026 薬指と薬指

026 薬指と薬指


前の話へ<< 000話〜049話へ >>次の話へ 下へ 第一回放送までへ




(一日目 02:00)

「よかったです。神条さんのような、理性的な方と最初に出会えて」
「そうですね、ボクも紫堂が平和主義者だと分かってほっとしましたよ」
学生服を着たスマートな少年と巫女服をきた小柄な少女が、肩を並べて歩いていた。
神条真人(No.17)と紫堂神楽(No.22)だ。
2人から受ける印象は共に「生真面目」そして「優等生」だった。


彼らは先ほど波止場で出会い、お互い戦意が無いことを確かめたのち、行動を共にしていた。
「体は大丈夫ですか? 出発してからずっと動き詰めだったんでしょう?
 ちょっと休憩を入れたほうがいいのではありませんか?」
「お気遣いありがとうございます。
 しかし、こうしている間にも、誰かがどこかで望まぬ戦いを強いられているかもしれません。
 先を急ぎましょう」
「紫藤さんはとても真面目なんですね」
「堅苦しくて、申し訳ありません……」
「いえいえ、こちらこそ。
 他の人が大変なときに、自分たちだけ休憩なんて、自分勝手なことを提案してしまって
 恥ずかしい限りです」
「いえいえ……」
……出会ってからずっとこんな感じで会話をしている。

「おや?」
真人が歩みを止め、闇の中に目を凝らす。
「どうされました?」
「いえ、あの倉庫のような建物のあたりで、何か動いたような……」
「誰かいるのでしょうか?」
「分かりません。確認してみましょうか」
「そうですね。」
2人はその建物……漁具倉庫へと足を向けた。


漁具倉庫に、神楽が入るや否や、
 かちゃり。
真人は後ろ手に扉を閉め、鍵を掛けた。
「どうして扉を閉めるのですか?
 月明かりが無いと中がよく見えませんが……」
「見えなくても問題ない。動く影なんてウソだよ。
 オレはお前を連れ込みたかっただけだ。」
彼女は始め、その声が真人のものだとは思わなかった。
それほどまでに声の質が変化していたのだ。
低く、重く、凶暴な何かを孕んだ声に。
「さて、と。
 知ってることを全部ゲロってもらおうか?」
 チャリ。
神楽は、自分の側頭部にあてられた冷たい筒の感覚に総毛立つ。
「え?」
「オレの妹を殺したヤツはだれだ?」
「え……何のことをおっしゃっているのか、私には……」
「知らないはずないだろう!!
 オレにはわかるんだ、分かってるんだ!」
 バシン!!
怒声と共に神楽の頬に平手が飛ぶ。
平手とは言え、女の顔を打つのにそれほどの力をこめる必要があるのかと問いたいくらい、容赦ない一撃だった。
「と、突然なにを!?」
「お前が正直にっ!!
 答えないからだっ!!」
 バシン!
もう一発。
「ど、どうか正気に戻ってください。落ち着いて。深呼吸をして。
 こんなことをする真人さんではないはずです」
「ほんの20分くらい前にあったばかりのお前に、俺の何がわかる?
 アレは演技。こっちが本当のオレなんだよ!!」
 バシン!
さらに一発。

神楽は知らなかった。
真人は、善人の皮を被ることの出来る、被害妄想系の分裂症患者だということを。
全てを妹の死と関係があるのだと妄想し、偏執的に追求してしまう症状だということを。
そして、その妄想が暴走して、5人もの少女を拉致監禁、拷問の末人格破壊に追い込んだ過去を持つことを。

「で、ですから本当に私は何も存じ上げておりません。
 妹さんのことは、本当にお気の毒だとは思いますが……」
「尻尾を出したなっ!!
 赤の他人のお前が、なぜ妹が殺されたことを知っている?
 お前がその死に関係していたからだろう!!」
「先ほどからご自分でおっしゃっているではありませんか。
 どうかお気を確かに」
「まだシラをきるのかっ!!
 だったらお前が吐きたくなるまで痛めつけてやる。
 お願いだから言わせてくださいといいたくなるくらい、激しくやってやる。
 陵辱して、剃毛して、浣腸して、拷問して、中出しして、妊娠させてやるっ!!」

