんとーは何か知ってるんじゃあないですかぁ?」
明るさを取り戻したまひるにウリウリと脇腹をつつかれて、ますます魔窟堂は狼狽した。
「う、それは、じゃな。それは・・・
そう、まひる殿の考えに感服しておったのじゃよ!!
罪を憎んで人を憎まず。口で言うのはたやすいが、なかなかできることではないぞ。・・・・・・・・・・・・ん?」
「どうかしましたか?」
「いや、いま何か音が聞こえたような気がしての」
耳をそばだてた魔窟堂は怪訝な顔をしたまひるに小声で答えた。
「んっふっふっ、だめだめ、そんなことじゃぁ、このまひるさんはだまされませんよ、魔窟堂さん」
まひるがたじろぐ魔窟堂にさらに詰め寄ったとき、
今度は確かに正面玄関のほうからかすかな足音が二つ聞こえてきた。
「もしや・・・」
「アッ、ちょっと待ってくださいよ、魔窟堂さん」
玄関の方へ駆け出す魔窟堂を追って、まひるも走り出す。



「誰じゃ?こちらに戦う意志はない。良ければ話し合わんか?」
丁度互いの姿が見えない曲がり角のところで魔窟堂は立ち止まった。
「・・・魔窟堂さん、ですか?」
相手もこちらを探っているのだろう、幾分緊張をはらんだ声で尋ねてきた。
ついたり消えたりしていた天井のランプがついた状態で安定する。
「おお、やはりそうであったか。待っておったぞ。」
「明かりが消えていたものですからてっきり行き違いになってしまったのかと思いました」
暗がりから表れ出た少年は同じ年頃の少女の手を引いていた。
「高町君に仁村さん、じゃったかな?
ここに来た、ということはもう二人の愛の語らいは一段落ついたということかの?」
「からかわないでくださいよ、魔窟堂さん、かなわないな」
「いやいや、初々しいのう。ん?」
チョイチョイ、と袖を引くまひるに二人のことを手短に紹介すると、魔窟堂は恭也達の方を向いた。
「で、決心はついたかの?」
「はい、俺達もあなたと御一緒しようと思います」
恭也が知佳の方を振り返って同意を求めると、彼女もこっくりと頷いた。
「そうか、そうか」
魔窟堂もまた滝のような涙を流しながらしきりに頷いた。
「人を信じる心というのはまことに素晴らしい美徳じゃな、そう思わんか、まひる殿?」
「?」
言われるままに頷いたまひるだったが、魔窟堂の言わんとしたことはよく分からなかったようだ。



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