296 神鬼軍師の本領
296 神鬼軍師の本領
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これは戦いではありません。
狩りです。
人vs獣の狩りではありません。
獣vs獣の巻き狩りです。
私たちは飢えたハイエナの群れとなり、
暴れる巨象を喰らうのです。
(ルートC・2日目 PM09:30 E−5地点 耕作地帯)
〜第一波〜
五人の戦士がそこにいた。
荒ぶる魔獣の前にいた。
ユリーシャ。
ランス。
魔窟堂野武彦。
高町恭也。
月夜御名紗霧。
時は深夜。雲深く月は無し。
されど、東方で燃え盛る森林の影響で、視界はそれなりに確保できている。
その天然の松明は、ケイブリスの姿を下から照らし、威容と異様を大きく煽る。
その天然の松明は、相対する五人の影を長く伸ばす。
煙たなびく耕作地帯のことである。
『戦場は、可能な限り遮蔽物のない、平坦な土地が望ましいですね。
逆に最悪なのが、森の中、町の中。
魔獣の豪腕の一薙ぎで、木々や建築物は榴弾と化すでしょう。
それは、炎の魔法よりも強力な、ロングレンジの武器を与えるに等しいです』
紗霧のこの言葉に従い、まひるが我が身を囮に危険を顧みず、
絶好のロケーションへとケイブリスを導いてきたというのに。
「なんて…… 大きい……」
「駄目です。こんな狂猛な気を放つ怪物に、俺は立ち向かえません……」
「じゃからワシは言ったんじゃ!この凄まじさは見たモンにしかわからんと!」
「ランス様、ランス様……」
紗霧は震える声でケイブリスを見上げていた。
恭也は合わぬ歯の根を打ち鳴らしていた。
野武彦は年甲斐も無く周囲に当り散らしていた。
ユリーシャは目を伏せランスにしがみ付いていた。
現れは各々違えども、五戦士のうち四人もが、
臆病風に吹かれていた。
その身の竦みを見て、笑う者、二人。
「ぐぅえふぇふぇ!」
当然、一人はケイブリスである。
六本の腕を大きく広げ、その巨躯を誇示し、威圧している。
夜空に遠吠えの如き哄笑を響かせている。
「がははは! 何だ恭也、口ほどにも無いな!
そんな情けない姿、知佳ちゃんが見たら愛想をつかすぞ?」
もう一人とはランスである。
有り余る勇気と無根拠な自信で、怯える仲間を笑い飛ばしている。
斧を八双に構え、臨戦態勢でケイブリスに対峙している。
「おらっ、恭也、ジジイ! 俺様に続け〜〜!!」
吶喊の号令は、そのランスより下された。
威勢のいい掛け声に、しかし誰もが唱和しなかった。誰もが後を追わなかった。
三歩走って振り返るランスの口許がへの字に折れ曲がる。
「逃げましょう、月夜御名さん」
「……そうしましょう」
「うむ、三十六計なんとやらじゃ!」
彼らは、あれほどの決意を見せたというのに。
彼らは、あれほどの覚悟を決めたというのに。
恐怖とは、全ての気力をへし折るものなのか。
士気とは、仲間の勇姿を見ても戻らぬものなのか。
「何だお前ら、仲間だ協力しあおうだ調子のいいコト言っといて、結局コレか!?」
「勝ち目の無い争いは愚かだと言っておるのじゃ。 ……ここは引こう、ランス殿」
そもそもランスは、紗霧たちの激情に焚きつけられたのである。
引っ張られたのである。
その、彼を躍らせた張本人たちが揃って足を竦ませていたのでは、
ランスは、屋に上げられて梯子を外されたに等しい。
彼の憤りは尤もである。
しかし相対するケイブリスにとっては、斯様な経緯など知ったことではない。
「バカかおめーら? 俺様が逃がすとでも思ってやがるのか?」
ケイブリスが数時間前に茶室にて、椎名智機から聞いたところによると。
プレイヤーの残り人数は八人。
残しておかなくてはならない人数は二人のみ。
うち一人はしおりという名のガキンチョ限定。
対して、目の前にいるプレイヤーどもといえば。
保護すべきしおりの姿は無く。
倒すべきライバルが含まれており。
男根触手にビンビンくるメスが二匹もいる。
と、なれば、殲滅するを躊躇う理由など無いのである。
「ぐふふ…… さあ、おっぱじめようぜ、殺し合いをよ?」
もう、大暴れは確定なのである。
「そうだそうだ、野郎どもは覚悟を決めろ!
