166 続 病院へ行こう!

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隣を歩く仁村さんの歩幅にあわせて歩くのはややもすると窮屈ではあるけれど、それほど苦にはならなかった。
こんなことを自分で言うのはどうかと思うが、俺だって年頃の男だ。
当然、人並みに異性に対して興味がある。
今、俺の隣には歳の近い女の子が歩いている。
その子は俺よりも少し年下で、すこぶる可憐で、そしていま、彼女は俺と手をつないで歩いている。
平静を装って歩いてはいるが、口から飛び出てしまうのではないかと思うほどに心臓は高鳴り、
彼女とつないでいないほうの手にはじっとりと妙な汗が噴き出している。
ただ、彼女とこうして手をつないで歩くのは、悪くは無い。
それどころか、正直に言って、嬉しい。
何といっても、彼女はとても魅力的だから。
けれど、ふるいつきたくなる、というのは少し違う。
むしろ守ってあげたくなる、というのがより正確だろう。
彼女の華奢な体を見ていると、そう思う。
背丈が俺の胸くらいまでしかない彼女、その長い髪が薄い背中の上をゆらゆら揺れる。
肩もつかめば壊れてしまいそうなほどで、弱々しくさえある。
何よりも、つながれた手はやわらかく、とても小さいのだ。
女の子というのは、こんなにも儚い作りなのかと思わずにはいられない。
思わず守ってあげたくなる、というのは陳腐かもしれないが、それが俺の率直な印象だ。
が、当の彼女はあれ以来、ずっと黙って歩いている。
つながれた手は暖かいけれど、彼女は何かを考えているのか、先ほどからじっと下を見たままだ。
既視感に襲われる。
そういえば、こんな光景は先ほどもあった。
つばを飲み込み、彼女に気づかれないようにそっと彼女の顔を覗き込むと、
やはり先ほどと同じく顔をやや紅潮させ、おそらく少し汗ばんでさえいるだろう。
(・・・まさか、今度こそ?)
そう思って、俺は首を振った。
いかん、いかん、いい加減に下のことから離れよう。


よからぬ考えを振り払って、俺達はそのまましばらく黙って歩く。
彼女が何を思っているのかを直接たずねられたら、どんなによいだろう。
けれど、出会ってまだ数時間しか経っていないことを考えると、それも憚られた。
もしも立ち入った話であった場合、気まずい雰囲気になるのは間違いない。
だから、結局聞くことはせず、俺は彼女に合わせてゆっくりと歩を進めながら周りを見わたした。
見わたしたといっても、周りは文字どおり木ばかりで、特に見るべきところも無い。
植物学者でもない俺は、立ち並ぶ樹木の名前もわからないし、特に興味も覚えなかった。
自然、俺の視線は再び隣で歩く少女のほうへ向かうことになる。
いささか礼を欠くかとも思ったが、あらためて彼女のことを上から下まで眺め見る。
おそらく、彼女の年令からすれば、やや発育不全といってよいだろう薄い肉付きは、
何となく俺の妹を思い起こさせる。
それでも胸のあたりは歳相応にふっくらと柔らかな曲線を描いており、
無駄な肉の無いすらりとした腹の下には、
やや女らしい丸みを帯び始めた、それでも幾分硬さの残る腰が続く。
手足は瑞々しくスッとのびやかで、うぶ毛が月明かりを受けてときおり光り、
まだ柔らかさを残したままの手の先には、白くてふっくらとした指、光沢のある爪は綺麗に整えられている。
小さな顔のうえには小さな鼻がのっており、薄い桃色の唇がやわらかく結ばれている。
透明感のある白い肌に、長い睫毛が淡い影を落とす。
やや黒目がちな瞳は、何を思い煩っているのか、少し伏目がちになっている。
整った、それでも少女特有の美しさを湛えた彼女の顔は
将来彼女が美しい人になるであろうことを予感させたが、
俺は今の彼女のほうが美しいのではないかという奇妙な観念にとらわれていた。
・・・・・・幼女趣味は無いと思っていたが・・・


