081 雨宿り
081 雨宿り
前の話へ<< 050話〜099話へ >>次の話へ
下へ 第三回放送までへ
(12:05)
「あー、もー。高いスーツだったのになっっ!!」
降りだした雨を逃れようと、目の前に口を開けていた洞窟の入り口まで
秋穂が辿り着いたとき、奥から蚊の鳴く様な音量の警告が聞こえてきた。
「こ……来ないで下さい」
秋穂は気配を慎重に探りながら、シャツを左腕に巻きつける。
レディースで学んだ、ヒカリモノ(刃物)対策。
シロウトの扱うナイフ程度ならこれだけで防御できる。
「…誰か居るの?」
「……来ないで下さい……」
岩陰から現れた少女―――ユリーシャは、へっぴり腰で弩弓を構えていた。
幼い容姿に、遠目に見てわかる程の震え。
秋穂は彼女に戦意は無く、怯えから防御行為に出ただけだろうと推測する。
(こんなガキにまで殺し合いをさせるとは……マジで許せんな、主催者め!!
…いやいや、まずはあたいの身の心配だね。
錯乱して弓を発射されちゃあ目も当てられないよ。
怖がらせないように…刺激しないように……弓を収めさせないと)
「私には戦う気はないわ。ちょっと雨宿りさせてくれればいいの。
止んだらすぐに出て行くから。ね?」
秋穂は両手を上げ、微笑みながらユリーシャに訴える。
「ほら、お姉さんこんな格好だし、武器だって持ってないでしょ?」
巻きつけたシャツをくるくると解き、両手を大袈裟に開いて見せる。
「…ごめんなさい。脅かせてしまって。」
ユリーシャは長い睫毛を伏せ、弓を下ろした。
「あーもーっ!下着まで濡れてるじゃない。
でも、素っ裸って訳にはいかないわよね……」
下着姿でカッターシャツを絞りながら、溜息をつく秋穂。
彼女はこの10分程、ひっきりなしにユリーシャに話し掛けていた。
その甲斐あってか、先ほどまではただ黙して聞くだけだった彼女は、
今では軽く微笑むまでになってきていた。
「あ、雨、止んだわね」
秋穂の言葉を受け、ユリーシャは洞窟の入り口に目を向ける。
外は随分明るくなっていて、さわやかな風が吹き込んできた。
「それでは、ごきげんよう。
秋穂さんの頭上に、幸運の星のご加護がありますように」
ユリーシャは、にっこりと微笑んで秋穂に別れを告げる。
しかし―――秋穂は曖昧に頷くばかりで、腰を上げようとはしない。
「ちょっと雨宿りするだけだと、おっしゃってましたよね?」
「そのつもりだったんだけど……」
秋穂は少しだけ考えるような間を置いてから
真っ直ぐにユリーシャの顔を見つめて、
「一緒に行動しない?女1人では無用心でしょ、お互い」
そう提案した。
ユリーシャは秋穂の強い視線に思わず目を逸らした。
『俺様の愛は、世界中のいい女全てに平等に注がれるのだ』
ランスの自信に満ちた顔が、すぐさま思い浮かぶ。
(秋穂さん……意志の強そうな眉毛と、大きくて真っ直ぐな瞳。
八重歯も魅力的だし、胸もすごく大きい……)
秋穂はユリーシャの視線を自分の能力を測るものと勘違いし、
セールストークを開始する。
「ほら、2人だと何かと便利でしょ?
1人だったら眠ることが出来なくても、2人なら交代で見張れば眠れるし、
移動するときもね、1人が前に、もう1人が後ろに気をつけてれば安全でしょ?
私、こう見えても昔は……」
営業の第一線で活躍するキャリアウーマンを目指すだけのことはあり、
合流することのメリットが次々と口にのぼる。
その積極的な姿勢は、ユリーシャの目にはとても眩しいものに映った。
それは、ユリーシャに決定的に足りない能力だからだ。
(この人が一緒になったら、ランスさんはますます私を見てくれなくなる……)
押し黙るユリーシャの胸中を測りかねた秋穂は、のびをしたり首を回したりして、
募りだした苛立ちを押さえにかかる。
(恭也のヤツもそうだったけど、この子もはっきりしない子だね。
あ〜、も〜、この大会にゃグズとメソしかいないのか!?)
しかし、ユリーシャはその時、提案に対する決断を下していた。
秋穂の思惑とは正反対の決断を。
「雨は、止みました」
すちゃ…
いつのまにか弩弓を構えていたユリーシャが、秋穂に矢先を真っ直ぐ向けていた。
「ユリーシャ、さん?どうして……」
「雨は、止みました」
ユリーシャは秋穂の質問に答えず、そう繰り返す。
キリキリキリキリ。
弓を引き絞る音が、洞窟内に反響する。
「殺そうとは思っていません。でも私、慣れていないので、
威嚇のつもりでも怪我をさせてしまうかもしれません」
秋穂の運動能力と判断力ならば、機先を制し弩弓を奪うことは不可能ではない。
しかし、争いは彼女の望まぬところだった。
「わ、わかったわよ。わかったってば!」
岩に掛けてあった上着を手に取り、ユリーシャの方を向いたままジリジリと後退する。
「雨宿りはこれでおしまい。出てくから後ろから撃たないでよ!」
入り口まで後退した秋穂はそう言いながら東へ向けて走り出した。
(仲良くなれたと思ったのに……なにがいけなかったってんだ?)
人を見る目に掛けては自信を持っていた秋穂だったが、
ランスの存在を知らない彼女には、ユリーシャ豹変の理由は分かろう筈もない。
「……ふぅ……」
腰が抜けたユリーシャはへなへなと崩れ落ち、荒い息を繰り返す。
胸に走る苦い思いは罪悪感。
「私は、留守を守っただけです」
「ランスさんの言い付けを守っただけです」
ここに来て激しくなった膝の震えを両腕で必死に抑え、何度も何度も言い聞かせた。
残された秋穂の靴を見つめながら。
『私は悪くない』と。
【秋穂】
【現在位置:洞窟→東】