090 グレン様、調べる
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(一日目 12:36 灯台)
「………誰も、いないみたいね……?」
灯台の中をひょこっと覗きつつ法条まりな(No、32)が言った。
その後からグレン・コリンズ(No,26)も恐る恐る顔を出す。
「はて、さっきは確かにあの男が……?」
そこには、確かに人のいた形跡があった。
部屋の中央の机には少し前に作られたであろう昼食が盛られ、その近くに支給された
ディバッグが置かれている。
「戦闘があった……って訳じゃなさそうね……」
まりなはゆっくりと部屋の中に入り、床の痕跡を調べる。
床に残った足跡は2種類。おそらく一つがグレンの言っていた男のものだろう。
スニーカー履きのもう一つはそれよりは少し若い……青年か少年だろうか?
「あー、コホン。ミス法条、ちょっといいかね?」
その時、背後のグレンが咳払いをして言った。
「何?グレン」
「あ、あー、できれば……だな、私は早く『グ……』もとい、『アレ』の調査をしたい
のだがねぇ……。先に行っておいてよいかね?」
「………そうね」
少し考えてからまりなは頷いた。今の最優先事項は確かにソレだ。
「わかったわ。それじゃ先に行って使えるものかどうか調べておいて。
私はココをもう少し調べてから行くわ」
「くははははっ!任せておくが良い!ではミス法条、『アレ』をよこしたまえ!」
高笑いするグレンに一抹の不安を覚えつつも、まりなは懐の首輪を渡した。
「……期待してるわよ、グレン・コリンズ」
「ふははははは!無論だっ、私を誰だと思っているのかね!?」
誇らしげにグレンは言い切ると、奪うようにまりなの手から首輪を取った。
そしてそのままぬとぬとと触手を蠢かしながら出てゆくグレン。
その足取りは、実に楽しそうであった。
―――それは、一見単なる鉄屑であった。
―――否、よく見ても焼け焦げた鉄屑であった。
その外見を一言で説明するならば、前衛芸術家がスクラップ置き場で材料を集めてそれを
インスピレーションのままに組み上げた代物。と言った所だろうか。
大気圏突入時の摩擦熱で気泡ができているその表面を、グレンは懐かしげに撫でた。
「ああ……帰ってきたぞ!我が『グレン・スペリオル・V3』よぉ……!!」
月面調査隊基地の資材を寄せ集めて作り上げた、グレンだけの箱舟。
「そぉぉうっ!コレこそが我を再び救うのだっ!ふはっ、ふはははははははは……!
っと、笑っている場合ではないな。動くかどうか確認せねば……くっくっくっ、これが 稼動できるならば、あんなクソ生意気な娘ごときの指示なぞ……」
そう毒づきつつ、ハッチを探り当てて開く。
それは、本当に小さなハッチだった。人間ならば赤ん坊でなければ無理だろう。
「ふんっ!」
まるでタコツボに入る蛸の如くにそこに触手をにゅるにゅると突っ込んでゆく。
「ん・ん・ん・ん・ん〜〜」
最後に頭をひねりつつ挿入する。
「ぷあっ!」
ようやく完全に全身が入ったグレンは非常電源のスイッチを入れた。
ヴゥゥゥゥ………ン
眠りを覚まされる事に抗議するかのような音と共に、ゆっくりと照明が点灯してゆく。
グレンはそれらの起動してゆく様を満足げに見ていた。
「ふむふむ、どうやら電力系回線は大方無事のようだな……。では、燃料は……と」
右手の棒型のゲージを見る。
数本並ぶそのゲージは、皆一様に赤いラインに達していた。
「ギリギリ……か……うむむっ、突入時の軌道修正用に使い過ぎたか……!?」
更に慌しく5本の触手を動かして、次々と状況を点検してゆく。
「ブースターは後で外部点検の必要があるな……
……ぐぬぅっ!前方モニター以外は全滅か……!
外部耐熱板は……!?」
―――それから数分が経過した。
「……………ぬぐぐぐぐ…………」
グレンは厳しい顔でモニターに表示されたデータを睨んだ。
燃料の残量。
生きているロケットエンジンの本数。
「G・S・V3」の全重量。
その他あれやこれや。
総合的に見て出た結論は―――
「……成功確率……28%……か……」
あくまで現状のままで実行した場合の確率だが、お世辞にも高いとは言えない数字であった。
ふと、一本の触手に通したままの首輪に目をやる。
「むう、あの小娘の話に乗ってやらねばならんか……」
ここは一つ、脱出以外の可能性も模索した方が良さそうだ。グレンはそう判断した。
奇妙な事に、グレン自身それが悪い事とはさほど思っていなかった。
―――そういえば、他人から期待を寄せられる事なぞは何時以来だろうか?
「………!ええいっ、何を下らん事を考えている!?私は偉大なる人民皇帝なのだぞ!」
一瞬自分の中に芽生えた考えを強引に否定し、彼は再び作業に没頭する。
ピー、ピー、ピー……
その時、別のモニターからビープ音が発せられた。
脱出時の発射角算定の為の現在地の計測が完了したのだ。
「ふむ、これでここはどこかが……」
呟きつつモニターを見る。
「……………?」
触手をキーボードに走らせる。再計算―――
「……………!?」
更に再計算。
「……………!?………!………!?」
再計算、再計算、再計算―――
「………バカな………」
グレンの口から言葉が漏れる。少し語尾が震えていた。
ザッ、ザッ、ザッ……
外で誰かが砂を踏む音がする。
「……どう、グレン。何か分かった?」
まりなの声。どうやら灯台内の調査は終わったようだ。
「こっちは誰も居なかったわよ。どうも二人か三人かの人がさっきまでいたみたいなんだ
けど……結局、あったのは変な鍵束だけ」
「………………」
グレンは答えない。
「………?ねえ、ちょっと……」
ハッチが開かれ、まりなが顔を覗かせる。
ゆっくりと彼女に向き直るグレン。
「………どうしたの、顔が青いわよ?」
「………バカな………!」
誰に言うとでもなく呟くグレン。けげんな表情を浮かべ、まりなは更に尋ねた。
「何。どうしたの!?」
「……バカな………バカなバカなバカなバカなっ!」
一層激しく混乱するグレン。
「だから何がっ!?」
「ありえんっ!ありえる筈がないっ!」
計測された緯度、経度、また周囲を飛んでいるはずの電波の受信……。
それらの数値は一つの結論を叩き出していた。
―――ここが地球では無い事を。
―――否、星ですらない事を。
【No,32 法条まりな】
【No,26 グレン・コリンズ】
【備考:首輪調査開始】