297 孤爪よ、天を穿て!

297 孤爪よ、天を穿て!


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【丸い者】目【リス】科―――

稀に2mに迫る個体も見られるが、基本的には120〜130pほどの体長。
白いふわふわもこもこの毛玉に、青く輝く大きな瞳、
鳥類の如き細長く体毛の無い手足などが、外見的特徴である。

生息地は寒冷地、及び、光差さぬ洞窟の中。

成長力高く、個体によっては人間並みの知性に到達することすらあるが、
その性は臆病で、人前には滅多に姿を現すことが無い。
巣穴に外敵が接近すれば、戦うことなく巣穴を放棄し、逃げる程である。

ケイブリスは、そうしたケモノから転じた、魔人である。





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またか! また、触手を狙いやがったか!
おいおい、これで何本目だぁ?

ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー……

げぇえ!?
あと二本しか残ってねぇのかよ!

がーっっ!! むかつくむかつく!!
この目さえ見えりゃお前らなんて薙ぎ払ってやるのに。
この足さえ動きゃお前らなんで踏み潰してやるのに。
なんつーヤらしい戦い方すんだよ、このニンゲンどもは!
こんな戦い方されたら、折角の鎧の意味がねーだろ?
壊れた所、智機のヤツに補修してもらったってのによー。
オラァアアアア!!
もっと、なんつーか、こう、真っ直ぐ来いよ!


……なんて強がっていた頃が、俺様にもありました。


俺様、謙虚だからよ。
最強魔人のプライドとかそんなのには縛られねーで、
事実をありのままに受け入れることにするぜ。
ヤツらにゃあ勝てねー、って事実をよ!

だったら俺様の取るべき道は、一つしかねーよなあ?





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ケイブリスとは最古の魔人である。
六千年―――
気の遠くなる程の年月を、彼は魔人として生きて来たのである。

その間、彼の血の主である魔王は幾度か代替わりした。
その間、彼は魔人で在り続けた。
通例では、魔王の代替わりと共に魔人も入れ替わる筈であるにも関わらず。

何故か?

それは、服従である。
強いものには媚びへつらい、機嫌を伺い、身を粉にして忠勤する。
または、変節である。
それまでの主義主張も軋轢も放り投げて、偉大なるイエスマンへと転身する。
その、保身の為のあからさまな、それでも徹底した献身ぶりに、
歴代魔王たちは、臣下であり続けるを許してきたのである。

リスの性質である臆病さが為せる、一流の処世術である。





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俺様が取るべき唯一の道。
ザ・降伏。
つまりはニンゲン野郎どもに頭を下げて、下げまくって、
必死に、必死に、命乞いをするって寸法だぜ!

だって俺様死にたくねーし。
死ななきゃそのうちイイコトもあるだろーし。
頭下げるのに金なんてかかんねーし。
俺様の茶飲み友達のネコムシ使徒も言ってたぜ?
生きてこそ浮かぶ瀬もあれ、ってな。

だからよ、とにかくこの俺様の熱い気持ちを、
今すぐにニンゲンどもに届けてやらねーとな!


「ぐべぅおあげべげべぇ!」(ままま、参りましたァ!)


あ…… しまった!
俺様、喉が潰されてんじゃねーか!?
こんなんじゃ何言ってるか聞き取れねーぞ!?

んじゃー土下座か…… って、足、動かねえし!
右足! ふくらはぎ吹っ飛ばされて、骨までバキバキ!
左足! 足首メッタ斬りにされて、アキレス腱ブチブチ!
正座もなにも、腰を起こすことすらできねーよ!

じゃあ白旗か?
なんか白いモンねーの!?
……ねーよ!
俺様の全て、真っ赤に染まってるぜ!


どーするよ、どーするよケイブリス?
俺様の負けましたって素直な気持ちを、どーやって伝える?
ごめんなさいを、どう形にする?
命ばかりはって願いを、どう叶える?

  ―――リスさま、痛いにゃん! 許して欲しいにゃん!
  ―――くぅ〜〜ん……。 ぶたないでほしいのねぇ〜。

そうだ、あいつらだ!
俺様最強使徒たちが仕事をサボったり粗相したりする度にやってた、
お仕置きを許してもらうためのキメポーズがあったじゃねーか!

仰向けに寝っ転がって。
動く腕の肘を全部曲げて。
触手を股ん中に折りたたんで。
舌をだらりと垂らして。

そう、こんな風に!

