282 彼女の望み

282 彼女の望み


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(Cルート:2日目 PM7:03 H−3地点 東の森北東部)

カオスを振ること40余回目。
切り裂いた大気の隙間から、ザドゥとカオスは確かに感じた。
秋の涼やかな風を。
開いた視野の遠くに、ザドゥとカオスは確かに見た。
森の果てを。
そして、椎名智機と思しきシルエットを。

《ザッちゃん!もう少しでゴールじゃぞ!》

カオスの思念波が興奮に震えた。
若干の上り勾配の先、距離にしておおよそ30メートル。
障害になるほどの木々は無い。
即ち、カオスを振り回す必要の喪失を意味する。

《ははっ、この男、やり遂げおった!!》

カオスの胸中が喜悦に満ちたとき、その刀身がザドゥの掌から滑り落ちた。
ザドゥも崩れ落ちた。背負われた芹沢も、また。

《立て、立つんじゃザッちゃん!》

カオスの魂の籠った激励に、ザドゥは辛うじて意識を繋いだ。
しかし、立ち上がることも返答を返すことも、今のザドゥには不可能だった。
体が融解し、地面に染み込むような感覚が、彼の五体を支配しているが故に。
 
《立てぬなら叫べ! 向こうの機械の嬢ちゃんに届くよう、
 燃焼音も破裂音も劈いて叫べ!》
 

(死ねん…… このような死に様、あってはならぬ……)

動かぬザドゥは無表情のまま、有り余る無念を怒りに転嫁しようと、あがく。
怒りこそザドゥの原動力。命の源。

(恥辱に奥歯を噛み鳴らせ! 怒りに体を震わせろ!)

だが、ザドゥにはその程度の余力も残されてはいなかった。
ゴムマリのように弛緩した四肢に、既に感覚は失われていた。
あの狂人医師の忌々しき笑い声すら思い出せなくなっていた。

ザドゥは運命の囁きに対して聞き分けの良い性分ではない。
それでも、分かってしまう。分からざるを得ない。
最後に点った蝋燭が遂に燃え尽きてしまったのだと。
気力。体力。意地。潜在能力。
全てを惜しみなく出し切って、それでもなお届かなかったのだと。
限界とは突然訪れ、完璧な説得力を以って、胃の腑に落ち着くものなのだ。

(無念……)

ザドゥが噛み締めていたはずの無念が、すとん、と嚥下された。
その彼の耳に。

「ともきーーーーん!! ねーともきんってばーー!!
 あたしたちはここだよーーー!!」

意識を失っていたはずの芹沢の叫び声が、至近距離から浴びせられた。

《そうじゃカモちゃん!こんどはおまえさんが役に立つ手番じゃ!》
「おーけーい! ……あ、ザッちゃんは耳ふさいでてねー!」

 


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そうして芹沢が声を張り上げること、一分、二分。
結局、救いの主は現れなかった。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。
或いは彼らが捕らえたシルエットは、希望が生じさせた幻影であったやも知れぬ。

芹沢は力なく溜息をつき、ザドゥに顔を寄せる。
ザドゥは虚ろな目で瞬きもせず、芹沢を見返した。

「だから捨ててけって言ったのになー。
 女の子のお願い聞いてくれないなんてひどい男だなー。
 ぶーぶー!」

拗ねるような甘えるような。
あからさまな構って欲しさを振りまいて、芹沢はザドゥにじゃれ付いた。

「ごめんなさいは?」
「……?」
「だから〜。あたしを捨てらんなくってごめんなさいは?」
「ふざけた…… 女だ……」
「な〜んてね♪ ホントは嬉しかったんだけどさ。
 そんなにボロボロになるまであたしを助けようとしてくれてさぁ。
 ねね、正直に言ってみ?
 実はザッちゃんあたしのこと、愛しちゃってる?」
「寝言は…… 寝て…… 言え……」
 

そんなやり取りを、カオスは微笑ましく見ていた。
微笑ましくも心の涙を流しながら。
カオスは、見ていることしか出来なかった。
確定された死を前にして甘える女に、最後まで素直になれぬ男。
その最後の刻を覚えていてやろうと思った。
限界に挑み、限界を突破し、それでもなお限界に届かなかった挑戦者たちのことを。

