138 飛翔
138 飛翔
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(18:51 砂浜)
「あ〜と三分よ〜♪」
そう言うと、カモミール=芹沢は空に向けて空砲を撃った。
「さてと、出てくるかしらね?」
正直な所、カモミールとしては出てこずに抵抗してもらう方が嬉しかった。
彼女が慕うザッちゃん―――ザドゥの苦しみを減らし、カモミール自身の願いを
叶えさせるには一人でも早く死んでもらわなければ困るのである。
無論、カモミールとて良心が痛まない訳では無い。
だが、彼女の中の天秤は参加者の命よりも願いに傾いていた。
新撰組の生存。
彼女がルドラサウムに見せられた未来。それは時代の流れに残され、死んでゆく
新撰組の仲間達であった。
北風に晒される近藤勇子の首。北海道、無数の銃弾に蜂の巣となる土方歳江。
黒い血を吐き病死した沖田の死体、倒れ付す原田、永倉、斎藤。
そして……全身を切り刻まれたカモミール自身。
「これらの結末を変えてやる」それが、あの自称神様からの条件だった。
果たしてそれらの画像が真実であるのかどうか、カモミールには判別する手段は
無い。ただ、嘘と断じるにはあまりにもその映像は真実味があった。
「ま、悪く思わないでよね……」
手元の懐中時計を見て時刻を確認する。先程の空砲からちょうど秒針が一周
した所である。
「あ〜と二分〜!」
そして、空砲―――
(同時刻 『G・S・V3』)
「ハァ、ハァ………グレン・コリンズッ!!」
一見鉄屑のような宇宙船「グレン・スペリオル・V3(略称G・S・V3)」
の外装に手を当て、法条まりな(No,32)が叫んだ。
同時に宇宙船内のグレン・コリンズ(No,26)が身をすくませる。
「そこに……いるんでしょ……!?」
まりなの息が荒い。傷を負った足で全力で走れば無理も無い事である。
「開けなさい、グレン!」
激しいまりなの声。グレンは狭い船内で更に触手を縮ませた。
「ミミ、ミス法条……一緒に逃げようというなら無理だぞ、これは一人乗り……」
「いいから!」
グレンの言い訳を封じ、三度まりなが言った。
「ヒッ!」
本来なら開けなくても大丈夫なのだが、やはり今までの経験が物を言ってるのだろう。
思わずグレンはハッチの解除スイッチを入れた。
時間カウントが一時停止し、ハッチが空気音と共に開く。
「わわ、私は悪くないぞ!しかた無いじゃないか!第一……」
しかし、そこから飛びこんで来たのは怒声ではなかった。
一冊の手帳がグレンの額に当たる。
「痛ッ!?……て、手帳?」
「……私の手帳よ。全員とはいかないけど、参加者のデータが入ってるわ。あと、これも……」
続けてハッチから投げ込まれる物品の数々。
「まずこれ、灯台に落ちてた鍵束よ。一つはここの扉の鍵だったけど、他のは
分からなかったわ……で、あとスタングレネード。2個だけ持って行って。
使い方は分かるわね?」
「……あ?ああ……」
「OKよ、それじゃ……」
当たり前のようにまりなは話を進める。
「……何故だ?」
「……え?」
それがグレンには全く理解できなかった。
「ミス法条、何故……君は怒らないのだ?私は……」
それが当然の筈だ。現に今までグレンがそのような行動を取った時、
ある者は怒り、また軽蔑した。
「……そうね、本来ならここは怒る所なんでしょうね……」
ハッチからかすかに見えるまりなの口元に苦笑が浮かぶ。
「でもグレン、貴方の行動は正しいわ……今の状況で確実に逃げ切るにはコレしかない……」
そうだ、だからグレンは(例え爆発の可能性があったとしても)この手段を思い出した。
遮蔽物が存在しない砂浜で大砲から逃れる方法―――空からの脱出。
「……だから、託すの。貴方にしかできない方法だから」
瞬間、グレンはまりなが自分に何をさせようとしてるのかを悟った。
「む、無理だ!私一人で……」
「できるできないの問題じゃないの、やるしかないのよ」
