088 激突
088 激突
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(1日目 13:28)
魔窟堂はアインと双葉を捜して森の中を走っていた。
病院を出てから既に1時間ほど経過しているが、依然として2人は見つからない。
一旦立ち止まり、これからどうするか考えてみることにした。
(2人ともどこに行ったんじゃ。全然見つからん。早く見つけないといかんというのに……)
魔窟堂は焦っていた。脳裏には最悪の状況――アインが双葉を銃殺する光景――が浮かんでいる。
(ワシはこれ以上人が死ぬのを見たくないんじゃ。絶対に阻止せんと。
この調子では、2人が見つかる頃には日が暮れるかもしれん。…ここはアレを使うしかないかのぅ)
魔窟堂は奥歯に力を入れスイッチを押した。
カチッ、という音と共に加速装置が起動する。
魔窟堂は再び走り出す。その速度は先程までとは比べ物にならない。
視界の端を次々に木々が通り過ぎていく。
「……葬いの鐘が、よく似合うぅ。地獄の使者と、人のいうぅ。
だが我々は、愛のため。戦い忘れたぁ人のためぇ」
数分後、魔窟堂は魂の燃え歌の1つを口ずさんでいた。尋常でないスピードで走りながら。
同志のエーリヒと星川を失った悲しみと、アインと双葉の安否への不安を紛らわせる為に
歌い始めたのだが、だんだんノってきて今は2番を熱唱していたのだ。
歌詞が心の琴線に触れたのか少々涙ぐんでいる。
「……サァイボーグ戦士、誰がために戦うぅ。
ふう、やはり歌は良いものじゃな。しかし、走りながら歌うのは少々疲れるわい。
次は、みなみおねえさんの歌を聴くことにするかの」
そう言って、魔窟堂はポータブルMDプレイヤーを操作しようと、ポケットに手を伸ばす。
MDプレイヤーには、長崎みなみの歌ばかりを集めたオリジナルMDがセットしてあった。
「キャッ!」
と、その時、前方から少女の悲鳴が聞こえてきた。
「む、何じゃ」
魔窟堂は慌てて声の方に注意を向ける。
数メートル先の開けた場所に、少女と少年がいた。
普通なら簡単に止まることができ、ぶつかることは無いだろう。
だが、今の魔窟堂は加速状態。この距離では止まりきれず、進路上にいる少女に激突してしまう。
(くぅっ、止まれっ。止まるんじゃっ。ワシの足っ)
何とか止まろうとするが、無情にも少女との距離は縮んでいき……魔窟堂は少年とぶつかった。
少年が咄嗟の判断で少女を庇ったのだ。
少年を突き飛ばし、魔窟堂は何とか止まった。
「ふぅ、すまなかったのぅ。少々余所見をしていてな。
ああ、ワシは君らに危害を加えるつもりはないぞ。ゲームには乗っていないからの」
魔窟堂は地面に倒れた少年を引っ張り起こすと、取りあえず2人に謝り、自らに敵意がない
ことを説明した。
「は、はぁ」
「そうなんですか」
突然の乱入者に、少年と少女は反応に困っていた。
「ふむ。どうやら、また若き男女の恋路を邪魔してしまったようじゃな。すまんのう」
魔窟堂は1人納得する。
「は?」
「ち、違います。わたし達は別に恋人じゃないです」
「まあまあ、照れなくてもいいんじゃよ」
少年は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をし、少女は真っ赤になって魔窟堂の言葉を否定した。
魔窟堂はそんな二人を微笑ましく見る。
「と、こんな事をしている場合ではなかったんじゃ。
君らは、黒髪でショートカットの無口な少女か、紫のストレートロングに黄色いキャップを
かぶった強気な少女には会っていないかの?」
魔窟堂は真面目な顔に戻り、2人に訊ねた。
「え、俺は会っていませんが」
「……わたしも会ってません」
「では、アインという名前や朽木双葉という名前に聞き覚えは?」
「無いです」
「わたしも」
「そうか。では、邪魔者はもういなくなるからの。愛の語らいの続きをしてくれ。では…」
2人がアインと双葉に会っていない事を確認すると、魔窟堂はその場を立ち去ろうとした。
「待ってください。あなたは一体? それにゲームには乗っていないって」
少年が魔窟堂を呼び止める。
「ワシの名は魔窟堂野武彦。ゲームに乗っていないというのは言葉通りじゃ。
ワシらは、島からの脱出、あるいは主催者の打倒を目指しておる」
「え、本当ですか!」
少年が驚きの声をあげる。
「ああ、本当じゃ。
見た所、君らもゲームには乗っていないようじゃから、できればワシらの本陣へ案内したい
んじゃが、あいにくワシは人を捜していてのう。
ワシらの本陣は病院じゃ。気が向いたら訪ねてみてくれ。では、さらばじゃっ!」
そう言うと、2人の返事を待たずに魔窟堂は再び加速装置を発動させ走り出した。
魔窟堂は気付いていない。少年と激突した際に、ポケットからMDプレイヤーが落ちたのを。
彼がその事実に気付き、死ぬほど後悔するのは十数分後のことである。
【魔窟堂野武彦(No.12):単独行動】
【スタンス:変化なし】
【現在位置:東の森】
【アイテム:×ポータブルMDプレイヤー】