306 譲れぬ想い 挫けぬ心
306 譲れぬ想い 挫けぬ心
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(Cルート・3日目 AM09:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
「メイド服っ!」
「メイド服っ!」
朝日差す西の森の小屋に、男の魂の叫びが二つ、響き渡った。
魔窟堂野武彦と、ランスである。
この、およそ接点を見ない縁遠い二人が、意気投合していた。
大いなる野望の達成の為に、心を一つにして事にあたっていた。
その魂の叫びは、食卓に座す月夜御名紗霧へと向けられていた。
「着ません」
うんざりした顔で溜息をつく紗霧ではあったが、
意外にも、その表情に険は見られない。
「朝食の準備…… 今この時に装着せんでなんとする!」
「そうだそうだー!」
「ランス様も、こう仰っていますし……」
「着ません」
「着てあげてもよくない? 紗霧サン?」
「よし! 今まひるが良いコト言った!」
「着ません」
「あと一押しじゃ! 言ってやれい、恭也殿!」
「俺ですか? ……これといって、別に」
「……なんでですか!」
「紗霧サン、どしてそこでつっかかる?」
「メイド服なんて着ませんが、興味なさそうな態度も気に入りません」
ふざけても、怒っても、呆れても。
それでも、皆の声は弾んでいた。
それもそうであろう。
何しろ、昨晩、大勝利を飾ったのである。
巨凶、ケイブリス相手に。
朝食準備の席に、誰一人として欠けることなく揃っている。
このような状況、誰が想像したであろうか?
作戦立案者である紗霧とて、まさか怪我人すら出さずに勝利するとは
想像だにしていなかったのである。
浮き足立つのも、当然と言えた。
巨凶ケイブリスとの戦いを終えた六戦士は、深夜一時過ぎに、
彼らのホームである小屋へと、帰投していた。
そこで、たっぷりと休養を取った。
ランスの夜這いに関するアクシデントこそあったものの、
交替で見張りを立てて、それぞれが六時間の睡眠を得たのである。
で、皆が目覚めて。
顔を揃えて。
朝食を摂ろうという話になって。
何故か紗霧が名乗りをあげて。
「ふふ…… 策士とは別の顔、お見せ致しましょう」
自信たっぷりに白米を洗剤で研ぎ出したところを、恭也に制止された。
「止めるんだ、月夜御名さん」
高町恭也―――
古風な価値観を守り抜いている男であった。
食への感謝を忘れぬ男であった。
この男の譲れぬ何かが、紗霧の暴挙を見過ごせなかったのである。
「あなたがしていることは、農家の皆さんに対する冒涜だ」
あまりに抜き身すぎる、愚直な言葉に。
動揺した紗霧が、食卓に座す他の四者に目をやった。
4人が揃ってウムウムと、首を上下に振っていた。
「そ、そこまで言われることはしていない筈ですが?」
力弱い紗霧の反論を受けて。
4人が揃ってナイナイと、手のひらを左右に振っていた。
それで紗霧は、諦めた。
頬についた洗剤のシャボンを拭って、イジケ気味に逆切れた。
「でしたら恭也さんが美味しい朝食を用意してくれるんですね!」
「男の大雑把な料理でよければ」
こうして高町恭也がひとり、厨房に立つことになった。
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「……どうしても紗霧ちゃんのメイド姿が見たい」
「……異議なしじゃ」
小屋の裏手でP−3の残骸を処理しながら、ランスと野武彦は小声で密談する。
「恭也は朝ごはんを作っている。念のためユリーシャを見張りに立たせた。
今がチャンスなんだ。ジジイ、策は無いか?」
「では、こんなのはどうじゃ?」
キランと丸眼鏡が光り。落雷の書き割りが表れて。
野武彦の目線が、井戸へと向けられた。
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小屋には長逗留を想定してか、米や味噌の備蓄がそれなりにあった。
肉類こそ無かったものの、日持ちする野菜も発見された。
故に朝食は、一汁一菜。
ご飯と、赤だしと、煮物と、香の物。
誠に日本人らしいメニューと相成った。
―――コトコトと、鍋が鳴っている。
