007 眠り姫と暗殺者
007 眠り姫と暗殺者
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(一日目 1:52)
廃村 病院跡
何故こんな状態になったのだろう?
洗面器の水にタオルを濡らしつつ、アインは考えた。
彼女の横、診察用のベッドには一人の少女――と言ってもアインよりは年上だが――
が寝かされている。
涼宮 遙―――アインが確認した中では最弱と呼べる参加者だ。
何故―――私は助けてしまったのか?
再び彼女は同じ質問を自分に問いかけ、つい数十分前の事を振り返っていた。
(0:46)
アインの前に、遙が倒れている。
死んではいない―――眠っているのだ。
正直、判断に苦しむ状況であった。
後続を早期に仕留める為に自分が戻ってきた時には、彼女は眠っていたのだから。
無論アインは遙が外見以上に年上の、いわゆる成人である事も知らなければ、
彼女が最近になって三年間に渡る昏睡状態から回復したばかりである事も知らない。
何にせよ、絶好の好機である筈であった。
「……………」
無言でアインは配給された武器―――刃渡り20p程のナイフを手に取った。
旧ソ連特殊部隊仕様スペツナズ・ナイフ。必要とあらば手元のスイッチで刃を射出
する事も可能、白兵・奇襲どちらにも使える、彼女にとっては大当たりの得物だ。
すやすやと眠る遙の顔をアインは再度見つめる。
微かな記憶に残る、童話「眠れる森の美女」とはこの様な寝顔だったのだろうか。
「……大丈夫……痛みを感じる事無く、死なせてあげるわ……」
僅かに芽生えてしまった感傷を必死に殺しつつ、アインはナイフを振るい―――
彼女の背後に迫っていた、触手を切り落とした。
「………!?」
校舎入り口、そこから這い出る触手達。
更にその奥からは高笑いのような叫びが聞こえてくる。
「クッ……!」
自分が判断に時間を掛け過ぎた事を悔やみつつ、アインは自分に向かう触手を切断する。
相手の能力が未知数である場合、撤退せよ。
訓練で叩き込まれた戦略が、今度は迅速に判断を下す。
とっさにアインは傍らの遙の体を軽々と持ち上げると、森の中へ逃げ込む。
触手が触れた所が、少しひりひりと痛んだ。
―――何故、私は彼女を助けてしまったのか?
それは、ここに辿り着いてからアインが幾度と無く自問してきた事だった。
このゲームが絶対的強制力によって管理される以上、感傷・同情は致命的の筈だ。
幾度と無く死線を潜ってきたアインの本能はそう告げている。
では何故?
「んっ……うぅん……」
その時、遙が少し苦しそうな声を挙げた。近づき様子を見る。
「……凄い寝汗ね……」
やむなくアインは遙の服をはだけさせ、寝汗を拭う。
「………?」
ふと、彼女の服のポケットから一枚の写真が落ちた。拾い上げて、月の光に照らす。
三年前の日付の写真であった。少し恥ずかしげな遙。その横の活発そうな友人。
―――後ろの二人の少年はボーイフレンドだろうか?
アインが生きていた世界の中では絶対に存在しない「日常」がそこにはあった。
「………ああ、そうなのね」
アインの口元に、自嘲にも似た笑みが浮かぶ。
なんのことは無い理由だった。私は―――彼女に憧れてしまったのだ。
彼女は目覚めれば、やはりこの状況に怯え、恐怖するのだろう。
―――それすらも、アインにとっては決して手に入らない感情だったのだから。
「とりあえず、守る……後の事は……」
戦闘を司る本能が懸命に遙の抹殺を指令するのを、アインは無視しつつ呟いた。
「後になってから―――考えるしか、ないわ」