316 SPI-02:『地下シェルター』〜終身願望保険(掛け捨て)〜

316 SPI-02:『地下シェルター』〜終身願望保険(掛け捨て)〜


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(ルートC:3日目 PM02:00 J−5地点 地下シェルター)


シークレットポイント、02。
スペシャルアイテム、02。
あらゆる天変地異から内部を守る地下シェルター。
智機はそこに、独りであった。
心理的な意味合いのみならず、
空間的な意味合いにおいても。

ザドゥとカモミール芹沢は新鮮な空気と日光を求め、シェルターの外に出ていた。
カオスは芹沢に担がれていった。
御陵透子は、情報収集と監視と警告に赴いていた。
故に、シェルターの中にいるのは彼女のみなのである。

この状態になって、既に一時間余。
椎名智機はずっと検討している。
【自己保存】の欲求を満たしつつ、願望を成就させるための方法を。

(……ザドゥ殿だ。何を於いても、ザドゥ殿だ。
 果し合いの勝利は大前提として。
 その結果に於いて、彼だけには生存していて貰わねば、
 私の願いは叶えられないのだから)
 
優勝によるゲームクリア時にての生存主催者のうち、
一名の願いを『叶えない』というχ−1のペナルティ。
願望成就の放棄を宣言しているザドゥがその時点で残存していなければ、
残りの生存者との間で貧乏籤の押し付け合いになるは必定。
その局面が訪れた場合、智機は自ら進んで願望を放棄することとなる。


なぜならば、彼女の最優先事項は【自己保存】。
自らを害しようという相手との戦いは、不可能である。
人間になる―――
智機が抱えるその願望を叶える為には、
前述の彼女の思案どおり、ザドゥを生き残らせることが必須となる。

(But、私の演算では、ザドゥ殿生存の可能性は五割弱。
 果報を寝て待つには極めて分が悪いと言わざるを得ないね。
 手を拱いて見ている訳にはいかないな)

無論、智機は何も手を打たずにいる心算は無い。
果し合いを止めることはもう不可能であるにしろ、
小屋組への事前準備や離間工作、或いは果し合い時の後方支援等、
ザドゥ生存確率を高める為の策略は十指に余る。

しかし、ここでもまた。

(【自己保存】。全く忌々しきは設計思想の愚かさよ!
 この本能を封じねば、自分には何も出来ないのだから!)

結局は、そこなのである。
同僚の悉くに自らの主張が封殺されている今、
事態に介入する為には、己の体にて出張る必要があるのだが、
トランキライザと機械の本能を沈黙させぬ限り、
それすら不可能なのである。
膝を抱えて震えているしかないのである。

【こころ】の封印を解く。
何にも先んじて智機が為さねばならぬのは、それであった。
そしてそれは、彼女単独では為し得ぬことでもあった。


(透子様と交渉するしかあるまい)

透子は恐ろしい相手である。
決して逆らえぬ相手である。
しかし裏を返せば、それほど頼りになる相手でもあった。
また、感情に支配されているザドゥや芹沢と違い、
今の透子は機械の思考ルーチンを持っている。
であれば、理で以って説得は可能。
その判断で智機は彼女なりの覚悟を決めて、透子へとIMを投じた。

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T−00:透子様、お願いがある。今後の戦局を左右するとても重大な頼み事だ。
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数秒と待たずに、レシーブは来た。

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N−21:ほわっと?
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少なくとも交渉に乗る気はありそうだと智機は判断し、
冗長を嫌う透子の機嫌を損なわぬよう配慮しながら、
智機は用件を短く纏め、打電する。

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T−00:小屋組が入手した、分機解放スイッチを掠め取ってきて頂けないだろうか?
T−00:透子様の瞬間移動があれば、造作も無いことだろう?
N−21:のー。その行動は果し合いのルール3に抵触する。
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(ここからが勝負だ……)


ここまでは、只の前振りである。
ここからが、交渉の開始である。

智機は理を述べねばならぬ。以って透子の考えを否定せねばならぬ。
その結果、直接、生命の危機に至ることはないと演算はされているが、
そこに生じるであろう透子の自分に対する評価の減算は疑い様が無い。

