086 錯綜する想い
086 錯綜する想い
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(1日目 11:52)
「おじさん。ねえ、おじさん。起きて」
松倉藍(No.19)は、廊下にのびている魔窟堂野武彦(No.12)を起こそうと、数分前から声を掛けてそ
の体を揺さぶっていた。
魔窟堂は、様子のおかしい隣の病室へ行こうと廊下に出た途端、何故か気絶してしまったのだ。
藍は、突然倒れた魔窟堂の事が心配なのと、一人で隣の病室の様子を見に行くのが怖かったために、
今まで彼を起こそうとしていたのだが、全く目覚める様子はなかった。
(おじさん、起きてくれないよ。
……神楽ちゃんの事が心配だから、怖いけど隣の部屋に行ってみよう)
藍は勇気をふりしぼり、隣の病室へと向かった。
そして、開けっ放しのドアの向こうを見ると――中は鮮血で埋め尽くされ、数人の男女が倒れていた。
「ひっ!」
藍は思わず悲鳴をあげた。
無意識の内に病院は安全な場所だというイメージを持っていた藍にとっては、予想外の光景だった。
思わず病室から逃げ出そうと後ずさる。
が、壁際に紫堂神楽(No.22)が倒れているのにふと気付くと、慌てて駆け寄った。
「神楽ちゃん! 神楽ちゃん! しっかりして。死んじゃやだよ!」
床に倒れている神楽を抱き起こし、涙を流しながら呼び掛ける。
重傷を負っていた自分を助けてくれた人、自分を守ってくれると言ってくれた人。
何時の間にか、藍にとって神楽は安曇村の友人達と同じくらい大切な存在になっていた。
『……泣かないで、藍。大丈夫。この人は血を浴びてるだけで、怪我はしてないょ』
突然、神楽と会ってから今まで沈黙していた“獣”が藍に告げた。
『え!? 本当に?』
『うん。気絶してるだけだょ』
『よかった。神楽ちゃん体中血だらけで倒れてたから、死んじゃうのかと思ったよ』
“獣”の言葉に藍は心の底から安堵した。
『藍、怪我も治ったし、今のうちに病院から出ようょ』
『どうして?』
『さっきも言ったけど、この人は危険なんだょ。藍はこの人に気を許し過ぎだょ。
今まではこっちの事は訊かれなかったからいいけど、これからは訊かれるかもしれない。
その時、藍が口を滑らせて、わたしの正体や安曇村のことを喋ったりしたら……』
そこで、“獣”は言葉を切る。藍は不思議そうに尋ねた。
『喋ったりしたら……どうなるの?』
神楽と遭遇する直前に“獣”に言われたことは忘れているようだ。
『殺されちゃうんだょ』
『そんなことあるわけないよ! 神楽ちゃんは私の事を守ってくれるって言ったんだから』
『わたしみたいな“妖”を狩るのが、この人のような神人の使命。使命には誰も逆らえないんだょ』
『そんな……そんなのってないよっ!』
神楽が使命に従い自分を殺すかもしれないと言われて、藍は激しく動揺した。
そんな藍に、“獣”は更に追い討ちをかける。
『それに、堂島を殺さないといけないんだょ。
この病院に集まってる人達は、殺し合いをしたくないと思ってる。
だから、この人達と一緒にいたら、堂島を殺すのを邪魔されるかもしれないんだょ』
『……堂島を殺したら第三界に還るんだったよね。それで、もう帰ってこれないんだったよね?』
『そうだょ。でも、堂島を殺さないと、安曇村のみんなやお兄ちゃんが、ヤマノカミ様の祟りに遭っ
ちゃうんだょ。藍はそれでもいいの?』
『それは……嫌だよ。お兄さん達が苦しむのは』
『だったら……』
『でも、神楽ちゃんと離れるのも嫌だよ』
そう言って、藍は神楽の顔を心配げに見詰める。
その時、12時の定時放送が聞こえてきた。
『……以上七名がこの6時間で死んじゃった訳。チェックできた?……』
『まだ、堂島は殺されてないょ。誰かに守られてるのかもしれない。
だから、わたしがあいつを探して殺さないといけないんだょ』
死者の発表を聞き終えると、“獣”は放送の続きには関心を払わず藍にそう言った。
『そ、そうだ。ね、獣の力が使えるようになる夜までは一緒にいてもいいよね?』
『駄目だょ。堂島がどこにいるか探すのに時間がかかるから』
『……分かったよ。じゃあ、行こう』
藍は“獣”に説得され、病院から出ることを承諾した。本当は神楽と一緒にいたかったが。
未だ意識を取り戻さない神楽を床に横たえ、藍が廊下に出ようとしたちょうどその時、
目の前に人影が現れた。
(1日目 12:03)
「イタタ、何だったんじゃ? さっきの真っ赤なのは。いきなり人にぶつかって。
それに、肝心な時に立て付けが悪くなるドアもそうじゃ。
仲間の危機に颯爽と駆けつけるのがヒーローの王道じゃというのに……」
病院から逃げようとする朽木双葉(No.16)とぶつかってから今までずっと、廊下に倒れていた
魔窟堂は意識を取り戻すと、床で強打した後頭部を抑えてひとしきり愚痴る。
「……ハッ! いや、そんなことより隣の部屋じゃ。確か銃声が響いておった。急がんと……」
愚痴よりも重要なことを思い出し、魔窟堂は急いで隣の病室に向かった。
