292 Operation:"Hyenas'Dinner"

292 Operation:"Hyenas'Dinner"


前の話へ<< 250話〜299話へ >>次の話へ 下へ 第八回放送までへ




======================================================================
            Mission-1 draft
======================================================================


(Cルート・2日目 PM07:40 D−6 西の森外れ・小屋3周辺)

先程までは、火災の余波で暑気を感じる程であった。
しかし今は、冷えている。冷え切っている。
月夜御名紗霧が、こめかみを人差し指で繰り返し突付き、
苛立ちと不機嫌を露骨に撒き散らしている為に。

こつ、こつ、こつ……

相対する高町恭也と魔窟堂野武彦は、自分達の失策を悔やみつつ、
紗霧が口を開くのを黙して待っている。
痛いほどの沈黙が、小屋の外を支配している。


  小屋から出てすぐに小屋裏の茂みへ飛び込み、胃が空になるまで戻した紗霧。
  その様子を見た恭也たちは、紗霧の怯えた様子に心乱された。
  しかし、暫く後。
  涙目を袖にて拭きながら戻ってきたときには、既に常の彼女であった。
  そこで魔窟堂は伝えた。
  
  まひるを斥候として放ったこと。
  通信機が完成したこと。
  智機の集団が、鎮火活動に勤しんでいること。
  ケイブリスを発見したこと。
  それらの行動に、紗霧は高い評価を下した。
  目に見えて機嫌の良い顔をした。  


  「その判断と行動、高ポイントです」

  しかし、報告が敵基地の発見、侵入に移った段で、紗霧の表情が曇り始め。
  智機に発見され、脱出し、ケイブリスに追われていると伝えたところで、
  紗霧の機嫌は完全に反転してしまった。

  「入口を確認した時点で帰投させるべきでしたね」

  紗霧はそう呟き、冷たい眼差しで深くため息をつくと。
  不機嫌な顔のまま、黙考を始め―――


こつ、こつ、こつ……

指で外部からの刺激も受けつつ、紗霧の脳はそら恐ろしい程の速度で回転している。
想像して想定して検討しては、想像して想定して検討している。

(主催者に余力があるのだとすれば、拠点の防衛を強化するでしょうし、
 主催者に本当に余裕が無いのなら、拠点を破壊/廃棄するでしょう)

どう転んでも拠点奪取や基地の急襲は困難、あるいは不可能と判じられる。
紗霧はまひるの侵入に対する敵方の対処を、その様に想定した。

(ケイブリスにまひるを追わせているということは、
 後者の可能性が高いでしょう。
 拠点廃棄の為の時間稼ぎとも取れますね)



但し、現状は最悪ではない。
基地に奇襲がかけられぬ事や、保管されている物資や情報を手に入れられぬ事は
勿体無いとの思いもあるが、それは紗霧の戦略を超えた大きすぎる僥倖である。
レプリカ智機の訪問・提案と同じく、想定外の事態である。
そこに目が眩んでしまったり、下手な勢いに乗ってしまわぬ為には、
却って基地奪取の目が小さくなってしまったことは良しとすべきやもしれぬ。

(考え様によっては、これでよかったかもしれません。
 目標を一つに絞らざるを得ないのですから。
 当初の戦略が幾分か早まったに過ぎないのですから)

目標とは、ケイブリスである。
戦略とは、兵員が消耗する前に、ケイブリスと戦うことである。

言うまでも無く、紗霧のゲームに対するスタンスは玉虫色である。
パーティのリーダー的存在にちゃっかり収まっていながらも、
ゲームに勝ち残る方向性をも、視野に納めている。
紗霧は、ケイブリスとの戦いを、その試金石とする腹積もりでいる。
損耗少なく勝利すれば、天秤は大きく主催者打倒に傾き、
損耗多く、あるいは敗北を喫すれば、天秤は優勝狙いに振り切れる。

―――こつ。

紗霧の指が止まった。
恭也と野武彦は息を飲み、続く言葉を待った。
紗霧は二人を順に見つめると、こう、宣言した。


「【包囲作戦・改】、といきましょう」
 




======================================================================
           Mission-2 Reconnaissance
======================================================================


