176 名探偵の静かな晩餐

176 名探偵の静かな晩餐


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島中に芹沢ののん気な放送が響き渡る中、
横たわったままの主の動きに合わせて、金糸で縁取った漆黒のマントが大きく波打った。
「ウムゥ・・・」
うめきながら起き上がると、すぐ側のプレハブ小屋の壁に背を預け、
琢磨呂は被ったままの虎の仮面をはずした。
長く息を吐き出すと、彼は身体の筋や関節に異常がないか確かめ、
なんともないことが分かると状態をひねって、取り落とした拳銃を拾い上げた。
「今の放送、五回目のものだといっていたな・・・」
誰に言うでもなく、一人こぼすと茂みに隠しておいた彼のズックを回収しに立つ。
ズックに虎の仮面を放り込むと、衣服とズックとについていた砂を丁寧に払い落とす。
「フフフ・・・」
琢磨呂の顔が神経質そうに歪む。
高原美奈子は死んだのか、そう小さな声で言うと、彼は狂ったように笑い始めた。
彼の異様な笑い声を聞いてか、樹上の鳥たちが一斉に飛び立つ。
それでも彼の哄笑は止まらない。
真っ赤な口を大きく開き、左手で顔をおさえるようにして笑った。
右手は腹を抑えている。
顔と腹の筋肉が痙攣し始めても、まだ笑っていた。



笑いを堪えるみたいに、フゥと一息つき呼吸を整えたあとも、
なおも思い出しては小さく笑っていたが、ようやく琢麻呂は次の行動に移った。
ズックを担ぎ上げ、とりあえずプレハブ小屋にはいることにした。
「フム・・・カレーライスか・・・」
薄っぺらい木製のドアを開けると、
日本人の食欲を掻き立てずにはいないえも言われぬ芳醇な香りが漂ってきた。
頼りなげな蛍光灯の明かりがこもれて出している入り口を抜けると、
皿に白米とカレーをよそって、腰を下ろした。
「腹が減っては何とやらというからな・・・、ウム・・・なかなか・・・上手いではないか・・・」
日英同盟は1902年か、などと考えながら一皿を平らげる。
「ご馳走様でした。しかし、武士は食わねどなどというあたり、
我がことながら日本人の心性というのは面白いものだな、さて・・・」
数時間ぶりのまともな食事に腹を満たされた琢麻呂はさっそくズックから取り出した盗聴器のスイッチをひねる。
「気絶していた間にどれほど事態が進行したかを考えると・・・チッ、面倒だな。」
中身の残っているカレーからのカレーの匂いがそれでも彼を少し落ち着かせた。
やれやれ単純なものだ、と自嘲して琢麻呂は聞こえてくる声に耳を傾けた。


「・・・二人はよく眠っておるな。で、これからどうするかね、高町君?」
「はい、とりあえずもう少しこのまま仁村さんを休ませていただけないでしょうか?
彼女、いろいろあってかなり疲れていたみたいなんです。
森の中で随分休んだんですが、地べたよりもやはりベッドのほうが・・・女の子、ですし」
「フム、それはかまわんがの。
まひる殿も大層辛い目におうた、少し心身を休めることも必要じゃろう。
ただ、いつまでもこのままというわけにはいかんぞ?」
「はい、あと少しでかまいません」
「そうか、ならばゆっくりと休ませてあげなさい。・・・ときに高町君は大丈夫なのかね?」
「はい、俺なら・・・」

「フム、どうやら四人でいるらしいな。
ベッドと言っているところから見ると民家か、あるいは病院だろうが・・・。
それにしても厄介だな。魔窟堂野武彦に高町恭也、仁村知佳に広場まひるか・・・」
まるでアメリカンコミックスではないか、と吐き捨てて装置の周波数を変える。


「あいつら一体どこいったんだぁ〜」
伊頭鬼作の周波数からは、大きな一人ごとが聞こえてきた。
「フム、殺るならこいつからにしたいところだが・・・」
要注意人物の一人であるアズライトに周波数を合わせる。
「もう寒くない?」
「うん、おにーちゃんがこれを貸してくれたから、もう大丈夫だよ」
優しげなアズライトの声に続いて、嬉しそうなしおりの声が聞こえてくる。
「・・・どうやらよりを戻したらしいな・・・、まぁ、どのみちこんな人外の相手を使用とは思わんがね。
この二人と合流する前に伊頭鬼作を・・・位置的に少し難しいか?」
言いながら、次の周波数に切りかえる。

「これは、ファントムか・・・」
唸るような風の音に混じって、女の静かな息遣いだけが漏れ聞こえてくる。
「どうやらかなりの速度で走っているようだが・・・・・・化け物め」
忌々しげに言うと、グレン・コリンズの周波数へと切り替えた。


やがて、生き残った全ての参加者の現状を確認し終えた琢麻呂は、ターゲットを二組に絞った。
「ランスとか言うやつがいる組は危ない、となるとだ。
この【伊頭遺作・月夜御名紗霧】組、あるいは【朽木双葉】のいずれかになるわけだが・・・」
突然電波を受信できるようになった朽木双葉を盗聴したときの、男の声が気になる
半日ほど前に死んだ少年の声にそっくりだったからだ。
さらにランス達から聞いた情報を総合するに、どうやらこの少女は妙な技を使えるらしい。
「いっしょにいる相手もわからん、なぜふたたび傍受できるようになったかもわからん、
何よりもどんな力を持っているのかもわからんやつと戦うのは、阿呆のすることだな。ということは・・・」
琢麻呂はもう一度月夜御名紗霧の周波数をセットする。

「そこへ行けばいいんだな?」
「そうです」
かすかに聞こえる遺作の声に、月夜御名紗霧が凛と答える。
「そこへいけば、きっと上手くいくでしょう」

「食えないやつだな・・・」
これまでの彼女の言動を知る琢麻呂は、彼女の受け答えに自分と同じ匂いを感じた。
「非力である私がこの人外魔境で生き残るなら、
この女に知恵比べで勝てるくらい出なければいかん、ということになるかな?」
そう言って立ち上がる。
嘆息しながらも、彼はどこか楽しそうだった。



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