291 ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜往路〜

291 ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜往路〜


前の話へ<< 250話〜299話へ >>次の話へ 下へ 第八回放送までへ




(ルートC・2日目 21:30 J−5地点 地下シェルター(隠し部屋1))




地下シェルターにザドゥの哄笑がこだまして。
地下シェルターにザドゥの哄笑が途切れ。
地下シェルターにザドゥの絶叫が響き渡った。




「ははははは…… はうっ!?
 ……っぎゃああああああ!!」







「……?」

恐怖に身を竦めていた透子の目線の先で、ザドゥの体が崩折れる。
同時に響くは紳一の絶叫。
しかしそれは微弱な思念波であり、透子の耳には届かない。

《痛ぇあああああ!!!》

ザドゥは全身、至るところに重い火傷を負っていた。
深い傷もあった。肺も痛んでいた。
憑依と伴に肉体感覚をも蘇らせた勝沼紳一にとって、
この感覚は鮮烈かつ痛烈。
惰弱な彼に耐えられる苦痛の域を超えていた。

《こ、こんな体では陵辱どころではない!》

またしても、またしてもと唸りを上げる紳一に、反応する思念波があった。
薄暗い地下室に在ってなお闇色に輝く魔剣・カオスである。

《なんじゃなんじゃ、うるさい悪霊じゃの。 このひょろっ子モヤシが!》

自分の足元から洩れてくる不機嫌なしわがれ声に、透子は思わず呟いた。

「……見えるの?」
《見えるどころか、儂、斬れますよ? こんな木っ端霊体なんか、すぱっと》

透子の瞳が光を帯びた。紳一の瞳が大きく見開かれた。
カオスが放ったのはただ一言。
それだけで狩る者と狩られる者の立場が逆転していた。



《俺は何度……っ》

何度逃げれば気が済むのか。
滑稽ではないか。
自己憐憫を飲み込んで、紳一は逃走を開始する。
一心不乱に階段へと走る。

階段の中腹まで必死で走った紳一であったが、
背後に追いすがる気配が感じられぬ為、ひとたび振り返った。
透子は刀を手にしたまま、しゃがみ込んでいた。
しゃがみ込んでベッドの下に手を伸ばしていた。

少女のやる気が感じられぬ様子を見、紳一は安堵する。
走行ペースを落とし、重々しいシェルターの扉を透過する。
その向こうに―――


   ―――少女がいた。


扉の向こうの部屋でしゃがみこんでいるはずの少女が。
胸にひび割れた銀のロケットを掛けた、亜麻色の髪の少女が。
カオスを中段に構えて、紳一を切り伏せるべく、待っていた。

《ありえん!》

透子が紳一の憑依を知らぬのと同じく、紳一もまた、透子と瞬間移動を知らぬ。
紳一の生存中、透子が紳一に警告を発する機会が無かった故に。
出会い頭の衝撃に立ち尽くしている紳一に向けて、透子がカオスを振り下ろす。



「やー」

脱力感あふれる掛け声と共にへろへろと振り下ろされた刀身は、
身じろぎ一つせぬ紳一を切り裂くことなく、その脇を通過した。
非力な透子には、剣を振りぬくことなど出来なかった。
それどころか、勢いのまま前のめりに転倒してしまう始末である。

しかし、紳一は戦慄した。
剣先ではない。
その刀身が纏う瘴気に少しだけ触れた右の肘から、感覚が失われたから。
それは、エネルギーを喰われる感覚であった。
それは、生きたまま氷付けにされる感覚であった。

紳一は直感し、戦慄する。

《あれをまともに食らえば。俺は、死ぬ。
 自分の魂から意志が切り裂かれ、俺は俺を失う。
 あの衣装小屋で会ったビッチメイドのように!
 薄毛デブのように!
 うわごとを繰り返すだけの存在に堕ちてしまう!》

ここに、紳一と透子の逃走/追跡劇が、幕を開けた。




   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   





ひと昔前のドジっ子メイドの如く、尻を高く掲げ、
額を地面に擦りつける格好で、透子は倒れていた。
その様相のあまりのあまりさに、相棒・カオスが嘆息する。
 
《しかし非力にも程があるのぅ、嬢ちゃんや》

透子の胸には紳一に対する怒りがある。
忘れて久しい感情が渦巻いている。
新鮮な感覚であった。
透子はその感情の赴くままに、カオスの無礼に八つ当たる。

「うるさい」

かといって透子の胸に、焦りは無かった。
紳一を討ち漏らしたことについて、深刻には受け止めていなかった。
彼女が唯一、紳一を捉える手段は記録/記憶の検索であり、
その手法だとタイムラグが発生するというのに。
その分だけ、紳一は遠ざかるというのに。
状況は追跡者にとって甚だ不利だというのに。