(Cルート・2日目 PM07:37 D−3地点 山間部)


「おっ、可愛い侵入者ちゃんじゃねーの!」

ケイブリスは拠点の玄関を出たところで、まひるを待ち構えていた。
まひるはその脇を、一息に駆け抜けた。
ケイブリスの反応は鈍重とは言えぬまでも決して機敏とも言えぬ。
振り下ろした二本の腕は、まひるの残像すら捉えられぬは愚か、
空振った勢いを減ぜられず、膝をついてしまう体たらくであった。

振り返ったまひるとケイブリスの距離、およそ6m。
既に腕の射程圏外。
しかもケイブリスは未だ背を向け、姿勢を崩している。
それ故、まひるは気を緩めた。

「なにゆえ〜〜〜っ!?」

次の瞬間、広場まひるの絶叫が、岩山に大きく木霊した。
まひるは叫びと共に後ろに大きく跳躍。
その右手は、何故か自身のスカートを押さえていた。

さらにバックステップを二度重ねて、まひるはケイブリスに向き直る。
魔獣は股間から、野太い静脈色の蚯蚓を不気味にうねらせていた。
その数、八本。
生殖器にして副腕にして拘束具にして武装。
これがケイブリスの触手である。


その触手の一本の先に、千切れた小さな布切れが握られていた。
まひるは触手に切り裂かれ、剥ぎ取られたのである。
ピンクのフレアスカートの下、アニマルプリントのショーツを。
6mという距離は、十分に触手の射程圏内であった。

「ぐふふ! かわいいおケツじゃねーの! つっこみてーな! つっこみてーな!」

ケイブリスは手拍子を打ち鳴らしながら、巨体を揺らして迫り来る。
彼は明らかにまひるで遊んでいる。嬲っている。
自身の有利さに絶対の自信を持ち、まひるを牙を持たぬ小動物と見るが故に。

「あああ、あたし、あたし! こんなナリして男のコなわけで!」
「だからナニよ?」
「どっちもイけますかー!?」
「どっちもクソも、俺様とおめーは、種族も体格も違うじゃねーの。
 性別なんてそれに比べりゃ小さな問題だぜ?」
「一理ある。だが断る!」
「俺様、心が広いもんだからよー。
 嬲られてひーひー喚いて白目剥いてごぼごぼ泡吹いちまうよーな
 ちっちゃくて柔こい生き物ならなんだっていいんだって!」

左から二本、右から一本。
ケイブリスの陵辱宣言と共に、触手男根がまひるに襲い掛かった。

「猟奇、ダメ、絶対!!」

まひるは再び疾走する。裾野から、山地へと。
そこに、小屋の誰かからのコールが掛かる。
まひるは走る足を止めぬまま、通話ボタンをONにする。
通話相手は、高町恭也であった。


『状況はどうですか?』
「ケイブリスにやられるトコでした。 ……二重の意味で!
 恭也さんも対面したときには、お尻にご注意を!」
『……良く判りませんが、ピンチなのですね。
 もう偵察は結構です。すぐに逃げてください』
「ラジャった!」

まひるは縋る触手の二つ三つを難なく躱す。
カモシカの如く岩肌を跳ね回り、斜面を平地の如く駆ける。
岩から岩へと跳躍する。
あれよという間に、まひるは触手の射程圏外まで距離を開けた。

「なんだなんだぁ? ニンゲンにしちゃあ、やたらとすばしっこいじゃねーか?」

ケイブリスはようやく本腰を入れた追撃体勢に入るが、距離は開くばかり。
しかも、ごろごろと礫岩の転がる急斜面である。
腕は六本あれど、触手は八本あれど、ケイブリスは二足歩行を基本とする。
安定せぬ足場と傾斜の中での追跡は、困難であった。

 ―――逃げ切れぬ相手などいない。

その、まひるの無意識の自覚は、ここに実証されている。
時間と共に距離は広がり、いまやもうケイブリスの姿すら目視出来ぬ。
それを察したまひるもややペースを落とし、
露となった下半身を、片手で隠す余裕を持っている。
小屋への帰投は、問題なく達せられるであろう。
すでに危機は去ったと言ってよいだろう。
しかし。