解るだろ? な? な?
ワンとニャンの得意技「負け犬のポーズ」!
届くだろ? な? な?
俺様が本気で降伏してるっていう気持ちが!

えへへぇ……
そう、俺様、他の何一つも望んだりは致しません。
命!
ただ、お命ばかりは見逃して頂きたいと。
なんとかお情けをおかけいただけませんかと。
ニンゲン様のご慈悲にお縋りするばかりで……


「あぎゃごばばば!!」(痛ぇえええええ!!)

おいおい、何、腕抉ってくれてんの!?
つーか、この熱い冷たいのは何だ!?

いや、ホントに! マジで!
二心なんて無くてですよ?
偽装なんかじゃ無くてですよ?
ただひたすらに死にたくな……

「ぐごっっ!!」(ぐおぉぉぉ!!)

腕一本、感覚無くなったああああ!?
千切られたのか?
燃やされたのか?
砕かれたのか?
わかんねええええええ!?

畜生!
降伏を受け入れねーってのか!?
どうあっても、とことん殺すってーのか!?

……ぃゃ…………。

………いや……だ。

いやだあああああ!!
死にたくねー!!
他の何をどんだけ失っても、死ぬのだけはいやだー!!


智機!! 智機智機智機智機!! 俺様を助けてくれー!!
ホントは聞いてるんだろ!?
俺様の大ピンチに気付いてるんだろ?
もったいぶってねーでソッコー助けにきてくれよおおお!!

神様仏様魔王様プランナー様!!
誰でもいいからとにかく誰か!!
俺様を助けてくれえええええ!!





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時は過去。
ケイブリスが一度目の死を迎える数ヶ月前のこと。

魔人同士の権力闘争において、ケイブリスが、敵の領袖である女魔人を軍門に下した折。
彼はそれまでの鬱憤を晴らすかの如く、この麗しの女魔人を犯し抜いた。
人間大の相手に対して八本の巨大触手を全て費やす、凄惨な陵辱であった。
膣から子宮を破り内蔵を潰し。
口腔へ注がれる精液は胃を破裂させ。
眼窩までをも挿入対象とした。
そんな地獄の七日七晩を経てもなお、かの女魔人は生きていた。
ケイブリスの精液の白濁と己の血液の黒赤に染め上げられながら、
女魔人は辛うじて命を繋いでいた。
魔人の持つ再生能力とは、それほどのものである。

今のケイブリスは、魔王の加護を離れ、無敵結界は制限されている。
闇のデアボリカ・アズライトと同じく、再生能力も抑制されている。

それでもなお。
人の世の常識ではありえぬ程の回復力を、ケイブリスは有していた。





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俺様は死ぬ…… のか?
死ぬんだな……
必死の命乞いもまるっきり無視されて。
ニンゲン野郎なんかに嬲り殺しでよぉ……
惨めな死に様だぜぇ…… 畜生っ……

体の端からちびちびと削られてよ……
この触手も、その触手も、あの触手すら、ぶち壊され……

……あれ?

今…… 触手に感覚、あったよな?
一番最初にぶっ壊された触手が、痛えって感じたよな?
気のせいか?

……いや、違う。
ちくちくと針でも刺さったみたいな痛さを、確かに感じるぜ。
ナイフか? 剣か? 木の枝か?
これは…… 俺様の爪、だな。
戦っているうちに剥がされた爪が転がってんだな。

畜生…… ホントならよぅ。
この爪の一掻きで、ニンゲンなんて真っ二つにできるのによう。
この爪の一突きで、ニンゲンなんて貫通できるのによう。

この爪の……

この爪が……


投げ出された触手の下敷きになってる爪……

ヤツらが気付いていない爪……

それが、ヤツらがもう動かないと思っている触手の下にある……?

爪一本……

触手一本……

まだ、あるんじゃないか?
まだ、諦めるには早いんじゃないか?
俺様がここで終わることは決まっていても、
タダで終わらせない何かを起こせるんじゃねーか?





