302 透子嵐

302 透子嵐


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 …………………………………………透子なのか?」



視覚情報を信用するのならば。
それは、透子ではない。
それは、智機であった。

機体信号を信用するのならば。
それは、透子ではない。
それは、智機であった。

あらゆる観測データがそれをN−21であると裏付けている。
あらゆる論理演算がそれをN−21であると結論付けている。
それなのに。
問答無用に。
なぜか、智機には判った。
目の前の姉妹機は、姉妹機ではないのだと。
姉妹機でありながら姉妹機のみではないのだと。

「いえす」

N−21はおちょくるかの如き口調とは裏腹に、
無表情に、焦点の合わぬ茫とした眼差しで、
智機の言葉を肯定した。
その物腰は、全く透子のものであった。


「語彙が辞書ツール依存」
「……ちょっと違和感」
 
Yesと、Noと。
言葉の短さは確かに透子らしくはあれど、透子らしからぬ言葉の選択は、
どうやらオートマンの機能故らしい。

「はやく手伝う」

エラーが、エラーが、エラーの嵐が、智機を襲い混乱させる。
聞き分けのない論理演算回路がN−21=透子を認めない。
条件式の不備を理由に、その結論は成り立たぬと聞く耳持たぬ。
結論だけが先に存在している。
この矛盾を解決せぬ限り、智機は負荷を蓄積してしまう。
軽減されぬ負荷は、やがて智機を熱暴走に追いやってしまう。

それは、智機の自業自得であった。
透子の『世界の読み替え』に対する機能制限がかかっていなければ、
透子の変化を、当たり前の事実として受け入れられたのであるから。
疑問を挟む余地などなく、問答無用で理解させられたのであるから。

とまれ、知佳のサイコキネシスが外界に対する台風であるならば、
透子の今の在り方は智機の内界に対する嵐である。
共に劣らず智機の【自己保存】を脅かせる脅威であった。

「Yes、Yes、Yes。
 納得は出来ないが理解はした。君は透子だ、間違いない。
 しかし、私の条件式と演算回路ではその解に辿りつけないのだよ。
 どうだろう。
 私が過負荷で熱暴走する前に、こうなるに至った事情など、
 説明していただけないかね?」


諧謔でも慇懃無礼でもなく、智機にしては、相当に謙った懇願であった。
しかし、この新たな透子は、その下手にでている智機に対し、
気怠げな表情で不平を伝えたのである。
 
「えー…… 長いし」
「喋るの面倒」

智機は更に謙る。慣れぬ愛想笑いが彼女の頬を引き攣らせる。

「そこを曲げて、頼みたいのだよ、New透子…… さん
 貴女もその体になったのなら、エラーの放置が致命的な結果を招くことは
 把握されているだろう?
 意地の悪い事は言わずにどうか、情けをかけてくれ給えよ」

今、彼女の内界で生じているエラーの嵐を解決するということは、
プライドの高い智機をそうまでさせる必要性があったのである。

「あ、そうだ」
「送ればいいんだ」

発言と共に、透子のカチューシャの触角が点滅し、智機のそれも明滅した。
無線LANによる、データ転送である。
機械同士ならではの、効率的な情報伝達手段であった。

「Yes、感謝するよ。New透子さん」

感謝の言葉と共に、智機は送られたプレーンテキストをオープンする。
それは、御陵透子が如何にしてN−21となったのか、
その出来事を抽出した、僅か二秒の、しかし濃密なログファイルであった。
 



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(ルートC・2日目 PM11:25 J−5地点 灯台付近・上空)


今、御陵透子は落下している。
仁村知佳の高速飛行により発生したGに負け、意識を失っている。
二秒後に透子は地面に衝突し、原型を留めぬ程に潰れ、飛び散る事になる。

(私は……)

その二秒の間に、思惟生命体―――【透子】が、目覚めた。
より正確には、御陵透子の脳内で共生関係を結んでいた【透子】が、
透子という宿主が気絶しているにも関わらず、思考していた。

(御陵透子じゃ、なかった)

【透子】は、勝沼紳一に感謝した。
もし、勝沼紳一が気絶せし透子に憑依しようとしなければ。
思惟生命体は、【透子】と透子の区別を喪失したまま、
ここで共に朽ちていたであろうから。

自覚が、芽生えていた。

何百万年も【透子】は透子として生きており。
強く共生しすぎた余りに、思惟生命体と人間との区別が曖昧となっており。
【透子】の記憶を保ったまま転生を繰り返したことにより、
本来の肉体の主である透子が自我を発達させることは無く。
【透子】と透子は、融合したといってもよい状態で安定していた。
そこに。


紳一という名の楔が、打ち込まれたのである。
 
この楔が【透子】の【透子】たる自覚を促した。
この楔が【透子】の透子との差異を認識させた。

(死ねない―――)
(喪われた私の意味を)
(取り戻すまで)


御陵透子は落下している。
地面に衝突するのは一秒後である。


加速して、墜落する。
【透子】は、知っている。
この恐怖を、知っている。
これを、乗り越えている。

遠い遠い過去―――
彼女たち思惟生命体が群生し宿っていた恒星間宇宙船は、
流浪の果てに地球に不時着するを仕損じている。
墜落し、大破している。
その大災厄を、【透子】は多くの仲間と共に逃れている。

(……【共生】)



思惟生命体とは、姿無く、形なく、実体も無い生命体である。
単独では存在できぬ、曖昧な生命体である。
その思惟生命体が生きる術は、他者との【共生】にあった。
思考する能力のある物質/生物に宿り、その頭脳を間借りすることで
思惟という生命活動を送ることを可能とするのである。
 