『逃げるな広場!!』

そのまひるの足を、インカムの向こうの仲間が、止めた。
声は、紗霧のものであった。

「あ、あれ? 紗霧さん、椎名ロボとのお話は?」
『ランスのバカが大暴走して、交渉どころじゃありません。
 まあ、それはいいんです。
 まあ、それよりもです。
 まひるさん、せっかくケイブリスと出くわしたんですから、
 この機会にちょっと威力偵察してもらえます?』
「いりょ……? 言葉の意味はわからねど? 不穏な響きがそこはかとなく?」
『ちょっかいを出して相手のスペックを図れということです』
「む、無理無理無理無理無理みゅりみゅり!」
『噛まない、放送部』
「わかってます? 紗霧さんあなたかなり酷いこと言ってますよ?」
『攻撃しろなんていってません。
 相手に楽しく追跡させてあげればいいんです。
 年下相手の鬼ごっこみたいなモンです。
 そうして調子に乗せてやって、あなたは横目で観察してください。
 ケイブリスの動きを、能力を、思考を、特徴を。
 あなたの目と耳と感覚で捉え、探ってください』

ケイブリスという生物を知るべきである。
まひるとて、紗霧の言わんとすることは理解できる。


『ほんとうに危険を感じたら、即離脱してもかまいません。
 尤も?
 恭也さんに大丈夫と啖呵を切ったまひるさんのことです。
 この程度のことで偵察任務をほっぽらかして、
 尻尾を巻いて逃げ帰ってくるような、厚顔無恥で無責任で
 人非人な振る舞いをするはずないとは信じてますけどね?』
「う…… 痛いところをざくざくと……
 いいですよー。わかりましたよー。やりますよー。
 あたしゃ怪獣さんより紗霧さんのが怖いので」
『……バットを磨いて、報告を待っていますね♪』
「Sやぁ…… この姉さんは極めてドSやぁ……」

まひるはどこか滑稽味を感じさせる涙声で通信を〆ると、
追いすがるケイブリスの到着を待つことにした。






======================================================================
           Mission-3 Pre Briefing
======================================================================


(Cルート・2日目 PM08:00 D−6 西の森外れ・小屋3周辺)

まひるの威力偵察はおよそ20分に渡った。
紗霧はその間、通信機を独占し、何度も何度も執拗に
まひるへ質問し、命令し、思考し、検討した。

そこから推し量れるケイブリスのスペックは、
おおよそランスやユリーシャ、魔窟堂からの情報通りであった。
しかし、新たな収穫の多くもあった。

  ―――炎の魔法を使う
  ―――魔法には詠唱が必要
  ―――触手の射程は10メートル弱
  ―――左右の真ん中の腕が折れているらしい
  ―――鎧の破損は、修繕済み
  ―――背中に、全裸の女性らしきものが埋まって(生えて?)いる
  ―――その女性は、能動的な行動を取らぬ
  ―――夜目が、それなりに利くらしい

本当はもっと情報が欲しいと、紗霧は思っていた。
どんな些細な情報でも、どんな下らぬ情報でも、
有れば有るだけ検討の幅が広がり、戦術の具体性が増す故に。


それでも、まひるの疲労度合いを考慮して、この時間で威力偵察を打ち切った。
まひるにはこの先に、活躍の場がある。
ここで消耗させる訳にはいかぬ。
見切るべきときに見切る決断もまた必要であると、紗霧は知っていた。

その紗霧が数分の黙考を終え、口を開く。

「さて、ブリーフィングの前に、所見を述べます。黙って聞きなさい」

紗霧は言った。ブリーフィングの前に、と。
恭也と野武彦はそれで察した。
紗霧はこれから、ケイブリスと戦う気なのだと。

「元々――― 仮称【包囲作戦】とは、
   1.ケイブリスの所在を探り
   2.ケイブリスを孤立させ
   3.ケイブリスを囲み、誘導し、自陣に引き込んで
   4.準備された罠にて、これを倒す
 そういう趣旨のものでした。
 準備に数日間をかけて行われる、大規模な作戦です。……でした。
 代わりに、より簡素な、より積極的な作戦を提示します」