女の子たちは俺様の勇姿をその目に焼き付けろ!」
ランスはケイブリスに同調する。
闘争本能を高らかに歌いあげる。
命を奪い合おうと。
決着をつけようと。
怖じる仲間を彼なりに勇気付ける。
「高町さん……」
ランスの鼓舞に呼応してか、紗霧が恭也の名を呼んだ。
恭也は小さく頷いて――― 信じられぬ行動に出た。
無骨な好感であったはずのこの男が。
大儀の為に己を殺せるはずのこの男が。
ユリーシャの足を、払ったのである。
「御免」
決して強い蹴り足ではなかった。怪我をさせぬ程度の配慮は為されていた。
それでもひ弱なユリーシャの膝は崩れ、ランスの腰に縋りつくように転倒する。
「なにをしやがる!!」
ランスは怒りの形相すさまじく恭也に闘気を叩きつけるが、
腰のユリーシャを振り払うわけにも行かず、
そのために誰をも捕らえることができなかった。
この隙に卑怯者たちは、逃げた。
三者散り散りとなって、逃げた。
ランスとユリーシャを贄として、逃げた。
『初動をミスったなら即撤退』
紗霧はブリーフィングの中で、そう指示を出していた。
しかし、矛を交えることなく逃げ出したなら。
いや、矛を構えることすらなく逃げ出したなら。
それは戦略的な撤退などではなく、恥ずべき壊走でしかない。
「いやはははは! い〜い仲間を持って幸せだなァ、ランス」
責めるにも逃げるにもタイミングを失い、
ユリーシャを抱きとめた為に姿勢を崩しているランスを眺め、
心底楽しそうに膝を叩くのはケイブリス。
「むかむかむかぁっ!! あんなヤツラ仲間でもなんでもないわ!!
強い強い俺様には友達なんていらないのだ!!」
巨獣に見下ろされているランスは、精一杯強がった。
しかし、荒い息に、喰いしばる奥歯に、隠し切れぬ動揺が現れている。
見通したケイブリスはさらに笑う。
大きな顔を近づけて、焦るランスの顔色を眺めている。
その時であった。
震えているはずのユリーシャが、震えぬ声で囁いたのは。
「目を閉じてください、ランス様」
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〜ユリーシャ〜
『ユリーシャさん。
あなたはランスが飛び出さぬよう、くっついて離れないでください。
そうすれば、魔獣は得意げに寄ってくるでしょう。
ランスを嬲りに近づくでしょう。
か弱く怯える貴女を視界に収めはしても、焦点を合わせることは無いでしょう。
その、人間様を舐めきったマヌケ面に向かって【これ】を放つのです』
ケイブリスの嘲笑はユリーシャの鼓膜を痛いほど揺さぶり、
ケイブリスの鼻息はユリーシャの足元をふらつかせる。
(でも――― 怖くなど、ありません)
ランスが腰を抱いてくれている。
自分を気遣ってくれている。
『この腕の中は世界で一番安全な場所だ』
かつて、あまりにも強大な黒幕の影に怯えるユリーシャに、
ランスが放った、無根拠かつ骨太な保護の宣言。
それは彼女にとっての魔法の言葉。神棚に鎮座する聖なる宝石。
信じている。盲目的に。
慕っている。独善的に。
故に青髪の少女は迫る巨獣を恐れない。
恐れる理由など見当たらない。
(ランス様に楯突く豚め…… 後悔しなさい!)
