015 協調と崩壊と
015 協調と崩壊と
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(一日目 3:12)
何人かの者達が協調し、あるいは早過ぎる死を迎えていた時。
村落から少し北西に離れた農道でも、一つの戦いが繰り広げられていた。
ぱらららららっ
タイプライターを高速で叩くような音と共に、畑に弾痕が穿たれる。
「(1……2……3……32秒!)」
法条まりな(No,32)は音のした秒数をカウントしつつ、トラクターの陰に隠れていた。
彼女の手には何も握られてはいない、配給された武器には回数制限が存在している。
今はまだ使うべき時ではない。
そして……使うまでも無い。まりなは確信していた。
相手が完全に火器の、否、戦闘の素人であることははっきりしていたから。
あのタイプライターのような音は、明らかに機関銃であった。
しかし、配給袋に入るサイズとなると……間違い無くサブマシンガンとなる筈だ。
両者の距離は50メートル以上。月は雲に隠れてちょうど闇夜となっている。
足音さえ消そうとしない(その為、まりなは不意打ちを予測できた)素人が、
当てられるものではない。
一瞬だけ物陰から顔を出す。
ぱららららっ
慌てたように向こうの人影は動き、当らない射撃を繰り返す。
「2……3……45秒、よしッ!」
止んだ瞬間、まりなは自分に喝を入れると突然トラクターから飛び出した。
飛び出したまりなを見た人影は一瞬動揺したが、再び銃口を向けた。
ぱらららっ……。
まりなの足元に撃ち込まれる銃弾。しかし……。
……………。
すぐに止んでしまう。
「!?」
人影は焦ってサブマシンガンを抱えるが、
「遅いわよっ!」
既にまりなの姿は彼の眼前まで迫っていた。
「くぅっ!」
とっさに手にしていた得物をまりなに投げる影。だが、難無く避けられる。
サブマシンガンが地面に落ちる前に―――
「ハッ!」
まりなの一撃が影の鳩尾に叩き込まれていた。くの字に折れる体に、更に追撃が来る。
次の瞬間には影は手首を捕まれ、地面に組み伏せられていた。
「安心して。抵抗しなければ危害は加えないわ」
力を緩めずにまりなが言った。観念したのか、影の体から力が抜ける。
その時になって初めて、まりなは自分が組み伏せている人物が何者かを知った。
「あっ、あなた……!」
今回の参加者の中で最も彼女好みの顔だったから、はっきりと覚えていた。
木ノ下泰男。職業は……確かレストランのオーナーだったろうか?
部長に見せてもらった資料では、狂暴な側面は全くない男の筈であった。
「……………」
その時、泰男が笑った。この場には最も似つかわしくないであろう、さっぱりした笑い。
「ハハ……やっぱり駄目だったか……」
「!?」
「……大丈夫、もう抵抗はせんよ……手を、解いてくれないか?」
その自然な言い方に、思わずまりなは手を離してしまった。
撃ち付けた所をさすりつつ、泰男は彼女に向き直る。
多少タキシードが汚れている所を除けば、実に紳士的な壮年であった。
「さあ、君の勝ちだ……私を殺してくれ」
「ち、ちょっと待ってよ!」
慌ててまりなが言った。
「誤解しないで。私は殺し合いをするつもりは無いわ」
「?」
「協力してほしいの、一人でも多い人にね」
説明しつつ、ヒールに隠していた手帳を取り出す。
「君は……?」
「内閣調査室……まあ、言ってみれば日本のCIAみたいなものね……そこの諜報員
って訳。目的は……この馬鹿げた大会の調査って所かしら?」
この大会の情報は極めて奇妙であった―――存在こそすれ、確認したものなし。
噂と失踪者のみが存在し、現物を知るものはいない。
このゲームに参加し、内情を調査し、生き残れ……成功率99%を誇る法条まりなに
託された、それが指令だった。」
「しかし、私は君を……」
「気にしてないわよ。誰にも引けない物がある事くらい、私も知ってるわ。
……それに、オジサマには負けない自信があったから」
そう言うとまりなは悪戯っぽく笑い、軽くウインクした。
「………すまない」
深深と頭を下げる泰男。その顔には後悔の念が浮かんでいる。
「……駄目だな……私は。あの場でルールが説明された時、私はもう自分の事しか
考えられなくなっていた。家に帰って……息子と……娘に……会いたかった。
だから……生き残るために、君を……殺そうとしてしまった……」
「それが……普通だと思います……。息子さん、いるんですね」
「ああ……私の店の支店長をやっている……自慢の息子だったよ……」
「……帰りたくありませんか?皆で、一緒に」
まりなは力強く言い放つ。泰男は驚いてまりなの顔を見つめた。
美しくも凛とした瞳。そこには泰男が感じていた不安を消し飛ばす強さがあった。
「……できると思うのかね?」
「思うのか?じゃないわ……やるのよ、絶対に」
一片の迷いも無い返事に、泰男は微笑み、手を差し出した。
「……分かった……私で良ければ、力に……」
その瞬間―――
「な……」
泰男の右腕が、消えた。
「!?」
まりなの目が見開かれるのと同時に―――
とさっ
何かが地面に落ちる。
―――泰男の、右腕だった物だ。
「ああっ、外しちゃいました!やっぱり精度ではイマイチですね」
何時の間にいたのだろう?二人から数メートルも離れていない所に、一人の少女が
立っていた。唯一普通の少女と違う所は、片腕がチェーンソーになっている所だろうか。
「(遠距離からの超高速移動……バトルモード!?)」
瞬間的にまりなは事態を把握した。
そして、いきなり自分が最悪に近い相手と会ってしまった事も。
「ああ、大丈夫です。次は一瞬ですから………」
にこやかな表情で語るナミ。一方、泰男は片膝をつき、次第に強まる痛みに耐えていた。
彼のタキシードが見る間に赤黒く染まってゆく。
「……あまり人間を舐めない方が良いわよ」
まりなは、自分の得物を手に取り、口元に持っていった。
「オジサマッ、目を閉じてッ!」
次の瞬間、まりなの手からそれは放たれ―――昼の明るさを放出した。
対人閃光手榴弾―――スタン・グレネード6個―――それがまりなに配給された得物だった。
数十秒後、ナミが集光カメラの視界を取り戻した時、二人の姿は消えていた。
不思議な事に、血痕すら残さずに……。
「……死なせないわよ……」
泰男の血痕を落とさないよう自分の服に吸わせつつ、まりなは泰男の体を支えて必死
に走っていた。
「……約束……したからね……」
その足は、全力で村落を目指していた。
【グループ:法条まりな・木ノ下泰男】
【所持武器:スタングレネ―ド5個
サブマシンガン(紛失)】
【スタンス:泰男の治療 大会の調査】
【能力制限:なし】