162 機械仕掛けの鼓動

162 機械仕掛けの鼓動


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カキィィン、カキィィィン
森の中に剣戟の音が響き渡る。
(しおりちゃん、右だよ、避けてっ!)
頭の中に妹の声が聞こえて、しおりは左側に飛び退った。
右腕のあたりにちりちりとした感覚が通り抜ける。そして・・・
ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!
たった今まで立っていた場所にチェーンソーの刃が深々とめり込み、巻き上げた土砂を勢いよく飛ばしまくる。
「また避けられたっ?でも・・・今度こそ外しません。」
相手の行動予測のプログラムを書き換えながらなみは
ともすれば電子音にも聞こえる、やや舌足らずな声で呟いた。
そして、ふたたびチェーンソーを振りかぶって、ロック・オンされた小柄な標的に向けて振り下ろした。
「あなたを倒して、アズライトさんも倒して、
みんな倒してなみはご主人様のところに帰るんですっ。」
ブゥゥゥン、モーターの回転音も高らかにやたらとチェーンソーが振り回される。
しおりはあたりの小枝や木の葉をなぎ払いながら切りつけてくるのを先ほどから避けつづけていた。
あるいは飛んで避け、あるいはスウェーして避け、あるいは刀の背で受け流したりしながら相手の攻撃をあしらう。
かわし続けてはいるもののしおりは、先ほどから妹の声に何度も窮地を救われている。
今だってさおりの声が聞こえなければ、右肩あたりにチェーンソーが喰らいついていただろう。
そう思うと、一人ではない、ということはひどく頼もしく思えた。
(絶対、おにーちゃんにもう一度あうんだから!ねっ、さおりちゃん?)


ヒュゥンッ!!
なみに向かって、抜き身の日本刀を一閃させる。
カキィィィン!
また、森に硬い金属質同士がぶつかり合う剣戟のような音が響き渡る。
「クッ、やっぱりダメ。」
「そんな普通の刀じゃ、なみの体には傷一つつけられませんよ?」
金属の口が一瞬笑った気がした。
「ッッ、負けないんだからぁっ!!」
(でも・・・どうしたら・・・)
目の前にいる敵は、ひどく硬い。
未知の光沢を放っているそれはおそらく鉄ですらない。
幼いしおりにも、敵が日本刀の刃を通さないであろうことくらいは予想できた。
チェーンソーの刃が目の前をかすめ、前髪を数本切り取っていく。
防戦一方の悩むしおりをなみが嘲笑った。
「無駄です。あなたになみは倒せません。
だから、なみが勝ちます。
そして、なみはご主人様とところに帰るんです!
邪魔を、しないでくださいっ!!」
相手の硬い体を何とかする方法を考える間にも、
刃渡り一メートルあまりのチェーンソーが激しい回転音とともに四方八方から切りかかってくる。
そのスピードのあまりに残像を引きずってくる斬撃。
しおりはそれを何とかかわしきり、
最後の一振りも髪の毛一筋ほどの差で身を翻し、大きく飛び退った。
「アッ!」


声をあげたしおりの目には、ふわふわと空気に舞う布切れが揺れている。
ひどく長いあいだ空中を漂っているように見えたそれは、やがて静かに土の上に落ちた。
「おにーちゃんの・・・お洋服・・・」
しおりは呆然として呟き、信じられない思いで鞘を握ったままの自分の左手を眺める。
そこに抱えていたアズライトのコートの一部が引きちぎられたように切り取られている。
立ち尽くすしおりになみが風をはらませつつ迫る。
「戦いの最中に、よそ見しちゃだめですよっ?」
動きがぱたりと止まったしおりに勝機を見て取ったなみが一気に間合いを詰める。
その距離・・・・・・・・・3m!

(しおりちゃんっ、こんなときに止まっちゃダメだよ。しおりちゃんっ!!ねッ、動かなきゃ。)
心の中で、さおりが叫ぶ。

機械とは思えぬ素早い動きでさらに踏み込んでくる、なみ。
残り2m!

(しおりちゃん。しおりちゃん。お願いだから動いてっ!
このままじゃ、このままじゃ、しおりちゃんまで・・・)

1m
一瞬の隙を見逃さず、チェーンソーの凶悪な刃が十分に届く距離にまでなみは駆け寄ると、
悄然と立つ少女の脳天に向かって悠々ととどめの一撃を振り下ろした。
「これで終わり、です!
この勝負、なみがもらいましたっ!
待っててください、ご主人さまっ!なみは必ず帰ります!!。」

(しおりちゃんっ、ダメェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!)