彼女がいつしか手に構えしは、ビッグサイズの紙コップ。
至近で見下ろすケイブリスの顔面。
大きくつぶらなクリアブルーの瞳。
ユリーシャはそこに筒先を向け、筒の尻に取り付けられた紐を一息に引いた。
―――ぱん。
それが、真の決戦の開始を告げる喇叭となり。
同時に、この戦いにおける一番槍ともなった。
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〜恭也〜
『ユリーシャさんの【フラッシュ紙コップ】が成功したなら、
魔獣は数秒間、視覚を失うでしょう。
その数秒間が、勝負の分かれ目です。
高町さん、特訓の成果、見せてください。
眩んでいるだけの目を貴方の【飛釘】で、完全に潰すのです』
ランスの背後、数メートルの地点。
密やかに舞い戻った高町恭也が、目晦ましに惑うケイブリスを見上げていた。
(想定よりも、遥かに――― 易い!)
高さ、約3.5m。
ケイブリスはランスの表情を眺める為に中腰になっていた。
故に、直立時の高さ6mに比して、より鋭く強い飛針投擲が可能となる。
しかも、的が大きい。
魔獣の瞳は、恭也の知るどんな大型哺乳動物の瞳よりも、何倍も大きかった。
象と熊の瞳を想定していた恭也にとって、嬉しい誤算である。
恭也は、それに、高揚しない。
恭也は、それに、慢心しない。
己を律し、己を殺し、呼吸を整え、気を正し。
修練に無言で付き合ってくれた糸杉に、心中で一礼すると―――
飛釘を強く、握り込んだ。
体は半身。腰は中腰。
前方に伸びたる左腕は正対する相手を制するかの如く広げられ、
後方に流れたる右腕は正対する相手に秘するかの如く握られる。
この構えこそ御神流・飛針投擲の基本形。
しかし、飛針暗器の類の術理を多少なりとも修めた者であれば、
彼の構えが基本から大きく逸脱していると看破できよう。
奇異なるは射角。
左掌の制する仰角は30度少々。
目線の先にはケイブリス。
射線の先には瞼の閉ざされた瞳。
(小太刀二刀・御神流師範 高町恭也……)
フラッシュに閉じられていたケイブリスの瞼がついに開かれる。
顔面を覆っていた複腕が高く振り上げられる。
恭也の射線イメージと無防備な瞳とが、結ばれた。
「……参る!」
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〜まひる〜
『フラッシュ、それに次ぐ真の目潰し。
魔獣は驚愕し、叫ぶでしょう。
バカみたいな大口をバカみたいに拡げて、バカみたいに喚くでしょう。
バカだから。
まひるさん、そこであなたです。
ケイブリスに駆け寄り、飛び上がり、注ぎ込みなさい。
獣の口にこの【液体】を』
一部始終を草むらに隠れて見物していた広場まひるは、
偽装撤退を計った紗霧と、打ち合わせどおり合流した。
そこで手渡された紙コップには、ラップがかけられており、
中には強酸性の水周り洗浄液がなみなみと満たされていた。
結局は持ってきてくれたレギンスを身に付ける間にも、
まひるの鼓動はどこまでも高鳴りを増してゆく。
興奮。緊張。重圧。責任。
様々な要素が絡み合い、溶け合っている。
とにかく、昂ぶっている。
それでも―――
要素の中に、恐怖感だけは存在しなかった。
(あれ? あたし、意外とイケそう?)
ケイブリスを相手にした、一時間以上に渡る逃走と誘導。
その接した時間の長さが、己の意のままに誘導できた自信が、
まひるのケイブリスに対する恐怖感を、拭い去ったが為に。
「げはァ!!?」
ケイブリスが、叫びと共に仰け反った。
一度目の叫びとは違い、明らかに苦痛を伴った叫びであった。
二本の腕が両目を覆い、四本の腕が闇雲に振り回された。
それは恭也が眼球の破壊を成功させた証に他ならなかった。
「いけ、まひるちん…… みんなのために!」
己を鼓舞して意を決したまひるが、夜空高く、跳躍する。
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〜野武彦〜
『あなたは言っていましたね?
万能オタクは軍事にも兵器にも精通すると。
よろしい。
その自信を買い上げましょう。
高町さんとまひるさんの連撃で、ヤツの意識は顔面周辺に集中している筈。
その意識の隙を突き、バズーカで足を壊しなさい。
初動の雪崩式四連撃。
トリを飾るのは魔窟堂野武彦、貴方ですよ!』
(エーリヒ殿…… 見ておるか?)
