301 ちかぼーツイスター!

301 ちかぼーツイスター!


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仁村知佳には、二重の戒めが掛けられている。

戒めの一つは、ピアスである。
念動力の出力をコントロールする際の補助具であり、
知佳の意思によらぬ力の遺漏を閉じ込める役割を持っている。
透子の契約のロケットに類するアクセサリーである。

戒めの二つは、内服薬である。
体外に発散できぬエネルギーは精神を不安定にさせ、臓器に負担を掛ける。
薬とはそれらの不調を押さえ、緩和する為の処置であり、
種類は十を越え、一日あたりの摂取量は100gにも達している。

戒めは、知佳の平和な生活を保障する手立てであった。
戒めは、知佳が愛する者を傷つけぬ為の手段であった。

その戒めが、今は無い。
ピアスは砕けている。
内服薬も、二日も摂取していない。

それでも、知佳の心が穏やかであるならば。
知佳の頭が冷静であるならば。
その意思で以って、ある程度の暴走を押さえ込むことが出来る。
内にエネルギーを溜め込み、耐えることが出来る。

それが、透子と死の鬼ごっこを開始するまでの、知佳の状況であった。

現在の彼女は……




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(ルートC・2日目 PM11:30 J−5地点 灯台跡)


ぴしりぱしりと、静電気が走るかの如き音がしていた。
さくりがさりと、砂を蹴散らすかの如き音がしていた。

「はあ、はあ……」

光差さぬ灯台跡にたどり着いた小さな光は仁村知佳。
血に塗れた脇腹を押さえ、息を荒げて。
ふらふらと危なげな足取りで歩いている。
件の音は、その知佳の周囲で鳴っていた。

静電気が走るかの如き音とは、大気が切り裂かれる音である。
砂を蹴散らすかの如き音とは、瓦礫が砕ける音である。

よく目を凝らせば―――
念動力の視覚的特長である、薄い油膜の如きうねる虹色があった。
知佳を中心にアメーバの如き伸縮を見せていた。
その伸びる先で、次々と、大気と瓦礫の破砕が発生しているのである。
行為に意味などない。
知佳は、大気や瓦礫を壊そうとは考えていない。
そもそも、そんな無象に意識を傾けてはいない。

念動力が暴走しているのである。

暴走とは破壊の権化と化すを意味する。
外界に遺漏する念動力が、老若男女善人悪人動物植物器物建物
あらゆる全てに分け隔てなく、押し捻り拉ぎ潰すのである。


こうなることを、以前の知佳は忌避していた。
今の知佳は違う。
透子を殺してしまった罪悪感に、
不殺の誓いを破ってしまった自責の念に、
知佳の心が、ささくれ立っている。
暗澹たる想いが高揚している。

故に暴走の現状を、知佳は受け入れている。
制御するを捨て、荒々しい感情の為すがままにしている。
常に内に向かっていた力が、外に向かっている。
押さえ込んでいた心の壁を、取り払っている。

「はあ…… はあ……」

凶弾に穿たれた脇腹から、出血は止まらない。
それがかなり危ない状況に差し掛かっているのだと、知佳には判っていた。
逆に、直ちに適切な止血と処置を行えば、命に別状無いことも判っていた。
それでも、知佳は止まらない。
どこまでも、シェルターを目指して進んでゆく。

(ひとまず殺す。必ず殺す。少なくとも殺す。一度は殺す……)

知佳は、固執している。
殺してはいけない透子を殺してしまった自分には、
目的の為に踏み躙ってしまった自分には、
その目的を果たす責任があるのだと、
ザドゥと芹沢を殺す義務があるのだと、
この身と引き換えにでも為さねばならぬのだと、
そのような考えに凝り固まってしまっている。
強い責任感の、負の側面に支配されている。



「……ここだね」

知佳の眼前にはシェルターのドア。
遂に知佳は目的地にたどり着いた。
固く閉ざされたそれが、最後の関門であった。




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「No。透子も分機たちも無用心なことだな。
 扉も閉めずに、敬愛すべき首魁様と同僚を放置するなどとは」

シェルター内で爪を噛み噛み、独り言を呟くのは椎名智機。
彼女の白衣は埃や泥に穢れ、インナーは絞れるほどの汗に塗れ、
硬質な髪までも鳥の巣の如く乱れていた。
一目に判るほど、憔悴の色を濃くしていた。