続く言葉で、広場まひるとユリーシャも理解した。

「ぶっちゃけましょう。
 アレは駒が揃っているうちしか太刀打ちできません。
 また、アレと戦うときはアレ単体の時しか有り得ません。
 今が、千載一遇の機と言うべきでしょう。
 多少無理をしても、作戦を破棄しても、逃す手はありません」


ごくり。誰かの喉が鳴る。
周囲に濃密な緊張が走る。
紗霧は続く言葉で以って、その緊張感をさらに高める。

「少々脅します」

四人は黙して紗霧の続く言葉を待つ。
誰一人として、余計な口は挟まない。
挟めない。
それだけの迫力を、重圧を、あるいは信頼を。
紗霧は周囲に与えていた。

「今から提案する作戦が、仮に壺に嵌らなかった場合―――
 ケイブリスがこちらの想定を上回る頭脳・機能を持っていた場合―――
 私たちは、敗北するでしょう」

弱気ではない。言い訳でもない。理想でもない。
それが紗霧のはじき出した現実的な予測である。

「それでも、ここが、賭け所です。
 アレを倒さねば、未来はありません。
 どの道、避けられぬ戦いなのです」

誰もが今まで、紗霧のこんな熱い目を見たことがなかった。
誰もが今まで、紗霧のこんな厳しい言葉を聞いたことが無かった。

「皆さんの命、私に預けなさい。
 誰一人として無駄にすることなく、
 有効に使いきって差し上げます」


紗霧は深く息を吐き、沈黙する。
伝えるべきは全て伝えたのだと、態度で以って語っている。
そして、待っている。
この旗の下に集うか否か、四者の返答を。

「も……燃えてきたのじゃああああああ!!」

魔窟堂老人が、咆哮を以って同意した。

「従います」

高町青年が、短く同意した。

「わ、わたしは…… ランスさまが戦うのでしたら」

ユリーシャ王女が、条件つきながら同意した。

『……』

広場少年は、沈黙を保っている。

「「「……」」」

既に決意表明した三者が、最後の一人が口を開くのを待っている。
まひるにも、電波越しに、その雰囲気は伝わっている。
お前も参加するべきだと、無言の圧力を感じている。

それでも―――


まひるは、怖いのである。
戦いが。他者を傷つけることが。ケモノの活性化が。
故に、肯定でもなく否定でもなく。
まひるは、沈黙で以って、意思表示する。
どちらも嫌なのだと。
答えを出したくないのだと。

しかし腹を括った夜叉姫が、そんな甘っちょろい態度を許そう筈も無い。

「いいですか、まひるさん。あなたをさらに、脅します」

酷く冷たい声で。冷たい微笑で。
一度、恭也の顔を見てから。
紗霧は、まひるを脅迫する。

「あなたが戦力に組み込めなければ、死にますよ。恭也さんが」

まひるより先に、野武彦とユリーシャが驚愕に目を見開く。
一拍置いて、言葉の意味を理解したまひるが絶叫する。

『でぇええええ!?』
「私の腹案は、六人全員が何らかの役割を持っています。
 そこから一人が欠ければ―――
 私は、次善の策へプランを変更せざるを得ません。
 そう、みんなでリスクを分担するプランから、
 恭也さん一人にリスクを押し付けるプランへと。
 犠牲者を出さなくても済むかもしれないシナリオから、
 恭也さんの死を前提に、勝利するシナリオへと」


紗霧は驚くまひるに、そのように畳み掛けた。
まひるは仲間を使い捨てるという紗霧に激怒し、
また、仲間に使い捨てると宣言された恭也に同情した。
故に、恭也に感情的な同意を求めた。

『ちょっとちょっと恭也さん?
 このオニチク、あなたに死ねとか無茶言ってますが!?』

しかし同情された当人は、涼しげに、こう宣うである。

「それが必要なのだと、月夜御名さんが判断したのなら。
 それが俺の命の使いどころなのでしょう」

まひるには理解できなかった。
命を道具のように扱うを是とする紗霧が。
命を道具のように扱われるを是とする恭也が。

『まじですかーーー!?』
「本気です」

御神の意志は、個人の意志を否認する。
守るべき物の為ならば、御神は捨石となり、その五体は手段となる。
恭也の背景を知らぬまひるには、その恭也の根本までは察せられぬ。
しかし、その迷い無き口調から、恭也の揺がぬ鋼の意志は理解した。