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ケイブリスは、魔人最強である。

紗霧に推されたように、頭脳の出来が残念であるにも関わらず、
リスなどという体格にも特性にも恵まれぬ出自であるにも関わらず、
それでも魔人最強の称号を恣にしていたのには、訳がある。

努力である。
成長である。

決して効率のいい努力にはあらねど、ケイブリスは。
六千年間、努力を以って己を鍛え上げ、成長の歩みを止めなかった。
今もなお、努力を以って己を鍛え上げ、成長の歩みを進めている。

リスから生まれた最弱の魔人が、弛まぬ努力と牛歩の成長により、
屈強な肉体と特異な能力を持つ最強の魔人へと、至ったのである。
常軌を逸した執念深さを無しに成し遂げられぬ成果であった。

根性である。

その暴と巨躯に気を取られがちで、魔人仲間にすら気付かれぬ性質であるが。
それを見せることは弱みであり恥であるとの彼の考えから秘されてはいるが。

気力と体力を超えたところにあるもう一歩を踏み出して、
必ず目的を達するという執念深さが、
いわば体育会系の魂が、
ケイブリスの本質なのである。





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そーだよな……
どうせ死ぬなら開き直らねーとな。
俺だけ死ぬのって納得いかねーよな。

屈辱喰らいっ放しで、終われねえよなあ?
あいつ口ほどにもなかったぜ、なんて、思われたくねえよなあ?
ニンゲンどもに舐められっ放しなんて、許せんよなあ?

「がはははは! そぅれそれぇ!」

特に、おめーだよ、おめー。
そこで得意げに笑ってるおめーだよ、ランス。

二度、魔王になるっつー夢を断ち切られてよ……
二度、惨めな命乞いを踏みにじられてよ……
二度、命を奪われてよ……

その二度が二度ともに、おめーは関わってんだぜ?
俺様の「びくとりー・ろーど」に立ち塞がったんだぜ?
許せねーよなぁ?
生かしておけねーよなぁ?

……そうだぜ。
視覚が潰されちまったからって、ヤツらを全く捉えらねえ訳でもねえんだよな。
だって、聞こえてんじゃねーの、苛つくバカ笑いがよ。
それってつまり、俺の聴覚が死んでねぇってことだろ?
そいつを研ぎ澄ませばよー。
触手で爪をぶっ刺すことも、出来るかもだぜ……?


……なにが「かも」だよ。
弱気になってんじゃねーよ。
やるんだよ。
やらなきゃなんねーんだよ!

頭! ぼーっとしてる場合か!?
体! オラァ! もっと気合入れろ!
心! 泣き入れてんじゃねえ!
俺! 全てを統合しろ!

注ぎ込め! 六千年の歴史を!
注ぎ込め! 俺様の残る全てを!
ぽんこつになった、一本の触手に!
力に変えて、注ぎ込め!

「がはははは! 俺様最強!」

ああ、見えるぜランス。
見えなくなったこの目にくっきりと見えてるぜ。
暗闇の中に、ただ一本。
俺様とお前とを結ぶ触手の軌跡が、な。

行くぜランス、喰らいやがれ。
俺様の最大で最強で最速で最高で……


     ―――最期の一撃を!!





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この件に関して、月夜御名紗霧を責めることは出来ぬ。
全ては想像されていた為に。
全ては想定されていた為に。
全ては検討されていた為に。
紗霧が入手したケイブリスに関する情報の全てが、
この戦いに生かされていた為に。

今、目の前で、しかし意識の外で起きようとしていることは、
彼女たちの手持ちの情報では想定が出来ぬ事態なのである。
起きるはずのない出来事なのである。
悪夢の如き奇跡なのである。

【魔人の超回復能力】

紗霧は、この重要なワンピースを入手できなかった。
故に立案してしまった。
時間をかけて嬲り殺すという戦術を。

その、かける時間の長さこそが。
友軍の安全性を高める為の手法こそが。
完璧なはずの作戦の瑕疵となった。
触手の有り得ぬ回復を許してしまう余裕を生んだ。

故に―――
死せる筈の触手が放った鋭い刺突に、反応できた者はいなかった。
それは、ターゲットとされたランスとて、例外では無かった。





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   ずぶりと、突き刺さる抵抗感。
   熱い液体が、触手に滴る感覚。
   
   
   「……はへ?」
   
   
   届いたぜぇ……
   
   俺様の生命の炎を燃やし尽くした一撃で、
   ランスのドテッ腹に、風穴をぶち開けてやったぜ!
   
   
   「……マジでか?」
   
   
   ああ、よっくわかるぜランスよー。
   その「信じらんねー」って気持ち。
   こんなところでこんな死に方するなんて、ありえねーって思い。
   さっきまで俺様も感じてたからな!
   
   「ランスさまああああ!!」
   
   おっ、いまの「ゴボッ」は血の塊を吐き出した「ゴボッ」だな?
   体がビクビク痙攣してるのも、触手に伝わってくるしよ!
   なんかもー、上手く言えねぇが、最高にキモチーぜ、おい!
   