―――グレン=コリンズ。アンタにこの馬鹿げたゲームの参加者、全員の運命を預けるわ」
「……………」
「発射までに必要な時間は?」
「……あと、5分弱だ……」
『あ〜と二分〜〜〜♪』
同時に外から響く能天気な声。
「……分かった、何とか時間を稼ぐわ。貴方は発射を少しでも早めて」
「……ああ……」
「それじゃ、幸運を祈ってるわよ!」
その言葉を最後にまりなはハッチを閉じた。再び船内が暗くなり、カウントが
再開される。
その中、グレン=コリンズは呆然と呟いた。
「私は……何をやっている……?」
(18:53 灯台内)
「……どうだったの?」
「全部預けてきたわ……。ただ、発射まであと三分時間を稼がないと……」
「そう……」
アイン(No,23)の表情に変化は無い。
だが、少々疑問を感じてるのは言葉の端から感じ取れた。
「信頼……してるの?」
「え?」
「彼の事……逃げようとしてたんでしょ?」
「……まあね。でも、アイツは本当はいい奴よ。ちょっと臆病なだけ。
まあ、このゲームじゃそのくらいが丁度いいわ」
「……そうね」
「さてと……次は貴方ね、アイン」
「私?」
「貴方にも逃げ切ってもらわないと困るからね。……いい?外で光が見えたら
北に向かって走って。足音消して走るくらいはできるでしょ?」
「ええ」
『あ〜と一分よ〜〜〜♪吹っ飛ばされたくなかったら、出てきなさ〜い』
外からの声と砲声。
「……OK。それじゃ行って来るわ」
「死ぬ気ね、まりな」
「……………そう思う?」
「仕事柄、そういう表情を見慣れてるから」
「……そう」
まりなはバツが悪そうに苦笑した。
「ま、簡単に死ぬ気は無いわ。また後で会いましょ」
「……ええ、必ず」
アインの言葉にまりなはひらひらと手を振ると、自分の荷物から二個のスタン・
グレネードを取りだした。
(18:55 灯台外)
「あらら、ホントに出てきちゃったんだ。つまんないの」
灯台から出てきたまりなを見て、カモミールは心から残念そうに言った。
「ま、いっか♪そのままこっちに来なさい!」
「本当に解除装置を渡したら砲撃を止めてくれるのね!?」
両者の距離は大体50mと言った所か。
ゆっくりと彼女に向かって歩みつつ、まりなが大声で言った。
「ホントだよ。アタシ達としても参加者同士で殺し合ってくれないと困るし。
……そっちこそ変な事は考えないよーにね。言っとくけど、この距離なら
絶対に外さないよ」
「……ええ、分かってるわ……」
できる限りゆっくりと歩く。
瞬間、砲声が砂浜に響いた。
「もっと早く来てくれる?アタシ、気が長くないの」
「せっかちねぇ……」
軽い調子で答えつつも、まりなは歩調を速める。
相手が人を殺す事に躊躇いが無いこと、ここで少しでも逆らえば彼女が本気で
砲撃を再開することがまりなにも理解できたからである。
(大体、もう一分位は稼げたかしらね……?)
残り―――二分。
「はい、そこまで」
カモミールまであと10m位の所でまりなは止められた。
「そんじゃ、そこから投げてくれる?」
「待って!その前に大砲を収め……」
砲声。
「……もう一度だけ言うよ。投げて」
「……………ッ!」
もうこれ以上会話で伸ばす事はできない。
「分かった……」
右手のスタン・グレネードのピンに手をかけ―――
「わッ!」
まりなは全力で放り投げた。
「ん?」
とっさにまりなが何を投げたか分からず、カモミールの判断が一瞬遅れる。
その隙を逃さず、まりなは一気に後方へ飛んだ。
体重が掛かり、更に出血する左足に堪えてそのまま走り出す。
同時にスタン・グレネードが落ち切る寸前に炸裂し、閃光を放った。
「なッ!?」
本能的に体を丸め、光の直視を防ぐカモミール。
「……やってくれんじゃないの!」
だが、そのままの姿勢で手にした発射栓を引く。
砲声と共に砂が吹き上がる。
しかしこれはまりなにとって好都合だ。その砂に紛れて更に南へ走る。
続けて砲声。とはいえ見えない状態で滅法に撃ってる代物だ。当たる筈は無い。
(あと……一分くらいかな……!まだなの、グレン……!?)
