025 少女と星の王子様

025 少女と星の王子様


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(AM1:00)

大通りをしばらく行くと、道のど真ん中に配給された袋が無雑作に投げ出されていた。
「もったいないことするなぁ」翼は罠がかかっている危険性を顧慮することなく中から武器を取り出す。
「大当たりなのに」手に握られているのはスパス12、
イタリアのフランキ社が開発したコンバット・ショットガンである。
そして袋から取り出した水と食料も袋に詰めなおすと、
アイスピックを後のポケットに入れ、ショットガン片手に歩き出した。
そのモデルガンとは明らかに違う質感が、この大会の全てを雄弁に語っているように思えた。
「うーん…女の子はどこにいるのかな。
僕みたいな美男子がこんな素敵な月夜を一人で歩いてるなんて」
しかし、五分と立たないうちにこのような軽口を叩きながら、建物の北にある森へと歩を進めた。





(AM5:30)

「…なんか、さっきから同じところをぐるぐる回っている気がする。」
森に入ってから、かれこれ四時間以上歩いている。今通りすぎた木も先ほど見た覚えがある。
「道に迷っちゃたかな?」
どこを見ても同じような木ばかり生い茂っており、自分がどこにいるのかさえ見当がつかない。
「僕を待っている女の子のためにも急がなくちゃ…」
その時、突然眼前の茂みが動いた。そこには…


「あーあ、あの場所結構気に入ってたのになぁ。あのバカ男がこなけりゃもう少し時間つぶせたのに。
思い出しらまた腹立ってきたわ。」
双葉は胸元に抱える植木鉢に向かって話し掛けている。
事情を知らないものが見たらさぞかし危ないやつに見えたことだろう。
「それにしても大きな森ねぇ。私にとっては好都合だけど…」
そう呟いて茂みをかき分けて進むと、少し開けた場所に出る。
次の瞬間、双葉の背筋が凍りつく。
そこには片手にショットガンを携えた制服姿の少年が立っていた。
(や、やばいわね…)脇腹のあたりを嫌な汗が伝うのが分かる。コクリと喉がなる。
少年が一歩踏み出す。膝が震えて、上手く動けない。
その間にも、少年はどんどん近づいて来る。
今や目の前にまで迫る少年は手にしていたショットガンを放り投げると
双葉の顔を覗き込んだ、満面の笑みを浮かべて。
予想外の行動に唖然とする双葉に少年は明るい声でこう言った。
「ねぇ、君の名前は?僕は…


目の前の茂みが蠢き、植木鉢を抱えた女の子が出てきた。
肉付きの薄い華奢な体つきだが、整った目鼻立ちをしている。
嬉しくなった翼は手にしていた武器をその場に投げ出し、いつもの自己紹介を始めた。

…と呼んでくれていいよ。」いつもの柔和な表情を浮かべて自己紹介を終える。
「あ、あんたバカじゃないの?自分のこと王子様だなんて。」呆気にとられたことへの照れ隠しか、
はたまたその時の顔(さぞかし間抜けな顔をしていただろう)を見られたことへの羞恥心か、いささか語気が荒い。
それに顔が燃えるように熱い。
「何をそんなに怒ってるんだい?可愛らしい顔が台無しだよ。」
さらりとそんなことを言う翼にさらに顔を赤らめて双葉は、
「あんたみたいなやつに褒められたって全然嬉しくなんかないわよ。」
そう言いつつも、まんざらではなさそうだ。
「つれないねぇ」きびすを返し去ろうとする双葉に、翼はため息などついてみる。
そういう翼を尻目に双葉はスタスタと歩き出す。
「まぁ、待ちなよ。助かりたくはないかい?」去りゆく少女に追いすがりながら、そういってみる。
少女は立ち止まる。振り向こうかどうか決めかねているようだ。
「僕なら君の首輪をはずせる。」きっぱりと真剣な表情で翼はそういった。


(こいつ…今なんて言ったの?首輪をはずせるですって?
こんなゲームに参加してやる気はないけど、はずせるのならはずしてもらったほうがいいかも…)
などと考えつつ、首に手をやり首輪に触れる。ヒヤリと冷たい、硬質な手触りが感じられる。
「本当にはずせ…」
そう言いながら後ろを振り向いた瞬間、双葉の目に映ったのはすぐそこまで近づいた少年
、その右手は…腰のあたりから何かを抜こうとしている!?
(だまされた…さっき捨ててた銃は誰かを殺して奪ったんだ…)
死を覚悟し、かたく目を瞑る。
ガクリ、と双葉の膝が落ちた。