だが、カモミール芹沢は、カオスのそんな傍観者気取りを許さなかった。

「さて、と」

胡坐をかくように座っていた彼女は、場を仕切りなおす為にそう呟くと、
カオスに手を伸ばし、柄を握ったのだ。
カオスが意外に思うほどの力強さで。

「よいしょ、よいしょ」

続けて芹沢は立ち上がる。
カオスを地面に突き立て、そこに体重を乗せ、背中を樹木に擦り付けながら。
生まれたての小鹿のように震える足で。

「動けるのか…… 芹沢……?」
「ザッちゃんがおんぶしてくれてた分、ちょっとは回復できたみたい。
 ほんっっと〜に、ちょっとだけ、だけどね」
「ならばゆけ、芹沢…… 方角と距離は…… カオスに聞くといい……」

自己犠牲など唾棄すべき。
その不遜な思いは今以て変わらずザドゥの胸に存在する。
しかし、この時ザドゥの覚えた感情は、安堵だった。
 

『大将も自己満でカモミールを殺さないよーに、気をつけるがとしか言えんきね』

(芹沢が助かるならば、あいつにだけは負けずに済むわけか……)

ひび割れては接ぎを繰り返し、剥がれては貼りを繰り返し。
もはや見る影もない彼の矜持だが、芯鉄の輝きだけは失わずに終われる。
最後の一線は破られずに済む。
その安堵だった。

(到底満足はできないが、最低納得はできる死に様だ)

だが芹沢はそんなザドゥの自己完結をも許さなかった。

「あははー、無理。倒れた時に足、痛めたみたいだから」
「な……!」

芹沢は明るくあっけらかんと言い放ち、自らの左足首を指差した。
それは骨格の成り立ちからして、ありえない角度で外に大きく曲がっている。
ザドゥの膝の下、固い根こぶの上。
芹沢の右足首は転倒時に挟み込まれたのだ。
余談だが、彼女が気絶から覚醒したのもまた、その激痛に拠るものだった。

「無理なんだけど……
 こうして木に背中を預ければ、立つことくらいならできるかな?」

だからどうした、と、ザドゥは責めなかった。
一度感じた安堵からの急転、絶望。
気力が底をついている今の彼にこのショックからの回復の術は無い。
故に芹沢の対話相手はカオスが担うことになった。
 

「それと、ザッちゃんを助けることまでくらいなら、どうにか。
 最後はともきん任せの、ちょ〜っと博打なことになるけどね」
《何を企んでおるのじゃ、カモちゃん》
「またまたイくよ〜、必・殺・技っ!」
《……おまえさん、まだ薬が切れとらんのか?》
「ぷぅうう。カオっさんがイジワル言う〜。あたしだって一生懸命考えてるのにさ〜」

ザドゥの瞼は今まさに閉ざされようとしていた。
意識もまた朦朧。
芹沢とカオスの作戦会議が、聞きなれぬ異国語の子守唄の如く
その意味を解さず耳に入ってくるのみだ。

《……一発…… 関の……》
「だーいじょ……、……には定…………?」
《……じゃが…… …………るまいの》
「………ね…………」

やがて子守唄すら緩やかにフェードアウトしてゆき……

「!!」

その意識が落ちる前に再び覚醒した。
研ぎ澄まされた日本刀の切っ先の如き、見事に洗練された【気】の収斂が、
己に向けられたのを感じたが為に。

「おっきろー、ザッちゃんーっ!」

次いで発せられた芹沢の呼びかけで、ザドゥは完全に意識を取り戻した。
  

 
松の木を背に、伏したザドゥを正面に。
カモミール芹沢が立っていた。
構えていた。

「あたしが、橋を架けてあげるね♪」

カオスは、構えし芹沢の腕にしかと握られていた。
ザドゥが感じた気は、カオスに凝縮されていた。
淀みのない、真っ直ぐな気で満ち満ちていた。

《生きろよ、ザッちゃん》

ザドゥには分からなかった。
今、この状況でカモちゃん★すらっしゅを発し道を作ったところで、
立ち上がることすらままならぬ自分に何ができるのか。

「芹沢…… 技を放つ気力があるならば……
 這え…… 歩けぬなら…… 這って森を抜けろ……」

ザドゥには分からなかった。
派手に花火をぶち上げて結局共倒れになるくらいなら、
どれほど絶望的でも可能性のある方法を採るべきだ。

「やー、これがねー。
 自分の為にって思うとしおしおー、なんだけど。
 ザッちゃんの為って思えば、むんむんってクる感じ?
 だから、ね。
 これしかないから、こうしよう!」
 