透子は、それらを不利だとは思っていなかった。
透子は、処する手段を見出していた。

(移動したい……)

知覚する必要などない。
ただ、念じればよい。

(紳一の【すぐ前】に)



それで、移動は完了だ。
透子にとって瞬間移動は当たり前で。
それゆえに能力に疑いは無く。
たとえ、その目で紳一の姿を確認せずとも。

「えい」

ただ、前方にカオスを振り下ろせばよいのである。

《な……?》

またしても、突如として眼前に現れた透子に、紳一は肝を冷やす。
その振るった剣が空振ったことに、紳一は胸を撫で下ろす。

《なあ、トーコちん。 お前さん見当違いの方向に、儂を振ってますよ?》
「……ん?」

カオスの状況報告に、透子は思考を次へと進める。

(そうか)
(【すぐ前】じゃダメ)

前、では設定が曖昧に過ぎる。
見えない相手を切り伏せる為には、その方向を限定せねばならぬ。
透子はその方法を暫し考え、そして決定した。
透子は、向きを南に変え、願った。

(……紳一のすぐ【北】に行きたい)



移動した。振り下ろした。空を切った。
刃は紳一が通過した一秒後に、紳一の残像のみを切り裂いた。

《嬢ちゃんの力で振りかぶっちゃダメじゃろ。
 時間が掛かるし、軌跡もぶれるからの。
 もっとこう、腰で構えて、体ごとぶつかる感じで》




   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   




御陵透子―――
逃亡者の身としてみれば、これほどやっかいな追跡者は他におるまい。
 
接近の知覚は不可能。
経路の把握も不可能。
されど、気付けば常にいる。
武器を構えて傍にいる。

逃亡者紳一も、そのことは実感している。
少女がテレポートしていることも、紳一は把握しつつある。

(この乙女、もしかしたら俺が見えていないのではないか?
 にもかかわらず俺をアンカーとしているような……)

鬼ごっこの開始から十分余り。
二人ともに決定的な状況を作れぬままであるが、
しかし、天秤は徐々に透子に傾いている。

トライ&エラーを十数回。カオスの戦闘指導も十数回。
その経験値が、着実に、実を結びつつあった。


(だがヤバい…… この乙女、コツを掴んできている!)

