271 最優先事項
271 最優先事項
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(二日目 PM6:29 C−4地点 本拠地・管制室)
アドミニストレーター権限を委譲されてからのN−22の行動は素早かった。
本拠地のNシリーズ6機を直ちに起動すると、
3機をザドゥ救助タスクチームとし、3機を火災対策タスクチームとして、
該当端末の使用許可と備品・装備の持ち出し許可を与え、同時進行させたのだ。
結果、現時点で既にザドゥの元へNシリーズ1機と当座の救援物資が送り届けられ、
火災の進行シミュレーションと対策素案も纏まりつつあった。
今や他のレプリカ達から「代行」と呼ばれるようになったN−22は、
両タスクが動き出した時点でそれぞれのリーダーに処理を任せると、
情報端末に有線アクセスし、各種情報の徹底収拾を開始した。
それから数分。
彼女が必要とする情報のほぼ全てが、内蔵HDDに収められようとしている。
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〜Outline_of_Replica.txt〜
*
* オートマン・椎名智機のレプリカには大まかに分けて3種類がある。
* 1つ、通常仕様、Nシリーズ。識別色は橙。
* 1つ、白兵戦仕様、Dシリーズ。識別色は赤。
* 1つ、情報収集仕様、Pシリーズ。識別色は青。
* 識別色はアンテナ機能を備えたカチューシャにペイントされている。
*
* Nシリーズの機体数は46/160機(残存/開始時)。
* うち、本拠地防衛用に10機固定。
* 稼働時間は戦闘モードで4時間、デスクワークモードで10時間。
* 基本身体能力は月夜御名紗霧程度、基本装甲は通常の作業用ロボット程度。
* 正しい意味でのレプリカで、ハード/ソフト共にオリジナルに等しい。
* 基本身体能力を超えない範囲でのあらゆる武装が物理的にはは可能だが、
* リソースを大量消費するパーツ―――高機動レッグや強化アームなどを換装すると、
* フリーズやシステムクラッシュを誘発してしまうという欠点もある。
* この場合、常駐ソフトを切る事で実運用可能なレベルまで緩和できる。
* 無論、切ったソフトに由来する機能は使用不可能となる。
*
* Dシリーズの機体数は3/4機。
* 稼働時間は戦闘モードで4時間だが、後述のアタッチメントによって増減する。
* 基本身体能力はランス程度、基本装甲はなみ以下。
* ルドラサウムから与えられた強化パーツを取り付けた精鋭であり、
* 各種アタッチメントを装備することでその能力・特性は大きく変化する。
* キャタピラ、軽ジェットエンジンなどの移動機器。
* 耐熱装甲、工学迷彩スーツなどの装甲。
* 高周波ブレード、ビーム砲などの武装。
* 無限のバリエーションであらゆる局面に対応できる万能さが魅力だ。
* 但し、強化パーツの制御には多大なリソースを占有する為、
* オリジナルが同期できないというデメリットもある。
* なお、強化パーツの一つは、虎の子として本拠地の倉庫に保管されている。
* このパーツを前述のNシリーズに組み込むことで、Dシリーズに昇格させることが可能となる。
*
* Pシリーズの機体数は6/6機。
* スペックその他はNシリーズに等しく、識別されるのは役割と権限に違いがある為。
* 担う役割は現場での情報収集、哨戒活動。
* 有する権限は情報収集端末への常時アクセス権と、優先レベル3以下の命令拒否権。
* 特殊装備はスタングレネードと最高速40Km/hのカスタムジンジャー(セグウェイ)、
* バッテリーパック×2。
* ゲーム開始前から今に至るまで島内の担当領域から情報を収集/発信し続けている。
* 参加者に対しては隠密行動を是とし、被発見時には交戦せず逃走するよう刷り込まれている。
* また、Pシリーズが破壊された場合はNシリーズに同種の装備と権限を与え、
* 新たなPシリーズとして登録変更される仕組みだ。
*
* 最後に、全てのレプリカに共通する特徴を記す。
* この種の機械の例に漏れず、智機も基本的に熱に弱い。
* 冷却ユニットは水冷式。
* 蒸気の排出は後頭部の排気口から、冷却水の補充は口から行われる。
* 内蔵しているのは通信機と充電コード。
* 充電については全機ともに本拠地と学校の専用充電機にて3時間、
