305 狂拳伝説クレイジーナックル

305 狂拳伝説クレイジーナックル


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(ルートC・3日目 AM07:45 場所不明)


いつからこの薄暗い砂漠にいるのか。
そもそもここはどこなのか。
霞がかかった頭では思い出せない。

「あ、こっちにもありましたよ、ザドゥ様」

チャームが向こうで俺に手を振っている。
手にした何かの破片を、誇らしげに掲げている。
ああ、そうだ。
俺とチャームは、あれを集めていたのだ。
この薄暗い砂漠に散らばったあの破片を、
一つ残らず回収せねばならぬのだった。

だが…… あれとは…… 何だった?

「さぁ…… 私はあまり難しいことは判りませんので。
 でも大事なものだって言ってましたよ、ザドゥ様は」

砕けたそれが、散らばったそれが。
俺にとって大切な物であった事は判る。
しかし、こうして破片を集める意味とは、何だ?
失ってしまったものを集めて、一体何になるというのだ?

「そんな悲しいことを言わないで下さい、ザドゥ様ぁ……」

駆け寄って来たチャームがじゃれ付く。
豊満な胸をタンクトップ越しに擦り付け、俺の頬をペロペロと舐め上げてくる。


チャーム―――
東欧の人身売買オークションで手に入れた、人体改造のモルモット。
野獣のような素早さと攻撃力を身に付けた、俺の四天王の一角。
夜はペット。可愛いやつだ。

「ほら、また見つけましたよ、ザドゥ様。
 この輝きを見てください。この力強さを感じてください。
 これは、ザドゥ様に絶対必要なものなんです」

チャームが、破片を俺に握らせる。
握った瞬間、蘇った。
俺が、組織への侵入者を殴り倒している情景が。
俺の心のどこかに、少しだけ活力が戻った。
俺の頭のどこかが、少しだけ明瞭になった。

「ね?」

チャームが微笑む。にこやかに。
なるほど、これは俺の力の源か。
この破片を全て集め、合わせることで、
きっと俺は俺を取り戻すのだろうな。

―――取り戻す?

自然と胸に浮かんだその単語に、違和感を覚えた。
取り戻すということは、失ったということ。
では、それはいつのことだ?

「いいんです、そんなこと、今考えなくても。
 全部集めたらきっと思い出しますよ!」


そういう物かも知れんが、俺は既に『気になった』のだ。
探すのはお前に任せるから、もう少し俺に考えさせろ。

「はぁい……」

チャームは何故か淋しげに背中を向けた。
その様子が少し気にかかるが、まあ、後回しだ。
今は手にした破片が砕けた理由を思い出すことが最優先だからな。
後で尻の一つも撫でてやれば、チャームの機嫌は直るだろう。

「あっ……」

ん、どうしたチャーム?

「な、なんでもありません。
 ちょっと勘違いして、別のものを拾ってしまっただけです。
 ポイしましょうね、ポイ!」

チャームが手にしたそれは、汚い破片だ。
目を背けたくなるような気色悪い破片だ。
それなのに。
俺はその破片が、気になってしかたなかった。
チャーム、捨てるな。それを寄越せ。

「ザドゥ様がそうおっしゃられるのなら……」

チャームは不承不承といった体で、俺に破片を渡す。
手にした瞬間。
何かが、溢れた。


  ―――『お友達を』助けることなんだぁ♪


っっ!!?
なんだ、この能天気でカラっとした女の声は?
なぜ、俺の胸はこれほど痛むのだ?
なぜ、俺はこの声がこれほど恐ろしいのだ?

「だっ、大丈夫ですかザドゥ様ぁ?
 だから言ったんですよ、ポイしましょうって」

いや、問題ない。心配には及ばん。
だが、痛くて恐ろしいはずのこの破片から、目を逸らすことが出来ない。
先程の力湧く破片よりも大切な何かだと、そんな直感が働く。
―――これだ。
他の破片は後回しでいい。先ずはこの薄ら汚れた破片を探すべきだ。
そうすれば、いずれこれらが砕けた理由にたどり着くはずだ。
その確信が、俺にはある。

「ザドゥ様ぁ。それはザドゥ様のためにならないゴミですよ?」

何でも言うことを聞く。服従する。
チャームとは、そういう利口なペットだ。
俺に尽くす方法を弁えている。なのに。
なぜか、従わなかった。
どこか、悲壮感が漂っていた。
であれば、これは本当に為にならぬものなのか?

……いや、流されるな、ザドゥ。


俺は既に判断を下し、命じたのだ。
それを他者の顔色で撤回するなど、あってはならん。継続だ。
俺が俺を信じることが出来ずに、何がザドゥか!