「陵辱!?」

その時、倉庫の網棚の奥から声がした。


(しまった!!)
網棚の上で、投網に包まれるように身を隠していた勝沼紳一(No20)は、
心臓痛が発生してしまいそうなほど緊張した。
(私はなんと愚かなんだ。いくら青い花に飢えていたとは言え、
 監禁、陵辱などという魅力的な響きに、思わず声を上げてしまうとは……)

発煙筒以外使えそうな道具がないことを確認した紳一は、外に出ようとした矢先、
真人と神楽が近づいていることを知り、倉庫の奥に身を隠していたのだった。

「おい、そこに誰かいるな!?
 出て来い、出てこないと撃つぞ!!」
真人は声を荒げ、紳一を脅す。
覗き見ると、確かに真人はその手に黒い筒状のものを握っている。
(くっ、銃を持っているのか……しかも、あの男は……)
気が触れている。
先ほどまでの支離滅裂な言動、妹についての偏執ぶり。
(素直に出て行ったら……殺られるな。)
紳一はそう判断した。
(ならば?)
(発煙筒と鉢巻きしかもっていない私に、何が出来る?)
「早く出てこい!!」
押さえ切れない苛立ちを声に乗せ、威圧する真人。
「わたしに敵意はありません。
 怖がらないで出てきてください、そして、話し合いをしましょう。」
神楽は大いに正しく、それと同時に大いに間違っていることを口にする。
(どうする… どうする… どうする!!)
焦りが焦りを生み、やがて思考が真っ白になってゆく。
俗に言う、思考停止。
紳一は、いま、ここがどこで、自分が何をしているかすらわからなくなっていた。
しかし、そんな紳一の都合とは関係なく時は刻まれ……
「タイムアップだ!!」
宣言した真人は銃口を紳一に向け、引き金を引いた。

「ぽん。」

………………。
…………。
……。

「?」
予想した衝撃が全く来なかった紳一は、恐る恐る目をあけた。
……銃口からは無数の糸が垂れ、色とりどりの万国旗がその先にぶら下がっていた。
「……。」
真人は紳一より、遥かに呆然としているようだ。
(今しかない!!)
紳一は網棚から飛び降りると、非力なりの渾身の力でもって、網棚を蹴り倒した。
真人に向かって。
「!!」
網棚が脳天を直撃する寸前に、真人は我に返り、両腕でがっしと支えた。
だが、既に斜めに傾いてしまった重々しいそれを押し返すほどの力は、真人にはない。
支えるだけで精一杯だ。
「く、くそっ!!」
「よくもこの私を脅してくれたな、物狂いめ。
 お礼はたっぷりとしてやろう!!」
紳一は網棚を蹴る。蹴る。蹴る。
ハハハハと笑いながら。
「つぶれるがいい、つぶれるがいい!!」
「ぐ、ぐぅうううう……、
 うわぁあああああ!!」

 ズ、ダァアアアアアン!!

重々しい音。地響き。もうもうと立ち込める砂埃。
網棚はついに倒れた。
「ハハハハハ、やった、やったぞ!!」
逆転勝利に有頂天になる紳一。

「確かに神条さんはあなたを殺そうとしました。
 身を護る為に網棚を倒す……そこまでは、悲しいことですが仕方ないと思います」
もうもうと立つ砂埃の向こうから、幼いものの凛とした声が聞こえてきた。
「ああ、そういえば、きみもいたのだったね、頭のユルい巫女さん」
「しかし、その後潰しにかかることはなかったのではありませんか?
 殺す気だったのですか?」
「殺す気? 当たり前でしょう。
 これはそういうゲームですから」
「成る程、よく分かりました」
会話をしているうちに、砂埃は落ち着いた。
神楽は、倒れた網棚を挟んだ真正面に立っていた。……神条を、その小さく華奢な肩に担いで。
「神条さんだけでなく、あなたにも、冷静さを取り戻してもらわなくてはいけませんね」
「!!」
紳一は見た。
神楽の体が青白い炎のようなものに包まれるのを。そして、その目も青白く光るのを。


