295 ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜折り返し地点〜
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   (ルートC・2日目 22:45 I−7地点・海岸線・岩場) 
  
  
 「おはよう」 
  
 目覚めし透子の言葉は、朝の挨拶であった。 
 それが元気さから来る物なのか、錯乱から来る物なのか、 
 仁村知佳には判断できず、歩調を合わせた言葉で応えた。 
   
 「おはよう透子さん。大丈夫ですか?」 
 「だいぶすっきり」 
 《おうトーコちん、無事でなによりじゃな!》 
  
 額から大きく広がる血痕のせいで陰惨な顔つきではあるが、 
 それでも確かに、透子の表情には清々しさがあった。 
 透子は猫の如く大きく伸びをすると、ぺこりと、知佳に頭を下げた。 
  
 「ありがとう」 
 「紳一を、やってくれて」 
  
 その言葉は、真心からにじみ出た感謝であった。 
 透子の気持ちは穏やかに満たされていた。 
 目的を遂行するにあたっての唯一の懸念事項が解消された故に。 
 これで、後顧の憂い無く、事に当たれるが故に。 
  
 (心置きなく―――) 
 (死ねる) 
  
 透子の目的とは、自らの命を絶つことである。 
 世界の読み替えが制限されている今だからこそ可能な、復活も転生も無い、 
 完璧な意識の喪失を迎えることにある。 
  
 「ん」 
  
 最小限度の言葉と共に、透子は知佳へと手を伸ばす。 
 その動きはカオスを返せと告げていた。 
 そこで、知佳の顔が曇った。 
  
 「ん?」 
  
 知佳は、下がった。二歩、三歩。 
 カオスを後ろ手に持ち替えた。 
 その動きは明らかに魔剣の返却を拒否していた。 
  
 「だめだよ透子さん、カオスさんは渡せない。 
  だって透子さん…… 自殺する気でしょ?」 
  
 仁村知佳は、対象への接近/接触によって心の声を聞く。 
 胸が喜びに高鳴り、自らの終幕一色に染まっている透子の心は、 
 このXX(ダブルエックス)障害者に筒抜けていたのである。 
  
 透子は思い出す。 
 知佳と自分とのこれまでの何度かの邂逅と、 
 たまに空間検索に引っかかる、彼女の心の有り様を。 
 優しく博愛精神に溢れる、魂の形を。 
  
 (知佳は……) 
 (優しい子) 
 透子は思い至る。 
 せっかく晴れやかな気分になっている事を。 
 これで心置きなく人生に終止符をうてるのだと、 
 うきうきしている事を。 
 彼女には決して判って貰えぬのであると。 
  
 「命を粗末にしちゃ、だめなんだよ」 
  
 透子の表情が消える。 
 否、若干の悲しみを含んだ色となる。 
  
 「それはいいこと」 
 「だから返して」 
  
 短い言葉ながら、知佳に透子の意図は伝わった。 
 それ、とは透子の自殺を指しており。 
 いいこと、とは主催者の死を示しており。 
 返して、とはカオスを表している。 
 翻訳すれば、こうである。 
  
   ―――私が死ねば、主催者打倒の達成に近づくでしょ? 
  
 透子の提案は、全く正しい。 
 知佳は迷走に逡巡を重ねてはいるものの、 
 その根には主催者打倒による決着が据わっている。 
 であれば。 
 知佳にとって透子とは滅ぼすべき敵に他ならなく。 
 まともに衝突すれば、そのテレポート能力に苦しめられるは必定で。 
 今、剣を渡しさえすれば、その労無くして勝手に死んでくれるのならば。 
 知佳は、諸手を上げて歓迎すべきである。 
それは知佳にも判っていた。 
 判っていても、割り切れなかった。 
  
 「でも、出来ないよ」 
  
 割り切るには交流が多すぎた。 
 割り切るには肩入れしすぎた。 
 割り切るには借りが大きすぎた。 
 そして――― 割り切るには、知佳は優しすぎた。 
 勝手ながら。 
 知佳は、透子に友情めいた思いを抱いてしまっていたのである。 
  
 「じゃあ」 
 「貴女が、殺して」 
  
 透子は目を閉じ、胸を広げ。 
 そこにカオスを刺し込んで欲しいのだと、知佳に告げる。 
 この時、知佳の心に、透子の心の声が染み込んできた。 
  
 【    どうせ死ぬなら                  】 
 【        私を「かなしいひと」だと思ってくれた   】 
 【 私の歴史を知ってくれた                仁】 
 【村知佳の                役に立とう    】 
  
 知佳の目に、みるみる涙が溜まってゆく。 
 嬉しかった。友情を感じていたのは自分だけではなかったことが。 
 悲しかった。友情から来る提案を踏みにじらねばならぬことが。 
  
