027 誤解に始まり、悪意が加速させる。
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(1日目 4:00)
琢麿呂1
その男は、屋上で紫煙を燻らせていた。
オールバックの髪、エリを立てたベージュのトレンチコート。
そして左手に、COLT.45
M1911A1
コンバットコマンダー。
飾り気のない無骨なデザインの、男のための銃。
ハードボイルドの主人公のイメージをそのまま投影したかのような外見のその青年、海原琢磨呂。
貴神雷蔵の企みを見抜き、一撃で葬り去った男。
「ロシアじゃ、銃で凍傷を起こすことがあると話に聞いていたが……」
琢麿呂は銃を右手に持ち替え、左手にはぁ、と息を吐く。
「洒落にならんな、この冷え込みは」
ならば屋内に入ればよい。
銃を懐に仕舞えばよい。
しかし、そうもいかない十分すぎるほどの理由があった。
「ヤツが……ファントムがいるからな」
そう。
ここは、病院の屋上。
琢麿呂は胸ポケットから愛用のマルボロを一本取り出すと、ジッポで火をつけた。
……3時間ほど前。
琢麿呂は病院に侵入し、万一のための救急用具を漁っていた。
そこへ、少女を担いだ、銀髪の少女が侵入してきたのだ。
……人を背負っているにもかかわらず、足音1つさせないで。
息を切らすことなく。
「近づいてきたら殺る」つもりだった琢麿呂は、少女の顔を見て思い留まる。
その顔は、しがない私立探偵でしかない琢麿呂でも知っている顔だった。
―――インフェルノ1の殺し屋、ファントム。
あるいは……世界一の。
勝ち目がないと判断した琢麿呂は、彼女たちが近づく前に、屋上へ転進したのだった。
……そして今。
「1時間もすれば出てゆくかと思ったが……」
病院の出入り口を見下ろしながら、琢麿呂は一人ごちる。
ファントムは、いつまで経っても出てゆかない。
眠っているのかもしれない。
ならば、仕留める絶好のチャンスだ。
しかし、眠っていないのだとしたら、十中八九返り討ちに会う。
「持久戦だな」
生あくびをかみ殺しながら再び出入り口に目をやった琢麿呂は、そのとき、
病院に侵入しようとする2つの影を見とめた。
「……チャンスなのかもしれん」
咥えていたマルボロを吹き捨てると、彼は屋内へ続く重々しい扉を開けた。
魔窟堂・エーリヒ
♪やっちゅ〜 げっちゅげっちゅげっちゅ〜
♪おも〜〜〜いとどけ ラヴ ミ〜〜〜
「……なんなのだ、ヘル野武彦、その珍妙な歌は」
魔窟堂が口ずさむその意味不明な歌に、エーリヒは顔をしかめる。
「ああ、これはの……萌え歌じゃよ」
「萌え歌?」
「萌えの心を言葉で説明することは不可能じゃ。黙ってこれを聞かれい、エーリヒ殿」
魔窟堂はその耳に付けていたイヤホンを外し、エーリヒの耳に繋ぐ。
♪ひ・み・つ!
♪い〜つものふく〜に〜 き〜がえて〜〜
♪あはん マジカル・ぶっくま〜く……
「……ヘル野武彦。日本は既に音波兵器を完成させていたのか?」
「わしも始めはそう感じた。みなみおねえさんの歌声は敷居が高いからの。
だが、それにじっと耐え、何度も何度も繰り返し聞いているうちに、
(;´Д`)な気持ちが(´▽`)に変わってゆくのじゃ」
「なるほど、音波兵器ではなく洗脳兵器であったか。あなどれんな、日本の科学力は」
病院の待合室を歩きながら、大いにずれた会話をする2人。
彼らは森での邂逅の後、今後の身の振り方を相談した。
テーマはひとつ。
『若い命を無駄に散らせないためには、どうするのが良いのか』
・脱出方法
・情報収集
・主催者打倒
・資材収集
・人命救助
2時間以上に渡る密度の濃い討論の末、2人は身の振り方を決した。
サバイバルに必要な資源を集めつつ、島の全体像を把握すること。
争いを見たら止めること。
情報と資材の収集メインに、余裕があったら人命救助をこなすというスタンスを決め、
最初の目的地―――病院へとたどり着いたのだった。
「ヘル野武彦。君は薬品についての知識をもっているか?」
「オタクの知識量を甘く見ないで頂きたいのう、エーリヒ殿。
古くは『BlackJack』から新しくは『Dr.コトー診療所』まで愛読しておるわい。
しかし、あのWebアニメのピノコは……ピノコは……
まさにアッチョンブリケじゃったのぅ……」
エーリヒには、並べられた単語の意味は解らなかった。
しかし、魔窟堂の自信漲る様子を見て、「大丈夫であろう」と判断した。
……単語の意味が解っていれば別の判断を下しただろうが。
「それではヘル野武彦、君は薬品を頼む。私は医療器具を手に入れてくる」
「了解した」
老成した男たちはてきぱきと持ち場に向かった―――いや、向かいかけた、その時。
「きゃああああああ!!」
2階から悲鳴が響いた。
「む、絹を裂くよな乙女の悲鳴!!ゆくぞ、エーリヒ殿!!」
「うむ」
言葉を交わす前に、体は動いていた。
アイン1
アインは床に耳を押し当てていた。
侵入者の声と足音を聞くために。
(男が2人……一人は……歩くリズムが一定している。
それにあの足音の響きは特殊な軍用靴の響き。戦いのプロのようね。
もう一人は……体力には自信のある素人といったところかしら。)
(……どうやら薬品を探しに来たようね。ならば、2階まで上がってくることはない。)
分析の結果そう判断し、顔を上げた、その時。
―――遙と目が合った。
(いつの間に目覚めたの?)
