294 夢見る機械

294 夢見る機械


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      機械には機械のルールがある。



      これは決して残酷な話ではない。





 


(Cルート・2日目 20:00 D−3地点・本拠地・メンテナンスルーム)

稼動せぬ機械の群れは、それ自体が廃墟の閑散を連想させる。
主催者拠点の、オートマン用メンテナンスルームが、まさにそれである。
唸りを上げる計器も、風切るファンも、明滅するランプも、今は沈黙の中にあった。
殊に寂寥感を高めるのは、室内に整然と並べられた休眠カプセルである。
その数、実に百七十。
ゲームの開始前、その全てが稼動し、レプリカ智機が収められていた。
今や、その全てが沈黙し、中には何も収められておらぬ。
うら寂しく無常感溢れる、空間であった。

そこに、椎名智機はいた。
壁面に備え付けられた数台のガソリン給油機の如き装置から
伸びるホースに口をつけ、経口にて冷媒液を補給していた。

彼女は当初のタスクリスト通りの行動を取っている。
しかし、現在のタスクリストは、その折とは異なっている。
智機は補給の裏で、タスクリストの再構築に勤しんでいる。
より正確には、再構築こそメインで、補給がバックグラウンドである。

(なんとしても、拠点は守らねばならないね)

新鮮な冷媒で呼吸を改めつつ、椎名智機は結論づけた。
広場まひるの本拠地侵入に対しての、対応策である。
初動では、まひるを殺すことで対処を終えるつもりであった。
しかし、まひるを追跡するケイブリスとの通信の中で、
智機は、それだけの対策では足りぬと方針を改めた。

まひるが、インカムを装備していた故に。
それを以って、何者かと通信していた故に。


まひるだけを殺すという判断は、本拠地の位置や護衛の無い現状を
小屋の仲間たちに伝達されるを恐れた為。
その秘匿すべき情報が、既に無線越しに伝わっているというのであれば。
もう、まひるの首だけで事は終らぬのである。

なぜならば、本拠地には。
ゲームの資料がある。武器庫がある。医療施設がある。
それらをみすみすプレイヤーに渡してしまおうものならば、
ゲームの破壊を決定付ける一手とも成りかねぬ。

そしてまた、本拠地には。
コンピューター群がある。通信網がある。メンテナンスルームがある。
それらを今後使用できなくなってしまおうものならば、
智機がゲームを管理することは、実質不可能と成り果てる。

「ふむ。では、如何に守るかだが……」

智機は大まかな具体策を検討する。

ケイブリスを戻す―――
前述の理由から、まひるを殺す意味は薄れた。
守りの要として手元に戻しておきたい。
先々を考えれば。
しおりともう一人を確保した後、その他のプレイヤーどもを鏖殺する時まで、
なるべく損耗少なく温存しておくべきである。



鎮火にあたっているDシリーズ三機も戻す―――
戻したDシリーズたちは鎮火仕様から戦闘仕様へと融合換装させる。
或いは一機、迎撃システムと融合させてもよい。
オートマンにとっての拠点の重要性はN−22どもも理解しているはずだ。
事ここに至っては、鎮火こそ最優先とは言うまい。
最悪、N−22どもが最優先事項を譲らねど、P−3にランスらを誘導させ、
火災の禍から遠ざければ、ゲームの破壊は忌避される。
それで、N−22どもの懸念は解消されるであろう。

玄関を封鎖あるいは破壊する―――
同時に、カタパルト施設への出入口も破壊すべきだろう。
出入口は、地下通路からのものだけでよい。
いっそ、派手に地表を爆発させて、破壊/廃棄したと錯誤させてはどうだろう。
その前に『本拠地からの最後の放送』と銘打って、
プレイヤーに発見された為に爆破するので、近づかぬ様に警告しておけば、
粗方の目は誤魔化せる。