 「―――それもダメだよ」 
 真珠の涙をぽろぽろ零しながら。 
 ひくつく鼻を啜りながら。 
 知佳は、より強く、透子の思いを拒絶した。 
 状況も立場も弁えずに、命は大切というお題目を、妄信的に信じている。 
 先を利を考えずに、今の感情のみを疾走させている。 
  
 「わかった」 
 「じゃあ、いい」 
  
 透子とて知佳を困らせたい訳ではない。 
 故に、透子は諦めた。 
 カオスを手に入れるを、断念した。 
 しかし、それはタナトスの誘惑を断ち切ったを意味しない。 
  
 【   仁村知佳のいないところで        他の死        】 
 【に方をしよう      たとえば         炎の森に歩いて行っ】 
 【て  焼け死ぬとか    素敵医師のへんな薬でへんな死に方するとか 】 
 【  空高くに瞬間移動して      そのまま落ちるとか       】 
  
 三つ目の自殺方法を思い浮かべると共に、透子は夜空を振り仰ぐ。 
 透子の心を読んだ知佳もまた、つられるようにそれに倣う。 
 その、二人の頭上に。 
  
  
  
 「―――対象発見―――」 
  
  
  
 星さえ見えぬ煙空を切り裂いて、金髪碧眼の天使が降臨したのである。 
 「天使さま……」 
  
 自分の薄ら汚れたどぶ色の羽根ではなく、輝ける純白の翼の。 
 その神々しさと凛々しさに、知佳は見入った。 
  
 「ああ、やっぱり……」 
  
 一方の透子は、諦観の念をより強くした。希死念慮は益々深まった。 
 この天使を、自分の後任として招聘された存在だと捉えた故に。 
  
 天使はそれぞれの思いを知ってか知らずか。 
 ひとたび透子を見やったものの、知佳に目線をくれることは無く。 
 捕獲対象――― 勝沼紳一の残留思念の側に、降り立った。 
  
 《処女》《処女》《処女》《中古》《処女》 
  
 紳一が自我を保っていたなら、さぞかし無念を感じたことであろう。 
 目も眩むような輝きを放つ極上の処女が、目の前に降臨したのだから。 
  
 「プランナー様。対象は勝沼紳一でした。 
  しかし…… 彼は既に【終わって】いるようです。 
  回収してもよろしいでしょうか」 
  
 今の紳一は二度目の死を終えている。 
 彼の特権は既に剥奪され、残留思念に堕している。 
 連絡員はそのことを確認し、上司に伺いを立てる。 
  
 「ルドラサウムさまはもう、良いと? ―――ではこの情報も回収します」 
 全き無垢な戦乙女は、例の如く燐光眩しき聖剣を振り下ろし。 
 哀れな勝沼財閥総帥の魂を刈り取って。 
 渓流釣りの魚籠の如き壺に、無造作に吸い込んだ。 
  
 「―――回収完了―――」 
  
 そして新たなる魂を探すべく、翼をはためかせたところに。 
 仁村知佳が怖じつ怯えつ、去り行く天使を引き止めた。 
  
 「あのっ、天使さまっ! 聞きたいことがあるんです」 
  
 エンジェルナイトは、知佳を完全に無視している。 
 翼のはためきは止まない。 
 足元に土煙を飛ばし、今にも飛び立とうとしている。 
  
 《無駄じゃよ嬢ちゃん。その無機天使どもは、何も答えやせん》 
  
 エンジェルナイトが何者から生まれ、如何なる性質を持つのか。 
 魔剣カオスはいやという程知っていた。その恐ろしい程の強さも知っていた。 
 無駄と危険。 
 その両面から、知佳の無謀な行動を諌めた。 
  
 それでもめげずに、知佳は尋ねた。 
 生きる気力を失っている友の為に。 
   
 「透子さんは、まだ、主催者ですか?」 
  
 透子の自殺を止めるには絶望を振り払う必要があり、 
 絶望を振り払うには希望を与える必要があり、 
 希望を与えるには願いを叶える権利が失われていない事を証するほかに無い。 
    ―――プランナー様。 
    ―――ルドラサウム様。 
  
 天使の言葉から漏れ聞こえた二つの黒幕らしき者の名に、知佳は直感していた。 
 この天使が、透子の去就を知っていると予測した。 
 そして、賭けた。 
 透子の主催者としての権利が失われていないという可能性に。 
  
 天使は、知佳に目もくれぬ。 
 カオスの忠告通り、何も答えぬまま飛び立とうとしている。 
  
 (答えないなら、答えないで、いい―――) 
  