「そんなのより、こっち! この綺麗な破片を探しましょうよ」

チャーム、つべこべいうな。汚いほうだ。
俺が探せと言っている。

「……はぁい」

不承不承のチャームを尻目に、俺も探した。必死に。
這いつくばって、地面を舐めるように。
そして見つけた。三つの破片を。

  ―――大将も自己満でカモミールを殺さないよーに

  ―――アリが人に何を求めるの?

  ―――己の主はただ己のみ!!

……そうだったな。
俺は、負けたのだ。
あの島で、何度も何度も負けていたのだ。

「そんなことないですよ、ザドゥ様。
 だってその三人は皆死んでるんですよ? ザドゥ様は生きてるんですよ?
 どう考えたってザドゥ様の勝ちじゃないですか」

確かに、勝負には勝ったかも知れん。
生き残りには勝ったかも知れん。


だがな、チャームよ。
俺は、俺を貫けなかった。俺自身で、歪に曲げていた。
奴らは最後まで己を貫いた。己の意志を曲げなかった。

タイガージョーは命を賭してゲームを否定した。
ファントムは地獄の底まで仇を追っていった。
芹沢の『友達を助ける』思いは願望の成就を振りきり、
長谷川ですら醜く汚らわしい道化を貫いた。

俺は、その覚悟の差に、膝を屈したのだ。

「そんな…… あんまり自分を追い詰めないでくださいよ。
 早く欠片を全部集めて、あのカッコよくて自信たっぷりなザドゥ様を
 取り戻しましょうよ!」

チャーム、慰めなどいらん。少し黙れ。
俺はそろそろ思い出せそうなのだ。
先刻、俺はさらりと重要なことに触れなかったか?
それは、キーワードではないのか?

   ―――俺は、俺を貫けなかった。
   ―――俺自身で、歪に曲げていた。

そうだ。これだ。
タイガージョーと言葉と拳を交わした時には、
既に宿っていた暗澹たる敗北感。
それは、誰に? 何に? いつ? どこで?
探さねば。見つけねば。
俺の真の敗北を。
最初の敗北を。


「それって、シャドウの裏切りなんじゃないですか」

成る程な。
確かに俺はシャドウに敗れて、多くのものを失った。

組織。
部下。
名声。
権力。
女。
金。

だがなチャーム。
そんなもの、戦利品でしかなく。
俺という存在に追従した余禄に過ぎず。
俺そのものでは決してなく。
つまりは…… たかが贅肉よ。

「たかが…… 贅肉……」

俺が見つけねばならんのはな、チャーム。
そんなちんけな敗北では無いのだ。断じて。
贅肉を削ぐような敗北ではなく、拳を砕くような敗北なのだ。
それを見出さねば。
それを受け入れねば。
お前がいくら破片を集めきったとて、決して元の俺には戻るまい。
歪な俺の、不恰好なプライドが形成されるだけだろう。

―――カチ。


がむしゃらに探す俺の指先に、触れた。
大きな欠片が。
どす汚れ、泥土に塗れ、思わず目をそらしたくなるような欠片が。

   ―――わか・・・・・った。その話・・・飲もう
   ―――キャハハハハ!

……見つけた。
これだ。
俺の真の敗北の記憶。

タイガージョーへの敗北感も、
ファントムへの敗北感も、
長谷川への敗北感も、
芹沢への敗北感も、
全て、結局。
この一敗から目を反らしていたから生まれたのだ。
自分を曲げた事を恥じるが故に、自分を貫く奴らが眩しかったのだ。

「ザドゥ様は、これが敗北だと、言うのですか……」

ああ、そうだ。
俺は、俺の主であることを捨てて、神の走狗に成り下がったのだ。
涎を垂らし、尻尾を振って。
ヤツがぶら下げた餌に飛びついたのだ。

今こそ、ザドゥは、認めよう。
俺の最大の敗北は、その選択をしたことだ。
俺は、俺を、裏切ったのだ!

「その餌は、必要ないものなんですか……?」


チャームの悲げな声が耳を衝く。
振り返ったチャームは氷柱に閉じ込められていた。
丸い目に涙を溜めて、俺を見つめていた。

そうだ…… 俺は、何を忘れていたのだ。
チャームは死んでいたではないか。
その復活こそが、俺が釣り上げられた餌であったのではないか。

「私は、必要ないんですか?」

チャームが涙を溜めて、氷柱を内側から叩いている。
俺を求めてくる。

この涙に。この献身に。この愛情に。
この死に、俺は変えられた。
俺は、俺を、見失っていた。
無論、チャームを責める気などは無い。
全ては俺の弱さだ。
一人の女に肩入れしすぎたツケが回ってきたに過ぎぬ。

「ザドゥ様ぁ…… どうして自分ばっかりご覧になってるんですか?
 もっとこっちを見てください…… もっと私を見てください……」

人の死の中になにかを見出した気になり、哀れみを覚え、共感を欲する?
ハッ! とんだ善人気取りだな、ザドゥ。
隠居したジジイでもあるまいに、それが牙を持つ人間の思想か?
そんなザドゥが、どこに居る?
断じる! そんなものはザドゥではない!