30分ほど前。

地下道を抜け、I−4に巧妙に隠してある出入り口に姿を現した智機は、
ジンジャーを静音モードに切り替えて移動した。
怯えながら、慄きながら、そろりそろりと息を潜めて移動した。
安楽椅子管理者・椎名智機が戦場に身を晒したのは、
実は、この二日間で初めてのことであった。

恐ろしかった。
不安だった。
生きた心地がしなかった。


漸く地下シェルターにたどり着いてみれば、透子もレプリカも居なかった。
ベッドに眠る芹沢と、ベッドから落ちて眠るザドゥしかいなかった。
智機を守ってくれる存在は、盾となるべき存在は、そこに無かった。
故に智機の不安は解消されず、故に智機は爪を噛んでいる。

「今ここで誰かに襲撃されたら……」

誰か、と、智機は対象を特定せずに口にはしたものの。
首輪を解除した六人は、本拠地跡に向かっているか魔獣と対峙しているであろうし、
しおりも森の中で泥の様に眠っており、暫くは目覚める様子もなかった。
候補となるべき対象者は一名しか該当しない。

「参加者40・仁村知―――」

がちゃがちゃと。
シェルターの扉のノブが二度、回された。

「鍵、掛かってるね」

次いで、幼い声が聞こえた。
智機はすぐさま声紋認証を行う。

「知らない場所だから、テレポストーンも使えないし」

幼い声は続ける。
智機は平行して配布アイテム情報を検索する。

「うん。扉、壊そう」


(声紋確認。アイテム情報一致。―――判断確定)

扉の向こうにいるのは40・仁村知佳である。
噂をすれば影が差す。
諺は時に真実を示す。
智機の漠然と予感していた最悪の事態が、現実として差し迫っていた。

「だ、大丈夫さ、大丈夫。
 このシェルターは某国の大統領が所持している物と同規格。
 地震で有ろうと爆撃であろうと耐え切る設計さ。
 たかが念動力程度、恐れるものではないよ!」

饒舌は不安の裏返しであった。
トランキライザは勤勉に働き、恐怖感は丸められたが、
それは恐怖の限界値にての安定を得られたに過ぎぬ。
智機は身を竦め、様子を伺う。

「Yes、大丈夫、大丈夫……」

しかし、その不安が現実となることは無かった。
叩きつけるような音が数度。
引き裂くような音も数度。
音はその度毎に大きくなっていくが、それだけであった。

「はあ、はあ…… やっぱりダメだよ。私のちからでも、壊せない」

知佳の破壊を諦めたかの如き口ぶりに、智機は胸を撫で下ろす。
このシェルターを逃亡先に選んだ自分の慧眼を褒めてやりたい。
自己肯定感が不安の情動パラメータを緩和させ、心に若干の余裕が生まれる。
しかし智機は再び凍りつく。


「じゃあ、扉を壊さなくてもいいか。中身を、壊そう」
 
扉の向こうから、不可解かつ不吉な作戦変更の宣言が為された故に。

変化はすぐに発生した。
家鳴りの如きラップ音と共に、振動が発生したのである。
最初、智機はそれを地震なのだと判断した。
しかし、違った。
揺れているのは室内そのものであり、空間であった。

(これは……?)

まず、ボールペンが机の上で踊った。
次いで、ハンドライトや置時計の、小物電化製品が小刻みに震えた。
テレキネシスによる乱気流が、にわかに発生しようとしていた。
爆撃も大地震も洪水も防ぐ重厚な扉をいともあっさり透過して、
その力の奔流が、室内に流れ込んできたのである。

(No! 念動力には、こんな使い方があったというのか!?)

机の上で踊っていたはずのボールペンが、天井に突き刺さった。
ハンドライトは浮揚し、置時計は壁に叩きつけられ、大破した。
智機の白衣とスカートは捲れ上がり、ザドゥと芹沢が横たわるベッドは軋んだ。
力の奔流は益々強まる気配を見せている。

「に、仁村知佳! 取引をしよう!」

智機が声を裏返して、叫ぶ。
論理演算回路が状況を正しく把握し、正しく予測した故に。
シェルターの出入り口は、知佳が立ちふさがる扉、ただ一つ。
この念動竜巻から逃れる手段が、今の智機には見出せなかった故に。


「……その声には聞き覚えがあるよ。あなたロボットの人ね?」
「ああそうだ。ロボットだ。オートマンだ。椎名智機という」
「椎名さん。あなたがそこにいてくれて良かったよ。だって……
 三人も纏めて殺せるんだから!!」