そして、中に踏み込もうとしたその瞬間、出て来ようとしている藍とぶつかりそうになった。
「おっと、またぶつかるところじゃった。どうしたんじゃ、藍?」
「え、えっと、みんな血だらけで倒れてて……」
口ごもりながらそう言うと、魔窟堂が部屋の中を見れるように藍は脇に寄った。
「こ、これは一体っ! どうしてこんなことに!?」
開けっ放しになっていたドアから室内の光景を見てそう叫ぶなり、魔窟堂は絶句した。
部屋の中央には、首の無い無残な姿となったエーリヒ(No.11)と、全身が血で真っ赤な
星川翼(No.18)が倒れていた。
床や壁にはエーリヒのものと思われる、血や脳漿や頭皮や皮膚が飛び散っている。
天井には幾つか弾痕があり、動かされた形跡のあるベッドの周辺には、蛍光灯の割れた物らしき
破片が落ちている。
老人と少年から少し離れた左の壁際には、翼と同じく体を血に染めた紫堂神楽(No.22)と
涼宮遙(No.25)が倒れている。
そして、右の壁際には、右半身が血だらけで左眼も血に染まっているアイン(No.23)が倒れていた。
「ええいっ、どうしてこうなったか考えるのは後回しじゃ。とにかく早く怪我人の手当てをせんと」
数秒の間、茫然自失していた魔窟堂は、そう自分に言い聞かせると、倒れている者達の傷の具合を確かめ始めた。
「クッ、エーリヒ殿とホッシー君はもう……何故じゃ。何故なんじゃっ!
ワシがもっと早く駆けつけていればっ!」
魔窟堂は悔恨と共に叫びながら、拳を床に打ちつけた。
「私がこの部屋に入ったのは、その少年によってエーリヒが殺されていたわ」
その音で、アインが意識を取り戻し、自分の見た光景を魔窟堂に告げる。
「アイン! 無事じゃったか」
「……あまり無事とは言えないわ。
左眼は失明、右肩と右太股を散弾数発が貫通、脇腹に散弾が数発残っている。そして、大量の失血。
一言で言えば、瀕死の状態ね。ぐっ」
アインは、左眼に入っていた蛍光灯の破片を左手で取りながらそう自分の状態を分析すると、痛み
に顔を歪めた。
普通なら既に死んでいてもおかしくない程の重症だった。
「それはいかん! 神楽を起こして治療してもらわんと……」
言うが早いが、魔窟堂は神楽に駆け寄り、活を入れた。
それを見て、“獣”は藍に告げる。
『あの人が意識を取り戻す! 藍、またしばらくの間はわたしは出てこれないから』
『じゃあ、病院から出ていくのはやめるの?』
『残念だけど、また次の機会を待つょ』
『良かった』
『村の事とかは絶対に話しちゃ駄目だょ』
『うん、分かった』
『じゃあ、心配だけどしばらくお別れだょ』
『うん』
(1日目 12:09)
「う、ううん。!……星川さんは!?」
神楽は目を覚ますと、傍にいた魔窟堂に問い掛けた。
「ホッシー君はワシが来た時にはもう……」
「あなたが殺したんですね!? どうして? あれは事故だったのに!」
神楽は魔窟堂の言葉を聞き、事切れている星川に気付くとアインを糾弾した。
「彼はアイスピックを持って血だらけだったわ。
殺意を持ってエーリヒを殺したと考えるのが妥当でしょう? だから、私が殺した」
アインは力の無い声ながら反論する。
「違います。あれはきっと事故だったんです。星川さんもあの結果が予想外で呆然としていました」
「初めて人を殺したことにショックを受けていただけという可能性もあるわ」
「あなたはっ!」
神楽は憎悪を込めた目でアインを見詰める。アインは目をそらさずその視線を受け止める。
藍は先程からどうしたらいいか分からずおろおろしている。
パンパン
「やめんか、2人とも。今はそんなことで争っている場合ではないじゃろ。
アインの容態はかなりひどい。治療してやってくれんかの? 神楽」
魔窟堂は手を叩いて、2人の気勢を削ぐと、神楽にそう頼んだ。
「……分かりました」
「そ、そうか。では頼む」
神楽が承諾したので、魔窟堂とアインは少々意外そうな顔をする。
2人とも、神楽はおそらく断るだろうと思っていたからだ。
神楽は倒れているアインに近寄り、手をかざす。
「こ、こら。まだ、脇腹から銃弾を摘出しておらんぞ……」
魔窟堂は慌てて神楽を止めようとする。
「この人には、星川さんを誤解で殺した咎を背負ってもらいます」
冷たい眼差しで、神楽はアインに告げると、その手から光を放つ。
「そう。別にそれで構わないわ」
「いいのか? アイン」
平然と言うアインに、魔窟堂は驚いて尋ねる。
「死なければそれで良いわ。私はまだやることがあるから」
「そ、そうか」
そして、治療が終わった。
アインは起き上がると、体を軽く動かしてみる。
神楽には礼を言わなかったし、神楽もそれは期待していなかった。
そして、柄だけになったスペツナズナイフの代わりに床に落ちていたスバス12を手に取ると、
そのまま病室を出て行こうとする。
「待ちなさい。どこへ行くつもりじゃ?」
魔窟堂はアインを止めようと声を掛ける。
「少年と一緒にいた少女を殺しに行くわ。先程は反撃を受けて逃がしたけど、次は仕留める」
「あなたはまだそんなことを言っているのですか!? いい加減にしてください!
