A-01 119b あははとがはは
A−01 119b あははとがはは
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(アナザー・1日目 17:00 G−5地点 楡の木広場)
「なずなはまだですか?」
古木の根元付近、狭く暗いウロの中から、性別定かならぬ声が響く。
その正面で恭しく頭を垂れていた一体の小さな式神が、首を左右に振る。
「そうですか……」
ユニセックスな声の主は、式神である。
意識を失う寸前の朽木双葉が、ウロの中に生えていた植物に術をかけ、
自らの守護と回復を言い渡したのが五時間ほど前。
彼もしくは彼女は、その使命を忠実に果たしている。
「出血は止まり、怪我の手当ては完了しましたが、発熱が収まらないのです。
早く青黴が手に入らないと、このままお姉さまは……」
その彼(彼女)の下に、見張りとして配置していたすずしろが駆け込んできた。
小鳥が囀るような音を発し、彼(彼女)の待ち望んでいた情報を伝達する。
「良かった…… なずなが間に合ったのですね」
だが、すずしろの報告はそれだけに留まらなかった。
ちゅ、ちゅ、ちゅ……
その囀りには、焦りと恐怖の成分が含まれている。
「……わかりました」
彼(彼女)の決意が籠った応答と同時に、
ウロを隠すように覆っていた蔦が意志あるもののように開いた。
「ご安心ください。お姉さまには誰も近づけません」
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なずなは真っ直ぐに、主の眠る楡の巨木へと戻ってゆく。
洞窟の中で削り取った青黴を両手いっぱいに抱えて。
背後からのーてんきに追跡している2人を引き連れて。
それは、小型式神の能力を鑑みれば致し方無きことである。
言われたことを、言われたままに行う。
それが彼ら七草―――簡易式神の機能の限界故に。
あははは! がははは!
場違いも甚だしい笑い声を中央広場に響かせるこの追跡者たちは、
02・ランスと34・アリスメンディ。
式神の使役者に会う為に、彼らはなずなを尾行している。
その使役者に会ってすることと言えば。
09・グレンがランスに遺したEDの呪いを解いてもらうことである。
「しかし何だ。もう少し静かにできんのか、お前は」
「え〜〜、赤丸急上昇中のキュートな笑顔だって、
ご近所に波紋を投げかけてるのに!!」
「投げかけてどうする!」
「も〜ランスてばおちんちん突っ込めなくなったからって、
ゲンコで突っ込み入れなくてもいいじゃんか。ぷんすか!」
自らの楽観と無用心を棚に挙げ、アリスを諌めるランス。
その目の前に、す、と。
音も無く何者かが姿を現した。
漆黒の陣笠に漆黒の鎧直垂の、ひょろりと背の高い武者であった。
目深く被った陣笠に隠れ、瞳は見えない。
髪は、大童とも尼髪とも取れる、性別不明な武者姿である。
「なずな、ご苦労でした。すずな、すずしろと協力して、
その黴を摩り下ろして下さい」
武者は足元の小人に声をかけてから、ランスたちに向き直る。
その動きを待って、ランスが問うた。
「おい、そこの。お前が陰陽師か?」
しかし、武者はランスの問いに答えず、己の主張を伝える。
「お姉さまは、誰とも会いたくないと申しております。お引取り下さい」
その声でも性別はわからなかった。
喉が湿っている様な、鼻に掛かっている様な、粘度の高い声質であった。
常に俯き加減なことで喉が圧迫されているようでもあった。
「お姉さま? 女が居るのか?」
「お姉さまの願いを叶えることが―――
今はお姉さまの眠りを守ることが、式たる私の役目でございますれば」
「式? ではお前もその小人さんの仲間なのか?」
「そうなりますか」
話は少し逸れるが、双葉には、若葉という妹がいる。
若葉は学園生活を送り、人の良さからパシリ扱いされている少女である。
表向きは。
事実は、妹でも少女でもない。式神なのである。
人と変わらぬ肉体と意思を有し、自律する式神なのである。
多少の鈍感さと無知から来る純粋さに違和感を覚えられることはあれど、
人に溶け込んで暮らしつつ、正体を悟られぬ。
その程度に完璧な式神を、双葉は生み出し、使役することが出来る。
殊程左様に、朽木双葉とは、一族の歴史にも稀な麒麟児なのである。
その双葉が、命の危機の中で己を託す為に練り上げた式神が、この武者である。
鬼気迫った本気の術式である。
アリスとランスが人であると錯覚するのも当然と言えよう。
「うわ、すっご!! ちょ〜ぜつリアル!!
