165 わちゃごなどぅ、ぶらざー?
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「どーすんだぁ、鬼作さんよぉぉぉぉぉぉぉ?」
森の中に一人取り残された伊頭鬼作は両手を空に突き出して、哀れっぽい声で叫んだ。
よぉぉ、よぉぉぉ、よぉぉぉと森のなかに反響するのを聞いて舌打ち一つ、
鬼作は頭を抱え込んで生温かい土の上に座り込んだ。
「アズライトの野郎は帰ってこねぇし、探しに行ったクソ餓鬼も帰ってきやしねぇ。
まったくよお、これだからないーぶなやつらは一々と御し難いぜぇ、
おかげさんで俺様のぱーふぇくとな計画が台無しじゃぁねぇか。」
眉間にくっきりと縦皺を刻んだ苦々しい表情を浮かべた鬼作は
拾い上げた小枝を力任せにへし折っては次々と焚き火に投げ入れていく。
ときおりパチパチと爆ぜる音のする炎を眺めてあくび一つすると
ぼりぼりと尻を掻きながらあれこれと考えをめぐらせ始めた。
「どうするよ、まずアズやんたちを探しに行くかどうかだが・・・」
面倒くさそうに、はぁ〜と長いため息をついて、空を見上げる。
「めんどくせぇなぁ、オイ。
そもそも、だ。探しに行っても見つかるか見つからねぇか分かんねぇ。
ここにいても、もっかい会えるかどうかは分かんねぇ。
どっちみち、あいつらに会えるかどうかわかんねぇなら、ここで待っててもおんなじこった。」
などと性急にまとめると、その場でゴロリと横になった。
「ん?」
鬼作の視線の先に、アズライトが残していったズック鞄の奇妙に膨らんでいるのが見える。
「確か、あの中にゃあ・・・」
引きずるようにしてズシリと重い鞄を寄せると、
おもむろにファスナーを開いてまずパンと水を取り出してわきに置き、
続いてアズライトの武器として配布されたものを取り出した。
「まー、こんなもんでも暇つぶしにゃ、丁度いいだろ。
へっ、まったくこの鬼作さんがよもやこいつのお世話になるたぁ思わなかったぜ。
人生ってぇのは何があるか分かんねぇもんだ。」
キュルキュルとペットボトルのキャップをはずし、口にしたパンを水で流し込みながら、
鬼作は自分の手にしたアズライトの「武器」を見てせせら笑った。
鬼作の手の中にあるもの・・・・・・
薄っぺらい紙の束を数百枚束ねたもの、数行の概要の書かれた白い表表紙にベージュの背表紙、青い帯、
『純粋理性批判 (上)』・・・カント・・・岩波・・・文庫
背表紙に書かれたこれらの文字を見て、もう一度鬼作は鼻を鳴らした。
ぺラリ・・・、鬼作は冷笑を浮かべたまま、最初のページを開く。
幾分充血した瞳が上下に動き、印刷された文字を静かに追う。
鬼作はときおりミネラルウォーターで口を湿しながらさらに読み進める。
2ページ、3ページ・・・・・・
額に手を当てたまま黙々と酸性紙にぎっしりと書き詰められた文字を読む。
・・・・・・・・・
ようやくにして4ページ目をめくったとき、ページを手繰る手が止まり、
ロダンの彫刻のような恰好のまま鬼作はピタリと動かなくなった。
文庫本を持つ鬼作の手には血管が浮き出して小刻みに震え、
力一杯食いしばられた歯からは薄っすらと赤い血が滲み出している。
「っだぁぁぁぁぁぁぁぁ!ふっざけんじゃぁねぇぇぇぇえ!!」
突然叫ぶと鬼作はすっくと立ち上がり、
大きく振りかぶってそのまま手にしていた本を力任せに焚き火へと投げつけた。
その衝撃にばっと火の粉が舞い散る。
投げ捨てられた西洋知識の古典は一瞬にして燃え上り、やがて一握りの灰のかたまりへと変わった。
「何でこんなもんが武器になってんだぁっ、クソッ、クソッ、クソォッ!!」
さらにわめきつづける鬼作は口を開いたままになっていたズック鞄を荒々しく引っ掴むと、
中に残っていた本を乱暴にぶちまけた。
『純粋理性批判』、『実践理性批判』、『判断力批判』の三大批判書にはじまり、『饗宴』、『二コマコス倫理学』、
『エチカ』、『人間不平等起源論』と続き、『近代美学史』、『この人を見よ』、『創造的進化』、『存在と時間』など、
なかには『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』なんかもあり、
何の系統性もないような一連の書物が次々と火の中に投じられていく。
そして、ついに最後の一冊『読書について』が投げ入れられたとき、