   「いけませんユリーシャさん! ジジイ、止めなさい!」


   いやいや、ちょっとちょっと。
   確かに気持ちよくはあるんですけど。
   マジで触手までいきり立ってきたんですけど?
   嘗てないほどにビンビンなんですけど?
   
   「あい判った!!」
   
   ああ、あれか。へびさん魔人が言ってたやつか。
   死ぬ間際にゃ生殖本能が刺激されて…… なんとかってやつ。
   ……突っ込んでみてもいいですか?
   
   「なんなのアレ? なんなのアレぇぇ!!?」
   
   まさか最後に犯すのが野郎のドテッ腹にぶち開けた穴だとは
   想像もしてなかったがよー、
   これはこれでちょーきもちイーぜ!!
   そぅれ、入らなーい♪ 入らなーい♪ 無理にねじ込めー♪
   
   「広場さん…… あなたは、見ないほうが、いい」
   
   げへへっ! ランスがゲボゲボ吐いてんな!
   見てぇなあ、目ン玉裏返ったアイツの汚ねぇツラをよー!
   そしたらもっとキモチくなれんのによー!
   
   「げびょっ!! ぎょぼっ!!」
   
   そんなにビクビク痙攣すんなよ、ランス……
   お前の腸の締め付けがどんどんキツくなるじゃねーか。
   こんなんじゃスグにイっちまう!


   「ぐぼぼぼぼぼぼ……」
   
   ああ、とまらねえ、たまらねえ!
   とまらねえ、
         たまらねえ、
   とまらねえ、
         たまらねえ、
   とまらねえ、
         たまっおふっ!
   ……三擦り半で出ちまった。えへ。
   
   「え、え? 触手の先っちょから、あれ? なんで?」
   「なんという下衆……」
   「家畜の分際でェェ! 身の程も弁えずゥゥ!!」
   「……」
   「紗霧殿? おい、紗霧殿、しっかりせぬか!!」
   
   おーおー、ヤツらが揃いも揃って混乱してやがるな!
   この隙を突いて、根こそぎ薙ぎ払ってやりてーが……
   もう、触手、萎え萎えで動かねーしな。残念だぜぇ。
   
   あー眠ぃー。
   あー怠ぃー。
   
   ……こりゃもうダメだ。
   体にも頭にも、もういっこも力、はいんねー。
   射精と一緒に、残りの命までぶっ放しちまったみてぇだぜ。
   まーいーや。
   最期にちょっとスカッとできたから。
   あとはさっぱりお陀仏だな!


   お、ランスの体も大分冷えてきたなぁ。
   もうピクリとも動かねえしよ。
   一足先に逝っちまったみてえだな。
   
   待て待て、ランス。俺様を置いていくなって。
   おててつないで、一緒に行こうぜ?
   楽しい楽しい地獄巡りによ!
   
   ぐぇっふぇっふぇっふぇっふぇっ!!
   
   ふぇっふぇっふぇっ!
   
   
   ふぇっふぇ……
   
   
   
   ふぇ……
   
   
   
   ……
   
   
   
   。
   




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「がはははは! そぅれそれぇ!」

どうしたことか。
ケイブリスの道連れとなったはずのランスのバカ笑いが、未だに響いていた。
それどころか。

「あんにゃろ、あんなモン隠し持ってやがったのか!」

ケイブリスを中心に、声から90度の角度を隔てた位置には、
傷の一つも負っていないランスが、紗霧と共にいるのである。

「しかも壊したはずの触手が動いてました。やれやれ、とんだ生命力です。
 今からは壊した触手や腕も、定期的に壊し直さないといけませんね」

紗霧は溜息と共に仲間たちに指示を送った。
それから、90度向こう―――
ケイブリスの触手が突き出された空間の直下に設置してある、
黒い小さな機械を見やった。

「がはははは! 俺様最強!」

ランスの馬鹿笑いは、その箱の中から垂れ流されていた。
カセットデッキである。
以前、磯部にて二人の監禁陵辱魔を嵌めた時と同様、
紗霧はランスの声で以ってケイブリスを騙し、
その最期の一撃を、見事に無効化したのである。

執念深い紗霧が。この神鬼軍師が。
奪えぬはずのない聴覚を奪わなかったのには、
歴とした理由があったのである。


「まあ、結果オーライとしておきますか」

紗霧にとって、カセットデッキは保険であった。
恭也や自分の遠距離攪乱が見破られた場合を想定し、
その際に攻撃が向かう方向を誘導する為に聴覚を残し、
聴覚に訴える音声を、友軍のいない方向に設置したのである。