まるっきり人間とおんなじじゃんか。 あはははははは!」
アリスがその持ち前の屈託の無さと猫の如き好奇心を遺憾なく発揮し、
スキップの如き軽やかさでこの式神へと接近する。しかし。
「近づかないで頂きたく」
その動きを見た式神武者は、今までにない鋭い口調で制した。
しかし、好奇心満々のアリスの耳にはその警告が届かなかった。
「これ以上の接近を禁じます。さもないと……」
「ねねね、君って男のコ? 女のコ? ……あははははは!」
そのアリスの膝が、笑ったまま、がくりと崩れた。
「あははははははははははははははははははははははははは」
アリスは転倒したまま、何がおかしいのか、まだ笑い転げている。
「本当にお前はお調子者というか慌て者と言うか……
マリスのツメの垢でも煎じて飲ませてやりたいぞ」
「あははははははははははははははははははははははははは」
アリスはまだ笑っている。
涙を流し、顔を引きつらせて。
懇願するような眼差しをランスに向けて。
「……アリス?」
ランスはアリスの異常に気付き、助け起こそうと一歩踏み出す。
途端、気管支に引きつるような痛みを感じた。
それから、横隔膜が、彼の意思と関係ないところで痙攣した。
「がははははは!!」
次の瞬間には、アリスに倣うように、豪快に馬鹿笑いを始めていた。
ここに来て彼はようやく気付いた。
アリスは笑いたくて笑っているのではない。
横隔膜が、肺が、腹筋が、潰れそうに痛むから笑うしかないのだと。
「……ですので警告しようとしたのですが」
式神武者は、さも残念そうに溜息をついた。
「がはははは、貴様はははは、何しやがっはっはっは!!」
「私の毒素を散布致しました」
言葉を紡ぎつつ目線を足元にやる式神。
そこには、黒いカサと白い柄を持ったキノコが群生していた。
シビレタケ―――
別名、ワライタケモドキ。
呼吸器系の障害を引き起こす毒キノコである。
「私の毒を、空気中に散布させております。
食用しても命を奪うことの無い、微弱な毒素だと言われておりますが……
横隔膜を刺激すれば、笑い続けさせることくらいは可能なのです」
サボテン(恐らくはペヨーテ類)の式神である若葉は、
己の麻薬成分を散布し、対象に幻覚を見せることができる。
毒キノコを根本としたこの式神もまた、自身が内包する毒素にて、
呼吸器系の強制的な律動を促しているのであろう。
「がははははははははははははははははははははは!!」
「そして人は、笑い続けると呼吸困難から絶命致します」
そんな式神を敵と認識したランスは斬りかかるため詰め寄るが、
その動きは精彩を欠くは愚か、抜刀すら満足に出来ぬ体たらく。
「私を斬っても、毒は消えませぬ」
胸と腹と背。
体幹を支える筋肉が不随意に痙攣するということは、
激しい動きが制限されるを意味するのである。
「大人しく立ち去って頂けましたら、命は奪いませぬ…… なにより。
お連れの女性は、そろそろ危ないご様子でありませんか?」
「な!? はははは」
ランスはアリスが居る位置を振り返る。
アリスは、横向きに倒れ伏していた。
その口許から吐瀉物が漏れているにも関わらず、それでも笑っている。
「あはははははははははごぷははははははははははははは
はげぇっおえっはははははははははははははぐぽぐぽは
ははははははははははははこぷこぷははははははははは」
体を揺すっている。
否、引き付けを起こしている。
「吐瀉物が気道に入ると、大変なことになると思われますが?」
「ぐ…… はははは、このヤロっはっは!」
「今ならまだ、助かります。ここから立ち去ってさえ頂ければ」
ランスはがははと笑いながら敗北感にうちひしがれる。
アリスはあははと笑いながらランスに背負われる。
背を向け立ち去る二人に、陣笠の式神は駄目押しの一言をかける。
「二度とこの楡の木には近づかれませぬよう。
お姉さまは、森の中では無敵ですので」
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(アナザー・1日目 17:30 G−3地点 洞窟)
「がはははは」
「あはははは」
洞窟の外から聞こえてきた笑い声に、31・篠原秋穂は憂鬱な気分になる。
(あぁ…… ランスが笑ってる。
てこたぁ、やっぱインポは回復したんだろうね)
対照的に01・ユリーシャの頬は嬉しげに紅潮する。
(ああ、ランスさんの逞しい笑い声が聞こえる。
良かった、ご無事に帰ってきてくださって……)
それぞれの想いを胸に、洞窟の入り口まで笑い声の主を迎えに出た二人は、
笑い続ける男が笑い続ける女を背負っていることに違和感を覚える。
「がはははは、いま帰ったぞ、がはははは!!」
「ランスさん。おかえりなさい」
「あは……ははは……」
「……上機嫌ね」
「がはははは、秋穂、ユリーシャ。アリスの手当てを頼む。わはは」
「……え?」
【現在位置:G−3 洞窟】
【グループ:ランス・ユリーシャ・アリス・秋穂】
【スタンス:ランスに従う】
【01:ユリ―シャ】
【所持品:ボウガン】
【02:ランス(元02)】
【スタンス:@回復待ち AED回復を模索】
【所持品:バスタードソ−ド(ランスアタック 3/4回)】
【備考:呼吸器系障害(小)】
【31:篠原秋穂】
【所持品:なし】
【34:アリスメンディ】
【所持品:なし】
【備考:疲労(大)、呼吸器系障害(大)】
【現在位置:G−5 楡の木広場】
【16:朽木双葉】
【スタンス:?(気絶中)】
【所持品:シビレタケの式神(人型・自律思考)、七草式神(小型・思考能力なし)】
【備考:左肩負傷(大)、失血(大)、気絶】