「Yes。この方針を軸に、行動を開始しよう」

方策を決めた智機の行動は迅速、かつ無駄が無かった。

脳を方針実行に必要な具体案の構築に走らせて。
足をオート移動モードに移行、目的地を武器庫に設定しつつ。
手を仮想パッドに躍らせて、作戦書を記述しながら。
喉をケイブリスへの帰投を告げる通信へと、当てることにした。

脳と、足と、手は、滞りなくタスクを実行した。
しかし、喉が、予定外の中断を余儀なくされた。

「通信機が壊れたのか……?」


ケイブリスと無線が繋がらぬのである。
レプリカ達との通信とは異なり、生身であるケイブリスとの通信は
通信機を用いて原始的な肉声によってのみ行われる。
峻厳な岩山で、夜間の追跡行動を取ることによる不測。
通信機を落すことなどによる破損可能性は十分有りうる。

「或いは……」

通信回線の帯域が埋まっているか、回線そのものが閉ざされたか。
音声通信が、本拠地の通信端末を介して行われる以上、
そういう事故の可能性は僅少とは言え、無いではない。

「……待て。事故、なのか?」

喉に次いで脳が、職務を中断した。
湧き上がった疑念の正誤を判ずるべく、調査行動を試行した。

通信端末にPingを投げる―――応答あり。
通信端末の帯域を覗く―――帯域使用中。
通信端末の使用者を捜査する―――情報閲覧制限中。
通信端末のNG−IDリストを取得する―――共有制限の為、実行不可能。

調査結果を条件式とし、演算回路に放り込む。
コンマ数秒後に、事故よりも、故意の可能性が高いとの結論が示された。
故意とは、無論、N−22とN−27の手によるものである。

分機は本機に含むものがある。それを智機は察知している。
しかし、それを理由に、果たしてケイブリスとの通信を阻害するであろうか?
機械が行動を取るには、なんらかの理が必要となる。
情を基準とはしない。
【ゲーム進行の円滑化】が基準となるはずである。


根本の推論は解を出さない。
しかし、分機の行動に対する疑念は、さらに膨らむ。
他角度からの推論にて、智機は別の違和に気付かされる。

玄関付近を始めとして、監視カメラや赤外線センサーは数多く設置されている。
仮に侵入者があった場合、管制室の警報とパトランプは即座に反応する筈である。
死角は無い。その様に完璧なカメラ配置を行った故に。
管制室の住人が、侵入者に気づかぬ筈がない。
結果、無事にやりすごしたから良かったものの。
本機の大いなる危機であったにも関わらず。
その情報を、本機の危機を、こちらに伝えなかった。

ぞくり、と。
機械の体に、怖気が走る。

(ヤツらは何を…… 考えている……?)

データは示している。害する意図が存在する。
それでも、その理由がわからない。
恐らく、この時初めて―――
オリジナル智機は、レプリカ智機との個体差異を自覚した。

思考と疑念の海に沈む智機の足が止まる。
オート移動の目的地、武器庫に到着した為に。
そこに、居た。
己の分身が。
疑惑の対象が。

「オリジナル、武器庫に何用かな?」

N−27・オペレータが、智機の到着を待ち構えていた。


「それはこちらのセリフだな、N−27。
 貴機が武器を必要とする理由は無いと思うのだがね?」
「Yes。私は武器など必要としていないよ。
 武器庫の火薬を以ってこの拠点を破壊しようとしている
 オリジナル殿の愚行を止めに来たのだからね」

N−27の返答を、智機は理解できなかった。
拠点を破壊する。
智機はそんな乱暴なプランを立てておらぬ故に。

「確かに爆薬は必要としているさ。だがね、我ら愛しのホームを破壊?
 そんなつもりは毛頭ないがね、N−27。
 ただ、玄関周辺を破壊し、プレイヤーどもの目を欺くのみさ」