―――刻まれたネギの強い香気が漂っている。
「なんてゆーかこの…… 厨房に立つ男子ってゆーのは、
一種独特の色気がありますなぁ」
広場まひるは、エプロンをつけて沢庵をトントンしている恭也の背を見つめ、
ワイドショーを眺める中年主婦の如き感想を述べた。
「ま、否定はしません」
済ました顔で興味なさげに相槌を打つ紗霧ではあるが、
しかしまひると並んで食卓から恭也を眺めていた。
ユリーシャも同席はしているものの、窓の向こうのランスを気に掛けるばかりで、
二人の会話にも、恭也の後姿にも、意識は向けられていない。
―――コトコトと、鍋が鳴っている。
―――炊飯器の湯気に混じる白米の甘い香りが漂っている。
「おう、終わったぞ」
「ついでに井戸水も汲んできたわい。食後の皿洗いに必要かと思っての」
「お疲れ様です、ランス様」
P−3の残骸の処理を終えたランスとユリーシャが帰ってきた。
忠実な愛玩犬の如く笑顔で駆け寄るユリーシャを抱きとめて、
ランスはその耳元に、何事かを囁いた。
ユリーシャは複雑な表情で頷くと奥の部屋へと引っ込んで行く。
「いやあ、しかし水桶は重いのぅ……
この老骨のヤワい足腰には格別に堪えるわい」
野武彦は厨房に向かって、不確かな足取りで歩いてゆく。
そんな様子に哀れ心を誘われたまひるが、
手を差し伸べようと腰を上げた時であった。
あまりにも意外な第三者が、先んじて救いの手を伸ばしたのは。
「情けないなあ、ジジイ。しょうがない、俺様が代わってやろう。
ホレ、桶をよこせ」
まひると紗霧は己の耳目を疑った。
あのランスが。
男にはとことん厳しいランスが。
ジジイは早くくたばれだのの暴言を吐くランスが。
男に、年寄りに、親切心を発揮したのである。
「よよよよ、人の情けが身に染みるのじゃあ!」
「わはは、大げさなジジイだな!
そんな書き割りを出す暇があるなら、さっさと桶を……
ををっ!?」
ランスが詰め寄り、野武彦が立ち止まり。
交錯の瞬間、二人はニヤリと笑いあった。
その瞬間、水桶が、宙に浮いた。
「なんと!
ランス殿の親切に涙を浮かべた野武彦は、
手渡す水桶の目測を誤ってしまったのだった!
まったく意図せずに!」
「さらに!
ジジイが手放した水桶を掴もうとした俺様だが、
無茶な体勢が祟って、桶をひっくり返してしまったのだ!
紗霧ちゃんに向かって!」
野武彦とランスは慌てる素振りも見せず、一息に言った。
明らかな猿芝居であった。
しかしその素早い連携に、まひると紗霧は反応できなかった。
「きゃあ!」
「がははは! 紗霧ちゃん水浸し!」
「やったのう、ランス殿!」
頭からしたたかに水を被り、全身ずぶ濡れになった紗霧が、
その黒髪をワカメの如く額に張り付かせ、
ハイタッチを決める老人と青年に、恨めしげな上目遣いを向ける。
―――コトコトと、鍋が鳴っている。
―――溶かされた味噌の匂いが居間まで漂っている。
奥の部屋に引っ込んでいたユリーシャが居間へと戻ってきた。
戻ってきたかと思いきや、そのまま小屋を出て行った。
その手に二つの大きな紙袋を握って。
「濡れた着衣に下着のラインを透かせては目の毒じゃ。
ささ、奥の部屋で着替えるとよい」
「俺様たちの大事な軍師が風邪をひいたら大変だからな。
早く奥の部屋で着替えるのだ!」
野武彦とランスはにこやかに紗霧を奥の部屋へと誘導する。
その様子に、紗霧は不信感を抱き。
数秒前に出て行ったユリーシャが抱えていた紙袋へと思い至る。
「まさかっ……!」
奥の部屋に飛び込んだ紗霧が目にしたものは。
男物女物、あらゆる衣類が持ち出されて空っぽになった、
部屋に備え付けの収納ボックスであった。
そして、その部屋の真ん中に。
まひるが病院で発見し、ユリーシャが保管を任されていた
衣服セットの入った袋だけが、ぽつんと、置かれていた。
「そこまでですか…… どうしてもメイド服なんですか」
紗霧を着替ぬ訳にはいかぬ状態へ追い込んだ上で、
替えの衣装の選択肢を限定させる。
それこそが、野武彦の策であった。
「それだけは譲れないのじゃよ」
「俺様は決して挫けないのだ!」
恥じることなく胸を張り主張する男二人の曇りなく輝ける瞳に、
ついに紗霧は溜息を以って、屈した。
「はあ…… しょうがないですね。
確かにここで風邪でもひいては困ります。