(ああ、やっぱり信用するんじゃなかった。
こんな状況でへらへらしてるようなヤツがいるわけないじゃない。
死ぬ前に王子様に会いたかったなぁ…お父様、お母様、若葉、先立つ不幸をお許しください
………それにしてもなかなか意識がなくならないわね。こんなものなのかしら?)
「大…丈…、ねぇ…夫かい?」誰かが肩を揺さぶる。
(私はもう死んでるんだから起き上がれないっての、まったく。
それにしても、お花畑とか大きな光なんて嘘ね。真っ暗だもの。)
なおも、体の振動と呼びかけは止まない。死者に鞭打つものに対して腹が立ってきた。
「うるさいわね!死んでるんだ…か…ら……」目の前で先ほどの少年が笑っている。
「起きあがらないから、手元が狂ったのかと思ったよ」などといっているが、双葉の耳には届かない。
首もとをまさぐると首輪が無くなっている。少年に目を移せば、
相変わらず屈託の無い笑顔を浮かべ、手にはアイスピックを握っている。
どうやらあれで首輪を破壊したらしい、とそこまでは冷静に判断していた。
が、そこでふつふつと怒りが込み上げてきた。
何よりもこの短い期間に二度も勘違いして醜態をさらしたことに腹が立った。
「あんたねぇ、いきなり何すんのよ。死んじゃったかと思ったじゃない!!」
先ほどまでの冷静さが嘘のように、すごい剣幕で翼に詰め寄る。
「首輪をはずしてあげるから、首をアイスピックで突かせてくれるかい
といっても、素直に承知しないだろう?」
「う……」そういわれると双葉は言葉に詰まった。
たしかにそう言われてもにわかには信じられなかっただろうし、
現に首輪は外れているのだ。悔しいけど…
「もういい!!」そう言い捨てて双葉はもと来た道を戻ろうとした。
背後で星川と名乗った少年がショットガンを拾い上げつつ、
深く嘆息するのが聞こえた。


一人になって双葉は考えてみた。
星川と名乗る少年は別にひどいことをしたわけではないこと
(方法にかなり問題はあったけど)
自分が動転してしまったことに対する腹立ちが彼に転嫁されていること
(原因はあいつだけど)
あの少年は命を奪うつもりがなさそうで協力できるかもしれないこと
(利用するかもだけど)
少年が自分のことを王子様と言っていたこと(
たしかに見た目は良かったけど…)
何よりも少なくとも彼はこの状況から一部とはいえ自分を解放してくれたこと
そんなことをつらつらと考えてテクテク歩いていた。
「ねぇ、どう思うこけしぃ?」
傍らの植木鉢に問いかけてみる。
双葉の気持はきまっていた。


「失敗しちゃったかな?うん、次はもっとスマートにやらなくちゃね」
気を取り直して他の女の子を探すべく再び森の中を歩き始める。
「さっきの女の子に道を教えてもらえば良かったかな?」
見上げても夜空すら見えないこの森の中では方角すら知りえない。
「待ちなさいよ」がさがさと背後で音がしたかと思うと、呼びとめられ翼は振り向いた。
少しはにかむようにして先ほどの女の子が立っている。
「あんた、自分の首輪はどうすんのよ?」
「ん…なんとかなるさ。」嘘だ、この首輪は自分でははずせない。
もしはずせるとしたら、それは大勢の人間を殺害し優勝した時だ。
もちろん、そんなことをするつもりは無い。
翼の言葉を聞いて少女は少し思案顔をした。そして再び、桃色の唇から言葉がつむがれる。
「朽木…双葉よ」そっぽを向いてそう言った。
「か、借りもあるし。双葉様が力を貸してあげるわよ。」今度はややうつむいてそう言った。
「ありがとう」双葉に近づき、手を取る。
「一応、首輪…はずしてくれたし、借りを作ったまま死なれたら、寝覚めが悪いからよ…」
と言いつつも差し出された手を握り返してしまう。
「うん、うん、OK、OK。」と嬉しそうに双葉を見て破顔させる。
「道、迷ってたんでしょ。案内してあげる。」と言って歩き出す。彼もそれに従う。
しばらく歩んではたと立ち止まる。
双葉が翼を見つめる。
それに気づいて翼も双葉を見つめる。
二人の時間が止まる。
翼の目に映る双葉の眉がキリリと危険な角度に吊りあがる。

「あんた、いつまで手ぇ握ってんのよ!」



【朽木双葉】      
【位置:東の森北東】
【武器:芥子の花(こけしと命名)、斧】
【スタンス:とりあえず星川の様子を見る】

【星川翼】
【位置:同上】
【武器:アイスピック、ショットガン】
【スタンス:女の子を助ける。】




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