知佳は智機の提案に耳を傾けない。
智機の存在を把握して、却って破壊衝動を色濃く表した。

「きみを優勝させてやる! そのためのあらゆる支援に尽くしてやる!」

局所的ツイスターは勢いを増してゆく。
小型軽量のあらゆる道具や調度が、渦巻く嵐に飲み込まれている。
もう、智機は立ってなどいられない。
ベッドの足にしがみ付き、奔流に抗うのが精一杯である。

「私は透子さんを殺しちゃったから……
 その妨害を乗り越えてここに来たんだから……」

有り得ない言葉が、知佳の口から漏れていた。
まさか、という思いが智機の脳内を駆け抜ける。

(透子が、死んだ…… だと!?)

あの底知れぬ透子が。
瞬間移動を使いこなす化生が。
自分が唯一恐れる同僚が。
既に殺されていようとは。
この少女にそこまでの力が備わっていようとは!

「だから、私は、貴女たちを殺さないわけにはいかないんだよ。
 だから、私は、透子さんを殺した責任を取らなければいけないんだよ」


知佳の理論は破綻している。
前後の関係のつながりが断絶している。
それでも智機にははっきりと判った。
その意志を短時間の間に曲げる事は不可能であると。
その不条理な理を唯一絶対の掟としているのだと。

「全部ぐちゃぐちゃにかき混ぜてあげるよ。
 部屋の中をジューサーミキサーにしてね。
 あなたも、ザドゥも、芹沢も、みんな、
 ミックスジュースになっちゃえばいい!」

無軌道に、奔放に、室内は荒れ狂う。
ああ、ついには智機すら。
ああ、ザドゥや芹沢すら。
渦巻く念動に捕らわれて、その身を宙に浮かせてしまった。
智機は安定した思考能力を失ってしまった。
制動系の安定に、メモリの大部分を確保された故に。

そうして壁に叩きつけられ、天井に叩きつけられ、床に叩きつけられ、
ザドゥや芹沢と衝突して、家具や家電と衝突して。
擦れ、崩れ、潰れ、千切れ、砕け―――
やがては知佳の宣言どおり、ポタージュスープと成り果てるのであろう。




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XX(ダブルエックス)障害者の暴走とは、超常のリミットブレイクを意味する。
知佳の読心力もまた限界を突破し、その射程距離を伸ばしていた。
意志に関わらず、範囲内に存在する者の心が勝手に流れ込んで来る。


【No私の体が浮いているオートバランサーが制御不能にな】
【った制動系がメモリを占拠する思考にリソースを割り当て】
【られない交渉しなければ仁村知佳を止めでもメモリが思考】

知佳は扉の向こうからの智機の混乱ぶりを読み取って、揺るがぬ勝利を確信する。
智機に反撃の手は皆無であると読み取って、目的の達成を確信する。

通常の念動での戦いには自覚的な制動が必要である。
しかし、今の知佳にそのコントロールは必要はない。
精密な動作も狙い定めも必要ない。
部屋の中の何を巻き込もうと、
部屋の全てが壊れようと、
その中にいる無抵抗の三人を殺せば良いだけであるから。

ただ、猛るテレキネシスを、感情の昂ぶるままに暴れさせればよい。


【   間に合った?     ザドゥたちは無事?   】


背後に突然発生した第三者の思考。
同時に知佳の身体に電流が走った。強烈に。

「……っ!?」

電流とは、比喩ではない。
いつしか接近していたレプリカ智機のスタンナックルを、
知佳は無防備なうなじに受けたのである。
100万ボルト×25ミリアンペア×1秒。
その衝撃は命を奪うほどのものではないが、
全身を麻痺させるには十分な威力であった。


知佳の腰が砕ける。
念動の嵐が解ける。

レプリカ智機・N−21の追撃は、手にしたカオスによる袈裟斬りであった。
麻痺する知佳の体に、それを回避する力は無い。
知佳の右鎖骨から胸の中心に掛けて袈裟懸けに、ずん、ばらり。

《浅いぞ!》

知佳の肩から胸に、斜一文字に、鮮血が飛び散る。
しかし、深手とはならなかった。
カオスの言葉通り、浅い斬撃であった故に。
智機の運動能力は、文科系の平均的な女学生並に設定されている。
非力極まる透子ほどでは無くとも、カオスの重量は手に余るものであった。

