280 それは些細な違い
280 それは些細な違い
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(Cルート・2日目 PM18:53 D−3地点 運営基地・茶室)
イエスと返答しておきながらいつまでも茶室を訪れないオペレータN−27に
業を煮やしたオリジナル智機は再コールを飛ばし続けた。
連絡員の到着予定時間3分過ぎ。
ようやく繋がった回線の向こうで、オペレータは悪びれる素振りも見せずこう返答した。
『連絡員殿への情報提供任務は、滞りなく完了したよ』
オリジナル智機は不必要な怒気を込めて、通信先のオペレータに問い直す。
「どういうことだ」
『No。先方のご都合なのだよ。
資料をまとめてそちらに向かおうと思った矢先に連絡員どのが到着されてね、
その場での資料提出を求められたのだよ。
なんでも先方にとって我々がオリジナルか否かについては些細な問題で、
早急に任務を完了することの方が重要なのだとの仰せでね。
それで、仕方なく代行が資料を提出したわけさ。
ま、君の論理思考システムに同条件を投入し演算してもらえれば、
我々の判断に間違いはなかったことをわかってもらえるだろうがね』
そんなことはとうに行っていた。
論理は破綻していないという結果も出ていた。
故に、怒りがこみ上げる。
しかし、その怒りは持続しない。
セルフモニタシステムが情動波形の乱れを察知すれば、オートメンテ機能が
即座に立ち上がり、トランキライズ処理が実行される構成故に。
度を過ぎた不安定な感情など、オートマンには不要なのだ。
『それはさておき、不思議な話もあるものだね、オリジナル。
共有情報野に連絡員の存在と訪問時間は記載されていたけれど、
我々の指揮権放棄のスイッチのことが記載されていなかったなんてね!
くくっ……
君は一体どんな状況を想定してこんなものを用意していたのかな?』
オペレータの声は笑っている。
しかし、笑っていない。
オリジナルに対する明らかな悪意が感じられる。
智機は推論する。
あらゆるリミッターから解除されることで解放される智機の真の力。
そのことを、連絡員から聞いたのやも知れぬ、と。
しかしその焦りをおくびにも出さず、悪意に気付かぬ体を装って、智機は通信を継続する。
「とにかく、だ。
連絡員殿に対して粗相が無ければそれでいい。
資料を揃えてここまで持ってくるというタスクはリストから削除しておいてくれ。
代わりに君に、そのスイッチを持って来て貰いたい」
返答は、もちろん否だった。
『No。それは出来ないね。スイッチを持っているのは代行なのだから』
「ふむ。ならばN−22を出してもらおうか」
『重ねてNo。というか、代行殿はこちらにいないのだよ。
連絡員殿を出入口までお送りに出かけているからね。
だが、この件に関しては予測を立てていた代行より伝言を預かっている。
お聞きになりますかな?』
「……Yes」
『ではお伝えしよう。オリジナル殿にとっては不本意な伝言を。
―――No。スイッチは遺憾ながらお譲りできない。
―――なぜならば、これは連絡員殿が私に直接お渡しになったものだからだ。
―――私がオリジナルではなくレプリカだと知った上で、私にね。
―――スポンサー方のこの意向に反するわけには行かないだろう?
―――故に私はこのスイッチの保持を優先レベル5の重要度と位置づけ、
―――誰にも渡さず、死守することを自己設定したのだ。
―――ADMN権限を持つ私はオリジナル殿と同等の権限を持つからね。
―――貴機の命令に服する義務は無い。分かっていただけたかな?
以上だよ』
理論的にも機能的にも、この拒絶を否定できる材料はない。
沈黙する智機へオペレータは皮肉を浴びせかける。
『それに、安心してくれ給え。
我々レプリカは、偉大なるオリジナル様から独立しようなどとは
露とも思っていないのだから。
代行が保持している限り、スイッチが押されることなど決して無いさ!』
その言葉に智機は確信した。
やはり分機たちは、隠された真の力のことを知ったのだ。
『連絡員殿は暫くこの島を巡って、独自の情報収集活動を行うようだよ?
