022 守りたいもの、ありますか?

022 守りたいもの、ありますか?


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恭也

(一日目 0:10)

 高町恭也(8番)は驚愕していた。
(何だったんだ? あの男の動きは)
 もともと彼はこんな馬鹿げた殺し合いなどするつもりはなかった。
 ルール説明が終わった後、虎の覆面を被った男が主催者に刃向おうとした時には、援護しようとしたくらいだ。
 だが、男はその場を一歩も動かずに、必殺技らしきものを放とうとしていた虎男を壁にふっ飛ばして絶命させた。
 小太刀二刀・御神流と呼ばれる武術の心得がある恭也だったが、男の動きを捉える事は全くできなかった。
 まるで、一瞬男以外の時間が止まったようだった。もちろんそんなことはありえないが。
 他の参加者をそれとなく観察しながら、恭也は全員助かる方法を模索する。
(俺一人で奴に刃向かってもまず殺られる。だが、この状況下で協力者を探すのはかなり難しい。八方塞がりだな)

「8番どうした! 高町恭也。早く出ろ」
 ふと恭也は自分が呼ばれているのに気がついた。
 どうやら考え込んでいて、自分が呼ばれたのに気付いていなかったらしい。
 恭也は少し慌てて立ち上がると、無造作にバッグを手に取り部屋から出た。
 廊下に出ると、校舎の出口へと歩きながらバッグの中身を確かめる。
 中身は………消毒薬・抗生物質・包帯・絆創膏などが入ったポーチだった。

(救急医療セットって感じだな。殺し合いに乗るつもりのない俺にはピッタリだ、はは)
 恭也は少々乾いた笑みをもらす。
 確かに殺し合いに乗るつもりはなかったが、だからといって全くの丸腰という状況は望んでいなかった。
 彼の見たところでは、参加者の中にはかなりの手練が何人かいるようだった。
 そんな相手と遭遇した場合、武器なしで立ち向かうのはかなり不利だろう。
 それに、膝の古傷のこともあり長時間の戦闘は無理だ。
 学校を出てすぐに森の入り口に隠れて、闘いに慣れていない一般人を保護するつもりだったのだが、
支給品が武器でないとなると、一般人どころか自分の身さえ守れるかどうか微妙だ。
(仕方ない、どこかで武器になりそうなものを探すしかないな)
 恭也は学校を出ると、森の中へと入っていった。




(一日目 1:44)

(約1時間半経過。そろそろ休息を取るべきだな)
 学校を出てからずっと森の中を走っていた恭也は、腕時計を見て足を止めた。
 当然、足に負担を掛け過ぎないようペースは調整していた。
(ここまで誰とも会わなかったな。ツいているのか?。……いや、本当にツいていれば、武器が支給されてるか)
 周囲を観察する。森の外れまで来たらしく、すぐ近くに山が見える。
(夜が明けるまでは木の上で気配を消して寝ておくか)
 本当は今この瞬間にも起こっているかもしれない無益な殺し合いを止めたいのだが、武器になりそうなものは見つからず今の自分は無力だ。
 焦っても仕方がないと、無理矢理自分を納得させて恭也は休んでおくことにした。
(山で夜を明かす…か。状況はかなり違うけど、稲神山で美由希と鍛錬していたのを思い出すな。はは)
 妹である美由希のことを思い出しながら、恭也は浅い眠りに落ちていった。






秋穂

(一日目 3:07)

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 篠原秋穂(31番)は走り疲れていた。学校らしき建物を出てから森の中を闇雲に走り続けること約2時間。
 とある企業の総務部人事課で毎日コピー取りとお茶くみに追われ、普段あまり運動する機会がない秋穂にとってはかなりの運動量だ。
 体力は既に限界に近い。
「はぁ、はぁ……もうこれ以上走るのは無理だわ。どこか簡単に見つからない安全な場所は…」
 秋穂は立ち止まって周囲を見渡す。
 目の前には小高い山が見える。どうやら森の外れまで来たらしい。
「ふぅ……確か建物を出た時には遠くに見えてた山がすぐ近くに……こんなに運動したのはて久しぶりね。
 いきなり殺し合いさせられるのはムカつくけど、全力でマラソンする機会を与えてくれたのには感謝してもいいかも。
 10kgくらい痩せたかしら?」
 疑問形だが、もちろん返答など期待していない。
 ともすれば恐怖に壊れそうな心を安定させるため、意識して軽口を叩いているだけだ。
 だが、意外なことに返事があった。