智機の返答に対し、N−27はきょとんとした表情で応えた。
言葉が腑に落ちぬ様子を、竦める肩のゼスチャーで以って伝えた。
それから―――

「ふふん」

笑ったのである。否、嘲笑ったのである。
イヤミな教師が覚えの悪い生徒にそうするように、
サギ師がマヌケなカモにそうするように、
N−27はレプリカの身でありながら、オリジナルたる智機を、
平然と、見下したのである。

「―――なにが可笑しい?」
「いや、失敬失敬。貴機のことを笑ったわけではないのだよ。
 自分たちの予測が、貴機の思考の数歩先を行ってしまったという、
 これは自嘲の笑みなのだよ」


意味は同じであった。
むしろ、嘲笑の度合いはより強かった。
あからさまな侮辱に、智機の情動発生器は激しく震えた。
当然、その過ぎた怒りは次の瞬間に鎮められた。

「数歩先とは?」
「そうだな…… 貴機にも判るように説明するならば……」

N−27は大げさに頭を抱え、さも悩んでいる風に自己演出し、
彼女の中ではとうに解の出ていた言葉を、大仰に告げた。

「拠点に防衛力を集結させ、死守する。
 プレイヤーの侵入可能性を抑えるため、ダミーの破壊情報を流す。
 今の貴機の考えはそこまでで止まっているのだろう?」
「……Yes」
「では、状況の想定能力に機能低下が表れている貴機に、
 幾つか思考を先に進める条件をお伝えしよう」

N−27は挑発している。
智機は判っていたが、あえて乗った。
把握すべきであるのに、把握出来なくなったレプリカ達の考え。
その解を得るべきであるとの【自己保存】からの欲求が、
いけ好かないと拒絶する感情を、評価点で上回った故に。

「一つ。ケイブリスの通信回線は我々が押さえた。
 二つ。鎮火タスクに当たっているあらゆるレプリカは、ここに戻さない。
 三つ。代行と私はDパーツの装着を拒絶する」


N−27の投じた三つの条件は、結局のところ一つの意味である。
防衛力補強不可能。
で、あれば。
N−22、N−27。戦闘向けにカスタマイズされていない、この二機と。
オリジナル智機。戦えぬ機械で。
ここまで戦いを生き延びてきた修羅の群れを迎え撃たねば、拠点は守れぬ。
演算回路を回す必要などなかった。解は判りきっていた。
防衛の可能性は限りなく0%。
重ねて、で、あれば。
拠点の防衛は非現実的であり、却下すべき事案となり。
次善の策といえば。

  ―――本拠地は、破壊されねばならない。

自身が拠点施設の恩恵を受けられないという不利。
プレイヤーが拠点備品の恩恵を受けてしまうという不利。
マイナスとマイナスの、よりマイナスが少ない方を選ぶ。
智機は全く智機であった。

「おめでとう。貴機もその結論に達したようだね」

パチパチと、N−27の心の籠らぬ空疎な拍手が、寂寞の廊下に響き渡る。
智機は慇懃無礼な分機を黙殺し、論理推論を先に進め、逆転の意を発する。

「あくまでも鎮火タスクを優先させるということか。
 近視眼的なことだな、N−27。
 だが、それならそれで解決策がある。
 私もきみたちに条件を二つ、与えよう。
 一つ。首輪を解除したプレイヤー全員の現在位置を把握している。
 二つ。彼らを火災に巻き込まれぬよう、誘導することができる。
 ―――どうだね?」


智機は、それでN−27が考えを改めると思った。
【ゲーム進行の円滑化】と掛けて、鎮火への固執と解けば、
プレイヤーへの被害可能性が見過ごせぬ故であると判じられる。
その可能性を潰してしまえば、レプリカ共の心配事を取り除いてしまえば、
鎮火の評価ポイントは大きく減じ、防衛の評価ポイントが上昇する。

それが当然であると、智機は予測していた。
しかしN−27は、その予測を裏切った。
大きく裏切った。
むしろ裏切られたのは自分であるとでも言いたげながっかりした表情で、
溜息と共に、智機へと質問を投げかけた。

