021 グレン様【夢の中〜目覚める〜浮かれる〜出撃する】

021 グレン様【夢の中〜目覚める〜浮かれる〜出撃する】


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夢の中

それは、盛大なパレードだった。
人々は各々満面の笑みを浮かべ、口々にその男の名を呼んでいる。
その男が乗るパレード車にはでかでかと『万歳!神民皇帝誕生!』
と書かれた垂れ幕がいくつも貼られていた。
男はゆっくりと周りを見渡す。
称えたまえ。もっと私を称えたまえ。
この腐敗した世界に降り立った、神たるこの私を。
ここまで、様々な苦難があった。何度も死の危機に瀕した。
だがしかし、私は全てを乗り越えたのだ。
奇跡。
これを奇跡と呼ばずなんといおうか。
その体現者たる私を、この肉体を、支配されることでしか安堵できぬ愚民達よ、もっと称えるがいい!
彼の名を呼ぶ歓喜の声は次第に熱狂的な怒号へと変わっていく。
もっと。もっとだ。もぉぉぉぉぉぉぉぉっっっとととおおおおおだ!!!
私の偉大な名を!もっと!叫びたまえ!

「グレン様!グレン様!グレン様!」

「あいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」





目覚める

(一日目 0:00)

ヴウウーーーーーーンンンーーーーーーンンン…………
突然鳴り響いた鐘の音で、グレン・コリンズ(No.26)は目を覚ました。
はて?パレードに酔いしれすぎたせいで、居眠りでもしてしまったか?
ゆっくりと辺りを見回す。
そこには、雑多な人間達が40人ほど身を横たえ、今の鐘の音で自分と同じく何人かは目を覚まそうとしていた。
頭の中に疑問が巻き起こっていく。
私は、なぜこのような場所にいる?
この者達は、何者だ?こんな薄汚いところで、私の生還パーティでもしてくれるというのか?
それにしては、不可解な面子だった。
少女、少年、汚らしいオッサンから中世の貴族が着るような衣服を身にまとった者、
果てはプロレスラーがつけるような虎のマスクをかぶっている者までいる。
ゆっくりと、だが確実に記憶が蘇ってくる。
月からやっとの思いで『グレン・スペリオル・V3』で脱出し、大気圏を突破して地球の海に不時着した。
残りの燃料で陸地にたどり着いたは良かったが、そこは建造物はあれど無人島。
しょうがなく泳いで海を渡ることにし、 途中漁師に蛸と間違われて捕獲されそうになったりはしたが、
何とか人気のありそうな港にたどり着いたのだ。
それから・・・それから?
そこからの記憶が全くなかった。まるでぽっかりと空いた火山の噴火口のように、記憶が抜け落ちてしまっている。
ただ一つ覚えているのは、何者かに頭部を鈍器のような物で殴打されたということだった。
その時、部屋の一角からパチパチと拍手の音が聞こえた。
無駄に豪奢な椅子に腰掛けた男が皆を見渡している(本来ああいう椅子はこの私が座るものだ)。
あの男がパーティの主催者だろうか?
「お前達にはこれから殺し合いをしてもらう」
瞬間、グレンは自分の耳を疑った。
何?今なんと言った、この男は?
殺し合い・・・だと?
蕩々と男の説明は続く。
つまり、この無人島で、一人になるまで殺し合い――デスゲームをしろというのだ。
そして、その優勝者は男の仲間になれる。
こんな馬鹿な話があっていいものだろうか。
無理矢理拉致されたことや、殺し合いをさせられることに怒りを覚えたのではない。
下等で醜悪で卑猥で矮小で救いようのない人間ごときが、私に仲間になれとはいかなる了見だ。
無能な下等生物は、私に支配されてこそ初めて『神民』となれる。
このような輩に言われる筋合いはなかった。
一言苦言を弄そうとしたとき、急に虎男(虎のマスクをかぶった男をグレンはこう呼ぶことにした)が一喝して男に挑みかかった。
フン・・・やはり人間とは醜いものだな。
何でも暴力で解決しようとする。やはり私に支配されなくては。
そんなことを考えながら、グレンは虎男に期待してもいた。
この虎男があの尊大な男を倒してくれれば、無駄な事をしなくてすむ。
しかし、彼の甘い期待は一瞬でうち砕かれた。
虎男は凄まじい勢いで壁に叩きつけられ、即死したようだった。しかも、どういう方法でやられたかもまったく分からずに。
「あぎゃーーー!」
ついでに、壁際にいたグレンは瓦礫に押し潰されてしまった。