故に紳一は、色々と回避方法を試していた。
ジグザグに走ってもみた。
後ろ向きに走ってもみた。
緩急をつけて走っても見た。
試せる走行方法は、すべて試した。

それでも、合わせてくる。
無表情な少女は無表情のまま、ブレを修正してくる。

「……」

焦る紳一の前に、またしても透子が現れた。
もう、今の透子は掛け声などかけない。
予備動作など見せない。
攻撃態勢のまま移動してくる。

《ヒットじゃ!!》

低い姿勢で突き出されたカオスが、ついに紳一の脇腹に食らいついた。
紳一は悶絶する。
余りの痛みと余りの冷たさに。
命を直接抉り取られる不快さに。

《っああああひいいいい!!!》

無様に這って逃げる紳一に、追手の魔の手は、容赦ない。
移動。一突き。紳一の叫び。カオスの助言。透子の理解。



《痛い痛いイタイイタイ!!》
《トーコちんよ、こいつ、這ってますよ?》
「ん」

泣き叫んでも聞く耳持たぬ、追手の魔の手は、容赦ない。
移動。一突き。紳一の叫び。カオスの助言。透子の理解。

《イヤだイヤだイヤだイヤだ!》
《もーちょい下、もーちょい下!》
「ん」

もはや転がるのみの紳一に、追手の魔の手は、容赦ない。
移動。一突き。紳一の叫び。カオスの助言。透子の理解。

《ヤメてヤメてヤメてヤメて!》
《ぬぬぬ、転がって躱わすとは!》
「ん」

紳一に状況を分析する余裕などなかった。
周囲を見回す状況などなかった。
ただ転がり、のた打ち回り、痛みと恐怖を発散するほかなかった。

《……神さまあっっ!!》
「ぁう!」
《トーコちん!?》

その弱者ぶりが透子とカオスの油断を産んだのか。
救いを求める魂の叫びが何者かに届いたのか。




《………………………………?》


紳一が我に返ったとき、追跡者は仰向けに倒れていた。
気絶していた。その額から、血液を流していた。

《何が…… 起きたのだ?》

紳一は周囲を見渡し、そして気付く。
今、自分は、岩の中に居る。
のたうち回っているうちに、巧まずそうなったのであろう。
その岩に、新鮮な血痕が付着しており、
追跡者は血痕の手前で目を回している。

《ははっ…… 前方不注意、事故の元か!》

紳一は理解した。
彼が岩の中に転がり込んだことを知らぬまま、
例の如く突撃姿勢で瞬間移動した透子が、
その勢いのまま岩に衝突し、自爆したのだと。

《これ、トーコちん、起きよ、起きるんじゃ!》

カオスの呼びかけに、ショック状態の透子は答えない。
その様子に、脇腹の痛みを忘れて、紳一がほくそ笑む。

紳一が憑依できる条件はただ一つ。
憑依対象が意識を失っていること。
彼の目線の先には目を回した透子。
条件は満たされていた。


《なっ、ヤメい悪霊!》
《ははっ、これがいい。これが一番いい!
 この少女に憑依すれば!
 この少女の脅威に晒されることなく!
 この少女の処女膜を守ってやれるのだから!》

紳一は哄笑を上げながら透子へと潜り込む。悠々と。




   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   




(Cルート・2日目 22:00 I−7地点・海岸線・岩場)
 
「あの悪霊、どこに行ったのかな……?」

全ての女性の敵、バージンキラーの悪霊を退治すべく、
東の森の南部・浅いところを追跡していた仁村知佳であったが、
充満する煙に燻され、視界が不確かになった折に、
追跡対象の足取りを見失ってしまっていた。
その後、知佳は途方に暮れつつも追跡を諦めず、
周辺を索敵しながら歩いていた所に―――

「あああぁぁぁぁっっ!?」

絶叫とも苦悶ともつかぬ声が響き渡った。
その声は、知佳にとって聞き覚えのある声であった。

「透子さん!?」



声は、幸いにも南の程近くから聞こえてきた。
土気色に濁った半透明の翼―――【エンジェルブレス】をはためかせ、
知佳は全速力で、悲鳴の元へと飛んでゆく。

「透子さん!」

海岸沿いの磯、そのひときわ大きな岩の前で倒れ伏す少女を確認し、
知佳は再びその名を呼んだ。
少女からの返答はない。
代わりに少女の内から染み出るように現れた亡霊が、
混乱と絶望の一人台詞を吐き捨てた。

《憑依できない! いや、違う! こいつはすでに憑依されている!?》

知佳は誤解した。
あながち誤解でもないのだが、事実と異なるという意味では誤解した。
紳一が透子を倒したのだと。
紳一が透子を犯そうとしているのだと。
それは参加者/主催者の枠を超え、一人の女として
許しがたいことであると、知佳は憤った。

「許さない!!」

紳一は知佳の姿を認めるや、近くの岩に潜り込んだ。
この少女がカオスを手に取り、切りかかってくるを警戒した故に。
紳一は体の一部でも岩からはみ出さぬ様、慎重に潜み。
見覚えの有る中古少女と脅威の魔剣との対面に、耳を傾けた。

《おうおう、そこのちんまい嬢ちゃんよ。 ほれ、儂を拾え。
 拾って小煩い煩悩幽霊をバッサリやっとくれ》
「剣……さん。 喋っているのは、あなたなの?」


知佳は、透子のほど近くに落ちている剣へと向き直る。
禍々しいが、神々しくも有る、暗紫色の剣である。
彼女の知る霊刀・十六夜とは比べ物にならぬ妖力を漂わせている。
知佳は、誘われるままにカオスに手を伸ばす。