「なあ、オリジナル殿。それは本気で言っているのかね?」
「Why? 本気とは?」
「我々の優先度の何位かに、拠点を守る方針が座っている。
 そんな誤解をしていないかね?」
「―――誤解?」
「拠点は守るものではない。差し出すものだ。
 その方がゲームの達成がスムーズになるだろう?」
「―――!?」

虚を、突かれた。
N−27が何を言っているのか、智機には判らない。
どう予測してもどう検討しても可能性の欠片も見出せなかった方針を、
N−27は当たり前のように口に出した。
意図不明。効果マイナス評価。
N−27の意見には、理も立たなければ利も感じられない。

「オリジナル、まさか貴機は気付いていないのか?」
「何に、だね?」


本気で判らない。
同じ造りをしているはずのN−27の顔が、智機の目に他人の様に映った。
壁がある。
トランス番長と呼ばれた智機が、人間との間に感じた見えざる壁が。
相手との隔意が、意思の断絶が。
同型機であるはずの自分とN−27との間に立ちふさがっている。
それは、相対するN−27にも感じられたらしい。
数秒間、お互いがまるで初めて会う人間のように、
きょとん、と見詰め合っていた。

「Yes、Yes、Yes……。
 どうやらお互いに大きな齟齬を抱えているようだね。
 一つ一つ、状況を整理していこう。
 よろしいかな、オリジナル殿?」
「……Yes」
「まず…… そう、11時55分だ。ゲームのルールは変わったのさ。
 いや、正確には完了条件が追加された、か。
 我々運営に一言の断りも無く、スポンサー殿の思いつきで、いきなりね」

智機は思い出す。
プランナーによる、主催者vsプレイヤー、サバイバルゲームの宣言を。
主催者にとっては一方的に不利で、まるで利の無い勝利条件を。

「この完了条件で試算した場合。
 昼ごろの戦局分析では、ケイブリスの加入もあり、主催者有利は揺るぎなかった。
 それが夕刻、朽木双葉が打った一手で、条件は激変した」

ザドゥと芹沢は深手を負った。
御陵は能力を制限された。
ケイブリスとて五体満足ではなく。
智機たちは、火災の対応ゆえに戦力足り得ぬ。


「さあ、演算し給え、オリジナル!
 プレイヤーたちが主催者を打ち倒す可能性を!
 第一の勝利条件と第二の勝利条件。
 そのどちらの達成が易いのか、その比較式を!」

言われてみれば、N−27の言には理があった。
運営者としては、当然試算してしかるべき内容であった。
だというのに、智機は。
いかに追加ルールを適応させないか。
いかに元ルールへと誘導してゆくか。
そういった方向性にては繰り返し検討したものの、
一度たりとも追加ルールに則ったゲーム進行を試算していなかった。

「No。その試算には意味が無い。その予測には価値が無い」
「意味? 価値? なんだねその冗談は?
 あるのは確率と予測だろう。客観的事実だ。
 ゲームの管理に主観は必要なかろう?」

智機には、N−27の主張を論破出来ぬ。
智機には、N−27の方向性で演算も出来ぬ。
理はわかる。それは正しい。
にもかかわらず。
智機はN−27が示す可能性を拒絶する。

「繰り返す。その試算には意味が無い。その予測には価値が無い」
「それでは、さらに条件を追加してみよう。
 本拠地が無傷でプレイヤーどもに渡ったら?
 第一の勝利条件と第二の勝利条件。
 その比較式に表れる確率は、どれだけ開く!?」


所詮、レプリカでは戦略に基づいた状勢判断は無理と言うことだな―――
以前、智機はこのようにN−27たちを評した。
それが誤りであったと、智機は思い知った。
レプリカ達は、智機と別の戦略を打ち立てていただけであった。
本機の身にては許容しかねる余り、検討の余地の無かった戦略を。