「あの、恭也さん?」
俺が失礼なことを考えていると、彼女が声をかけてきた。
幾分彼女の声が艶めいていると感じるのは俺の気のせいだろうか、きっとそうだろう、そうにちがいない。
「なんですか?」
こちらを見上げる仁村さんの方へ俺が笑顔を浮かべて向き直ると、
彼女は耳まで真っ赤になり、空いた手を口元に手を当てたまま
何ごとか言いよどんで、彼女がもじもじとためらう。
正直言って、かなり可愛い。
俺は真剣な面持ちの彼女に、先を促すよう無言で頷くと、
彼女はゆっくりと頷きはしたものの、ためらいがちに視線をそらした。
そんな彼女を励ますように、つながれた手に少し力をこめる。
一瞬、彼女の手はこわばったが、やがて先ほどよりも強く握り返してきた。
俺との間にある何かを確かめるように、というのは俺の言いすぎだろうか。
ますます赤らんでいく彼女の顔をから目をそらし、俺はじっと前を見て彼女の言葉の続きを待った。
「あの・・・ですね。こんなこといったら・・・私・・・」


よほどいいにくいことなのか、また彼女は黙り込んでしまう。
俺達は固く手をつないだままで、またしばらく歩いた。
ゆっくり、ゆっくりと、月明かりが差し込む森の中を歩く。
これが海鳴の公園か何かだったなら、どれだけよかっただろう。
などと考えながら、俺は彼女の言葉を待つ。
「あのっ!!」
決意を感じさせる彼女の声に、俺は彼女の目をじっと覗き込んだ。
綺麗な彼女の瞳の揺らめきのなかに、俺がうつっているのが見える。
彼女は湯気でも噴き出しそうなほど真っ赤で、おそらく俺も負けず劣らず真っ赤な顔をしていただろうと思う。
そのまま、またしばらく無言で見つめ合った。
先ほどから、心臓は早鐘を打ちっぱなしで、そうして見つめ合っていた時間は
おそらくはわずかな時間なのだろうが、非常に長く引き伸ばされて感じられる。
仁村さんの唇はフルフルと震え、眉は困ったように八の字形にしなっていて、
つぶらな潤んだ瞳でものいいたげにじっと俺の方を見ている。
空いていたもう一方の手も俺の手に重ね、両手でしっかりと握り締めたあと、
彼女はもう一度、大きく息を吸って、口を開いた。
一体、彼女は俺に何を言うつもりなんだろう。
彼女は気づいていないと思うが、仁村さんに両手を握り締められた俺も、
彼女に負けず劣らず、「ドキドキ」しているのだ。
できることなら、すっぱりと早く言ってしまって、俺を楽にさせて欲しい。
そんなことを考えながら、熱にうかされたようにぼうっとする頭で彼女の顔を見ていると、
次の瞬間、なぜか、彼女は俺の背中の向こう側を指差して、口をパクパクとさせた。
「あ、明かり!! 明かりですよ、恭也さん!?」


彼女の声につられ、その指差す方を見ると、確かに闇のなかに光が浮かんでいるのが見えた。
彼女は先ほどとはうって変わってもう明るくて人懐こい笑みを振りまいている。
ほら、行きましょう、といって俺の手を引く彼女に引きずられるかのようにして、俺は彼女の後についていく。
おそらく、俺はこのとき可愛らしい少女が俺の隣を歩いているという事実に浮かれていたのだろう。
一体、彼女は俺に何を言おうとしていたのだろうか。
結局、俺は彼女が本当にいいたかったことを聞いてやれなかったのではないか。
しかし、俺はそういった考えをすぐに頭から追い払った。
何といっても、俺と彼女はまだ出会って数時間の間柄だ。
こんな危険なゲームの中にあっても、彼女が俺とともにある限り、俺は彼女を守ろう。
彼女が生きている限り、俺は彼女を守りつづけよう。
そして、彼女が生きつづけていられる限り、
いつか彼女が言いたかったことを聞く機会もあるだろう。
俺はその時を待とうと思った。
けれど、会って数時間で「命を賭けて」は重いかな、そう思い直して俺は自分の考えに思わず苦笑した。
振り返って俺の名を呼ぶ彼女の声に答えて、俺は駆け出した。



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