「ねぇ、まひるさん。怪獣退治です。人殺しじゃないんです。
 貴女の手は、血に染まるかもしれませんが、
 貴女の心が、罪に染まることはありませんよ?」


それまでの無感情な事務的口調とは打って変わって。
急に甘い声で。
紗霧はまひるに、やさしく、やさしく、囁いた。
それは、魂の契約を迫る悪魔の囁きにも似ていた。

内容もまた、まひるの琴線に触れていた。
まひるが恐れる事は、自分の痛みや死ではなく、
相手に与えるそれらであるのだと、看破されていた。
そして、まひるが恐れるもう一つ。
仲間の死。
紗霧はそれで、揺さぶった。

「その手を汚すことと、仲間を失うこと。
 本当に怖いのはどちらでしょうね?」

結局のところ、紗霧がしているのは、詰め将棋に等しかった。
まひるは最初から、読みきられていた。
紗霧は、数手先に詰まされることが分からぬまひるのために、
一手一手を解説つきで指してやっているに過ぎなかった。

『本当に。ほんっとーーーに!
 あたしが戦うなら、誰も死なないんですね?』
「約束しましょう。神鬼軍師の名にかけて」

戦場の不確かさを知らぬ紗霧ではない。約束などできようはずも無い。
それでも紗霧は断言した。
まひるが求めているのは確率でも根拠でもない。
自信であり、安心であり、背中を押してくれる切欠なのだから。
言葉ひとつでどうとでもなる、気持ちの問題なのだから。


『ぅぅぅぅぅぅおっっしゃああああっっ!!
 乙女の度胸、ひとつお見せしましょうかっっ!!』

そして、この一言こそが、王手であった。
詰み手であった。
まひるもようやく、それを認めた。

『でも…… あの。換えの下着は、持ってきてね。いやマジで』
「そんなの葉っぱ一枚ありゃいいんです。自助努力、ガンバ♪」







======================================================================
            Mission-4 Briefing
======================================================================


(Cルート・2日目 PM08:15 D−6 西の森外れ・小屋3)


ランス不在のままブリーフィングは開始され、およそ15分で終了した。
紗霧の一人舞台であった。
彼女の作戦に異論を挟む者や、質問を発する者は居なかった。



 


======================================================================
            Mission-5 Preparation
======================================================================


(Cルート・2日目 PM08:30 D−6 西の森外れ・小屋3)


ランスが体からほかほかと湯気を上げながら、素っ裸で寝転がっている。
レプリカ智機P−3は、そのランスの腕を枕に、やはり全裸で横たわっている。

「ふううう…… 気持ちよかっただろ、智機ちゃん?」

結論から言えば、ランスの目論見は惜しいところで失敗していた。
愛撫地獄の最中、意図せぬP−3の絶頂を許してしまったのである。
エクスタシー寸前まで幾度も高まった陰核に、ランスの汗が一滴、落ちた。
その些細な刺激で、P−3は極みに達したのである。

そうなったらそうなったで、ランスは開き直り。
ご自慢の肉宝刀を縦横無尽にぶんぶんと振り回し。
P−3はP−3でもはや遠慮も会釈も有った物ではなく。
おま○こだのおち○ちんだのと放送禁止用語を明け透けに連発し。
二人仲良く、どろどろに溶け合い、ぐずぐずに果てたのである。

「Yes。 天にも昇らんばかりの心地だったよ……」

P−3は、身も心も堕ちた。蕩けた。
それは全く間違いない。
しかし、行為が終わり官能の炎が消え、熱暴走の危機を脱すれば。
そこは、流石にオートマンである。
オートメンテのタスクが復活し、トランキライザーは唸りを上げ、
今の彼女は、冷静で冷徹な機械の思考を取り戻している。


(ランスを篭絡、か。 Yes。 造作も無いことさ!)

