180 名探偵は冷たく笑う
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古ぼけた民家の戸をくぐった琢麿呂は、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
コンクリートで固められた上がり口にはまだ乾ききっていない血痕が点々と黒く残されている。
ほこりっぽい部屋の奥には、彼の肩くらいの大きさのタンスが倒れており、薄い板床を抜いてめりこんでいた。
顎に手を当てて、フムと呟くと、彼は土足のままで上がりこんだ。
「逃げられた、か。まぁ、いいさ、オイ、起きたまえ」
行き倒れの人間よろしく足元に倒れている男の頭を遠慮なくつま先で軽くつつく。
「んぁ、あぁぁ、うぁぁ?」
男はびくりと身を震わせて首だけを起こすと、寝ぼけた目でしばらくあたりを見回した。
そばで見下ろす琢磨呂に気づくと必死に何かを伝えようとしたが、それは意味のある言葉にならなかった。
つばきを飛ばして訴える男の血走った目を見て、もう一度琢麿呂はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「足だけでなく、喉もやられたのか…まったく、哀れなものだ。
君にいくつか聞きたいことがある。イエスなら縦に、ノーなら首を横に振りたまえ、いいね?」
男の足を押し潰しているタンスをちらりと見やる。あれではもう立って歩くことも出来まい。
琢磨呂は何事もなかったかのように話を続けた。
「まず、君と一緒にいた女性はどこへ向かったか、知っているかね?」
ひとしきり騒いで落ち着いたのか、嘲り笑うように顔をゆがめると鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
琢麿呂はあきれたように首をふると、懐から出した拳銃を男の額に突きつける。
「もう一度だけ、たずねよう。
君と一緒にいた女性はどこに行ったか、君は知っているかね?」
琢磨呂のゆっくりと噛んで含めるような質問にも男は黙ったままで、琢磨呂の顔を見てせせら笑った。
「やれやれ」と琢磨呂は大げさに肩をすくめて、
「どうしても答えないつもりかね、伊頭遺作君?」と不意に男の名を呼んだ。
遺作は自分の名前を呼ばれて一瞬虚を疲れたような顔をしたが、またすぐにニヤニヤと笑いはじめた。
つぶされた喉からもれ出るヒューヒューという笑い声が不気味に部屋の中に染み込んでいく。
だらしなく開かれた口からのぞく、ぎっしりと歯垢の詰まった歯が琢磨呂の嫌悪感をさそう。
彼はもう一度肩をすくめてため息をつくと、躊躇なく二度引鉄を引いた。
「私は彼女のほど育ちが良くないのでね」
脳漿が汚らしく足元に散らばるのを冷然と見下ろして、観客もいないのにおどけて見せる。
西部劇の主人公のように、銃口から立ち上る煙をひと吹きすると、琢麿呂は民家をあとにした。
【3 伊頭遺作:死亡 】
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