遭難した【透子】たちは、この本能に従った。
地球に巣食う原生動物に。
思惟生命体が共生可能な程度には頭脳を発達させていた黎明の人類に。
その【共生】先を、移したのである。
1km以上の距離を隔てた彼らの群れに電波の如く飛び係り、
その脳に問答無用で共生したのである。


御陵透子は落下している。
地面に衝突するのは間も無くである。


しかし【透子】の思惟から焦りは消えていた。
自覚を取り戻し、記憶を蘇らせ、方策を得た故に。
もう、目星すらついていた。
【透子】は気づいている。
透子の視覚にも聴覚にも頼らず、単独で発見している。

距離にして200m西に存在する、新たなる【共生】先の存在を。
カスタムジンジャーを走らせ、学校跡からシェルターへと向かう存在を。
数分前に魔剣カオスとグロック17とをトレードした存在を。


御陵透子は地面に衝突した。
命が失われた。
しかし、その飛び散った脳には【透子】は存在しなかった。
【透子】は既に、【共生】先へと飛び掛っていた。
 
それは、易かった。
クマノミがイソギンチャクに潜むが如く。
コバンザメがジンベエザメに貼り付くが如く。
思惟生命体が共生の本能に従う―――
それだけのことであった。

さらに述べるならば。
【透子】とは元々機械より生じた生命現象であり、
このN−21はオートマンなる機械知性体であり、
その知能は、智機のAIは、
炭素系生命体の脳よりも遥かに寄生しやすく、
遥かに支配しやすく……
【透子】にとって良く馴染むものであった。

(AIがっ!?)

抵抗は一瞬。ワンセンテンス。
それだけでN−21は沈黙した。

そうして思惟生命体は、レプリカ智機N−21のAIに侵入し、
いとも容易く支配を完了し。
新たな透子としての機械の体を、得たのである。




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(ルートC・2日目 PM11:50 J−5地点 地下シェルター)


記録を読み終えた智機は震えていた。
恐怖でもある。
感動でもある。
透子に対するリスペクトとヘイトが、矛盾無く生じたのである。

透子の本体とは、機械より生じた生命体である。
智機と根を同じくし、何十万年も先行したモンスタースペックを有し、
さらには、自力にて機械というハードの制約を乗り越えた。
それは脱機械を目論む智機にとって、憧れと羨望の対象と映った。
それが、リスペクトである。

しかし透子とは、N−21に為した様に、共生する。
共生といえば聞こえはいいが、実質憑依である。
意志のハイジャックである。
しかも、殺しても、壊しても、意味が無い。
直ちに新たな共生先に移るのみである。
それが、ヘイトである。

「透子…… 様」

その二つの念を以ってして、表れは一つであった。
服従、である。
【自己保存】は最大出力で叫んでいた。
決して、この機械の神には、逆らってはならぬと。

「擦り寄るな」
「今更」


しかし、その智機の転身は、透子のお気には召さなかったらしい。
強い口調で追従を制し、接近を拒絶したのである。

「No、透子様。これは胡麻摺りの類ではなく、
 本心からの尊敬の念を抱いてだね―――」
「それが『今更』」
「私は知っている」
「お前がしたことを」

透子の切れ長の三白眼がぎろり、と、同じ顔の智機をねめつけた。
同時に、両者のカチューシャ触角が明滅する。
再びの、透子からの転送であった。
すぐに智機が目を通したその資料は、透子のものではなかった。
透子に共生される前の、N−21のログであった。
PM6:00前後のログであった。

「な―――!!」

智機の目が驚愕に見開かれる。
智機の膝が恐怖に笑う。
透子の拒絶の根源を理解して。

「そういうこと」

智機が鎮火タスクの隙を突いてクラックしたのは、『四機』である。

P−3は、6人のプレイヤーへの交渉役に充てた。
N−48、N−59は、しおりの身柄確保役に充てた。
P−4も元はしおりの身柄確保用であったが、連絡員捜索役へと転身した。
そこに、N−21は存在しない。


では、このN−21とは何か?

それは、代行機・N−22と共に目覚めた機体である。
【自己保存】の要請により、固有ボディにてのプランナーへの謁見を忌避した
智機が起動させ、遠隔操作による間接的謁見を為した機体である。
智機はこの機体を、そのまま指揮下に置いていた。
クラックよりも早い段階で、島内に放っていた。

つまり。

N−21の記憶野には、残っていたのである。
プランナーと謁見した情報が。
智機が透子の能力制限を願った情報が。
そして、それが叶えられた情報が。

「だから信用しない」

透子の言葉に、智機が震える。歯の根が鳴動する。
己の導き出した、絶望的な予測によって。
因果は応報する。
この新たな透子に、自分が殺される。
それを逃れる術はない。

「大丈夫」
「殺さない」

透子は芹沢を背後から抱きかかえながら、背中越しに智機へ告げた。
それは許しを与える言葉ではなかった。
与えたものは執行猶予であった。


「また邪魔しない限り」
「言うこと聞く限り」
 
今の透子は無表情でも無感情でもない。
その表情は智機には判らねど、声だけで十分恐ろしかった。
智機と離れていたこの六時間で、どんな変化がおきたのか。
今の透子は、時折感情を表に出すようになってきている。

「Yes…… なんなりと、ご命令を」
「ん、それじゃ」
「ザドゥと芹沢の」
「タオルを換えて」




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