031 サイボーグ戦士、誰が為に戦う
031 サイボーグ戦士、誰が為に戦う
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(一日目 4:10)
アインの後方から、目の前の老人に向けて銃弾が放たれ、
撃った男が自分の通り名を叫んでから、きっかりコンマ5秒。
撃たれた男が肩口を押さえて後ろ向けにのけぞり、
その連れの軍服の老人が見たことももない銃を反射的に構える。
アインは、状況を冷静に判断して、目の前の2人との関係の修復は
困難であると結論づけた。
罠に嵌った。それは仕方がない。ならば、現状を打開すべし。
ここまでを咄嗟に判断すると、落としたスペツナズ・ナイフを拾い上げ、
前方に跳躍する。
相手の武器は銃。ならば、距離を詰めるしかない。
一撃で首根っこを掻き切れば、こちらの勝ちだ。
エーリヒは、心の中で舌打ちしつつ、仲間の魔屈堂を守る為に手元の銃を
構えざるの得なかった。
後ろから射撃した男が、目の前の少女を罠にかけた。
それは、少女が後方ではなく前方に跳躍した時点でわかった。
しかし、こうなってはもはや、互いの関係を修復することは困難だ。
であれば、殺すしかない。
エーリヒは、手元の銃の原理はわかっていなかった。
だが、その性能だけは信じるに足るものだと思っていた。
このの銃を魔屈堂の目の前で試射したところ、何の反動も音もせず、
目の前がチカっと光り、次いで標的とした木に親指の先くらいの穴が開いた。
何かがこの銃の先端から発射され、木を貫通したのだ。
だが、それが何であるのか、エーリヒにはさっぱりわからない。
魔屈堂はそれをレーザーガンであると結論づけた。
レーザーガンがどういったものであるか、エーリヒも知ってはいた。
キャプテン・フューチャーのようなパルプ・フィクションのヒーローが使う、
空想上の兵器だ。
だが魔屈堂は、自分の生きていた時代にはレーザーガンが実用化されている、
と自信を持っていった。
ならばそうなのだろう、とエーリヒは思った。
もっとも魔屈堂が、自分が生きていた世界についてもうちょっと詳しく説明すれば、
エーリヒも考えを変えたかもしれない。
巨大ロボットを操縦するヒーローがいて、宇宙から攻めてくる異星人がいる、
まさしく出来の悪いパルプ・フィクションの世界。
それこそが、魔屈堂の住んでいた世界なのだから。
そんなことは知らないからこそ、エーリヒは自信を持ってレーザーガンの性能を信じた。
目覚めて、おろおろしている少女を射線から外しつつ、引き金に手をかける。
しかし、その銃口から必殺のレーザーは発射されなかった。
いつの間にか起き上がった魔屈堂が、エーリヒの右腕をつかんでいたからである。
魔屈堂は、現場で動く者たちの誰も知らない、知るはずもない能力を保有していた。
彼は、今こそその力を使うべきだと判断する。
自分が撃たれたことにより、取り返しのつかない誤解が生じている。それは、
後ろに倒れながらも悟っていた。
ならば、ヒーローとしてやるべきことはひとつ。双方を和解させるのだ。
焼けつくような左肩をかばいながら、奥歯に力を入れる。
カチッ、と装置にスイッチが入った。
急に周囲が、自分以外の全員がスローモーションのように動きを遅くする。
いや、魔屈堂の動きが、認識速度が、とてつもなく速くなっただけである。
加速装置。それが、魔屈堂の秘密兵器だった。
サイボーグ戦士に憧れ、正義のバッタ型改造人間に憧れたオタクが辿りついた、
人体改造の究極である。
加速装置を発動させた魔屈堂は、左肩の痛みを極力無視して、