「ぷっ、はははっ、そうですね。10kgくらい痩せてるかもしれませんよ」
 秋穂が声のした方へ振り向くと、木の上から高校生くらいの少年が地面に降り立った。
「…一応訊いておくわ。あなたはこのくだらない殺し合いに乗るの?」
 支給されたバッグに入っていた小太刀を咄嗟に構えながら秋穂は少年に問う。
 秋穂に殺し合いをする気は全くない。脅して追っ払うつもりでいた。できるかどうかは分からないが。
「奇遇ですね。俺も殺し合いなんて馬鹿げてると思っているんですよ」
「え! 嘘でしょ」
 当然、秋穂は肯定の返事が来ると思っていた。
 いや、返事もせずにいきなり自分を殺そうとすることもありえるとさえ思っていた。
 まさか少年が自分と同じように考えているとは思いもしなかったので、秋穂は言葉が出てこない。
「…そんなに驚くことですか?」
 少年は秋穂の驚きようを見て、心外そうな顔をする。
 もちろん、これはただの演技で秋穂が油断して隙を見せたところで殺すつもりなのかもしれない。
 だが、秋穂は少年の澄んだ目を信じてみることにした。
「ご、ごめんなさい。最近の若者ってすぐにキれる暴力的なのが多いと思っていたから」
「まあ、それは否定できませんけど」
 苦笑する少年。
「あ、俺は高町恭也といいます。私立風芽丘高校の3年で、小太刀二刀・御神流という流派の師範代でもあります」
「ふーん、小太刀二刀流……師範代……ね」
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもないわ。私も自己紹介しておくわね。篠原秋穂。毎日コピー取りとお茶くみに追われるしがないOLよ」
「あ、そうなんですか」
「ええ。私は営業にがやりたいんだけどね」
「なるほど」
 殺し合うのが当たり前な状況下にも関わらず、二人は世間話をしていた。





恭也

(一日目 3:12)

 浅い眠りについていた恭也は、接近してくる足音にすぐに気付いて目を覚ました。
 足音は1つ。誰かに追われている様子はなさそうだ。
 音のする方角をしばらく見ていると、足音の主が姿を現した。女性だ。
 その女性は、恭也のいる木の近くで立ち止まると、独り言を言い始めた。
(壊れた? いや、違うか。理性を保つためにわざとやってるのか?)
 静観していた恭也だが、女性の「10kgくらい痩せたかしら?」という発言に思わず笑って返事をしてしまう。
 そして、恭也は地面に降り立ち……

「ところで、殺し合いに乗るつもりがないなら、あなたはどうするつもりなの?」

 ふと会話が途切れ、秋穂に姿を見せた経緯を思い返していた恭也は、質問されて我に帰った。
「俺は力無き人を守リたいと思ってます」
「ふぅん。でも、見たところ何も武器持ってないんじゃない?」
「今は丸腰だから、重武装した殺人鬼相手は少々荷が重いですけど」
 苦笑する恭也。ふと、いつもより自分が饒舌なことに気付く。
 自分はどうして大して警戒せずに彼女に姿を見せたのだろうか?
 異常な状況下にも関わらず、最初に遭遇した相手が冷静に会話できる女性だったので、
ゲーム開始以来張り詰めていた緊張が解けたのかもしれない。
(油断は禁物だ。気を引き締めないと。でも、何だか彼女とは話し易いな。
 …少し月村と似てるのかもしれない。髪の色も同じ紫だし。)
 恭也は、クラスメイトの大人びた、でも子供っぽいところもある月村忍のことを思い出した。
 それをきっかけに妹の美由希となのは、母の桃子。フィアッセ、レン、晶、那美……知人たちの顔が思い浮かぶ。
(俺はあの日常に帰れるんだろうか?……いや、弱気になってちゃダメだ。俺は必ず帰ってやる)

「どうしたの? 急に黙っちゃって」
「いえ、ちょっと家族とかのことを思い出して…」
「そっか。……そういえば、恭也君は礼儀正しいわね」
「そうですか?」
「ええ。肇みたいに初対面から馴れ馴れしくないし」
「…その人は秋穂さんの恋人ですか?」
「んー、まあそんなもんかな。実際に会った事は無いけど」
「実際に会った事がない? ネットで知り合ったとかですか?」
「違うわ。五月倶楽部でよ」
「メイクラブ? 何ですか、それ」
「知らないの!?」
「…はい」
「どこの街にもあるはずよ。本当に知らない!?」
「俺の住む街には無かったような…それに全く聞いたことないです。
 印象的な名前だから一度聞いたら覚えてると思うんですけど…」






秋穂

(一日目 3:24)

 秋穂は信じられないといった顔で恭也のことを見る。
「本当に知らないの?
 実際の街そっくりに作ってある仮想世界―ヴァーチャルスペース―で、容姿や服装が正確に再現されてて。
 視覚や聴覚はおろか物の感触もフィードバックされてて…」
「…ヴァーチャルリアリティってやつですか? 俺、コンピュータにあまり詳しくないんですけど、
 でも、そんな技術が実現されたって話は聞いたことないです」
「何言ってるのよ。実現されてるに決まってるじゃない!
 超リアルな仮想現実で主にカップルの出会いの場として利用されてて…」