浮かれる

(一日目 0:42)

次々と参加者の名前が呼び上げられていく。
ある者は苦悶の表情を浮かべ、またある者は思案気な顔つきで出ていく。
そしてとうとう26番、グレンの名が呼ばれた。
だが、彼はいまだに瓦礫の下だった。
先程からずっと助けの声を出しているのだが、参加者達はまったく気づかない。
まったく、無粋な者達だ。
「26番、グレン。どうした、早くしろ、グレン・コリンズ」
早くしろ、と言われても。
まったく身動きがとれなかった。
「何をしている」
例の、椅子に座った男がゆらりと立ち上がった。
コツコツコツ、と靴音を立てながらゆっくりとグレンに近づいてくる。
「何をしていると聞いているのだ、グレン・コリンズ」
屈みながら、抑揚のない声で男は話しかけてきた。
「い、いや・・・見たら分かると思うがね、出られないんだ、助けてくれないか」
「・・・フン」
男は乱暴にグレンの頭を鷲掴みにすると、一気に引っこ抜いた。
「きぃぃひぇぇぇぇぇぇ!も、もっと丁寧にしてくれたまえ!高貴な私の体が・・・」
グレンの体を初めて目の当たりにし、参加者達は一斉に息をのんだ。
部屋は薄暗く、彼は壁際にいたので、誰もよくよくその『異形』を見ていなかったからだ
(タイガージョーが吹き飛ばされたときは既に瓦礫の下だった)。
グレンの首から下は、何もなかった。ただ、ぬらぬらと黒光りする五本の触手を除いて。
「早く行け。グレン・コリンズ。貴様の番だ」
「わわわ分かったから、その手を離したまえ!助けてくれた礼はしよう、
しかしこのままでは動くに動けぬ!まずはその手を・・・」
フン、と鼻を鳴らしながら男は手の力を緩めた。


ようやく、自由に動けるようになったのだ。
異常な事態の中で、心の中に爽快感が吹き荒れる。
この呑気さとポジティブシンキングな思考が彼を彼たらしめるものだ。
それに何より、この部屋から出られる。薄暗く、陰気くさい場所にいるのは苦痛だった。
センスの最悪なディパックを触手の一本で取り(以外に軽かった)、部屋の出口に向かう。
「待て」
男が、また例の抑揚のない声でグレンを呼び止める。
「な、何かね?」
男は顔をグレンの耳元に寄せると、ゆっくりと言った。
「頑張れよ、グレン・コリンズ。貴様には期待している」
「な・・・」
期待している・・・だと?この私に?
それは・・・つまり・・・私がこの殺戮ゲームの「優勝候補」だということか?
さらに心の中に爽快感が吹き荒れる。
そうだ。やはり私は、この世界の王になるべき人間なのだ。
このゲームに勝つことが、その第一歩になりはしないだろうか?
「ふ・・・ははは、任せたまえ、君ぃ!私を誰だと思っているのかね?
陸島万物、森羅万象全ての生物ピラミットの頂点に立つ男、それがこの私、グレン・コリンズなのだからな!」
さあ、行くぞ、グレン・コリンズ!これは聖戦である。
まさしく、極上の戦争だ。これを勝ち抜けるのは、私をおいて他に無し!
浮かれ気分のグレンの耳には、その後男がぼそりと放った一言は、耳に入らなかった。
「せいぜい踊れよ、グレン。貴様は我々のいい研究材料なのだからな」






出撃する

(一日目 0:44)