ボンッ!!
地味な破裂音がした。
「!!」
(温感センサーが反応?何です?)
センサーの「誤動作」が一瞬なみをためらわせた。
「けどっ、このままいきます!待っててください、ご主人さまっ!!」
そのとき、なみの聴覚センサーが目の前の少女の声を拾った。
「絶対に・・・許さないんだから・・・」
ふたたび金属の骸骨は笑った。
「許すも許さないも、この距離ならなみの勝ちですっ、絶対です!!」
なみが叫んだ。
チェーンソーが装着されている右手は止まることなく振り下ろされている。
小さな頭のすぐ側まで迫っている。
そして、肉が裂け、血が噴き出し、脳漿が飛び散る。
なみの演算では、99.99%そうなる。
しかし、
振り下ろされた右手は、むなしく宙を切った。
しかも、正確には宙を「切って」さえいなかった。
なみの体に振動を伝えてくるチェーンソーの刃は紅蓮の炎に焼かれ、
その半ば以上が溶けたバターのように曲がっている。
「え?」
「絶対に許さないんだからぁぁぁぁぁっ!!」
予想外のことに戸惑うなみ、なみを見据えて叫ぶしおり。
そして燃えさかる炎に包まれたチェーンソーの刃は跡形も残さずに溶けて消えた。


(まずい、まずいです。いやな予感がします、ご主人様。)
突然の形勢逆転に混乱するなみは地を蹴り、得体の知れない少女との距離をとる。
相手との距離が広がると、すかさずしおりはその距離をつめた。
「ッ、はやいっ!?」
そして繰り出される日本刀の鋭い一撃が続けてなみを襲う。
(ダメです。これは・・・避けきれません。)
カキィィィィン
金属と金属がぶつかったときの鋭い音が響き渡る。
「そんな・・・、なみの左手が・・・」
骨格が剥き出しになっているなみの左手が切り落とされ、地面に落ちた。
「まだまだ!」
しおりはもう一歩踏み込むと、返す刃でさらになみに斬りつける。
鋭い太刀筋が、カメラで捕らえきれないほどの速度でなみに襲い掛かる。
「ンッ」
なみはすんでのところでそれを避けた。
チェーンソーは焼かれ、研ぎ澄まされた少女の刃はいまやなみの体をたやすく切り裂いていく。
避けても避けても、しおりの攻撃は続く。
切っ先が触れるたび、金属の骨格の何層かが断たれる。
肋骨部分が切り落とされ、内部機関が剥き出しになる。
膝の間接部分の回路を切り裂かれ、バランスを崩される。
そこにすかさず振り下ろされ、頭部ユニットに損傷が出る。
何とか体勢を立て直したところに、腰の部分に刃が突き刺され、さらにバランサーをやられる。
鎖骨が斬られ、燃料タンクにひびが入り、左カメラが割られ、なみの視界が半分になった。
「でも、まだです。なみはまだ諦めません。」


気力を振り絞って叫ぶなみの右のカメラアイが一瞬、少女の目を捉えた。
少女の目。
巨大な憎悪を宿す氷のように冷たく美しい瞳がふたたび微笑った。
「死ね」
冷たい瞳に無数の小さな火花が踊る。
なみの右腕の先にあるチェーンソーの動力部に火がともる。
それを認めたなみの顔がまた笑ったように見えた。
「?」
その笑いに冷ややかな表情を崩さないままのしおりの顔がわずかに曇る。
「フフ、やっぱり、発火能力だったんですね?あなたの力・・・
どちらを狙われるかわかりませんでしたが、あなたは「こちら」を選んだ。
だから、この賭けはなみの勝ちですっ!!」
なみは声を弾ませる。
「チェーンソー、パージ!!」
パシュン、という小さな音を立ててなみの体を離れた回転のこぎりがしおりの方へ飛び出す。
「そして今度こそっ、本当になみの勝ちです!」
しおりの方に向けて射出されたエンジンは、まばゆいばかりの光を放ち
ほどなくして音感センサーが少しおかしくなるほどの音を立てて爆発した。
暗い森の中に赫々と炎の柱が立ち上り、少女の姿は炎に包まれてもう見えない。
それを確認して、なみはその場にしゃがみこみ、深い深い安堵の息をついた。
「・・・やりました。ご主人様。なみはやりました。
待っててください。きっとかえって見せますから。ご主人様のところへ帰りますから、きっと。」
空を仰ぎ見て、遠くの主人のことを思う。なみは少し胸が暖かくなった。


「残念だったね。」
ドクン!!
「え?」
「許さないって、言ったでしょう?」
ドクン!!
機械仕掛けの鼓動が高鳴る。
いま、恐怖と戦慄が鮮やかに蘇る。
なみの目の前には、傷ひとつなく笑う二つの冷たい瞳があった。
その冷たい目はじっとなみの眼をレンズ越しに見通している。
「そんなっ、あなたはさっき・・・」
キィンッ
最後の言葉を吐く前に月光にぎらつく刃が大乗段から振り下ろされ、鋭く、短い音がした。
「さようなら。」
なみの目の前に美しい火花が散り、火がともされる。
今度はなみの動力部、水素で動く心臓に赤い火がともされた。
次の瞬間、なみの胸からまばゆい光が溢れ出し、耳をつんざく轟音と爆風が夜の森を大きく揺らした。
あたりの木々はなぎ倒され吹き飛び、そして風の中で燃え尽きていった。
火の粉があなたこなたへと舞い散り、森全体をほの赤く染めるなか、炎の中から無傷の少女が現れる。
火傷もなく、煤すらついていない少女は片手にコートをかき抱き、もう一方の手に刀を握っている。
渦巻く炎とその光陰を背にしおりはふたたび歩き始めた。


【24 なみ:死亡 】

―――――――――残り 17



【しおり】
【現在地:西の森】
【スタンス:アズライトを探し出す】
【所持品:日本刀】
【備考:凶;発火能力+身体能力↑】




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