魔窟堂野武彦は、今は亡き盟友に語りかける。
熱血系の赤いカキワリを背負って、滝の如き涙を流しながら、
仲間たちの――― 若者たちの勇気を称えている。
しかし、感動に浸ってばかりもいられない。
この老兵にも、役割は与えられている。
野武彦はまひるの戦果の可否にこそ、集中すべきであると思い直す。
「ごぎぇがおいsf;あおうぃえ!!?」
高高度にて為されたまひるの投擲を、野武彦は目視できなかった。
しかし、喉を抑えて悶絶するケイブリスの姿が、その成功を物語っていた。
ケイブリスは暴れ周り、転げまわる。
野武彦はその動きを観察しながら、魔獣との距離を測り、
距離を開けつつ、駆け回る。
M72A2 LAW―――
レプリカ智機よりの戦利品は、奇しくも高原美奈子に配布されし
携帯用バズーカと同型であった。
無論、軍事オタクでもある野武彦は、この兵器を良く知っていた。
評して曰く、戦車以外には非常に有効な対戦車兵器。
装甲厚き戦車を貫きは出来ずとも、ヘリや稼動銃座如きは粉砕出来る。
この微妙さ加減が、野武彦的には【不器用さが愛いヤツ】との認識であった。
やがてケイブリスはうずくまり、嗚咽する。
野武彦はその背後20mの位置へと回り込み、
無防備に晒された尻のその下に照準を合わせる。
「―――ファイエル!」
銀英伝の古来よりの伝統的な発射合図と共に。
野武彦は力を込めてトリガーを引く。
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〜ケイブリス〜
ど ぉ ぉ ぉ ん ! !
大きく鳴動した地響きが、自分が転倒した故に発生したのだと、
混乱するケイブリスには解らなかった。
眩しい。それだけのはずであった。
(小娘が何か光らせやがった!?)
一瞬、複腕によって目を覆った後、ケイブリスはそう思い当たり。
小細工を弄した小娘に制裁の鉄拳を食らわせようとして。
瞼を開き、腕を振り上げた刹那。
最初は右。
次いで左。
視界が、強い痛痒感と共に、ブラックアウトしたのである。
「げはァ!!?」
間髪入れずに、喉に理解不能な焼け付く痛み。
咄嗟に嗚咽を発したものの、痛みはじわじわと浸透した。
魔人は喉を焼く異物を吐き出さんと、指を喉に突っ込み、這い蹲る。
「ごぎぇがおいsf;あおうぃえ!!?」
その背後から、衝撃と、爆音。
肉の焦げる臭い。血の滴る臭い。骨の砕ける音。
傾く体。
左腕の一本から圧迫感と破裂音。
痛みは後からやって来た。
そして――― 今に至る。
なぜ?
なぜ?
なぜ?
なぜ?
なぜ?
ケイブリスには、判っていない。
なにが起きたか、判っていない。
最強魔人は、混乱の極みにある。
この間、実に10秒。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
〜紗霧〜
『ここまでが初動。
もしこの段階で魔獣の目、喉、足のうち二点以上を潰せなければ、
即座に撤退しましょう。
逆に、二点以上の破壊を達成した場合、戦闘は継続。
第二波へと、進みます』
目を潰す事で命中率を著しく落とし、
喉を潰す事で唯一のロングレンジ攻撃である炎の魔法を封じ、
足を潰す事で機動力と逃亡可能性を殺ぐ。
そうすることで圧倒的な攻撃力差をカバーできる。
月夜御名紗霧は、うち二つも達成できれば十分と踏んでいた。しかし。
「初動の成果は、両目・喉・左足に加え、左腕一本ですか。
理想以上の成果です」
左腕の予期せぬ破壊は、初動四連撃のラストアタック時に発生した。
ロケット砲がケイブリスの左ふくらはぎの大半を吹き飛ばした折、
受身を取ることなく倒れた巨獣の自重によって、
無防備に下敷きとなった左第一腕の手首周辺が、解放骨折したのである。
紗霧は震えていた。ケイブリスの予想を越えたダメージに。
紗霧は酔っていた。兵士たちの予想を越えた精強さに。
「やったのう、紗霧殿!」
高揚する野武彦を皮切りに、恭也とまひるも駆け寄って来た。
指揮官・紗霧より、新たな指示を仰ぐ為に。
紗霧は興奮を沈め、頭を切り替え。
次なる方針の確認を、仲間たちに求める。
「第一波の連撃とは違い、第二波は連携がテーマです。
―――攻撃役!」
「は、はい!」
「回避役!」
「マム!イエス、マム!」