快楽の余韻に放心しているかの如き表情のその裏で、
本機より届いたIMに目を通し、方針を検討していたP−3は、
新たに自分に下された命令に従うべく、行動を開始する。

「私は……知らなかったのだよ。
 肉体にこのような悦びがあり、愛されることがこのように甘美であることを。
 なあランス、頼みがある。私の所持者となってくれ給え!
 私はもう、お前から離れられないのだ……」
「がははは! 当然だ! もうお前は俺の女だ。むしろ離れるほうが、許せん」
「ああ、嬉しい。夢のようだよ……」

P−3のか細い腕が、ランスの逞しい胸板に絡みついた。
ランスは実に満足げに智機の細い首筋を舐め上げた。
それがP−3と智機本機の策略とも知らず、ランスは有頂天となった。

「よし! じゃあ契約成立のお祝いSEXだ!」
「犬のように惨めに這いつくばる私を、後ろから征服してくれ給え!」

懇願と共にP−3が尻を高く突き出し、ランスがそれに手を添える。
彼女の性交ホールはすぐさま潤いを見せ、彼の兵器は既にハイパーであった。
そして、ボーイ・ミーツ・ガール。
ノックも無しに乱暴に扉が開かれたのは、まさにその瞬間であった。

「はあ…… まだサカる気ですか、あなたは」

枕事の最中に無遠慮に侵入したのは月夜御名紗霧。
その紗霧に従者の如く付き従うは高町恭也と魔窟堂野武彦。

「やあ、月夜御名紗霧。交渉を中断してしま」


禽獣の姿勢のまま背中越しに闖入者たちを見やったP−3が、
続けて何を言う心算であったのか、紗霧たちが知ることは無かった。
紗霧の合図に、二人の男が同時に動いた故に。

高町恭也―――
素早くP−3に詰め寄るや、逆手に構えし小太刀一閃。
その首を音も無く掻き切った。

魔窟堂野武彦―――
大口径の拳銃から、首無きP−3の胸に凶弾一発。
倒れし機械の胴から白煙が吹き上がる。

転がる頭部は、紗霧の足元で仰向けに停止した。
紗霧はボウガンの鏃を足元に向けていた。
見上げるP−3の視覚レンズが、見下す紗霧の冷たい目を捉えた。

「何故……」
「すみませんが交渉は決裂ということで」

次の瞬間、P−3はボウガンに眉間を貫かれ。
その機能を永遠に停止させた。

「きさまらあああ!!」

獣の如き叫び声を上げて、ランスは激昂する。
この男、非情なようで女には温い。
男は殺す。
女は犯す。
そのような徹底した男女差別の精神で生きている。


故に、女に騙されて、自らピンチを招くことも茶飯事であるが、
それでもランスは反省せず、常に美女には甘かった。
ましてや、今、無残にも破壊されたP−3は、既に【俺様の物】なのである。
怒り狂わぬ道理は無い。

「黙りなさいランス」

その怒気が沸騰する直前に、紗霧がぴしゃりとランスを諌めた。
立会いの会わぬ格好となったランスの威勢に虚が生まれ、
紗霧はその隙に強引に言葉をねじ込み、押し通る。

「その機械はスパイです。ハニトラです。
 主催者の本拠地に侵入したまひるさんがそれを聞きつけました。
 エロの大家がエロで篭絡されてどうするんですか、ランス!」

無論、デマである。
図らずも結果に於いては事実を言い当てているも、発言に根拠はない。
それでもその言葉に、ランスの頭は冷えてゆく。

  ―――主催者の本拠地に侵入した

その言葉の持つ重みに、ランスの理性が働いた。
事態が大きく動いているのだと、ランスの嗅覚が働いた。
それでもなお、判っていてもワガママをいう子供のように、
ランスは完全には沈黙しなかった。
怒りは収まっているものの、しつこく駄々を捏ねた。