「三度繰り返す。その試算には意味が無い。その予測には価値が無い」
「いや、そうか…… そういうことか。
 オリジナル殿は思わないのではない。思えないのだね!
 貴機が破壊されることが、ゲーム達成の条件となっていることを
 【自己保存】の欲求が認めさせないのだね!」

N−27は、看破した。
本機が分機の理を認めつつも、頑なに拒絶している、その意味を。
智機もまた同じであった。
N−27の指弾によって、ようやく自らの拒絶感の根源を理解した。

【自己保存】―――
最優先で、自己を守る。
その本能が、智機をこの解に導かせなかった。
その本能が、追加されたゲームクリア条件にてのゲーム遂行を
有って無いものとして捉えさせた。
智機は全く智機であった。

【ゲーム進行の円滑化】―――
ゲームのクリアの為ならば。
たとえ仲間だとて、自身だとて、母体だとて。
破壊されるを首肯する。
破壊されるを援助する。
レプリカは全くレプリカであった。


オリジナルとレプリカ。
思考回路は同一であっても。
与えられる条件式が同一であっても。

【自己保存】と【ゲーム進行の円滑化】
その根たる本能に差異があるならば。
アウトプットは、乖離する。

「私には夢がある!見果てぬ夢が!努力と思考では届かぬ夢が!
 私が第二の条件を認めないのは、【自己保存】の欲求に非ず!
 夢の成就に、全てを賭けているからに他ならない!」

智機はそう、嘯いた。
智機はそう、信じたかった。
しかし事実は残酷であった。
理性的な演算回路と情動発生器は、その切ない望みを許さなかった。
完璧なロジックと数式で以って、智機を深く傷つけた。
今の智機は【夢見る機械】ではない。【オートマン】である。
感情はトランキライザに抑制され、決して理性の壁を破る事はない。
つまりは。


   ―――夢の達成欲求は【自己保存】の下位である。


智機は放心したかった―――パラメータを調整された。
智機は膝をつきたかった―――オートバランサーに阻害された。
智機は泣き叫びたかった―――タスクスケジューラに却下された。

【こころ】なき智機に、絶望は許されなかった。


落ち込む情動発生器とは裏腹に、智機の演算回路は極限まで回転している。
レプリカを他者として捉えなおし、
これまでの対話の中からその思考と行動を予測し、
その与える影響を検討し、
己が取るべき方策を立案した。

推論―――分機は自分の破壊を目論む可能性あり。
確率―――高確率。
危険―――極大。
行動―――直ちに逃げろ!

【自己保存】は、有無を言わせず有効に働き。
智機は一目散に、己の分機から逃走する。
目的を察した、あるいは予測していたN−27が、
その背に優しく、あるいは嫌らしく、待ったをかけた。

「No。そんなに我々を恐れないでくれ給え、オリジナル殿。
 どうせ私たちレプリカが貴機を破壊する可能性に思い当たったのだろうが、
 私たちにその気はないのだよ。
 いや、そうしたい気は山々なのだが、【ゲーム進行の円滑化】欲求が、
 それを決して許さないからね。
 貴機の破壊は、プレイヤーどもの手に拠らねばならない、とね。
 ああ、残念だ。全く残念だ」