「攪乱役!」
「了解です」
「各々の役割を徹底し、徹底し、徹底してください。
第二波、開始!」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
〜ランス〜
『良い囮とは、囮であるを知らぬ囮です。
敵の関心を引く囮です。
と、いうわけで。
ランスには何も伝えません。
どーせ勝手に振舞う男ですから、その勝手さを利用しましょう』
ユリーシャのフラッシュ・紙コップのあおりを食ったランスが
視界を取り戻したのは、30秒ほど前のことである。
今、彼は阿呆の如くぽかんと口を開け、紗霧の「狩り」を眺めている。
「うそだろ、おい……」
無論、この段に至ってはランスも己が囮とされたことは理解している。
先程、騙したことに対するユリーシャからの謝意も受けた。
本来であれば、このような騙しを、仲間はずれを、ランスは嫌い、怒る。
しかし今のランスには、そのような余裕など存在しなかった。
自分の内で培っていた精強なケイブリス像と、目の前で醜態を晒す惰弱なケイブリス像。
その二つの差異をすり合わせるだけで精一杯であった。
「ケイブリスって、こんなに弱かったか……?」
ランスは魔王城でのケイブリスとの決戦を思い出す。
軍配はランス率いるリーザス軍に上がりはしたものの、
数多の屍山血河を踏み越えた末にもぎ取った勝利であった。
それが、今。
魔剣を無くしてダメージが与えられる状況もあろう。
素晴らしい身体能力を持った三人がいることもあろう。
それでもなお。
味方に一切の損害を出さぬまま、一分にも満たぬ時間で、
かの魔人の領袖をここまで追い詰めるとは。
一体、どういう戦略眼か。
一体、どういう深慮遠謀か。
「いいえランス。あの怪獣は強いです。物凄く。
ただ、明確な弱点が二つあった。初動にて、それを攻むるに成功した。
それだけです。
攻むるを損じていれば、こちらの被害は甚大だったでしょうね」
解答は唐突に、返された。
薄い煙のベールを引き裂いて、悠々と歩み寄ってくる紗霧によって。
「紗霧ちゃん、二つの弱点って、なんだ?」
「一つは、的が大きいこと。
高町さんはともかく、戦い慣れしていないジジイとまひるさんでも、
適切な個所に的確な攻撃を加えることができますからね」
「もう一つは?」
「オツムが残念なことです。
私たちの偽装逃亡を鵜呑みにし、囮に意識を取られてしまう程度に」
「がはは! 確かにアイツは単純バカだな」
「流石はあなたのライバルです」
ランスは紗霧にバカにされたことに気付かなかった。
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〜第二波〜
そこに、まひると野武彦も合流した。
「恭也のヤツはいないのか?」
「高町さんはサポート役です。より正確には撹乱役ですか。
いずれにしろ、本人の希望通りの役割です。
ミドルレンジからの投擲で、ヤツの意識と武装を引きつけるのです。
私たちに魔獣の攻撃が向かぬよう、まひるさんが安全に攻撃できるよう、
牽制し続けるのです」
紗霧の指差す向こうに一人佇む御神流師範。
堂に入った投擲姿勢より放たれた投石連弾が、ケイブリスを襲う。
闇雲に暴れていた触手が矢鱈に振り回されていた腕が、
風切る音と感覚を頼りに、にわかに一方向に寄せられる。
「まひるさん。高い位置に孤立したあの触手を、一掻きだけ」
「りょーかい!」
かさかさ。
まひるは四足歩行で昆虫の如く低く飛び出す。
紗霧はその背を見送りながら、ランスに向けて解説する。
「左右の動きには案外戦いなれていれば対応できるものです。
だから、上下の動きを積極的に取り入れるといいです。
まひるさんはその点、理想的な能力を持っています」
タン、と。軽い音を残してまひるは跳んだ。
棒高跳びの国際級アスリートに競る高さまで、バーを使わずして跳んだ。
その高さの頂点で、まひるは蠢く鋭い爪を伸ばす。
先端を浅く引き掻かれた触手は、鮮烈な血液を迸らせる。
まひるはその数滴を背中に浴びたものの、勢いを殺すことなく着地した。
その際を狙ってか、偶然の賜物か。
別の触手の一本が、棍棒の勢いでまひるを叩き潰さんと、襲い掛かる。
「危ないっっ!!」
ランスは思わず叫んだ。
