304 天覧席の風景

304 天覧席の風景


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(ルートC・3日目 AM05:45 場所不明)


「なんでぷちぷち、じっとしてるのかなぁ……」

ルドラサウムの嘆息は、島内の戦局が段落したが為である。
【ぷちぷち】――― 人間どもの動きが止まった為である。
何しろ、島に居る殆どのぷちぷち達が、眠りについている。
動きを求めることのほうが無理であった。

ルドラサウムが最後に笑ったイベントは、三時間以上も遡ることになる。
広場まひるに夜這いをかけたランスが、
レギンスを微妙に盛り上げているアレに気付いて、
嘆きつつも大暴れして、
高町恭也はがたすら絶句して、
魔窟堂野武彦はなぜか感動に打ち震えて、
ユリーシャがオロオロして、
月夜御名紗霧がバットでガツンした。
それを最後に、鯨神の興味を引くぱっとしたイベントは無い。

ルドラサウムは唯一動きを見せている集団に、視線を移す。
鎮火活動を行っているレプリカ智機たちである。
彼女たちが次々と破損し、爆発し、損傷してゆく様は、
ある種の感動のドラマとして、この鯨を愉しませた。
しかしそれも、二時間ほど前までのことである。

今や鎮火活動も、ほぼ完了していた。
Dシリーズ全機破損。
Nシリーズ32機破損。
そこから、被害は増えなかった。
今は残務処理に過ぎず、見所はもう無いと言って良い。


「あーあ、退屈だなぁ。物足りないなぁ」

ルドラサウムはバタンバタンと尻尾を縦に振っている。
縦の動きは苛立ちを表現するものである。

「ルドラサウム様、例の物、集まりまして御座います」

いやらしい含み笑いと共に現れたのは、鯨神に負けず劣らずの、異形の者である。
まず、全身が金色に発光していた。
体は、卵の如き楕円形をしていた。
そこから銀鱗に覆われた太い首が伸びており、
顔は亀に酷似する爬虫類のそれであった。
腕とも脚とも付かぬ極太の六本が伸び、指は存在していない。

これこそが、プランナーである。

この悪意に満ちたゲームの企画立案者であり、
ディレクターであり、スポンサーであり、黒幕である。
その点、厳密に言えば、ルドラサウムは黒幕ではない。
一部、キャストの勧誘にも指を伸ばしはしたものの、
基本的にはこの筋書きの無いドラマの、観客である。

この観客ただ一人の為に、
その退屈を解消する為に、
ゲームは企画されていた。

「もう待ちくたびれちゃったよ、プランナー。
 持ってきてくれたんだよね、例の物?」
「こちらに」


プランナーの腕の一本に抱かれているのは、籐の如き素材の編み壺である。
連絡員・エンジェルナイトが腰に提げていたものである。
情報と称して、会場内の死者の魂を詰め込んだものである。

それは、献上品であった。

ゲームの終盤で盤面が膠着することを見越したプランナーが、
同じく、主の飽きっぽさと我侭さを見越し、
盤面が再び動き―――恐らくは最終決戦―――を見せるまでの間、
主の無聊を慰めるために用意した、玩具箱であった。

「ねえねえプランナー。【あの子】たちの分もあるのかな?」

死後、その魂が島内から離脱しようとしたために、
プランナーが張り巡らせた結界に捕らまえられ、
雲散霧消させられた、神秘に連なる人間と、人ならざる獣がいた。
【あの子】たちとは、その二人と一匹を指している。

『百貨店の神』大宮能売神の神人(カムト)、22・紫堂神楽。
第三界の存在に憑依されし猫少女、19・松倉藍。
そして、藍に憑依する墓守の獣、Yzz=HwTrrra。

「断片は全て回収させました。
 しかしこれを意味ある形に戻せるのはルドラサウム様だけに御座います」
「いいよ〜、それぇ〜、粘土こねこね〜♪」

プランナーが取り出した三つの魂の断片。
ルドラサウムはそれを器用に選別すると、己の体表を軽く擦って光る粉を出し、
それを残留思念の断片にまぶした上で、こね回した。
すると、どうであろうか。


《話し合い》《よかった…》《よかった…》

《わたしの体なのに》《安曇村》《安曇村》

《堂島》《堂島》《還るょ》《ヤマノカミ》

島の上空を覆う結界に触れて霧消した筈の魂たちが、
残留思念として明確な形を取り戻したではないか。

「流石のお手並みにございますな」

プランナーのお追従に、鯨神はしっぽを左右にぺちぺちした。

「ん〜、そお? そ〜でもないけどな〜?」

命とは、鯨神の微小な破片や欠片に過ぎぬ。
全ての命はここより生まれ、全ての命はここへと帰ってくる。
魂の集合体であり、魂のふるさとである。
紛うことなき創造神にして、世界そのものに同一。
ルドラサウムとは、そうした存在なのである。

「これで全部そろったね♪ じゃあ、どの子から味見しよっかな?」
「は、今蘇らせました紫堂神楽など如何でしょう?
 その死に際の記憶を神条真人などと共に味わわれれば、
 無念や無情が極上のハーモニーを奏でること、請け合いでございましょう」
「……ホント、きみはそーいうの大好きだねぇ。わかった、一度試してみるよ」