 
ザドゥは分かり始めた。
芹沢とはそういう女で、この言葉に偽りはない。
だが、だからこそ、響く言葉があるはずだ。

「叶えたい夢が…… あるのだろう……?
 新選組…… 生存……
 だから…… 俺などにかまうな…… 行け……」

ザドゥは知っていた。寝物語に聞いていた。
新選組の失われぬ明日。
それが彼女の渇望であることを。

「そりゃ〜ちょびっとだけ違うな、ザッちゃん」

ザドゥは恐れた。
芹沢の自分に対する想いと、続く言葉を。
さらなる己の敗北を。

「あたしの願いはね……」

カモミール芹沢。

彼女の宿願をより正確に述べるのであれば 、
それは新選組の生存ではなく、
理想でも理念でも組織でも制度でもなく―――

「『お友達を』助けることなんだぁ♪」
 

沖田鈴音よりも気分屋で、
永倉新よりも身勝手で、
土方歳江よりも疎まれて、
近藤勇子よりも繊細で、
原田沙乃よりも素直ではなくて。
新選組の誰よりも仲間想い。

それが、新選組局長・カモミール、芹沢。

「俺は……!」
(お前のように純粋な思いでお前を救おうとしたわけではない!
 ただ―――)

芹沢の構えは件のスラッシュに同じ。抜きも同じ。振りも同じ。
相違点は2つ。
松に体の支えを求めていること。
刃が寝ていること。
それゆえ衝撃派の顕れは断ち切る『線』ではなく……

「そりゃ〜〜っ! か〜もドラコ〜〜ンッ♪」

弾き飛ばす、『面』。

ばちこーーーーん☆ミ、とコミカルな効果音に乗って、
ゴルフボールが飛ばし屋のドライバーにグリーンの彼方へと弾き飛ばされるが如く、
ザドゥはカオスに森の外へ向けて吹き飛ばされた。

(ただ…… 己の矜持の為に、お前を手放せなかっただけなのだ……)

懺悔の言葉を、最後まで述べることの出来ぬままに。
 

 
「ちゃんと受身取ってね〜♪」

にぱっと。
芹沢は大輪のひまわりのような笑顔をザドゥに向けて、ピースサインを決める。
可愛らしい表情だった。
年齢や性別を超えた人懐っこさがあった。
現在置かれている境遇と、己が成し遂げた行為を理解していれば、
到底できない表情だった。
直後、衝撃波の揺り戻しか、彼女に吸い寄せられるかのように煙が群がった。
その一瞬に、芹沢の膝が崩れた。

もう見えない。
その勇姿も、あの笑顔も。

タイガージョーの気高さに敗北し、
アインの覚悟に敗北し、
素敵医師の予言に敗北したザドゥは―――

「せり……ざわ……」

そしてまた、芹沢の献身に敗北した。




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(2日目 PM7 :09 H−3地点 東の森北東部・外れ)

「飛来物解析完了。99.7 8%の確率でザドゥ様だね」

学校待機のレプリカ智機。
本拠地との 連絡が途絶えたのは、ザドゥ所持の通信機と同じく、
火災の熱と煙にて彼女らの 通信回路のみが機能不全となったに過ぎず、
彼女らは、未だ忠実にザドゥ救出タ スクを実行していた。
その数は3/4機。
失われた1機は救助前準備の「 耐熱能力の実地検証」役を見事やり遂げた果てに、
有用なデータの多くを残して 炎上している。

智機本機にザドゥらの地上への足止めを任ぜられた機体も また、一群に合流していた。
他の3機はこの1機の通信回線を通じて、オリジナルの指揮下に組み込まれた。
自らに課されたタスクが現在、タスクリストから削 除されていることを知らぬままに。

4機の智機はザドゥたちの移動経路を カタパルトの投下位置から予測し、推論し、
そして、今、ザドゥの落下を目視で 確認できるほどの位置まで移動していた。
それは、ザドゥの命にとっての僥倖だった。
ザドゥの精神にとっての如何は、推して知るべし。

「落下ポイントは?」
「Yes。北に2m、東に1.5m。誤差±15cmと言ったところか」
「救助方法は?」
「No。火災に対する救助用具は若干用意したが、落下に対する用意は無いね」
「この体を張って受け止めるしかないということだね」
「……Yes」



(Cルート)

【主催者:ザドゥ】
【現在位置:H−3地点 東の森北東部・外れ】
【所持品:通信機】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:右手火傷(中)、疲労(大)、ダメージ(小)、意識朦朧】

※レプリカ智機×4により救助済み
※うち1機はザドゥの墜落衝撃の緩衝材役となり、半壊状態です



【主催者:カモミール・芹沢】
【現在位置:H−3地点 東の森北東部】
【所持品:魔剣カオス(←ザドゥ)、鉄扇、トカレフ
     虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑、体力↓)】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)、徐々に異形化進行中(能力上昇はない)、死光掌4HIT】
【備考:瀕死】




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