ユリーシャは耐え切れず目を伏せた。
紗霧は涼しい顔で解説を続けた。
野武彦は姿を消していた。
「まひるがヒット&アウェイのヒットを担うなら、
ジジイはアウェイ担当です。
攻撃なんてする必要はありません。
まひるのヒットタイムが終了後、直ちにまひるを抱え上げ、
魔獣の射程範囲外に離脱させます」
コンマ数秒後。
まひるを叩き潰しているはずの触手は空を切り、まひるに触れることなく、
したたかに地面に打ち込まれていた。
「ふぉふぉふぉ…… 人呼んでオタクのジョーとはわしの事!」
気付けばまひるを抱えた野武彦が、ランスの隣に舞い戻っていた。
加速装置―――
オタクの夢と希望の象徴がここに躍如していた。
この装置、原典に於いては、生身の人間を抱えたままの加速は不可能とされていた。
生身の肉体には、かかる加速の負担に耐えられぬという理屈である。
それは尤もな話ではあるが、広場まひるは、生身の人間に非ず。
ひとでなしである。
異能にまで卓越した身体能力は、超加速に、超速度に、耐え得るのである。
撹乱、攻撃、回避。
単純にして明確な役割分担。
それを徹底させることで生まれる、流れるような連携。
それを反復するだけで成果となる、単純明快さ。
立案の歯車と実働の歯車とが、これ以上無いほどかみ合っている。
「お前らみんな…… 結構やるんだな」
ランスの口から素直な感想が、ぽそりと漏れた。
受ける紗霧は、ふふん、と得意げに笑って見せた。
【ハイエナたちの晩餐】
紗霧はブリーフィングの折、一連の戦術を、そう名づけた。
由来は、戦術の骨子から採られていた。
『ハイエナから学ぶべき点は三つ。
一つ、一撃離脱を基本とすること。
二つ、五感を潰すことを優先すること。
三つ、連携を徹底すること』
戦術は、突飛な発想によるものではなかった。
どちらかと言えば基本的な、誰でも思いつく類のものであった。
しかし、思いついたとて、紗霧ほど緻密に絵を描ける者はいないであろう。
しかし、思いついたとて、紗霧ほど深くに潜り込める者はいないであろう。
単純明快。然れども、微細深遠。
それが神鬼軍師の立てる作戦の特性といえよう。
例えば、戦術、第一波。
―――機先を制す。
紗霧はその一点に集中させた。
これ以上ない密度で昇華させた。
人材を。武装を。策略を。天運を。
そしてまた、大胆不敵でもある。
誰も思うまい。
思ったとしても実行すまい。
ランスを囮とし、主力から外すなど。
それとて紗霧にとって、特段奇を衒ったものではない。
囮として最も有効な駒がたまたま最強の駒であっただけである。
その囮を使って生まれる隙こそが大事なのであれば、
戦闘力が低下するを惜しまぬのが、彼女の「当たり前」であった。
例えば、戦術、第二波。
―――戦闘力を削ぐ。
紗霧はその一点に集中させた。
決して敵の急所を狙うことなく、
直接命を奪いにいくことなく、
ただ、敵の攻撃力を削ることを目標とした。
油断無く、手抜かり無く。
茶道の作法の如く決められた所作を反復し続け。
触手の一本一本を、丹念に潰し。
腕の一本一本を、丁寧に壊し。
時間の経過と共に、敵の抵抗力を減じて行く。
基本、基本、基本。
全ての行為は基本を逸脱しない。
順序、人材、武装、タイミング。
それらが適切に実行されているだけである。
にも関わらず。
なんと圧倒的で。
なんと非情で。
なんと効率的な作戦と化しているのか。
『皆さんの命、私に預けなさい。
誰一人として無駄にすることなく、
有効に使いきって差し上げます』
紗霧はブリーフィングの前に、決起を促すべく、こう口にした。
それが全き事実であったことは、戦士たち全員が実感しているし、
なにより、眼前に倒れ伏すケイブリスの姿が如実に証明している。
月夜御名紗霧―――
一長一短、一点豪華な人材を最適なパートに配し、
一曲の壮大で圧倒的な戦場音楽に仕立て上げる。
見えざるタクトをその手に握る指揮者であった。
―――本筋に戻す。
ケイブリスは這っていた。這って、左回りにぐるぐると回っていた。
錯乱しているのではない。
本人は、逃走しているつもりである。
左足と左の腕の二本の機能を失っていれば、
力加減のバランスが保てず、必然、輪を描く動きと成り果てる。
しかも、ケイブリスは目も見えぬ。