* 島内各所の建物のいくつかに仕込まれた特殊なコンセントにて10時間が必要となる。
*
* そして最たる特徴は―――
* 最優先事項に【ゲーム進行の円滑化】が設定されていること。
* マザーボードに焼き付けられているそれは、決して覆ることはない。
*
[EOF]
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代行管制機・N−22はデータバンクより抽出した最後の資料「レプリカ概要」に
目を通し、ようやく必要とする全ての事前資料をそのHDDに収め終えた。
その隣では、N−22より御陵透子へのコールを引き継ぎ、
使えなくなったらしい『世界の読み替え』についての状況把握に努めていた1機が、
深いため息と共に通信を切ったところだった。
「透子はザドゥ救助タスクに組み込めそうかね?」
「No、代行。透子の返答は要領を得ないが、推測するに世界の読み替えが制限されたようだ」
「では、救助タスクのみならず火災対策タスクにおいても……」
「Yes。残念ながらね」
管制室の6機のレプリカたちがそれぞれに嘆息する。
両チームともに透子の未知なる『世界の読み替え』に期待をかけていたのだ。
それが、頼れなくなった。理由は不明。
しかし、N−22の論理推論プログラムは推論を導き出していた。
オリジナルの焦燥と怒りが透子の能力制限と一本の線で結ばれているのだろうと。
「オリジナルと密談中のケイブリスからは、協力が得られそうかな?」
「まず無理だと判断するよ。部屋の鍵が掛けられているし、無線にも応答しないからな」
「おまけに室内には電磁シールド。音声すら拾わせない念の入れ様だ」
N−22は思い出す。数分前、オリジナル智機が管制室に戻ってきた時のことを。
何故、起動できた?――― DMN権限を取得したからね。
何故、取得できた?――― 最高指揮官ザドゥ様より与えられましたので。
その2つの質疑応答のみで、オリジナルは管制室を出て行った。
彼女は皮肉の一つも口に出さずあっさり引いたオリジナルに違和感を覚える。
(気にはなる――― が、先ず為すべきはザドゥ救出、火災対策の両タスクだ)
【ゲーム進行の円滑化】という判断基準が、N−22のそれ以上の思考を封じた。
優先評価点が高い事項を差し置いて、低い事項が取り上げられることは有り得ない。
「では、ザドゥ救出・火災対策タスクは私たちだけの手で行わなければならないな」
「まずは両タスクの優先度を決めるとしよう。
ザドゥ救出タスクチーム。そちらの進捗状況はどうかな?」
問いに対するチームリーダの返答は、苦渋に満ちていた。
「物資の調達まではトントン拍子で進んでいたのだが……」
「我々が内蔵する通信機は熱、もしくは煙に弱いようだ」
「カタパルトで飛んだ1機は着陸時点で。学校からの4機も先ほど通信が取れなくなった」
「ザドゥ様の通信機はノイズが酷くて使い物にならないしね」
「No! 苦しい状況だな……」
N−22は大げさな身振りで頭を振りつつ、対策を講じるべく演算回路を回し始める。
そんな様子を察してか、火災対策タスクチームが強い口調で横槍を入れた。
「私たち火災対策タスクチームは、火災対策こそ最優先で行うべきだと主張する」
「論拠として火災シミュレーションの模様をご覧頂きたい」
「代行、メインモニタへの投影許可を」
「Yes、許可しよう」
管制室の正面に82インチの液晶が輝き、補助端末の画像を映し出す。
衛星画像に似た鳥瞰全島図のCGが画面端よりポップアップした。
その全島図の楡の木広場を中心に、赤色表示されるドーナツが如き領域がある。
「これが定点カメラとPシリーズの報告から予測した、5分前の火災状況」
「風の向き、強さが変わらないものとして、6時間分の推移を1時間毎に表示しよう」
1時間後―――南西方向への広がりが大きく、形は歪に。
2時間後―――南西方向は全焼、洞窟と小屋2、隠し部屋3が炎に飲まれる。
3時間後―――東の森ほぼ全域が燃える。西の森および病院、廃村に延焼。
4時間後―――学校、耕作地、花園に延焼。小屋3が炎に飲まれ、廃村の6割が被災。
5時間後―――廃村全焼、さらに南西の野原と漁港に延焼。小屋跡1も炎に飲まれる。
6時間後―――漁港、西の森が全焼。火の手はついに北西の山地へと伸びる。
「これほどとは……」
「火災対策チーフの主張を我々ザドゥ救出タスクチームも支持するよ」
「Yes」
