289 ほんとうのさよなら
289 ほんとうのさよなら
前の話へ<< 250話〜299話へ
>>次の話へ
下へ 第八回放送までへ
(Cルート・2日目 20:15 F−4地点 楡の木広場跡地)
僕はね、しおり。
きみのこと、見ていたんだ。
きみは、僕のことに気付かなかったけど。
僕は、ずっと、きみのそばにいたんだよ。
寝息が、苦しそうだね。
鼠みたいな大きな耳が、揺れているね。
指しゃぶりしているのも、体をぎゅっと丸めているのも、
きっと、淋しくて、不安だからなんだね。
でも、ごめんね、しおり。
今の僕は、頭を撫でてあげることも、
涙を拭いてあげることも出来ないんだ。
僕にできることは、きみを見守ることだけなんだ。
ああ、それなのに。
「マス…… ター……」
きみはどうして、手を伸ばすの?
夢の中でも、僕を呼ぶの?
僕は、その手を握ってあげられないのに。
僕は、呼びかけに返事もできないのに。
いまだって、ほら。
きみの紅葉みたいな小さな手に、僕の手を重ねてるんだよ?
しおり、しおり、って、何度も呼んでるんだよ?
……これが、罰なのかな?
僕は、逃げる人だから。
嫌なことから、怖いことから、責任を取るべきことから
逃げつづける人生を送ってきたから。
きみから離れることが出来ない存在に。
きみから目を逸らすことが出来ない存在に。
きみの側にただいるだけの存在に、なってしまったのかな。
「対象発見」
ねえ、しおり、空を見て。
あれは天使、なのかな?
真っ白な羽根に、穢れ無き青の鎧。
とても綺麗な姿をしているよ。
「意識を保っている残留思念は二体目です」
僕のこと、みたいだね。
天使は、僕のところに、きたんだね。
ここで、しおりとさよならなのかな。
僕は、きみに何もしてあげられないまま、
召されてしまうのかな。
ああ、天使が降り立った。やっぱり僕を見ているよ。
もしかしたら、お話、通じないかな。
もしかしたら、お願い、聞いてくれないかな。
《天使さん、お願いです。この子の手を、握らせてください》
「プランナー様。この残留思念は、意思を伝えてきます」
《僕は、この子に酷いことばかりしてきました。
自分の願いを振りかざし、この子の運命を捻じ曲げました。
その責任を取ることなく、この子より先に死んでしまいました》
「はい、勝沼紳一ではありません。
しかし、この残留思念もまた、幽霊の域に達している模様です。
憑依、念動等の能力はありません」
《遺してあげられるものはないんです。
守ってあげることもできないんです。
ですから……》
「プランナー様。
この情報は、収集してもよろしいのでしょうか?
ご判断ください」
《せめて、この子の寝息が落ち着くまででいいですから。
この子の手を、握ることのできる力を、奇跡を、下さい》
「なるほど。死後を保証されているのは勝沼紳一のみなのですね。
では、この情報は回収します」
しおり……
この天使は、天使なんかじゃないよ。
救いや慈悲を与える存在じゃないよ。
魂を天へと運ぶのではなくて、集めているだけなんだよ。
きっとそれもまた、この非道な遊戯の一環なんだね。
今の僕は役立たずだけど。
何も出来ない、意味の無い存在だけど。
そんなのは、受け入れられないよね。
「影響力はありませんが、歯向かう意志を見せています」
ねえ、しおり。僕は不思議に思っていたんだよ。
ずっと昔、信仰を持たなかった頃。
闇のデアボリカとして、惰眠と殺戮を果てしなく繰り返していた頃。
どうして人間は、絶対勝てない存在に歯向かうんだろうって。
無駄だとわかっているのに、あがくんだろうって。
ぷちぷち、ぷちぷち。
蟻を踏み潰すみたいに、人間を殺しながら、考えてたんだ。
でもね。今ならわかるよ、しおり。
きみが教えてくれたんだ。
戦うということは生きるということなんだって。
勝つとか負けるとかだけじゃなくて。
逃げたら失ってしまう大切なものを、
守るために立ち向かうんだって。
「なるほど。
ルドラサウム様が、愉しんでいらっしゃるのですね。
では、今しばらく抵抗させましょう」
天使の目を見れば分かる。剣の切っ先を見れば分かる。
しおり、この女の人は、とても強いよ。
それなのに、僕は攻撃するどころか、この人に触れることすら出来なくて。
しおりから離れることも出来なくて。
身を躱す事くらいしか、抵抗の手段がないなんて。
絶望的な状況差だよね、しおり。
それでも―――僕は逃げないよ。
きみに僕の姿が見えなくても。
きみに僕の声が届かなくても。
僕は少しでも長く、きみの側にいるんだ。
きみを見守り続けるんだ。
その為なら、いつまでだってこの剣先を躱してみせる!
無様な格好でも、こんなふうに。
こんなふうに!
諦めることない意思で、こうやって。
こうやって!
そばにいる権利を守るために、何度でも。
何度―――
「ルドラサウム様が落ち着かれましたか。 では、終わらせます」
――で、も……
《か、はっ!!》
強い、とは分かっていたけど……
一撃で心臓を貫かれる、なんてね……
……ごめんね、しおり。
僕なりに一生懸命頑張ったけれど。
最後まで逃げなかったけれど。
その最後が、もう、来ちゃったみたいだよ。
ねえ、しおり。
最期にきみの顔を、もう一度見せて。
その頬を、撫でさせて。
「マス…… ター……?」
僕の声が…… 届いた?
僕の手が…… 触れた?
「マスターだぁ……」
しおり、嬉しそうな顔をしているね。
伸ばしていた腕を脇にぎゅっと引き寄せているね。
頬を、その腕に摺り寄せているね。
―――僕の触れている、反対の頬を。
夢を…… 見ているだけなんだね。
僕の存在には気付いていないんだね。
それでもね、しおり。
僕は嬉しいよ。
安らかな寝顔を見せてくれて。
穏やかな寝息を聞かせてくれて。
……ああ、もう時間が無いみたいだ。
体が解けて行くよ。
きみが霞んで、見えなくなってきたよ。
やがて朝日を迎えれば、きみは目覚めて泣くだろうね。
死別の過去を思い出して泣くだろうね。
孤独な現在に途方に暮れて泣くだろうね。
希望無き未来に絶望して泣くだろうね。
それでもね、しおり。
明けない夜は無いように。
止まない雨は無いように。
生きてさえいれば、きっと、いつか。
幸せを感じられる時が来る筈だから。
人には、その素敵な強かさがあるんだから。
僕は、遠くからずっと、祈っているから。
だからね、しおり―――
「回収完了」
―――誰も、きみの涙を拭いてくれなくても。
―――涙が枯れたら、立ち上がるんだ。
(Cルート)
【現在位置:F−4 楡の木広場跡地】
【しおり(28)】
【スタンス:??】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎の盾となる)炎無効、
大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:首輪を装着中、全身に多大なダメージを受け瀕死の重傷
歩行可能になるには最低90分の安静が必要
戦闘可能までには5時間程度の安静が必要】
※しおりの【凶】としての獣相は、ネズミに酷似していることが判明しました
【現在位置:F−4 楡の木広場跡地 → ?】
【連絡員:エンジェルナイト】
【スタンス:@死者の魂の回収
A参加者には一切関わらない】
【所持品:聖剣、聖盾、防具一式】
※しおりと共にあった「何者かの気配」は、連絡員に捕獲されました