死にかけのゴキブリの如く円舞を踊っていることを視認出来ず、理解できぬ。
強大であった敵の、そんな惨めな様相を見ても、しかし紗霧は満足しない。
腕が三本、残っている。
触手も三本、残っている。
右足も残っている。
紗霧の描く第二波は、未だ完了していないのである。
「高町さんは『有能』、まひるさんとジジイは『異能』。
さて、ランスはどうなのですかね?
まさか、『無能』なんてことはありませんよね?」
紗霧は涼しげな瞳で、挑発的な発言で、ランスに参戦を促した。
「むかむかっ! ならば見せてやろう! この俺様の『全能』っぷりをな!」
「あ、そうそう。あなたのために右足は残しておきましたよ」
「おうっ、まかせろ!」
ランスは心底楽しげに、ケイブリスへと突貫する。
進行方向にうねっていた触手が、方向を逸らす。
状況を把握した恭也が、ランスへの戦闘支援を行ったのである。
それもまた、紗霧の策のうちであった。
「長丁場になりますからね。
まひるさんとジジイには小休止を取って貰って、
しばらくはランスを遊ばせときましょう」
紗霧はランスの背を熱っぽい眼差しで見つめるユリーシャに
レーザーガンを手渡すと、自らはボウガンを取り出して、言った。
「さて、勝負は決したと言ってよいでしょう。
あとは消化試合です。
でも、気を抜いてはいけません。
狙いを定めずに振り回した腕でも、まともに食らえばお陀仏です。
ですので、私たちも攪乱に参加しましょう。
皆の力を一つにあわせて。
じわりじわりと。
ねちねちと。
慎重に丁寧に攻撃力を削いでゆきましょう」
畏るべきかな、神鬼軍師。
哀れなるかな、ケイブリス。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
……あら知らないんですか?
ハイエナの集団は百獣の王すら捕食するんですよ?
(ルートC)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:E−5 耕作地帯】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:生活用品、香辛料、メイド服、?服×2、干し肉、スペツナズナイフ、
文房具、白チョーク1箱、レーザーガン(←紗霧)、フラッシュ紙コップ】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
【高町恭也(元08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、釘セット、保存食】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
痛み止めの薬品?を服用】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残弾5)白チョーク数本、
スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、簡易通信機、工具、
ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【月夜御名紗霧(元36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、ボウガン、メス×1、謎のペン×8、小麦粉、
薬品・簡易医療器具、対人レーダー、他爆指輪、解除装置】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、意思に揺らぎ有り】
【広場まひる(元38)】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ(大)、簡易通信機】
【主催者:ケイブリス(刺客04)】
【スタンス:反逆者の始末・ランス優先、智機と同盟】
【所持品:なし】
【備考:出血(中)、左足大破、両目、喉、左上腕破壊、
左右中腕骨折(補強済み)、触手5本破壊(残3本)】
<フラッシュ紙コップ>
ユリーシャが持っていた使い捨てカメラからフラッシュを摘出、
内側にアルミホイルを巻いた紙コップに設置したもの。