161 覚醒
161 覚醒
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(えへへ、やわらかーい・・・)
しおりは誰のものかわからないきめ細かくなめらかな太股に頬を擦りつけた。
長い栗色の髪の下にあるそれからは、ふんわりと甘いミルクのような匂いがする。
いつもの匂いだ、しおりは少し笑った。
(し・・・おりちゃん。しおり・・・ちゃん?)
匂いの主の優しい声が聞こえる。
これもいつもの声だ、そう思うとしおりは安心できた。
優しくて、懐かしい人の声。
けど、心地よいまどろみを邪魔されたしおりはむずがるように少し身をよじった。
(起きて、しおりちゃん。起きないと・・・)
(うーん、まだ眠いよ、さおりちゃん・・・ほら、お外だってまだ真っ暗だよぉ?)
太陽の光もなく、真っ暗なあたりを満たしおりは
膝枕をして自分の頭を撫でてくれている双子の妹に少し非難するような声でそう答えた。
まだ少しぼんやりした顔をしている姉の顔見て、さおりは表情を和らげた。
そして、髪の毛をすくように撫でながらさとすように言った。
(うん、真っ暗だね。でもね、起きないと。)
(どうしてかな・・・私なんだかとっても疲れてるの。
そーだ、さおりちゃんも一緒に寝よう、ね?)
(・・・一緒に眠りたいけれど、ダメだよ。)
(どうして?一緒に寝ると、きっととっても気持ちがいいよ?)
しおりがそう言っても、いつもは元気なさおりは曖昧に笑うだけだった。
(ほら、起きて、行かなきゃ、ね?)
(うーん、どうしても行かなきゃダメかな?)
(うん、ダメ、だよ。)
少し小首をかしげて、慈しむように目を細めてやわらかく笑った。
そして悪戯っぽくさおりはこう付け足した、
しおりちゃんが起きて、今度は私がゆっくりと眠るんだから。
(えー、ずるいな、さおりちゃん。私ももっと寝てたいな?)
(うふふ、ダメだよ。しおりちゃんは行かないと。行かないと・・・)
さおりの表情が少し曇ったのを、しおりは見逃さなかった。
(どうしたの?行かないとどうなるの?)
おっとりとした声でしおりは聞く。
(ウウン、なんでもないの。ほら、しおりちゃん、起きて!行かなきゃ、だよ。)
(うぅぅ、わかったよ、さおりちゃん。)
眠そうに目をこする姉を見て、さおりは満足そうに笑った。
(・・・そうだよ、起きて、・・・行かなきゃ、ね?)
とぼとぼと歩いて行くしおりの背中を見送るさおりの目から、涙が溢れる。
(また・・・大切な人がいなくなっちちゃうよ?)
「えへへ、おにーちゃんの匂いだぁ。」
目覚めたしおりは自分を包んでいるコートのにおいに
アズライトのにおいを見つけて嬉しそうに耳をパタパタさせた。
「う、うーんんんん」
可愛らしく伸びをすると、しおりはあたりを見わたした。
「あれ?」
一瞬、状況がよく飲み込めなかった。
「おにーちゃんが・・・いない?」
しおりには少したけの長いコートだけが残されている。
目覚めた直後のこわばった体をほぐしながら焚き火の周りを少し歩いてみても
やはりアズライトを見つけることは出来なかった。
「あの・・・おじさん?」
ちょうど焚き火を間にはさんで正反対のところに木の幹にもたれかけたまま眠っている鬼作に声をかけた。
よほど深く眠っているのだろうか、返事はない。
「あのっ!」
しおりはどうしようかと一瞬ためらったが、少し大きく息を吸って、もう一度鬼作を呼んだ。
「・・・・・・聞こえておりますよ。さおりさん?」
そのままの姿勢で、片方だけ目を開いた鬼作が寝起きのせいか異様に低く聞こえる声でそう言った。
「あ・・・、ごめんなさい。」
鬼作の機嫌を損ねたと思ったのか、しおりはしゅんとなって、手に持っていたコートをきゅっと握り締めた。
「おじさんは・・・あんまりですなぁ。で、何か御用ですかな?」
まだ低いままの声の鬼作は、身軽に立ち上がるとしおりに近づいてきた。
「あ、ごめんなさい。
それで・・・あの・・・おにーちゃんは・・・どこですか?」
ためらいがちにしおりがたずねる間に、どんどんと鬼作はしおりの方に近づいてくる。
ああ、アズライトさんですか、と答える鬼作はもうすぐ目の前にたっているが、
しおりはその顔を見ることが出来ず、少し顔をそむけた。
「アズライトさんでしたら・・・」
ポン、と肩に置かれた毛だらけの手に少し身を震わせる。
鳥肌が立ち、膝が震える、とてもいやな感じがした。
目の前に立つ男の顔は逆光で真っ黒だった。
赤い口腔と黄色い歯だけが不気味にその中に浮かんでいた。
「おにーちゃんは、どこですか?」
うつむいたまま、同じ質問をもう一度くり返す。
なめるような視線がまとわりついているのがわかる。
「アズライトさんなら、焚き木を拾いにいかれましたよ?
そういえば、まだ帰ってきておりませんねぇ。」
「!!」
目の前に立っている中年男への嫌悪感は、その一言で吹っ飛んだ。
鬼作の手を振り払うようにしてきびすを返すと、しおりは森のほうへと駆け込んだ。
背後から鬼作が何ごとかを叫んでいるが、それどころではなかった。
時折ちくちくと枝や葉が肌をさすがそんなことはもう気にならなかった。
(おにーちゃん・・・もう、ひとりはいやだよぉ・・・)
凶の足は速い。
どこまで行けども緑ばかりのまわりの景色が矢つぎばやに次々と変わっていく。
どこにいるのかはわからなかったが、それでも全力で走った。
そうしていないと変になりそうだった。
コートを持っている部分だけが妙に熱かった。
いつのまにか涙が溢れ出してきていたから、
横の茂みから突然あらわれたものに対する反応が少し遅れてしまった。
(おにーちゃんいないのに・・・探さなくっちゃいけないのに・・・こんなときに・・・)
走りながら左に持っていた日本刀に手をかけた。
突然の来訪者はつかず離れずの距離をたまったまま、ずっと後をつけてくる。
(ダメ・・・にげられない・・・)
足を止めると向き直った。
相手も足を止めてこちらを見ている。
「おにーちゃんを探さなきゃいけないの。邪魔、しないでください。」
しおりはそう言い放つと、無言で刀を抜いた。
少しはなれたところから、来訪者はそれをじっと見ていた。
【しおり】
【現在地:西の森】
【スタンス:アズライトを探し出す】
【所持品:日本刀】
【備考:凶;発火能力+身体能力↑】