 今の秋穂にとって、五月倶楽部での工藤肇とのデートの記憶は心の拠り所になっていた。
 それを恭也に否定されて、彼女は必死に五月倶楽部について説明する。
 だが、恭也は…
「……もしかしたら」
「何?」
「もしかしたら、俺と秋穂さんは違う世界の人間なのかもしれない」
「はぁ? 何言ってるのよ。そんなことあるわけないでしょ!」
「参加者の中に、緑色の鎧に赤いマントを身につけた、まるでファンタジーの世界から抜け出てきたような男性がいたのを覚えてますか?」
「ああ、確かいたわね。そんな変な奴が。不敵な顔して殺る気満々だったわね。全くどういう神経してるんだか」
「もし、あの男性が本当に剣と魔法の世界から来たんだしたら…」
 突然恭也に突拍子も無いことを言われて、秋穂は目を白黒させる。
「そんなことあるわけないじゃない」
「そうでしょうか? でも、もしそうだとすれば説明がつくこともあります」
「何がよ?」
「あの男が虎男を倒した方法です」
「あの男ってのはえらそうな主催者のことで、虎男ってのはタイガーなんとかって変な名前の人のこと?」
「はい」
「私はよく知らないけど、あの男が使ったのは何かの武術じゃないの? 奥義とか何とか」
「いえ、アレは奥義というレベルじゃないです。普通、技というものには準備動作があります。
 でも、あの男にはそれが無かった」
「……単に見えなかっただけじゃないの?」
「そうかもしれません。でも、あの男が一種の超能力を使えるのだとしたら説明がつきます」

 秋穂の堪忍袋の緒が切れた。







恭也

(一日目 3:31)

「…ちょっと、アンタ」
「何ですか?」
 返事をしながら、恭也は秋穂の様子にちょっとした違和感を感じていた。
(あれ? 今俺のことをアンタって…それに何か目つきが変わってるような)

「はんっ、五月倶楽部が存在しないだの、アンタとあたいは違う世界の人間だの、果てはあのムカつく男が超能力者ですって?
 気の利いたこといってくれるじゃないのさ!」
「……あ、あの、秋穂さん?」
「あたいはねえ、真面目にしてるべき時にそういうふざけたこという奴が大嫌いなんだよっ!」
「い、いえ、これはあくまで推論であって…」
「あぁ!? 推論だったら何言ってもいいってか? 大人を何だと思ってるんだよっ」
「……え、えーと」
「どうせあたいのことただのOLだと思って舐めてるんだろ? こう見えてもあたいはなぁ、元レディースで暴れまわってたんだぜ!」
「……い、いや、別に舐めてるわけじゃ…」
「いーや、アンタ絶対あたいのことを見くびってるだろ! じゃなきゃそんなふざけたことは…」
「! 誰か近づいてきます。そこに隠れましょう」

 恭也は咄嗟に秋穂を近くの繁みに連れ込む。
「な、何すんだよっ。離せこの下衆野郎っ!」
「静かにしてください。相手が既に殺し合いに乗ってる危険があるから、隠れて様子を見ないと…」
 秋穂は興奮して静かにしてくれなさそうなので、仕方なく恭也は口を塞いで黙らせる。
「むぐー。もがー」
(痛て。噛み付かれた。はは、元気な人だな。
 さて、近づいてきてるのは……メイド服を来たロボット? ちょっとノエルに似てるかな)
 息を殺しながら、接近してきた人物を繁みの中から観察し、知り合いの自動人形のことを思い出す。
(センサーでこっちのことがバレるかもしれないな。 その時は逃げた方がいいか?)

 刹那、こちらに向かってロボットが接近してくる。

(バレた!)
 恭也はすばやく秋穂を背負う。
「ちょ、ちょっと。どこ触ってんだよ! こら、離せって!」
「文句は逃げ切れたら気のすむまで言って下さい! とにかく今は逃げるのが先決です!」
「……分かったわよ」
 不貞腐れたように言う秋穂。それを確認すると恭也は全力で走り出す。
(頼む、何とか逃げ切らせてくれよ!)
 恭也は森の中央部を目指していた。





「あら? 逃げられちゃいました。せっかく獲物が二人もいたのに残念です。
 でも、ナミはくじけません。ご主人様、見ていてくださいね!」
 取り残されたナミはそう言うと、再び移動し始める。
 新たな獲物を探す為に。



               【グループ:高町恭也・篠原秋穂】
               【所持武器:〔恭也〕救急医療セット(消毒薬・抗生物質・包帯・絆創膏など)
                     〔秋穂〕小太刀×1】
               【スタンス:〔恭也〕力無き人を守る 〔秋穂〕誰も殺さず生き延びる】
               【能力制限:〔恭也〕膝の古傷のため長時間の戦闘不能
                     〔秋穂〕特になし】




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篠原秋穂
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なみ
032 愛に狂った鬼と鬼。 その陰に鬼、もう一匹。