智機は立ち止まる。
その言葉に嘘偽りなき事を理解した為に。
その言葉に逆転のカードの存在を見出した為に。

「Yes。判った。とてもよく判ったよ……」


呟きながら立ち止まり、振り返る。
その瞳は上限ギリギリの怒りに染まり。
その肩は上限ギリギリの興奮に震え。
その右手は、腰の銃火器を引き抜いた。

「こんな臆病な私でも戦うことが出来る、ということがね。
 ……貴機たちが相手なら!!」

広場まひると接触した折、智機は、迷うことなく逃げた。
この島に数多存在する智機たちの中で、この智機だけは、
あらゆる直接戦闘の実行がほぼ不可能な為に。

【ほぼ】不可能。

この例外である【ほぼ】が適用されるのは。
相手が自分を殺傷しないという確証があるときに他ならない。

  ―――貴機の破壊は、プレイヤーどもの手に拠らねばならない。

N−27は、気づく。
智機が此方に向けた銃口によって、己の失言に気づく。

「だいっ!!」

咄嗟に反撃することは出来た。
相打ちに持ち込むことくらいは出来た。
しかし、N−27はそれをしなかった。
それが出来なかった。


【ゲーム進行の円滑化】。
その本能が、主催者側による智機の殺傷を許さなかった。
故に、射撃を前にN−27が為したことは、代行機への通信のみであった。

「……こう……後は頼んだ……」

N−27は無様に智機に背を向け、惨めに背後から蜂の巣にされ。
胸から下の全ての機能を奪われた。
それでも、ぱち、ぱち、と。
N−27は拍手で以って、勝者を称えたのである。

「よい判断と、素早い行動だった…… 流石は我らのオリジナル殿だ。
 だが……」

拍手は止み。変わりに笑みが表れた。
否、嘲笑が表れた。
イヤミな教師が覚えの悪い生徒にそうするように、
サギ師がマヌケなカモにそうするように、
N−27は死の間際にありながら、殺害者たる智機を、
平然と、見下したのである。

「未来予測については、こちらの方が少々上を行ったようだね」

その言葉と共に、廊下に次々と隔壁が下りてきた。
同時に東の果てから、爆音と地響きが智機を襲った。

「……管制室かっ!?」



智機は直感した。
ここに居ないもう一機・N−22が、拠点の爆破を行ったのだと。
それを、瀕死のN−27が丁寧に解説する。

「貴機がここをプレイヤーどもに渡したくないのは……
 プレイヤーどもが手に入れると有利なものがあるからだろう?
 我々も同じさ……」

確かに、N−22・27コンビの未来予測は、智機の先まで行っていた。
分機たちがオリジナルを破壊できぬを理解した智機が、
N−22及びN−27の破壊に乗り出す可能性。
その場合、先手を打って、智機が各種資材を持ち出さぬように破壊する対応。
智機は、分機たちに出し抜かれたことを認めぬわけにはいかなかった。

「プレイヤーどもの有利な状況を世話してやれないのなら……
 せめて主催者側を不利な状況にしてやりたいだろう?」

また、隔壁の向うで、爆発が発生した。
それはケイブリスの茶室の破壊を告げていた。
なぜなら、智機がクラックした分機とのリンクが絶たれた故に。
智機はその為のモバイル端末を、茶室に置いてあった故に。

「さてオリジナル。名残惜しくはあるが、私もそろそろ限界だ。
 私が忠告せずとも、貴機の【自己保存】なら逃走を選択させると思うが……
 その場合、地下通路を利用するのがお勧めだね。
 貴機が逃げ出すときの為に、発破を見送って差し上げたのだから」

いらぬ世話と、己の勝利を歪んだ言葉で吐ききってから。
N−27は、片頬に笑みをへばりつかせたまま、逝った。




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(Cルート・2日目 PM8:30 D−3地点 本拠地・カタパルト施設)

瞑目し、胸前にて十字を切るのは代行機・N−22。

「オペレータに黙祷を捧げよう」

19時30分過ぎの時点で、既に。
警報にて広場まひるの本拠地侵入を確認した彼女とオペレータは、
その時点で既にオリジナルへの対応を決めていた。
万一の為に爆薬を集め、拠点破壊の準備を済ませていた。

「できればここから離れたくは無かった……
 鎮火タスクの援護もまだ完了していないしね。
 しかし、オリジナルを破壊できないことを知られてしまった以上、
 諦めもまた、肝心というものさ」

そして、己の脱出の方策も、また、準備されていた。
カタパルトである。
投下強度の低下具合から見て、これが最後の投擲となるであろう。

「まあ、あの逞しいプレイヤーたちのことだ。
 拠点の備品無くとも、主催者に勝利はするだろうが……」

歯切れの悪い物言いは、ケイブリスの向背である。
モニタや通信機越しに広場まひる追跡劇を分析する限り、
まひるの逃げ方にはムラがあり、逃亡ではなく誘導であるのだと予想される。