きっと、双葉さんは恋人の星川さんがあなたに殺されてパニックになったから反撃しただけです!」
神楽は激昂する。
アインはそれを無視して廊下に出て行った。
(1日目 12:14)
静寂に包まれた病室には、魔窟堂と神楽と藍、そして遙が残された。生きている者は。
神楽は遙がまだ意識を取り戻していないことに気付くと、駆け寄って抱き起こした。
「気絶しているだけで、怪我は無いようですね」
脈などを確認して、神楽はそう言った。
魔窟堂は言いづらそうに口を開く。
「神楽、すまんが…」
「あの人を連れ戻すんですね?」
「ああ。怪我は治ったとは言え、失血がひどかった。あれでは途中で倒れてしまうじゃろう。
それに、アインに双葉を殺させるわけにはいかんしの。
おそらく神楽の言う通り、エーリヒ殿は事故で死んだのじゃろうしな。
ワシが病院にいない間、藍と遙を頼むぞ、神楽」
「分かりました。安心して行ってきてください。2人は私が必ず守りますから」
「すまんのう」
魔窟堂は神楽に感謝すると、エーリヒの傍らに膝を付き落ちていたレーザーガンを手に取った。
「エーリヒ殿、お主の志をワシは必ず実現してみせるからの。どうか見ていてくれ」
決意と共に、魔窟堂は立ち上がり病室から出ようとする。
「魔窟堂さん。エーリヒさんにお借りしていたライターはどうしますか?」
神楽はライターを取り出し声を掛ける。
「エーリヒ殿のライターか」
「おお! エーリヒ殿、それはもしや軍用のオイルライターでは?」
「その通りだが、それが何か?」
「この島から無事脱出できた暁には、ぜひそのライターをわしに譲ってくれんかの」
「別に構わんが、これは、形が弾丸に似ている以外はこれと言って特徴のないアルミ製のライタだぞ」
「いや、そんな事はない。
わしにとっては、ドイツ軍で使われていた軍用ライターというだけで価値のある物なのじゃ」
「……そうなのか。日本人はドイツ軍の事をそんなに愛してくれているのか」
魔窟堂は数時間前にエーリヒと交わした会話を思い出した。
「それは、神楽が持っていてくれんかの。例のトラップに必要じゃし……もらうのはみんな無事に
島から脱出できた時と決めておったしのう。……もう果たすことのできない約束じゃが」
寂しげに魔窟堂は答えた。
「……分かりました。では、私がまた預かっておきます」
頷いて神楽はライターを戻す。
「では、行くかのう」
魔窟堂は病室を出ると、別の部屋に寄ってそこに置いてあった自分のバッグを背負い、玄関へと向かった。
(1日目 12:17)
アインは森沿いの道を北に向かって歩いていた。双葉のいる森の中ではなく。
普段の彼女なら、病院の傍の森の入口付近にうっすらと残っていた血痕――雨でほとんどは洗い流
されていた――に気付いただろうが、失血により霞む右眼だけの視界で、脇腹に鈍い痛みのある現在
の状態では無理な話だった。
(あの少女には、おそらく重傷を負わすことができた筈。
だから、それほど遠くまでは逃げていないだろうけど。
何にしろ、再び病院を襲撃したりしないように排除しておくべきだわ)
少々ふらつく足取りながら、アインは黙々と道を歩く。
その片目に強い意思の光を宿しながら。
彼女は知らない。自分が離れている間に、病院が本当の意味で襲撃されようとしていることを。
【グループ:松倉藍(No.19)、紫堂神楽(No.22)、涼宮遙(No.25)】
【現在位置:病院・病室】
【スタンス:変化なし】
【補足:神楽と遙は全身血だらけ】
【アイン(No.23):単独行動】
【スタンス:ゲームに乗った双葉を殺す】
【現在位置:東の森沿いの道】
【アイテム:×スペツナズナイフ→○スバス12】
【魔窟堂野武彦(No.12):単独行動】
【スタンス:@アインを病院に連れ戻す】
【 :Aアインに双葉を殺させない】
【現在位置:病院・玄関】
【アイテム:レーザーガン】