左腕でエーリヒの右腕をつかむ。
そのままの勢いでエーリヒとアインの間に滑り込み、紙一重、
ナイフがエーリヒの喉笛に到達する直前に右腕で、アインのナイフを持つ腕をがっしりと受け止めた。
「なっ」
「お前!」
両者、共に驚愕の声を上げる。
2人に、そして傍から見ていた遥にとっては、一瞬魔屈堂が消えたように見えたことだろう。
魔屈堂は、一流の暗殺者すら目で追いきれぬ、気配さえ感じられぬスピードで動いた。
だが、そうと気づくには、皆己の常識に頼りすぎていた。
「……ぶ風がよく似合うぅ」
呟くような、声。
まだお互いに攻撃態勢を解いていない2人の間で、呟く声。
「…人の戦士と、人のいうぅ」
魔屈堂が、歌っていた。
「だが我々は、愛のため。戦い忘れたぁ人のためぇ」
ただ一人朗々と、歌い上げていた。
「涙で渡る血の大ー河。夢みて走る死の荒ー野」
魔屈堂は、キッと2人を睨みつけると、身体を引く。
「さあ」
そういって、呆然とする遥の方を向き、ニヤっと白い歯を見せた。
「え、え」
遥は、その魔屈堂のスマイルが、自分に向けたサインだと勘違いした。
実際のところ、魔屈堂はただ「画面に向かってポーズを取った」だけであり、
端的にいうならばカッコつけてみただけにすぎない。
だが遥にはアニメーションやコミックのお約束など知らなかった。
ましてや、それをリアルで実行する人間がいようとは、想像の外だった。
「え、えと、その」
だから、遥はこう思ったのだ。
次は、自分が何か歌え。あの老人は、そういっているのだと。
慌てた。もとより、人見知りが激しく、童話が好きな以外に何の取り柄もない少女である。
国語の授業が頭の中を駆け巡る。
昔、恋文として和歌を送られた女性は、下の句を返歌として文を返したという。
いや、それは何の関係もない。今老人が歌っていた歌は、アニメか何かの歌だ。
「ぽ、ぽ」
「ぽ?」
おうむ返しに、魔屈堂が尋ねる。
カッと身体中が火照った。
「ぽっぽっぽー、はとぽっぽー」
遥は、歌った。力強く、朗々と。
「まーめが欲しいかそらやるぞー」
ゆっくりと、力一杯。お腹に力を入れて、肺から空気を搾り出すようにして。
歌い終わって、改めて冷静にまわりを観察すると、全員が武器を下ろしていた。
「え、えと。次、おじさんです」
「わ、ワシか?」
遥に指名されて、慌てるエーリヒ。
そのとき、ドサっと音がして、傍らの魔屈堂が今度こそ床に倒れ伏した。
「い、いけない。血、血、ほーたい!」
一旦は落ちついた場が、再び騒がしくなった。
(一日目 4:30)
もとよりそれが利点でこの場に立て篭もることを選んだとはいえ、
ここが病院であるのは僥倖という他ない。
「よし、銃弾は上手く貫通している。止血はした。あとはしばらく休んでいれば大丈夫だろう」
そういって、魔屈堂の包帯を巻き終わったアインは、エーリヒと遥に向き直った。
エーリヒも軍人としてそれなりの治療訓練は受けていたが、現代医療には無知であった。
そういうわけで、魔屈堂の治療はアインが行うことになったのだ。
「よかったぁ」
「それと、お前」
アインは、遥に向き直って事務的な口調で告げる。
「パンツの換えだ。履き替えて来た方がいいと思う」
「え、え」
遥は、先ほど失禁したまま、すっかり忘れていたことに気づいた。
【グループ:アイン、遥、魔屈堂、エーリヒ】
【所持武器:アイン(スペツナズ・ナイフ)、遥(不明)、
魔屈堂(チョーク)、エーリヒ(レーザーガン)】
【現在位置:病院】
【スタンス:状況を把握し、資材を収集し、人命救助及び
可能ならば主催者を打倒する】