「あう。あう。あう。あう。あう。あう」
単純明快なグレンはしかし、落ち込むのも早かった。
意気揚々と部屋を出たのは良かったが、ディパックの中に入っていた武器――大阪名物ハリセンチョップを
見たときは、さすがに落ち込んでしまった。
こんな武器で、どう戦えというのだ・・・相手がもし、もしも、マシンガンやロケットランチャー等の
物騒な武器を持っていた場合、何の役にも立たないではないか。
月の薄明かりが射す校舎の廊下を、とぼとぼと・・・いや、ぬめぬめと歩いていく。
ハリセンで戦って勝つことは、この神民皇帝グレン様にとっても、かなり難しいことに思われた。
ならば、取るべき手段は三つ。
まずは一つ目。誰かを倒し、武器を入手する。
しかし、これは・・・ハリセンでは無理だろう。第一、徒手空拳で戦っても、この高貴な肉体でどこまでやれるのか?
ならば二つ目。誰かを仲間にする。
あの部屋での愚民共の反応を見るに、これも机上の空論にしか思えなかった。
愚かな人民では、この肉体の素晴らしさ、得難さが分からないのだ。
最後に残る手段――それは。
この島からの『脱出』。
だが・・・グレンはそっと触手の一本で、首にぎっちりと食い込んだまるで犬にでもつけるような首輪に
そっと触れた(これではまるで飼い犬だ、ええい)。
この首輪がある限り、脱出も容易ではないだろう。
まさに、八方塞がり。打つ手なし。
絶望がグレンの心の中を支配しようとしていた。
ふと、校舎の窓から月を見上げてみる。
煌々と輝くその美しさは、どんな夜でも絶景だった。
あそこにいた方が、まだマシだったのではないか。
思えば、グレン様奇跡のストーリーの第一幕は、あそこで上がった。
月面遺跡での地球外生命体との接触。融合。半壊寸前の月基地からの華麗なる脱出劇・・・幾多の奇跡を
自分は起こしてきたのに、ああ、なぜまたこのような試練に私は晒されなければならないのだ。
「なぜ私ばかり、こんな目に・・・」
呟きとも独り言とも取れる声を出し、またぬめぬめと出口に向かって緑光色のタイル張りの廊下を歩いていく。


その時。
――違和感。
しこりのような、拭えない違和感がむくむくと鎌首をあげていく。
何かがおかしい。なんだ、なんなのだ・・・。
再び窓から月を見上げる。
しかし、何も代わり映えはしない。月はその滅びの時を迎えるまで、いつまでもあのように美しく輝くのだろう。
違う、違う。ならば、なんだ?
月の下側に目を移す。
うっそうと生い茂る木々に邪魔され、幾分視界が悪かったが、島の東端に位置する灯台をグレンは訝しげに見つめた。
私はあの灯台を・・・見たことがある。
そうだ、間違いない。頂上に据え付けられたあの独特な風見鶏。今にも崩れそうな、クリーム色の外壁。
どこだ。私はあれをどこで見たのだ。
思い出せ。グレン、お前はいつでも困難な状況を打破してきたではないか。思い出せ・・・!
瞬間、頭の中に電球が灯った(彼は何かを思いつくと、頭の横に電球が灯る)。
『グレン・スペリオル・V3』の残り少ない燃料で漂着した無人島・・・間違いない。
あの灯台はそこにあった物と同じだ。
つまり、私は再びあの無人島に連れ戻されたというわけか。
せっかく苦労して脱出した場所にこんな形でまた来るなどとは思いもしなかったし、それは怒るべき事であった。
そんな事よりも。
私が『グレン・スペリオル・V3』を乗り捨てたのはどこだった?
ディパックの中から島の地図を取りだし、眺める。
島の南東には、海岸沿いに砂浜が広がっている。
ここだ。ここに私は『グレン・スペリオル・V3』を乗り捨てたのだ。
そこでまた、彼のポジティブセンスが復活した。
一度来た場所でこのゲームが開催されるのは偶然か故意かは分からない。
しかし、自分にとっては有利な展開に他ならないだろう。
もし、『グレン・スペリオル・V3』を動かすことができたら・・・。