「ペットは捨てないって、言ってくれたじゃないですかぁ……」


ああ、確かに言ったな。
不安がるお前を強く抱きしめながら、何度でも言ったな。
覚えているぞ。
忘れられるはずもなかろう。
無論、全てを思い出した今。
飼い主としての責任は、果たしてやる。

「ザドゥ様ぁ! やっと私を見てくれた!」

なあ、チャーム……
俺は、今やっと、敗北を受け入れることが出来たのだ。
恐れていたそれは、恐れていたほどではなく、逆に清々しさすら感じたぞ。
だがな。
敗北を受け入れることと、負け犬のままでいることは、違う。
敗北は結果として受け入れよう。
だが、俺は、負け犬のままでいるつもりはないのだ。

だからな、チャーム……

「はいっ! なんでしょうザドゥ様っ♪」



俺の為にもう一度、死ね。



「なんっ……!?」
 


砕けろ、氷柱。
砕けろ、愛猫。
砕けろ、想い。
砕けろ、願い。

その痛みを以って、受け入れろ、ザドゥ。
愛する者を殺し直して、蘇らぬを自覚しろ。

―――狂 昇 拳 !

「酷い、おかた……」

ああ、なんと酷い男なのだろうな、ザドゥという男は。
だがチャームよ、お前は知っていた筈だ。
これが俺なのだと。
お前の復活などを望むザドゥこそ、本来のザドゥでは無かったのだと。

俺は飽くまでも俺本位で。
行動を妨げようとする者は必ず叩き伏せ。
意志を曲げようとする者は必ず返り撃ち。
いかなる犠牲も恐れず、
いかなる敵にも怖じぬ。
お前の飼い主とは、そういう男であったろう?

「さよならです……」

狂昇拳は氷柱を穿ち、そこに捕らわれるチャームの心臓をも貫いていた。
次の瞬間、霧消した。
その姿が消えると共に、左手首に巻いていた鈴の紐が切れた。

りん……


一度だけ悲しげに鳴った鈴は、砂漠の砂に同化して沈んでいった。
これで俺を縛るものは、無くなった。

一人だ。
独りだ。
俺は、ひとり、ザドゥだ。
俺は、ただの、ザドゥだ。
裸一貫。
鍛えぬいた狂拳。

それで十分。

散らばった破片も、もう要らぬ。
あれもまた一つの贅肉だ。
今の、単純化されたザドゥの動きを鈍らせる重荷だ。

それで完結。

そう、チャームも言っていたではないか。
生きているから、負けではない、と。
リベンジの機会が、まだあるうちは。
それを諦めないうちは。
俺は、まだ、俺でいられる。

確か、鯨は言っていたな。次に会うときはゲームの終了時だと。
成る程な。チャンスはその一回のみということか。
であれば、必ずゲームは成功させてやる。
成功させて、芹沢の願いを叶えてやる。
それから。いざ、俺の願いが叶えられようとした瞬間に。

―――殴る。


俺の全てを一撃に込めて、いけ好かん鯨野郎をぶん殴る。
そして言ってやる。
お前などに叶えさせてやるような望みなど無いのだと。
その後のことなど、知ったことか。

圧倒的な力量差があろうと。俺はお前の飼い犬ではなく。
伸ばした手が届かぬのだとしても。俺の主は俺だけで。
たったそれだけのシンプルな事実を、物分りの悪い蒼鯨に理解させてやる。
この拳でな。


『ねえねえ、今度こそザッちゃん起きたかなぁ?』
『違う、また寝言』
《寝言なのかうわごとなのか、ビミョーですよ?》
『瞼に小刻みな痙攣を感知。首魁殿はそろそろ目覚められるようだよ』


鼓膜に…… 聞き覚えのある声を感じる。
両瞼に…… 淡い光を感じる。
四肢に…… 筋肉の疼きを感じる。

ああ、俺はもうすぐ目覚めるのだな。
ああ、これまでの全ては夢だったのだな。

だとすれば、きっとこの夢も目覚めと共に忘れてしまうのだろう。
それはそれでいい。
だが、ただひとつ。
目覚めの世界に、これだけはもって行け。
これだけは、忘れるな。







          ―――敵は、鯨だ。





 




(ルートC)

【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
      @プレイヤーを叩き伏せ、優勝者をでっちあげる
      A芹沢の願いを叶えさせる
      B願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:重態、全身火傷(中)、睡眠中】




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