「全私一致か。ならば次は対策の検討に入る」
この瞬間、ザドゥと芹沢はレプリカ達から切り捨てられた。
ゼロとイチの思考に評価点の大小を上回る判断基準は存在しない。
1ポイントの差が、それだけで絶対の差。
増してや曖昧に揺蕩う感情などを挟む余地など有ろうはずが無い。
「続きを」
N−22が手の動きで火災対策タスクリーダーを促す。
リーダーはYesと頷き、コンソールを操作。
メインモニタの画像が2時間後の映像に巻き戻り、固定された。
「まず、前提として消火の線は切り捨てる」
「為すべきは延焼の阻止。実行すべきは木々の伐採と撤去」
「被害を東の森だけに留めるということだよ」
「そして、この対策完了のリミットがご覧の2時間後。PM8:30」
「廃村と西の森への延焼を許したらGAMEOVERだ」
ズームアップ。
そこには鬱蒼と生い茂る木々に隠れて佇む、一軒の山小屋があった。
先刻、魔窟堂が単独行の折に発見し、ペンのような何かを設置した小屋だ。
「楔を最初に打ち込むべき場所。それは東の森の名も無き小屋」
「アクション1。ここを中心に実働部隊を展開。周囲一切の樹木を切り倒し、運び出す」
「除去消火というやつだな」
「これを今から2時間以内に完了する」
「ここさえ乗り切れば、その後は幾分楽になる」
「延焼危険ポイントの西部、南部、および花園、学校周辺を軽く除去消火」
「こうして切り倒した箇所を仮に防衛ラインと名づけて、アクション2だ」
「アクション2。防衛ラインに進入する炎に、土砂を掛ける」
「窒息消火というやつだな」
「それを、危険が無くなるまで繰り返す」
「消火に十分な水とそのインフラが整備できない以上、打てる手はこの程度だ」
「故に必要なのは速度」
「そして人数」
火災対策タスクチームはそこで沈黙した。
3機の目線が代行N−22に注がれている。
N−22はしばし黙考した後、演技がかった口調で問いを発した。
「Yes。ならば問おう。必要な速度、それは何分後なのかな?」
「直ちに!」
「直ちに!」
「直ちに!」
火災対策タスクチームの3機の返答は淀みない。
「Yes。さらに問おう。必要な数、それは何機なのかな?」
「全機!」
「全機!」
「全機!」
火災対策タスクチームの3機の返答は一糸乱れない。
「つまり君たちはこう主張する訳だ」
「即時全機投入!!」
「即時全機投入!!」
「即時全機投入!!」
火災対策タスクチームの3機の返答は確信に満ちている。
「成る程、君らの意見はよくわかった。
では―――ザドゥ救出タスクチーム、君たちはどうだ?」
N−22は指差して問う。チームの2機は即座に右腕を上げて答える。
「即時全機投入!!」
「即時全機投入!!」
今まで口を閉ざして周囲の警戒に当たっていた本拠地警備・管制室担当の2機も、
自らの思いを主張した。
「即時全機投入!!」
「即時全機投入!!」
その時、同時に6本ものコールが入った。
通信を入れたのは全てレプリカPシリーズ。
火災対策チーム・オペレータがコールをディスカッションモードに切り替えると、
通信機の向こうの彼女らもまた、自らの思いを主張した。
『即時全機投入!!』
『即時全機投入!!』
『即時全機投入!!』
『即時全機投入!!』
『即時全機投入!!』
『即時全機投入!!』
この話を聞いていたほぼ全てのレプリカが、同じ意志を同じ言葉で伝えた。
火災対策タスクチームのリーダーが代表して最後の1機、N−22の意志を確認する。
「代行、あなたは?」
N−22はニヤリと歪んだ笑みを浮かべて、言った。
「無論、即時全機投入だ」
管制代行機かつ、アドミニストレーター権限保有者の意思表示。
それはすなわち決済であり、命令であった。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
眠る全てのレプリカたちが起動した。
拠点防御に当たっていた10機のNシリーズたちは、命令を下さずとも
自ら武装を解除し、鎮火に適した装備への換装を始めている。
Pシリーズはタスクの本格始動に先立ち、道具/装備品や情報の収拾を中心に、
柔軟な準備活動を行うよう指示されていた。
また、火災対策タスクチームのリーダーはDシリーズの装備品の検討に余念が無く、
残りの2機は詳細なプランの構築に全機能を集中している。
慌しく、しかし整然と準備を整えてゆく同胞たちを満足げに眺めながら、
N−22は蚊帳の外ぎみのザドゥ救出タスクチームにも命を下した。
