277 タッチ・ユアハート/キャッチ・マイビート

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(二日目 PM6:30 D−6 西の森・小屋3)

「やあ生存者諸君、失礼するよ」

雪兎の如き白い肌と赤い瞳の少女が、挨拶と共に小屋へと入ってきた。
その姿を見たユリーシャがランスの腕にしがみつく。
まひるはぎょっとした表情のまま固まった。
少女を挟むようにして歩く恭也と魔窟堂は警戒心を漲らせ、
数歩遅れて入ってきた紗霧は怪訝な表情で少女を見つめている。

それも仕方の無いことだろう。
この少女は主催者・椎名智機のレプリカント・P−3。
病院にて彼らを亡き者にせんと襲い掛かった機械歩兵の姉妹機故に。

「おお、君が噂のロボ子ちゃんか。
 想像してたよりずっと可愛いぞ、グッドだ!」

唯一、智機の恐ろしさを味わっていない男・ランスが能天気に声を掛ける。
いや、この男のことだ。
仮に病院で襲撃されていたとしても同じように声を掛けるやも知れぬ。

「お褒めに預かり光栄だね。私はレプリカ智機汎用型哨戒機P−3。
 宜しく頼むよ、02・ランス」
「で、なんだ。智機ちゃんは投降したのか?」
「No、交渉に来たのさ。
 武器も害意も持ち合わせていないから、安心したまえ」

P−3は自分の肩に馴れ馴れしく置かれたランスの手を軽く払うと、
彼を一顧だにせずにダイニングテーブルへと向かう。



「さあ、36・月夜御名紗霧。交渉のテーブルに着こうではないか」

P−3は舞台演者の如く両手を広げ、己が主役であるかの如く着席を促す。
主客の入れ替わった無礼かつ不遜な態度だ。
しかし紗霧は、嫌味も皮肉も口にすることなく沈黙を保っている。
かといって、様子見や策略で大人しく振舞っているとき特有の、
井戸の底の如き仄暗い眼差しも宿っていない。

彼女の心は、乱れていた。
沈黙はその乱れをP−3に悟られぬ為の手段だ。

(いけません紗霧。早く乱れたペースを整えなければ……)

乱れは、予想外の敵が予想外の行動に出たが為。
そして、敵よりもたらされた情報の衝撃が大きすぎたが為。
さらに、提案の旨みに一瞬目が眩んでしまったが為。

紗霧は一言半句違えず、レプリカ智機が切り出した提案を反芻する。

『東の森が燃えていることには気づいているね?
 その渦中にある我らが首魁・ザドゥ様が脱出を図っているのだが、
 火災にやられて手ひどいダメージを負っているようでね。
 そこで提案だ。
 彼が拠点に戻るまでの間に、殺してみてはどうだろう?』

P−3は小屋の外で紗霧たちに背信の交渉を持ちかけていた。
弱っている仲間を殺せと唆していた。
表情一つ変えることなく、淡々と。




「招かれざる……と思われているだろうが、一応私は客人だからね。
 上座に着かせて貰うとしよう。
 月夜御名紗霧はそちらの席でよろしいかな?」

P−3は仕切っている。急かしている。嘲っている。
紗霧は焦りで鈍りだした頭脳を必死に押し留める。

(良くない流れですね……)

交渉、舌戦、化かし合い。
それは紗霧の処世術であるし、特技であるとも言える。
十重二十重の策を巡らせて絡め取り、言葉巧みに思考を誘導し、
踊らされていることを自覚させぬまま踊らせる。
その紗霧が、己の分野である交渉に対し何を躊躇うことがあるのか?

『想像して想定して検討した上で、想像して想定して検討してください』

以前、恭也に示したこの言葉こそ紗霧の本質。
不安の理由。

整理と準備、そこから導かれる予測。
紗霧はそれらを無しに能力を十全に発揮することは出来ない。
閃きの宿らぬ性質。臨機不応変。
紗霧は己のそうした特性を理解しているが故、分の悪さを感ずるのだ。

(今、テーブルにつくのは宜しくありません。
 認めたくはありませんが完全にイニシアチブを握られています。
 乱れたペースを早急に回復させなければ、
 精神的に押し切られる形で決着してしまうでしょう……)




一方のレプリカ智機P−3も己の有利な状況を理解していた。
否、事は彼女の背後にいるオリジナル智機の思惑通りに運んでいる。

(ボクシングで言えば、ゴング直後の一発が相手の顎に綺麗に入った状態か。
 紗霧の脳は今、揺れに揺れているだろう)

智機は有利な交渉になるよう、戦術に2本の柱を立てていた。
1つ、常に先手を打ちイニシアチブを握り続けること。
2つ、時間制限があることを意識させ焦りを誘うこと。
月夜御名紗霧にはそうした速攻戦術が有効である。
データと確率から成るこの機械の読みはズバリ的中している。

「08・高町恭也、椅子を引いてくれ給え。
 敵とはいえ、レディに対する心遣いくらい持ち合わせているだろう?」

P−3が、また一つ状況を推し進めた。
役割を振られた恭也が紗霧の意志を確認すべく目線を彼女に送る。
その真っ直ぐな瞳が更なる重圧となり、紗霧の心の乱れに拍車を掛ける。

(マズい――― 明らかにマズい流れです。
 が、これ以上の遅滞行動は相手に疑念を抱かせてしまうでしょう。
 こちらの動揺を悟られてしまうでしょう。
 ああ、益々相手のペースに嵌っていくばかりではないですか!)