数秒、無言のまま見詰め合っていた2人だったが、根負けした遙が目線を下の方に逸らす。
アインの手にしっかりと握られた、スペツナズナイフがあった。
グレンの触手を切り裂き、その血液を生々しくこびりつかせたナイフが。
「きゃああああああ!!」
遙は恐怖の余り絶叫すると、一目散に病室の出口へと駆け出す。
「待ちなさい」
素早く立ち上がったアインは、廊下に出てすぐのところで遙を捕まえると同時に、
(いまの声は階下の2人組みにも聞こえたはず。逃げてくれればよし。そうでなければ……)
ナイフを逆手に持ち替えた。
「いやっ、やだっ、やめて、殺さないで、助けて!!」
「おちつけ。私は危害を加えるものではない」
鼻をつんとつく刺激臭が漂い、アインの足先に生暖かい感触が。
―――遙は恐怖の余り失禁していた。
「いやっ、やだっ、やめて、殺さないで、助けて!!」
恐慌状態の遙に、アインの言葉は届いていない。
そこへ、バタバタバタと、階段の方角から2つの足音。
(向かってきたか……早いな)
とす。
遙に軽く当身を食らわす―――始まろうとしている戦いに巻き込まないために。
「う……」
一瞬にしてがくりと崩折れる遙。
アイン2
「くうっ!!間に合わなんだか……」
階段を上りきった魔窟堂とエーリヒが目撃したのは、まさにその瞬間だった。
「あきらめるな。気絶しただけかも知れん。とにかく倒れた少女の身柄確保を第一義に。」
エーリヒは感情的になりつつある魔窟堂を冷静にたしなめ、銃を構える。
―――アインとの距離、約10M。廊下の幅、約2M。
(この2人、この少女を助けようとしている?)
アインは2人の会話を聞いて、思案する。
―――和解可能。
判断を下したアインの行動は迅速だった。
からん。
唯一の武器であるスペツナズ・ナイフを、床に放り投げる。
そして、両手を上に。
「私に戦意はない。誤解が重なっただけ」
「なぜ、その少女に危害を加えた?」
「錯乱したから、気絶させた。怪我はない」
必要な言葉を、装飾なく、鋭角に伝える。
魔窟堂とエーリヒは、アインの態度と言葉、何よりも眼差しの真摯さを信じ、戦闘体勢を解いた。
琢麿呂2
「和解? くっ……」
戦闘の末の漁夫の利を狙っていた琢麿呂にとって、この展開は誤算だった。
彼が身を潜めているのは西側の階段。
魔窟堂たちとは正反対の位置にいる。
「ならば、ヤツらがこちらの存在に気がつかないうちに、病院から抜け出すか」
そう思い、そっと階段を2段ほど下ったとき、ふと琢麿呂は思い立った。
戦闘を誘発する妙案を。
それは彼の身もある程度危うくするが、たった一人しか生き残ることのできないゲームで、
強い敵を叩ける時に叩いておかないことは愚かだと、琢麿呂は判断する。
次にファントムに出会ったとき、今より有利な状況だとは限らない。
「……やるか」
アインと魔窟堂たちの距離が詰まるのをじっと待つ。
6M―――5M―――
―――4M。
「……このあたりだな。」
琢麿呂は勢い良く廊下へと飛び出した。
「ひっかかったな、バカめ!!」
琢麿呂は叫びと共にCOLT
.45を連射。
ダン!!
ダン!!
1発目は見事、魔窟堂の左肩を撃ち抜いたが、
2発目はその反動で狙いがぶれたため、天井にぶち当たる。
「ぐむっ!!」衝撃で後ろへと倒れこむ魔窟堂。
「……謀ったのか!!」銃を構えなおすエーリヒ。
「……え?」銃声に目覚めた遙。
そして。
「……。」無駄のない動作で、素早くナイフを拾うアイン
それを見た琢麿呂は、作戦の成功を確信する。
「ファントム、さっさと逃げるぞ!!」
駄目押しの一言を残し、琢麿呂は階段に向かい、駆ける。
【所持武器:琢麿呂(COLT.45 M1911A1 コンバットコマンダー:残弾4)と判明】
※コンバットコマンダー = 抜き撃ちのために重心を短くしたモデル
【現在位置:病院2F階段〜廊下】