紫堂神楽。
大宮能売神(オオミヤノメノカミ)の力を受け継ぐ神人(カムト)。
世の荒ぶる心を和め奉る鎮魂の神の生まれ変わりだ。
「冷静になれば、きっとこのひとたちも分かってくれます。
 ゲームに乗せられる愚かさに。
 でも……どうしたら……」
神楽は思案した。





(一日目 5:54)

顔に差す朝日の眩しさに、真人は目を覚ました。
悪くない目覚めだったのだが、起き上がろうとして体のあちこちに痛みを感じた。
「おはよう。目覚めはいかがかな?」
目の前に紳一がいた。 真人を網棚で潰そうとした紳一が。
「てめぇ!!」
反射的に彼の首を絞めにかかる真人。
「待て!早まるな!!
 お前には私を殺せないんだ!!」
「命乞いにしては高飛車なセリフだな」
さらに圧力が加わる。
「ひ、左手…… 左の薬指に……」
「……指輪?」
真人の薬指には、彼自身に全く覚えの無い指輪がはまっていた。
無骨でシンプルな、銀の指輪。
……背筋にぞわりと走る悪寒。
(こいつの話、聞いたほうがよさそうだ。)
真人は腕を離した。
「ふぅ……お前は乱暴な人間だな。
 とにかく、まずこれを読んでくれないか」
一枚の紙を真人に差し出しす紳一。

それは神楽から2人に宛てたメッセージだった。

  デスゲームに乗せられて冷静さを失ってはいけません。
  冷静になればお2人も、先ほどの行動の愚かさに気付いていただけると信じます。
  その反省を促すために、僭越ですがお2人に私の支給品『他爆装置』をつけさせていただきました。

(他爆装置?)
初めて目にした単語に真人は首をひねる。

  発信指輪を装着しているものが死亡すると受信指輪が爆発する指輪です。
  発信指輪と受信指輪の距離が3M以上離れても、受信指輪が爆発します。
  指輪を外したり、指ごと切り落としても爆発するそうです。
  また、発信機と受信機は外見で区別することはできません。

「ハッタリだろう!!」
どっ、と冷や汗が吹き出す。
が、意識を薬指に集中すると、一定感覚で、僅かに振動しているのが感じられる。
 ちっ、ちっ、ちっ……
……少なくとも、ただの指輪ではない。
「わかっただろう、そういうことなんだ」
紳一は自嘲めいた溜息を漏らした。

  この機会に協力することの素晴らしさを学ばれてはいかがでしょう。
  それでは、ご自愛ください。

文末の心遣いが憎憎しい。
(くそっ、くそっ、くそっ!!)
真人はやりどころのない怒りに臍を噛むしかなかった。
「ハハハ……私たちはしてやられたのだよ。あの小娘に」





  追伸
  おふたりは人間です。
  なにを当たり前のことをとお思いかも知れませんが、このゲームには人間でないもの、
  人間というには余りにも特殊な力を身に付けたものが多く参加しています。
  相手がどんな外見であれ、決して戦わないでください。



                【所持武器:紳一(発煙筒、必勝鉢巻き)、真人(パーティーガバメント)】
                【現在位置:漁具倉庫】

                【神楽(No.22)】
                【現在位置:港から廃村へ移動中】




前の話へ 投下順で読む:上へ 次の話へ
043 硝子の心と蛇蠍の心
時系列順で読む
042 朝の陵辱会議

前の登場話へ
登場キャラ
次の登場話へ
初登場
紫堂神楽
049 妖(あやかし)―――日本列島の最先住民族。天孫降臨より史記の始まる本邦において、いないことにされている存在。
神条真人
042 朝の陵辱会議
016 探し物はなんですか? そうですか武器ですか
勝沼紳一