紗霧がしかたなしにテーブルへと足を向ける。
敵の思惑通りに流されていることを自覚しつつ。
そこに、絶妙なタイミングで第三者が割り込んだ。

「うーん…… ど〜も怪しいなぁ?」



発言の主はランス。
紗霧の軽快とは言えぬ歩みが止まり、智機の鋭角な眉根が不快げに歪む。

「怪しい、とは?」
「武器が無い?敵意が無い?口では何とでも言えるよなぁ、智機ちゃん?」
「ふむ、ならば一体どうしたら信頼してもらえるのかな?」
「ボディチェックだな!」

自身満面に返答するランスの両手は前方に向けてワキワキしていた。

しん…………………………………………………… と。
室内に冷凍庫の霜が如き沈黙が降りる。

「俺様の素晴らしすぎるアイデアに反対意見は無いということだな?
 まずはこの小ぶりなおっぱいからモミモミ…… げふんげふん。
 チェック開始といくか!」

言うが早いか鷲づかみ。
恥も外聞も躊躇いも逡巡もなく、真正面から真っ直ぐに。

「バカな!」
「あんたってお人は、ほんとにもぅ、ほんとにもぅ」
「そんな……」
「異議あり! じゃ!」

我に返った小屋組の面々が同時に己のスタイルでツッコミを入れる。
一拍置いた紗霧もまたバットを振りかぶる。

「ランス、貴方少しは場の空気というものを……」



―――読むべきです。
そこまで発音することはなく、紗霧の叱責は尻つぼんだ。

(今、私は言いましたね。場の空気、と)

めったに宿ることの無い閃きの匂いを、己の言葉に感じたが為。
紗霧は思考を尖らせる。

(場の空気……
 それに支配されたから私のペースが乱れたと言えます。
 ならばこの悪いムードを払拭する為には、
 むしろ読めない行動こそが―――)

紗霧の思案を他所に、ランスの手は智機の薄い胸に到達していた。
イタズラの矛先を向けられたP−3は演技掛った大仰なため息をつき、頭を振る。

「それで納得するならさっさとまさぐりたまえ。
 早く交渉の続きに戻りたいのでね、時間をかけず……
 ……んっ!」

ビクン。
P−3の表情や態度に反して、その体が震えた。
ニヤリ。
ランスは鼻の下を大いに伸ばして、高らかに宣言する。

「乳首みーっけ!」




「ランスさん、悪ふざけが過ぎます!」
「俺様の楽しいお触りタイムを邪魔しやがって、むかむか。
 だがな、今回は俺様に理があるのだ」
「理も何も!」
「童貞のお前は知らんだろうが、女の子には隠す場所がいっぱいあるのだ。
 おっぱいの谷間とか、お尻の割れ目とか、もちろんアソコとかな。
 俺様はみんなの安全のために、危険を省みずこうして調べてやっているのだ。
 感謝されこそすれ、責められる謂れなどどこにも無いぞ!」

見かねて止めに入った恭也がバサリと返り討ちに遭った。
彼が真っ赤になって黙り込んだのは童貞だからではない。
仁村知佳の肉の感触が生々しく蘇ってしまったからだ。
無論、ランスを始めとする面々にそれを知る由も無いが。

「そこで黙り込むとはお前やっぱり童貞だったか!
 女の子の柔らかさも知らんとはかわいそうな奴だな、がはははは!」

恭也を振り切ったランスはますます絶好調。
その指がP−3の胸元で蜘蛛の足が如く複雑に蠢いている。

「神様仏様紗霧様っ!もうあのオトコを止められるのはあなたしかっ!」
「このままでは交渉が始まらぬうちに決裂してしまうやも……」
「バットは…… やめて頂きたいのですが……」

残る三者が口々に紗霧を頼る。
暴走するあの男をどうにかできるのは紗霧を措いて他に無し。
既にそれは小屋組の共通認識となっていた。



「確かに、足の速い情報のようですしね……
 ランスの程度の低いイタズラに時を割くのは愚の骨頂。
 でしたらこんな妥協案はどうでしょう?」

P−3に向き直った紗霧の目許には冷笑。口許には歪み。
頼れる神鬼軍師の常の表情が、そこに蘇っていた。

「妥協案?どのような?」

P−3が見下した態度で問う。
紗霧が底意地の悪い表情で答える。

「私と椎名さんが交渉している間、ランスが好きなだけお触りする。
 ―――合理的ですよね?」









「「「「「えええええ???」」」」」



【現在位置:D−6 西の森・小屋3】

【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め、包囲作戦】
【備考:全員、首輪解除済み】

※個々の詳細は 269 その先に見えるものは の状態表 を参照してください

【レプリカ智機(P−3)】
【スタンス:ザドゥにぶつけるための交渉】
【所持品:?】



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