確かに、潰した筈の触手からの攻撃は紗霧の想定の上を行ってはいた。
しかし、ケイブリスはランスの位置特定に聴覚を用いてしまった。
それで、魔獣は音声の罠に嵌ってしまい。
それで、想定外である利を失ってしまい。
結局、魔人の乾坤一擲は単なる誤差の範囲内に収まってしまったのである。

「ぐぇぶぇぶぇぶぇぶぇ……」

最後まで紗霧の掌の上で転がされていたことに気付くことなく、
焼かれた喉で、もはや声にならぬ音を発するケイブリスの顔には、
それでも、どこか満足げな笑みが浮かんでいた。

「ちょっとちょっと紗霧さん? 怪獣さん笑ってるみたいですが?」
「死に際に都合のいい夢でも見てるんでしょう。放っときなさい」






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(Cルート・2日目 PM23:45 E−5地点 耕作地帯)

腕。触手。爪。牙。
ケイブリスの武装を全て奪ったことで作戦行動の第二波は終わり、
最終ミッションである第三波へと移行して、既に一時間半が経過していた。

第三波の内容とは――― 【放置】。

紗霧たちは、仰向けに倒れているケイブリスを、遠巻きに囲んだ。
死にゆく巨凶をただ眺め、見張った。
触手等の復活を確認すべく、時折、恭也に投石させたりもしたが、
決してトドメなどは刺さなかった。

更に一時間。

ケイブリスの流した血はドス黒く変色し、凝固していた。
傷口には目敏い蝿たちが集い始め。
獣臭と血臭に、かすかに死臭が混じり出していた。

「魔人が死ぬとちっちゃい赤い玉になるってハナシは?」
「の、はずなんだがなぁ」
「しかしのぅ…… ありゃどう見ても死んどるぞい」

本来、死せる魔人は遺骸を霧散させ、ピンポン玉大の紅玉へと態を移行する。
【魔血魂】である。
それは魔王の血の縛りの証。
魔人の力の根源にして、魂の揺り籠。

但し、このケイブリスは魔王直下の魔人ではない。
プランナーがこのゲームのバランスを考慮した上で、能力を調整した魔人である。


プレイヤーの攻撃を無効化する無敵結界は故に解除されていたし、
死後の魔血魂化もまた、同様に取り消されていた。
魔血魂を呑んだ者が新たな魔人となる。
そこに生まれるゲームのバランスブレイクを忌避した為である。

理由はともあれ―――

野武彦の見通し通り、ケイブリスは既に死んでいた。
絶息の正確な時間はわからない。
第三波に移行してからの二時間半。
そのどこかで誰にも気付かれること無く、息を引き取っていた。

「しかし……哀れとは思わんが、えげつないな」

苦虫を噛むが如き顔つきでランスが呟いたこの感想を以って、
三時間超に渡る紗霧の作戦、【ハイエナ達の晩餐】は完了した。
誰一人傷つくことなく難敵を完殺するという、完璧な成果にて。


【ケイブリス:死亡】

―――――――――主催者 あと 4



(ルートC)

【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め】
【備考:全員、首輪解除済み】


【現在位置:E−5 耕作地帯】


【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:生活用品、香辛料、メイド服、?服×1、干し肉、スペツナズナイフ、
     文房具、白チョーク1箱、レーザーガン、フラッシュ紙コップ】

【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損】

【高町恭也(元08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、保存食】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
    痛み止めの薬品?を服用】
 ※銃(50口径)及び飛釘は撃ち尽くしました。

【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残弾5)、白チョーク数本、
     スコップ(小)、鍵×4、謎のペン×7、簡易通信機、工具、
     ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】

【月夜御名紗霧(元36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保、
      状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、ボウガン、メス×1、謎のペン×8、小麦粉、
     薬品・簡易医療器具、対人レーダー、他爆指輪、解除装置】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、性行為に嫌悪感(大)】

【広場まひる(元38)】
【所持品:せんべい袋、救急セット、竹篭、スコップ(大)、簡易通信機
     体操服の上(←ユリーシャ)】
 ※「?服」の一つは、体操服でした。
 ※体操服の下、レギンスは装着済です。



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ケイブリス


死亡


ランス


306 譲れぬ想い 挫けぬ心(ルートC)

月夜御名紗霧
高町恭也
魔窟堂野武彦
広場まひる
ユリーシャ