「君たち2機も火災対策実働部隊に参入してくれ」
「Yes!」
「Yes!」
2機が目覚めたNシリーズたちに合流すべく、管制室を後にする。
その扉を潜る前に、ザドゥ救出タスクチーム・リーダーがN−22に軽口を叩いた。
くすくすと忍び笑いしながら、人を小馬鹿にしたような口調で。
「しかし…… オリジナルの私がこの状況を見たら目を回すだろうね!」
「だから今、オリジナルがいない今、行うのだよ。
わたしがアドミニストレーター権限を保有しているうちにね。
【自己保存】を中心に据えた判断をされたら、
本拠地の守りは残す、Dシリーズは温存しておくだの言い出しかねんだろう?」
「くくっ、臆病者だな、オリジナルは」
「責めてやるな、私。それが【自己保存】なのだから」
くすくす。
ザドゥ救出タスクチーム・リーダーは笑いながら扉を閉めた。
「シミュレーション結果、出ました」
火災対策タスクチームの2機が同時に顔を上げ、作業の完了をN−22に告げた。
「全タスクの完了までどれほど時間がかかる?」
「南西部緊急対策に90分。完全終了に220分」
「損害予測は?」
「Dシリーズ全機破損。Nシリーズ20機破損」
「よし、上出来だ」
半数以上の仲間を失うという報告を淡々と行うこと。
それを首肯すること。
我々人間の目に映るそれは、あまりに非情。あまりに冷酷。
しかし―――
レプリカ達の最優先事項は【ゲーム進行の円滑化】。
故に彼女らの態度は至って正常な反応。
機械には機械のルールがある。
これは決して残酷な話ではない。
「オペレータは1機で十分だからね」
「私、N−26もこれより現場組に合流しようと思うのだが、如何か」
「Yes。許可しよう」
また1機が、管制室を後にする。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「16・朽木双葉の首輪からの生体信号が、先刻途絶えた。
策士が策に溺れてしまったようだね。非常に残念だが、まあしかたない。
それよりも、だね―――」
出発準備は10分ほどで完了していた。
N−22は本拠地の正面出口前に整列するレプリカ達に向けて、管制室より発信する。
「この死によって後顧の憂いが無くなった。そこに着目しよう。
我々の鎮火タスクは、もう警告事由:ゲームの進行阻害に抵触しないのだ。
大手を振って任に当たれる。幸先が良いとは思わないかね?」
N−22の演説にレプリカ達が沸く。その潮が引いてから、彼女は号令を下した。
「よろしい。では全機に命じよう。
N−29を当オペレーションの最高権限者とし、46機の全てはその指揮に従え。
また、命令実行に伴う各種判断においては自律思考を許可する。
なお、命令の優先レベルは5。最高レベルだ。
……ではリーダー、オペレーション開始だ。号令を」
「―――出発!」
「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」
「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」
「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」
「Yes」「Yes」「Yes」「Yes」『Yes』『Yes』『Yes』『Yes』『Yes』『Yes』
『Yes』『Yes』『Yes』『Yes』『Yes』『Yes』
本拠地の34と、無線越しの12の智機たちが、一斉に唱和した。
【レプリカ智機・代行(N−22)】
【現在位置:C−4 本拠地・管制室】
【スタンス:管制管理の代行】
【所持品:内蔵型スタン・ナックル】
【レプリカ智機・オペレータ(N−27)】
【現在位置:C−4 本拠地・管制室】
【スタンス:火災対策タスクのオペレーティング】
【所持品:内蔵型スタン・ナックル】
【レプリカ智機・リーダー(N−29)】
【現在位置:D−3 本拠地入口 → F−6 小屋2付近】
【スタンス:火災対策タスクの現場監督】
【所持品:】
【備考:3機のDシリーズ、6機のPシリーズ、37機のNシリーズが指揮下に】
※ 本拠地にはメンテナンス中の智機本体×1と、レプリカ×3が存在。
※ レプリカは代行N−22、オペレータN−27と智機が同期している機体。
※ 前報酬の強化パーツ1個は倉庫で厳重に保管。開錠方法はオリジナルのみ知る。
※ 学校からザドゥ救出に向かった4機は消息不明。