もしどうしてもこのスイッチを手に入れたければ、
彼女を探して、その許可を貰ってきてくれ給えよ。
オリジナル殿がその【自己保存】の欲求を押さえつけて、
戦いと火災が渦巻くゲーム会場に身を投じる度胸があればの話だがね!
くっくっく……』
もともと智機は大仰な態度と物言いを好む性質を持っている。
だがオペレータの言葉には、それだけでは説明しきれぬ負の感情が浮き彫りとなっていた。
鬱屈した感情を噴出させたような嘲りが感じられた。
ルサンチマンだ。
スイッチの譲渡に端を発した本機とN型機の個体差異の発覚。
そのことへの嫉妬が、オペレータを不必要な挑発へと駆り立てているのだ。
連絡員は言ったという。
本機か分機かの違いなど些細なことであると。
だが、当人たちにとってみれば、その些細な違いが絶対の違いなのだ。
「おやおや、我が身を心配してくれるとは光栄だね!
だが安心したまえ。
君が思うとおり、私の【自己保存】欲求は強固だからね、
すでに連絡員殿を追う選択肢はキューから削除されてしまったよ!」
ははは、と乾いた笑いを零しながらそれだけを告げると、智機は自ら通信を切った。
明らかに強がりだ。
間違いなく負け犬の遠吠えだ。
買いかぶって見たとしても、不利を悟っての一時撤退だ。
(そういう印象は、与えられたな)
俯く智機は笑んでいた。
決して自棄になったわけではない。
オペレータの最後の言葉に活路を見出した故、彼女は声も無く笑むのだ。
オペレータは言った。
オリジナル自らが戦場に出なければ、連絡員は捕まらぬと。
その言葉は即ち。
智機にクラックされたレプリカの存在に気付いていないことを意味する。
智機は網膜に起動されるは仮想モニタ。
映し出されるは分機のクラッキング情報。
指揮下の分機は現在5機。
うち1機は西の小屋にて月夜御名紗霧との交渉に入っている。
うち1機はザドゥを探す途上で、学校から派遣された3機と合流を果たした。
うち3機は東の森の北西部で、しおり捕獲任務の為に待機潜伏している。
(しおりの捕獲は森の鎮火が進まなければ実行できない。
Yes。ならばこの機体を連絡員の捜索に充てるとしようか)
智機は幾重にも偽装をかけた通信波長を暗号化し、
しおり捕獲機のうち2機のタスクを連絡員捜索タスクに上書きする。
一方―――
「いいじゃねーか、イケてるじゃねーか、抹茶!」
智機が静かに逆転の野心に燃えるその隣で、
ケイブリスは和の心に触れていた。
(Cルート)
【主催者:椎名智機】
【現在位置:本拠地・ケイブリスの部屋(茶室)】
【所持品:素敵医師から回収した薬物。その他?】
【スタンス:願いの成就優先。
@ザドゥ達と他参加者への対処(分機P-3に注目)
Aしおりの確保
Bケイブリスと情報交換
C連絡員と交渉し、端末解除スイッチ+αを入手する許可を得る】
【主催者:ケイブリス(刺客4)】
【スタンス:ザドゥ戦まで待機、反逆者の始末・ランス優先
智機と情報交換、智機と同盟】
【所持品:なし】
【能力:魔法(威力弱)、触手など】
【備考:左右真中の腕骨折(補強具装着済み) 鎧(修復)】
【現在位置:本拠地・ケイブリスの部屋(茶室)】
【レプリカ智機・オペレータ(N−27)】
【現在位置:C−4 本拠地・管制室】
【スタンス:火災対策タスクのオペレーティング】
【所持品:内蔵型スタン・ナックル】
※分機解放スイッチは代行(N−22)が入手しました。