「……」

ふらつくN−21を尻目に、知佳の背に熱量が膨れ上がった。
光と共に翼が展開された。
それはもはやエンジェルブレスなどと呼ぶも憚られるほど濁っていた。
天使の羽根ではなく堕天使の羽根であった。

意図を察したN−21が再び体勢を整えるが、
その動きに先んじて翼がはためき、知佳が浮揚する。
そして飛び去る。海岸線に沿って、北へと。
麻痺した首を、腕を、足をだらりとたらして。
翼だけを動かして。
知佳は猛禽類に運ばれる死せる獲物の如き様相で、飛び去ってゆく。

《ありゃりゃ、何で体が動くんじゃ? 知佳ちゃんはビリビリで痺れとったじゃろ?》
「念動は、肉体反応と別」


N−21の短い言葉が、全てを説明していた。
麻痺しようとも、切り刻まれようとも。
意識さえ保たれているのならば、生命のインパルスさえ発生すれば。
念動力は、発動するのである。

《追わんでええんか?》

N−21は、カオスの問いに答えることなく、姿を消した。




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空を逃げる知佳は、己の不覚を悔やんでいた。

(あんなのに、やられるなんて……)

マインドリーディングは全方位に広範囲に、無造作に展開していた。
機械の心をも読める事は、シェルター内の智機本体により証明されている。
だのに、N−21は、その網に掛からなかった。
すぐ背後から麻痺攻撃を仕掛けてくるその時まで、聞き取れなかった。
無心であった筈は無い。
事実、電撃の直前には心の声を把握できていた。
で、あるならば―――

(テレポートでもしてきたの?)

ありえない話ではない。
知佳の配布武器、テレポストーンを用意したのは主催者である。
故に、彼女らが所持していることになんら不思議はない。


(でも……)

でも、何であるのか。知佳には解答は結べなかった。
しかし消化しきれぬ違和感が、知佳の胸にしこりとなっている。
逃走を選択したのも、命惜しさではない。
このしこりと同根の何かが、留まるを忌避させたからである。
N−21と戦いたくはないと。
戦うべきではないと。
知佳はなぜか直感し、確信していたのである。




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N−21は、念動の嵐が収まった室内に現れた。
鮮血を滴らせる魔剣を肩に背負って現れた。
ベッドから放り出されて尚眠るザドゥのすぐ脇に現れた。
シェルターの扉を開けることなくして現れた。

《カモちゃんとザッちゃんは無事かの?》

カオスが心配の思念波を発する。
N−21はザドゥのと芹沢の脈を取る。
マイクロ乱気流の衝撃から未だ覚めやらぬ智機は、
一機と一本の遣り取りを、漠と眺めている。

「……生きてる」
《やー、間一髪じゃったな》


漸く混乱から脱したらしい。
智機がひび割れた眼鏡を掛け直し、目の前の分機に問いを発した。

「N−21か……?」

透子は理論的に分析する。この分機が行った、空間跳躍に至るプロセスを。
手がかりは、二つ。
N−21の手には新鮮な血が絡む魔剣カオスが握られているということと、
知佳の攻撃が止んだのは、N−21が登場する直前であったということ。
結論は、すぐに出た。

「貴機は、知佳からテレポストーンを奪ったのだね」

アイテムの選定・管理者でもある智機は把握している。
テレポストーンに在庫は存在しない事を。
知佳が持つものが全てである事を。
故に、この結論は自明であった。
そうでなければならなかった。
しかしN−21は、智機の結論を否定した。
オートマンらしくない間延びした、気怠げな発音で以って。

「のー」

否定された智機はN−21を観察する。
眼前でザドゥをベッドに戻そうと苦心しているN−21を。
新たな可能性を見出す為に、新たな情報を得るために。
その傍観者ぶりが気に入らぬのか、N−21は智機を手招いた。

「ぼーっとしてない」
「手伝う」


智機は、手招くN−21緩慢な動きに違和感を覚えた。
智機は、向けられたN−21の光宿らぬ瞳に記憶を喚起された。
智機は、N−21の途切れ途切れの言葉運びに言い知れぬ恐怖を感じた。

「はやく」

その白衣の胸元に掛けられたアクセサリが、鈍い光を反射した。
ひび割れた、銀のロケット。



「貴機は…………………………………………



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椎名智機
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魔剣カオス
ザドゥ
カモミール・芹沢