「でもな紗霧ちゃん、仮にそうだったとしても、
 これから二発三発とセックスを重ねてゆけばだな……」


そんなトーンダウンした俺様理論を展開する途中で、ランスはようやく気がついた。
気付いて言葉を飲み込んだ。
空気が、違うことに。

三人は、触れたら切れんばかりの研ぎ澄まされた気配に満ちている。
三人の周囲には、覚悟を帯びた熱気が漂っている。

さらには―――

「ランス様……」

いつの間に小屋に入ったのか。
ユリーシャが、顔を上げて、真っ直ぐランスを見ていた。
常に俯きがちで、表情を探るかの如き上目遣いばかりの少女が、である。

「こちらを」

ユリーシャは、ランスに斧を差し出した。
震える腕で。震える足で。震える声で。
それでも、その瞳は震えることなく、ランスを見据えている。

「お前たち…… 何をするつもりだ?」

気勢に飲まれ、憤りを鎮めたランスの問いに、紗霧は答えた。
決して否とは言わせぬ、強い口調で、命じた。

「とっとと着替えなさい。ケイブリス狩りに行きますよ」






======================================================================
              Intermission
======================================================================



紗霧の迫力に負けたのか。宿命のライバルへのリベンジに燃えたのか。
ランスは無言で戦支度を整えている。

魔窟堂野武彦と月夜御名紗霧は台所にて、必要な何かを作成している。
小屋の外では高町恭也が、飛針ならぬ何かの投擲に腕を慣らしている。
距離を隔てた北西部の平原では、広場まひるが挑発と逃亡を繰り返し、
ケイブリスを決戦の地へと誘っている。

誰もが各々の出撃準備に余念が無く。
誰もが他者に気を配る余裕は無い。
故に。
彼女の異様に気付く者はいなかった。

ユリーシャは―――

智機の頭部を、踏みにじっている。
音を立てず、されど執拗に。
破壊されたP−3を、弄んでいる。

眼輪筋をぴくぴくと痙攣させて。
こみ上げる笑みを飲み込んで。
幼い顔の造りに不釣合いな仄暗い官能の色を浮かべて。

「豚…… この、豚め……」

清楚可憐と謳われた王女の子宮は、甘く、重く、疼いている。



(ルートC)

【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め
      @打倒ケイブリス】
【備考:全員、首輪解除済み】


【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → E−5 耕作地帯】

【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:生活用品、香辛料、メイド服、?服×2、干し肉、スペツナズナイフ(←紗霧)、
     文房具(←紗霧)、白チョーク1箱(←紗霧)、紗霧謹製の何か(New)】

【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧(←ユリーシャ)】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】

【高町恭也(元08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、保存食、
     釘セット、紗霧謹製の何か(New)】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
    痛み止めの薬品?を服用】



【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残6×2+2)、
     白チョーク数本、スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、
     ヘッドフォンステレオwithまじかるピュアソング、レーザーガン(←紗霧)
     簡易通信機、携帯用バズーカ(残1)、工具、紗霧謹製の何か(New)】

【月夜御名紗霧(元36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
      状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、レーザーガン、ボウガン、メス×1、他爆装置(指輪×2のみ)、
     小麦粉、謎のペン×8、薬品・簡易医療器具、対人レーダー、解除装置、
     家庭用品いくつか、紗霧謹製の何か(New)】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、意思に揺らぎ有り】
 



【現在位置:D−3 山間部 → E−5 耕作地帯】

【広場まひる(元38)】
【スタンス:ケイブリスを耕作地帯まで誘導する】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ(大)、簡易通信機】

【主催者:ケイブリス(刺客04)】
【スタンス:反逆者の始末・ランス優先、智機と同盟
      @まひるを犯す
      Aまひるを殺す】
【所持品:なし】
【能力:魔法(威力弱)、触手など】
【備考:左右真中の腕骨折(補強具装着済み)、鎧】



前の話へ 投下順で読む:上へ 次の話へ
290 点と線(ルートC)
時系列順で読む
292 トランス部長・追憶編 (ルートC)

前の登場話へ
登場キャラ
次の登場話へ
287 戦慄のパンツバトル! 〜ランス〜(ルートC)
月夜御名紗霧
296 神鬼軍師の本領(ルートC)
ランス
290 点と線(ルートC)
広場まひる
高町恭也
魔窟堂野武彦
277 タッチ・ユアハート/キャッチ・マイビート
ユリーシャ
290 点と線(ルートC)
ケイブリス
レプリカ智機
294 夢みる機械(ルートC)