「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・へッ、へへへ、せーせーしたぜ。」
額の汗をタオルで拭いながら、忌まわしい書物を焼いたことで勢いの増した火を見て、鬼作は満足げに笑った。
灰を舞い上げて燃える炎の前にどっかと腰を下ろしてふたたびゴロリと寝そべると、
ズボンの裾から手を入れ股座をまさぐり、大口を開けてあくびした。
妙な達成感から睡魔が訪れたその瞬間、
天地を揺るがす爆音がして、同時に南の空が一瞬にして朱に染まりあがった。
「な、なんだぁ!?」
深い眠気もすっ飛んだらしく、鬼作はその轟音に慌てふためいて立ち上がる。
天に向かって吹き出るように伸びていた火柱はすぐにも収まったものの、
聞こえてきた爆発の音はここからそう遠いところのものではなく、
風もさほど強くはないとはいえ、可燃物に囲まれた場所にいるのが得策というわけではさらにない。
現に鬼作の頬を撫でていく風は先ほどよりも少し場から暖かくなっているように感じられた。
「こうしちゃいられねぇ!!」
鬼作は放り出してあった食料とペットボトルをあわただしくズックに詰めると、さっさとその場をあとにした。
「ハァハァ、しっかし、どこを見ても木ばっかだな、オイ。」
普段の運動不足がたたったのか、わずかに十分ほど走ったところで立ち止まった鬼作は
腰に手を当てて息も切れ切れに辟易として呟く。
三人分の水と食料、そして警棒とナイフの入った鞄を肩にかけなおすとずっしりと重く、
噴き出す汗をタオルで拭うと、鬼作は南の空を眺めた。
「どーやら、まーだおさまってねぇみてぇだな。
このままいきゃあ丸裸になっちまうんじゃねぇのか、この森・・・
まぁ、んなこたぁ知ったこっちゃねぇがな。
それにしてもアズヤやんとじょーちゃんとも決定的に行く末知らずになっちまったし、
さーて、これからどーすっかな?あいつらを探し出すか、それとも・・・こいつで戦ってみるか?」
鞄から取り出したコンバットナイフを月にかざしてみる。
ぎらぎらとしたどぎつい光を放つナイフを見上げて、鬼作は唇の端をゆがめた。
「ん〜、そのほうがいいかもねぇ。」
そのとき、なんとも気の抜けた、あまりにも場にそぐわない女の声がすぐ真横の茂みから聞こえてきた。
そして、がさがさと藪を揺らして罷り出でたのは金髪碧眼、
やけに露出度の高い服の上に水色と白の段だら模様も鮮やかな陣羽織をまとった透けるように白い肌の女。
その軽くウェーブのかかった髪が揺れるあとから、ごろごろと音を鳴らして大砲のようなものがついてくる。
「・・・誰だ?」
腰だめにナイフを構えて間合いをはかりながら、鬼作は目の前の女にたずねた。
鬼作の言葉に女は、んふふふ、と笑った。
「よくぞ聞いてくれました!」
女はたわわな胸をぶるんと揺らして胸を大きくそらすと突きつけられたナイフを気にするでもなく、
待ってましたとばかりに勢いよく話し始めた。
「何を隠そう、元をたどれば水戸藩士、故郷の水戸をあとにして
今は松平様をお守り奉るため遠路はるばる都まで、
京都は壬生に陣取った泣く子も黙る鬼の新選組局長、
カモミール芹沢とはアタシのぉ・・・」
途中で口上を切り、口を開いたまま視線を空にさまよわせた芹沢は、じっと鬼作の顔を見て、たずねた。
「えと・・・・・・おぢさん、「新選組」、知ってるわよね?」
「なんだぁ、馬鹿にしてやがんのかぁ?」
「そっか、知ってるんなら問題なし。
ま、とにかく、アタシは新選組局長その一のカモミール芹沢、
親しみをこめて「カモちゃん」て呼んでくれてOKよん。
もちろん、敬意を込めて「カモちゃんさん」って呼んでくれも全然問題ナッシング。
んで、こっちのかわいい子はカモちゃん砲。仲良くしてあげてねぇ。
よ〜し、それじゃ、伊頭鬼作さん、張り切って質問のほうをど〜ぞ〜〜〜!!」
すっかりボルテージの上がりきったカモちゃんは自分でパンパカパーン、と言うと
ファンファーレのつもりかおもむろに虚空にカモちゃん砲を発射した。
そして、唖然とする鬼作に向かって、
「あ、ただし、なんで新選組なのに組長じゃなくて局長なのかって質問は無しの方向でねん。」と付け足した。
それを聞いているのかいないのか、鬼作は女の体を頭のてっぺんからつま先までなめるように眺め、
にやりといやらしく笑った。
(上から、92−59−86、ってとこか?ククッ、美味そうな体しやがって。)
・・・・・・・・・