 知佳はその小さな手を、エンジェルナイトに伸ばした。 
 行かないでと縋りつくように、その裾を掴もうとした。 
 天使はその手を払おうともしないで。 
 そもそも手など伸びていないかの如く振舞って。 
 静かに優雅に舞い上がり。 
 鳶の如く旋回を見せると、白煙を鋭く突きぬけ、飛び去った。 
  
 《チカちゃん、わかりましたかね? アレはああいう冷たーい生き物なんですよ?》 
  
 カオスの慰撫は無用であった。 
 知佳は、質問への解答を得ていた故に。 
 目的は、完璧に達せられた故に。 
   
 【プレイヤーとの接触は禁止されている仁村知佳の問いには答えら】 
 【れないでも私は聞いている誰一人として主催者はその地位を失っ】 
 【ていないのだとルドラサウム様を楽しませる限りその資格は失わ】 
 【れないのだとゲームを満了させればその願いは叶えられるのだと】 
 知佳が天使に向けて伸ばした手は、天使を留める為の手に非ず。 
 触れる事で発動する、読心能力を使用する為の手であった。 
 問いかけに、返答は無くとも。 
 問いかけを、耳にさえすれば。 
 問いかけが、心に届いたなら。 
 胸中でその問いかけに対する反応が生まれるのは必然であった。 
  
 知佳は茫と佇む透子の肩を激しく揺さぶり、 
 透子の冷えた心に篝火を点す一言を告げた。 
  
 「透子さん! 透子さんはまだ、主催者だよ!」 
  
 最初、透子は言葉の意味を理解できなかった。 
 何度も何度も頭の中でその言葉を反芻し、転がして、漸く意味を見出した。 
 知佳がこんな時に嘘をつくような子ではないと透子は信頼していたが、 
 それでもあまりにも都合の良い展開を俄かには信じられなかった。 
 故に透子は確認する。 
 ゆっくりと事実を胃の腑に流し込む為に。 
  
 「天使、読んだの?」 
 「そうだよ」 
  
 透子は恐る恐る知佳に問うた。 
 知佳が力強い頷きで肯定した。 
 透子の蒼白の頬に血の気が差した。 
   
 「まだ、資格、あるの?」 
 「そうだよ」 
 透子は痺れる頭で知佳に問うた。 
 知佳がにこやかな笑みで肯定した。 
 透子の脱力した五体に力が漲った。 
  
 「願い、叶えられるの?」 
 「そうだよ!」 
  
 透子は夢見心地で知佳に問うた。 
 知佳は透子の手をぎゅっと握って肯定した。 
 透子の瞳から涙が一滴、零れ落ちた。 
  
 「嬉しい……」 
 「嬉しい……」 
  
 花が、咲いた。 
 静かに涙を流しながら微笑む透子を見た知佳の、感想である。 
  
 端正で色白な、無表情で無感心な。 
 美人ではあれども、どこか作り物めいた。 
 表情筋が抜け落ちたような。 
 そんな顔ばかり見せていた透子が、今は。 
 可憐で多感な少女の顔を、見せている。 
  
 「嬉しい……」 
 「嬉しい……」 
 透子は希望を繋いだ喜びに、打ち震えていた。 
 知佳は、めいっぱい微笑んだ。 
 友が生きる希望を見出したことを、心の底から祝福していた。 
 二人揃って泣いていた。 
 泣きながら笑っていた。 
 暖かいものが二人の胸を満たしていた。 
  
 「よかったね、よかったね」 
 「うん、うん」 
  
 監察官・御陵透子。プレイヤー・仁村知佳。 
 二人の可憐な少女は、お互いの並び立たぬ立場を忘れて。 
 いまは、ただ。 
 無邪気に喜びを分かち合っている。
 (ルートC) 
  
 【現在位置:I−7地点 海岸線・岩場】 
  
 【仁村知佳(40)】 
 【スタンス:@読心による情報収集 
       A手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める 
       B恭也たちと合流】 
 【所持品:???、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】 
 【能力:超能力、飛行、光合成、読心】 
 【状態:疲労(小)、精神的疲労(小)】 
 【備考:定時放送のズレにはまだ気づいていません。 
     手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】 
  
 【監察官:御陵透子】 
 【スタンス:願望の成就】 
 【所持品:契約のロケット(破損)、魔剣カオス】 
 【能力:記録/記憶を読む、瞬間移動(ロケット必須)】 
 【備考:疲労(小)】 
  
  
 【現在位置:I−7地点 海岸線・岩場 → ?】 
  
 【連絡員:エンジェルナイト】 
 【スタンス:@死者の魂の回収 
       A参加者には一切関わらない】 
 【所持品:聖剣、聖盾、防具一式】 
  
 ※勝沼紳一の魂は、連絡員に捕獲されました