この首輪は、どこまで有効なのだ?対流圏か?成層圏か?中間圏か?それとも・・・宇宙まで?
まさか。
主催者側も、まさか宇宙までこの首輪の有効範囲を決めてはいないだろう。
せいぜい、島の周り、高度においても上空二〜三百メートル程度ではないだろうか?
『グレン・スペリオル・V3』が撤廃されている可能性もある。
しかしあれは、せいぜい小型自動車並みの大きさだし、中に人が入れるようには設計していない。
中途半端な大きさのロケットなど主催者側は気にも止めていないだろう、粗大ゴミ程度にしか。
だが、私は・・・宇宙でも生身で生きていれる(何せ、半人間半宇宙人だ)。
難しいことは分かっている。
燃料は確かもうほとんど残っていないはずだし、入射角が少しでもずれれば、一巻の終わりだ。
それこそ、奇跡でも起きない限りは。
だが、このグレン・コリンズは幾たびも奇跡を巻き起こしてきた。
今回だって、神と見紛おうばかりの奇跡を演出してみせる。
絶望の中、人を人たらしめるのは希望だ(グレンの場合は、神を神たらしめるもの、か)。
自分には今、それがある。
脱出という、希望が。
そうと決まれば話は早い。
まずは海岸に行き、『グレン・スペリオル・V3』を確保しなければ。
しかし、その途上、もし敵に出会ったら?
彼の心配事はその一点だった。仲間が欲しい。弾よけにするための、仲間を。


ふと校舎の入り口を見ると、一人の少女がすやすやと眠っていた。
こんな異常事態の中、余程の強心臓だ。
なかなか可愛い少女である。A・B・Cで区分けすれば、Aランクには入るだろう。
ふむ。もしうまくいけば、弾よけにできる上、『お楽しみ』を味わえるかもしれない。
しかし、驚かしてしまっては意味がない。
ここはグレン様特有の安らぎの笑顔を浮かべながら話しかけなければ。
「ふはははははははははは!そこのレディー!この私、グレン・コリンズ様と一緒に・・・」
少女はまったくと言っていいほど起きる気配はなかった。
「あのう・・・お嬢さん?」
起きない。
「もしもし・・・これ、目を覚まさんか・・・」
起きない。短気なグレンは、切れた。
「こ・・・小娘ぇ!この最も高貴な私を無視し、居眠りを続けるとは!ただの猿の出来損ないの分際でぇぇぇ!
この私がいかに優れた存在か、その体にとくと味わらせてやる!あんぎゃああああああああ!」
グレンは少女に向かって一気に間合いを詰めた。
あと一歩(一触手?)、少女に触れられるというところで・・・校舎出口、左側から別の少女が飛び出してきた。
手には――ナイフを握っている!
目にもとまらぬ早業とは、この事をいうのだろう。
彼女はグレンの触手のうち、一本の先端を切断した。
「ぎ・・・ぎにゃーーーー!小娘共がぁぁぁぁぁぁ!許さんぞ!修正してくれるわぁぁぁぁぁ!」
グレンは触手の一本をその少女に叩きつける。
しかしあえなく、それも切り落とされてしまった。
「うげぇ!あいーーーーーーーーーー!わたわた私が、何をしたというのだぁぁぁぁぁぁぁ!」
ナイフの少女は、眠っていた方の少女を軽々と抱え上げると、あっという間に走り去ってしまった。
ついてない。誤解が積み重なって、貧乏くじを引いてしまった。
「な、なぜ私ばかりがこんな目にぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
グレンの絶叫が、むなしく校舎に響いた。



                      【No.26 グレン・コリンズ】
                      【所持武器:大阪名物ハリセンチョップ】
                      【現在位置:校舎出口】
                      【スタンス:ロケットによる脱出】
                      【能力制限:突発的にパワーアップ、だがあまり意味はない】




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