《まだお子様じゃな……》

カオスは知佳の薄い胸を観察し、溜息をついた。
最初の所持者・アインに輪をかけて貧相な体つき。
これでは、心のちんちんもおっきしない。

などと邪なことを考えていたところで、カオスは地面に叩きつけられた。
知佳は触れることで、心を読む。
その力は対象が人ならざるものであっても発揮されるようである。

「やだ…… この剣もエッチなことを…… 悪霊と同類なの?」
《おいおい嬢ちゃんや。レイピストとは一緒にしてくれるなよ?
 儂はあくまでおねーさん方との合意の下、
 共に快楽を追求しようという、いわばロマンス紳士でなぁ……》

知佳とカオスの間の抜けたやり取りを聞き、
紳一はこの隙に逃げ出そうかと、検討する。
暫く考え、その案を却下する。
自分は透子なる憑依されしテレポテーターに目を付けられている。
今は気絶しているが、やがて目覚めもするであろう。
そうなれば、いつであろうと、どこにいようとお構いなしで、
自分をアンカーとして瞬間移動してくる。
その時、遮蔽物が無ければ、終わりである。
迂闊な移動はリスクが高い。



それならばと、紳一は結論を結ぶ。
自嘲気味に、非積極案を採択する。

(ははっ。
 どうせ生存中も心臓病で屋敷に籠りきりだったんだ。
 透子が諦めるまで、或いは透子が殺されるまで、ここに籠り続けてやろう。
 なあに、苦にはならんさ。
 何しろ俺は腹も減らないし眠くもならないのだから!)

亡霊ならではの有利が、確かにあった。
紳一の読みは正鵠を射ており、透子にこの岩をどうこうする力は無い。
ここから一歩も動かぬ限り紳一の安全は確保されている。

但しそれは、相手が透子であった場合の話であり。
この岩を破壊できるような武装か能力を保持している相手を向こうに回した場合、
全く意味の無い潜伏と成り果てる。
例えば―――

「うん、わかったよカオスさん」

目の前の念動力者、仁村知佳などが、その良い例である。

「はあっっ!!」

知佳の気合と共に迸るは超力一念。
発せられた念動力が大気を振動させ、紳一の潜む岩を微塵に砕く。
同じく念動により弓矢の勢いで投じられた魔剣カオスが、
紳一の胸を食い破り、穿ち貫き、抉り取る。
岩がそうなり、自分がそうされたことに、紳一は気付かなかった。



《……弱っちいくせに、梃子摺らせてくれたの。 このうらなり君は》

紳一が身の振り方を検討している間に、
知佳は状況とカオスの能力を理解していた。
それで、即座に行動した。

透子の意思を受け継いで。或いは、当初の目的に従って。
参加者の敵でもなく、主催者の敵でもなく。
女の敵を、一人の女として。
討つべくして討ったのである。


ぱら、ぱら、と―――


砕けた岩の破片が地面に降り注ぐ頃、すでに紳一は終っていた。
即死である。
油断と慢心を後悔する間もなく、舞台から退場したのである。


《処女》《処女》《中古》《処女》《処女》
《処女》《中古》《処女》《処女》《処女》


思考し行動する【幽霊】としての第二の人生を終え、今や
うわごとを繰り返す【正しい残留思念】に成り果てた紳一。

神に認められたイレギュラーな存在は、
その特権を生かすことなく、何事も為さぬまま、散った。



(ルートC)

【現在位置:I−7地点 海岸線・岩場】

【仁村知佳(40)】
【スタンス:@透子と交流
      A読心による情報収集
      B手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める
      C恭也たちと合流】
【所持品:???、まりなの手帳、筆記用具、魔剣カオス(←透子)】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(小)、精神的疲労(小)】
【備考:手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】

【監察官:御陵透子】
【スタンス:自殺】
【所持品:契約のロケット(破損)】
【能力:記録/記憶を読む、瞬間移動(ロケット必須)】
【備考:疲労(小)、気絶中】


【20 勝沼紳一(亡霊):精神喪失】



前の話へ 投下順で読む:上へ 次の話へ
284 少女タナトス(ルートC)
時系列順で読む
296 神鬼軍師の本領(ルートC)

前の登場話へ
登場キャラ
次の登場話へ
284 少女タナトス(ルートC)
御陵透子
295 ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜折り返し地点〜(ルートC)
魔剣カオス
ザドゥ
-
275 悪夢
仁村知佳
295 ちぇいすと☆ちぇいすっ!〜折り返し地点〜(ルートC)
284 少女タナトス(ルートC)
勝沼紳一
精神喪失