024 硝子のクレア
024 硝子のクレア
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(一日目 04:01)
クレア・バートン(No.33)は一人、島の北端の断崖にいた。
大体スタート地点の分校から真北に森を抜けた所である。
ここに達するまで、彼女はできるだけ「目立つ」ように移動し、
今もこうして遮蔽物の存在しない高地に立っていた。
もし現在が昼間だったならば、クレアの姿は1〜2km先でも確認できたろう。
いや、この闇夜でもアズライトやナミなどの特殊能力保有者(機?)
ならば難無く見える筈だ。
しかし、彼女を狙う者は未だ現れなかった。
「フフ……『いっそ殺して欲しい』って思うと、逆に死ねないものね……」
疲れたようにクレアは笑い、懐の小瓶を取り出した。
掌にすっぽり収まる大きさのその瓶には、とろりとした無色透明の液体が詰まっている。
彼女に支給された武器、毒薬であった。
用法については付属の説明書で既に理解していた。
即効性の強い、少量でも死に到る強力な奴だ。
問題はこれを他人に飲ませるのか―――自分で飲むのか。
クレア・バートンと言う女性は火の属性を持った女である。
日頃は温厚かつ優雅な反面、一度感情が吹き出すと止まらない一面もあった。
故に迷う。狩る側に回るか、この遊戯そのものから脱落するか。
「……フォスター……」
既に幾度となく口にした男の名をもう一度言う。
かの欧州の島国の館にいるであろう、クレアの主人にして恋人の名。
彼ならば、この状況に面したならばどうするだろう?
「……決まってるわね」
我ながら愚問だ。彼ならば―――間違いなく狩る側に回る。
贖罪の言葉と苦渋の表情を浮かべながらも、彼は狩る側に回る。
そうして彼は、今まで不器用にあがいて生きて来た。
そんな所が、彼の魅力の一つであった。
「じゃあ……私は?」
自問する。私に他人を殺す事ができるのか?
参加者の顔を何人か思い出す。
彼らを皆殺しにして―――正気を保てるのか?
否、これは一方的な殺戮ではなく殺し合いだ。
宇宙生物や機械仕掛けのメイドなどが跋扈しているこの島で、クレアの
勝率は極めて低いと言えるのは間違い無い。
むしろ無残に殺されるのは自分の方だろう。
―――ならば今自殺しても変わり無いのではないか?
「……結局、どうどう巡りね……」
思わずクレアは苦笑する。
さっきから同じ思考の回廊をぐるぐる回っているのだ。
せめてもう少し自分が聖者なら、迷わず毒を飲み干すのだろう。
だが、クレアとて此の世に未練はあった。
―――今一度、あの人の許に帰りたい。
心配していたそぶりをわざと隠すあの人に、微笑みつつ言いたい。
「留守にして申し訳ありません、御主人様。朝食はお済みですか?」
するとあの人はいつもの調子で、
「まだだ。早く作ってくれ」
笑い返してそう答えてくれるだろう。
その声が聞きたい。
クレアはエプロンドレスのポケットを探り、一枚の金貨を取り出した。
あの男達が金貨を奪わなかったのはこれを予期していたのだろうか。
「表が出たならこの毒を私が飲む、裏なら……」
細く、白い指がコインを弾く―――
(04:10)
数分後、クレアは断崖を背に一路南に向かって歩き始めていた。
まずは誰かと合流し、親しくならねばならないだろう。
それからじっくりと混入するタイミングを計ればいい。
相手が好色ならばなお好都合だ。飲ませる方法は幾らでもある。
聖書が袋に入っていない事が悔やまれる、贖罪の言葉は上手く言えないかもしれない。
裏を示した金貨を握り締め、クレアは呟いた。
「フォスター……私を守ってとは言わないわ……。
私の……邪魔な優しさを少し預かっていて……」
クレア・バートン、彼女の目にはもはや迷いは無かった。
【クレア・バートン:No.33】
【所持武器:毒薬(および自分の運命を決める銀貨)】
【現在位置:島北端の断崖】
【スタンス:皆殺し・正気・表面上は友好的】
【能力制限:無し】