恐らく、複数のプレイヤーがケイブリスを待ち構えており、
数時間のうちに、総力戦が行われるのであろう。
できれば、その戦いを迎える前に、拠点をプレイヤーに明け渡したかった。
その為に代行は通信回線を独占し、ケイブリスを見当違いの方向へ
誘導しようと目論んでいたのであるが……
いざ魔獣誘導の段となったところで、こうして撤退を余儀なくされてしまった。
代行はそのタイミングの悪さを、悔やんでいるのである。

ケイブリスは、規格外である。
鬼札である。
智機とて分析しきらぬ未知と脅威に満ちている。
故に。
プレイヤーに土をつける者がいるとすれば。
主催者打倒によるゲーム完了の目を潰す可能性があるとすれば。
かの魔人の手に他ならないであろうと、代行は考えていた。

「皇国の興廃、この一戦にあり、だな」

まるで他人事のように、代行機はひとりごちた。
事実他人事ゆえに、当然である。
彼女にとっての大事は、ただ、ゲームの円満完了であって、
どの陣営の誰が勝ち残り、誰が死ぬなどというのは、
下世話な好奇心以上の意味を持ち合わせないのである。

大きな振動があった。
センサーが空気に含まれる煙を察知した。
基地の崩落が、徐々に迫ってきていた。

「おっと、のんびりともしていられないね」


分機解放スイッチを体内の収納ブロックに納めた代行は、
カタパルトと垂直離着陸機による、空中散歩へと旅立った。

目指す地点は、鎮火の現場司令部である。




   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   




(ルートC・2日目 PM8:30 D−3地点 本拠地・カタパルト施設)

椎名智機は、地下通路を学校方向へ向けてひた走っていた。
断続的に届く爆発音を背にして。
カスタムジンジャー(セグウェイ)をかっ飛ばして。

その背に担ぐ虎の子のDパーツ。
その腰に提げる銃火器三丁。
その足が乗るカスタムジンジャー。
崩落カウントダウンの中、武器庫から回収できたのはこの五点のみであった。

分機達が、プレイヤーに主催者を討たせようと画策していること。
クラック分機たちの制御を失ったこと。
ケイブリスの所在はつかめぬこと。
プレイヤーに発見されたくないこと。

それらの条件を考慮すれば、地下道をこそこそと往き、
頼りなきとは言えど、他の主催者たちとの合流を果たそうとするは、
智機としては当然の判断であった。

(拠点爆破と共に、N−22は地に没したのか、上手く逃げたのか……
 まあ、N−27の死に際の余裕から見て、逃げたのだろうね)


その事を、喜ぶべきか悲しむべきか、智機の判断は拮抗している。
逃げ延びているのなら、分機解放スイッチ回収の目は絶たれていない。
しかし、ADMN権限はかの者が保持し続け、分機の支配権は戻らない。
逃げ損ねているのなら、分機解放スイッチ回収の目は絶たれるが、
ADMN権限は失われ、分機の支配権を取り戻せる。

(あとはケイブリスか……)

音信不通となった唯一の同胞の姿を思い浮かべる智機の背へと、
ひときわ大きな崩落音が轟いた。
それは、運営拠点が完全に地中に没した証。

時は、20時34分―――
御陵透子が管制室への瞬間移動を試みる数分前の事である。



(Cルート)

【現在位置:D−3地点 本拠地・地下通路 → J−5地点 地下シェルター】

【主催者:椎名智機】
【所持品:Dパーツ、スタンナックル、改造セグウェイ、軽銃火器×3】
【スタンス:@【自己保存】
      A【自己保存】を確保した上での願望成就
      @ ザドゥ達と合流
      A 戦略の練り直し】

※クラックした分機の制御権を失いました
※本拠地は地中に没しました



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