「しょーがないなぁ、コレ使いたくなかったんだけど!」
装填音。続けて砲声。
だが、その音は今までの砲声と微妙に違っていた。
(ヤバ……ッ!)
本能的に危険なものを感じ、まりなは砂浜に身を伏せる。
炸裂音
(炸……?)
思うよりも前に、まりなの体を幾つもの衝撃と熱が襲った。
「クッ!?」
小さな榴弾がワイシャツを突き破り、腕、足、背中に食い込んでいる。
頭部への直撃が無いのがせめてもの幸いだった。
「アアッ!」
焼け付くような痛みに思わず声が出る。
「そこねッ!」
カモミールの声と同時に砲声。
直撃でこそ無かったが近くに着弾し、その衝撃でまりなの体が飛ばされる。
「ゲホッ!ゲホッ!!」
肺に無数の砂が入り込み、激しく咳き込む。それが更にカモミールにまりなの
位置を伝えてしまう。
だが、悶えながらもまりなは左手のグレネードを持ち替え、ピンを抜いた。
(まだ……いけるッ!)
(『G・S・V3』内)
計器類が薄暗く明滅する中、カウントは進んでいた。
膝を―――とりあえず彼にとって膝にあたる部位を―――抱えるグレンの眼前で、
そのカウントは進行する。
発射まで、あと30秒―――
(砂浜)
二度目の閃光が砂浜に放たれる。
「グッ……!」
立ち上がるだけでも全身が痛む。
まりなはよろめくように走り出した。
が、その足がすぐに止まる。
「……ゲームセット、かな?」
彼女の目の前に立つカモミールが言った。
「同じ手は二度は通じないよ。投げるタイミングに合わせて直視を避ければ、
何てこと無いしね―――あとは、咳が聞こえる場所を狙って動けば」
「―――この通りって事?」
「そ♪」
発射まであと15秒―――
「残念だったねぇ、いい線いってたよ」
腰の虎徹を引き抜きながらカモミールが言う。
まりなは、弱々しくも笑みを返した。
発射まで、あと10秒―――
「大砲と刀、どっちがいい?」
「そうね……大砲の方が楽そうだから、そっちでお願いするわ」
あと5秒―――
装填音。
あと4秒―――
「何か言い残す事ある?」
あと3秒―――
「ええ、一つだけ……」
あと2秒―――
「何?」
1秒―――
「私の―――」
ゼロ
「―――勝ちよ」
噴射音と砲声が、同時に響いた。
「な、何!?爆発!?」
灯台から爆煙が吹き上がる。そこから上空へと向かってゆく一つの物体。
「何よアレ……!?ちょ、智機ちゃん、あんなの聞いてないわよ!?」
通信機に叫ぶが、その間にも当の物体は更に上昇してゆく。
「もうっ!」
毒づきながらカモちゃん砲の砲身を最大角まで向けるが、遅い。
今から再装てんして撃つ間に、アレは射程外まで行ってしまうだろう。
カモミールはまりなの最後の言葉を理解した。
そして、あの物体に何が入っているのかも。
「……やってくれんじゃない!」
カモミールは物体を追って、カモちゃん砲を引きずりつつ走り出す。
あとには、強烈な硝煙の匂いと、かつて法条まりなと呼ばれた赤黒い肉片だけが残った。
その最後を看取る者は、誰もいなかった。
【32 法条まりな:死亡】
―――――――――残り
22
人
【No,26 グレン・コリンズ】
【現在位置:「G・S・V3」内】
【スタンス:参加者の救出
首輪の解除】
【所持武器:まりなの手帳
スタン・グレネード×2
鍵束
首輪解除装置】
【備考:首輪解除済み】
【No,23 アイン】
【現在位置:東海岸北部】
【スタンス:素敵医師の殺害
主催者打倒】
【所持武器:メス】
【備考:首輪解除済み】