まひるさん、見張りを頼みます」
―――グツグツと、鍋が煮えている。
―――煮詰まった味噌汁の匂いが胃袋を刺激する。
紗霧の警戒に反して、野武彦とランスは全く大人しかった。
お利口に正座をして待っていた。
既に戻って来ているユリーシャは最初、暗い眼差しをしていたものの、
ランスに撫で撫でされたので、すっかり機嫌を治していた。
からり、と、引き戸が開かれて。
ごくり、と、男たちが息を呑む。
「いよいよだな!」
「なんと長い道のりであったことか……」
肩を叩き合い、互いの健闘を称えあう二人の前に、
ついに着替えを終えた紗霧が姿を表した。
その新装束の衝撃に、まひるやユリーシャまでもが息を呑む。
「な、な、な……?」
「そっちを選びよるとは!」
紗霧は、全身、清潔な薄いピンク色に包まれていた。
膝上までのタイトなスカートの下には白いタイツが履かれており、
頭上には三角巾の如きキャップが載せられていた。
胸ポケットには体温計が刺さり、首には聴診器が掛けられていた。
そう。
置かれた袋の中にある、もう一つの装束―――
紗霧は、ナース服に着替えたのであった。
メイド服とナース服。
どちらも同じく恥ずかしい衣装であり、
どの道コスプレの羞恥は拭えない。
ならばと、紗霧は考えた。
せめてと、紗霧は企んだ。
野武彦とランスの下らぬ策略に嵌っただけでも屈辱であるのに、
これ以上喜ばせるなど以ての外である。
ナース服とは苦渋の選択であり、意趣返しであった。
「この月夜御名紗霧にも、意地があります」
驚きを隠せぬ野武彦とランスは呆けた表情を見せ。
紗霧はそれを満足げに眺めながら笑った。
恐ろしく影の濃い、不吉な笑みであった。
「さて、お二方。治療のお時間です」
「何故に治療でバットなんじゃ?」
「しかもそれ…… 釘が打ち込まれてないか!?」
「昔の人は言いました。馬鹿は死ななきゃ治らない(ニッコリ)。」
紗霧が凶悪に改造されたバットを振り上げ、
野武彦が身を竦め、
ランスが野武彦を犠牲に逃げる素振りを見せ、
ユリーシャがランスに駆け寄り、
まひるが苦笑した、
その時。
ドシリと、厨房から、重い音が聞こえてきた。
―――カラカラと、鍋が焦げている。
―――焦げた煮物が目に染みる黒煙を発している。
全員が同時に、その異様に気付いた。
最も厨房に近かったまひるが、そちらに目線をやり、叫んだ。
「―――恭也さんが倒れてる!!」
(ルートC)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め
@しばらく休養】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨数本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃・45口径(残弾 5)、
ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【月夜御名紗霧(元36)with ナース服】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、ボウガン、対人レーダー】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷、性行為嫌悪】
【広場まひる(元38)with 体操服】
【所持品:せんべい袋(残 22/45)】
【高町恭也(元08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:なし】
【備考:意識不明、失血(大)、低体温(大)、右わき腹から中央まで裂傷あり】
※痛み止め(解熱作用含む)の効果が切れました。
※「?服」のラストは、ナース服でした。
※米と味噌、野菜の数日分を確保できました。
【小屋の保管品】
[武器]
指輪型爆弾×2、レーザーガン、アイスピック、小太刀、鋼糸
[機械]
解除装置、簡易通信機・大、簡易通信機・小、
[道具]
工具、竹篭、スコップ、シャベル、メス、白チョーク1箱、文房具、
謎のペン×15、メイド服、生活用品、薬品・簡易医療器具
[食品]
小麦粉、香辛料、干し肉、保存食、備蓄食料