ルドラサウムは臣下の進言を容れ、神条真人の思念を壺より引き抜いた。

《虎の仮面》《虎の仮面》《なんという……》


そして、真人と神楽の思念を、その赤く大きな口に、放り込んだ。
鯨神は目を閉じ、舌の感覚に集中する。
噛み砕きも、嚥下もしない。
魂の消化も初期化もしない。
ただ舌で転がし、記録/記憶を追体験するのである。
愉しむのである。
嬲るのである。

死ぬ間際にこう見えたであるとか。
殺すときにこう動いたであるとか。

そういった人間ドラマとアクションを、キャスト目線で愉しむのである。
マルチサイトで、殺す側と殺される側とを見比べるのである。

「神楽ちゃん、後ろ!後ろ!」

新しく与えられた楽しいおもちゃに、鯨神はすぐに没頭した。
既にプランナーの存在など眼中に無い。
その主の上機嫌ぶりを見て、金卵神はほくそ笑む。

(これであと二日――― いや、一日半程度は保ちますね)




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プランナーの私室の如き空間には、天使たちが整列していた。
その数は100体を下るまい。
後ろ手に腕を組み、背筋を伸ばし、直立不動。
プランナー直属の精鋭たちである。


そこに、創造神への貢物を終えた主が、戻ってきた。

天使たちは一糸乱さず、深々と頭を下げる。
プランナーは軽く手を上げて返礼しする。

「情報の収集、ご苦労。ルドラサウム様もことのほかお喜びでしたよ」
「恐れ入ります」
「次に死者が出るまで、ここで待機していなさい」
「了解いたしました」

受け答えたのは、連絡員であった。
主の労いに感動し打ち震えることも無く、淡々と返礼した。
エンジェルナイトとは、そうした存在故に。

「そういえば、悪魔フェリスはどうなっていましたか?」

プランナーはまた別の天使を指し、そう質問する。

「詳細は悪魔界に入らないとわかりませんが―――
 強制解呪にて、ランスとフェリスとの契約が絶たれていました」
「まあ、会場はルドラサウム様のお膝元ですからね……
 彼らもこちらと事を構えたくない以上、
 不干渉に徹することにした、のでしょうね」

創造神ルドラサウムに対抗する勢力として、悪魔なる存在がある。
ルドラサウムの目を逃れて、魂を掠め取り、
ほんの少しずつ、ルドラサウムの弱体化を進めている集団である。
ほんの少しずつ、自陣営の強化を進めている集団である。
渦中のフェリスも、この末端に位置する存在であった。


例えるならば、絶対権力を有するルドラサウム政権に対する、
弱小にして人口に膾炙せぬ反政府地下ゲリラの如きものである。
象に対する蟻である。

「であるならば、放置ですね」

ランスとフェリスの強制契約解除とは、
【島】への侵入が悪魔サイドの意図せぬものであったことを金卵神に示し、
今後の不干渉を宣言するに等しい行為であった。
お目こぼしを乞う姿勢であった。

創造主サイドにしても、悪魔たちには不介入を原則としている。
それでも時折介入せざるを得ない状況というのは発生するのだが、
今回は面倒な諸問題を発生させてまで手出しすることはないと、
プランナーは考えている。

今やっていることは、ただの遊びである故に。
思いつきの余興であり、主の無聊を慰める暇つぶしである故に。
藪を突付いて蛇を出すような真似はしたくない。

故にプランナーは悪魔侵入の事実を無かったことにして、場を収めたのである。

「まあ、ランスには気の毒なことですが」

プランナーは、紗霧に請われたランスが召還を失敗した事を知っている。
失敗し、ほら吹き呼ばわりされた事を知っている。
その後も人目を避けて何度か試した事を知っている。
その徒労が今後も繰り返されると思うと…… 
プランナーは、愉しくて仕方なかった。


足掻き、もがき、悩み、苦しむ。
その上で、報われない。
この悪趣味な一柱は、そういった悲劇をこよなく愛するのである。
苦悩と怨嗟が大好物なのである。

その嫌らしい性質故に、このゲームは生まれたのである。
確かに、主・ルドラサウムを楽しませるためのものではある。
しかし隠し切れぬ彼の陰湿なサディズムが、この企図には滲んでいる。

「さて――― 八時までには、まだ間がありますね」

頭を切り替えて、プランナーが時間を確認する。
八時とは、ザドゥたちが目覚める時を指す。
その時間までに、プランナーは一つ、決めねばならぬことがあった。

シークレットポイントを使用したことによるペナルティ。

プランナーは、その具体的な内容を決めていなかった。
手落ちではない。
即興性を重視していた。

どうすれば、主の歓心を買えるのか。
どうすれば、己の濁った悦びを満たせるのか。
どうすれば、転落した主催者たちをもっと惨めに堕とせるのか。

プランナーの頭脳は回転する。
名の示す通り、番組をプランニングしていく。
より悲劇的に、より悪趣味に。



AM6:00―――
絶望の孤島に、また、朝日が昇る。



(ルートC)

【現在位置:?】

【連絡員:エンジェルナイト】
【スタンス:@死者が出るまで待機
      A死者の魂の回収
      B参加者には一切関わらない】
【所持品:聖剣、聖盾、防具一式】

 ※ここまでの全ての死者の魂は、ルドラサウムの手に渡りました
 ※紗霧パーティーが全員、まひるの性別(♂)を知りました
 ※フェリスの召還が不可能であると判りました
 ※東の森の火災は鎮火されました




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