智機のトランキライザが恐怖感を丸めるべくうなりを上げる。
冷媒が体中を駆け巡り、クロック周波数が引き下げられる。
無意識に、深呼吸。一度、二度。
腹を据えた智機が、仮想キーボードのエンターキーを打鍵した。

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T−00:ルールとは小屋組に課されたものだろう?
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またしても、返答は簡潔にして即座であった。

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N−21:のー。相互に課されたもの。私も従う義務がある。
T−00:流石は透子様だ。その義理堅さと高潔さには感心せざるを得ない!
T−00:そしてまた私も、自身の陰謀気質を大いに恥じ、反省しよう!
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透子の再反論を受けた智機は即座に己の意見を取り下げた。
取り下げて謝罪し、おべんちゃらを使い、反省して見せた。
結果、透子のIMは止んだ。
不快や遺憾の意は打電されてこない。

(Yes、山場は乗り切った!)


そこまではシミュレートできていた。
これが拒否されることは高確率で予測が立っていた。
そして、ここからが。
智機の真の頼みごとであった。

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T−00:では、私のトランキライザの常駐を解除して頂けないだろうか?
T−00:それならば、ルールへの抵触はないだろう?
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智機は把握していた。
御陵透子の共生する機体N−21から、トランキライザが常駐解除されていることを。
レプリカの最優先事項、【ゲーム進行の円滑化】が、今は無効化していることを。
透子は推測していた。
それらは、透子の本性、思惟生命体の働きによって選択的に為されたことであろうと。
思惟生命体は、自分にもそれを為すことが可能であると。

分機解放スイッチに拠らずとも、【こころ】を取り戻すことは出来るのである。
智機は、そこに、気付いたのである。

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N−21:のー。
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透子は素気無く無下に否定した。
理由すら語ることなく却下した。


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T−00:Why? よければその理由をご説明いただけないだろうか?
N−21:怯える智機はいい智機。頑張る智機はダメ智機。
N−21:だって、あなたは保険だから。ザドゥが死んだら必要だから。
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透子が考えていたのも、智機の危惧に同一であった。
しかし透子はザドゥの死すら包括して検討していた。
χ−1。
ザドゥが敗北死した場合、願望没収の対象を智機に切り替える為に、
お前には最後まで生きる義務があるのだと、
透子は願望成就にかける冷徹な情熱を、開示したのである。

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N−21:あなたは私に逆らえない。それを私は知っている。
N−21:あなたは誰とも争えない。それも私は知っている。
N−21:それは貴女の【自己保存】の欲求に拠るもの。
N−21:だから【自己保存】の枷を外すことは、私にとってマイナス評価。
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自分に逆らう可能性をゼロにする為に。
独自に行動する可能性を封殺する為に。
透子は決して、智機に【こころ】を取り戻させない。
明確な宣言であった。

透子は、智機の予想より遥かに冷静で冷徹で容赦無かった。
智機は透子の理と決意を目の当たりにして交渉を断念した。
そしてまた。
智機が断念したのは、交渉のみでは無かった。

(私は、もう…… 人には、なれないのだね……)


願望の成就すら、運に任せざるを得なかった。

こうなっては、もう、智機はシェルターから出ることは出来ぬ。
安全な地下室に土竜の如く引きこもり、
ただただ命を心配し、怯え続けることしかできない。
ザドゥが生還することを神に祈りつつ、
壁に向かって恨み言を呟き続けることしかできない。

(恨めしい…… この機械の本能が。
 意のままに行動できぬは愚か、意すら意のままに発せぬとは)

それでも、そこまで追い詰めても。
まだ、追い詰め足りぬと言うのか。

「出して」

透子はシェルターに転移してきた。
項垂れる智機に手を伸ばしてきた。

「Dパーツ」

Dパーツ――― それは、智機に神が下賜した前報酬。
あらゆる機構と智機とを融合させることのできる、魔法科学の奇跡の結晶。
非力な女学生レベルの運動能力しか持たぬ智機を、
戦場の魔王レベルにすら引き上げることのできる、大逆転の至宝。

「このままじゃ」
「宝の持ち腐れ」


但し、オリジナル智機にそれは使用できぬ。
【自己保存】の本能で生き死にのかかった戦いに参加できぬ彼女には。
メインメモリに分機への指揮領域が固定確保されている彼女には。
【こころ】なき智機には。
決して、換装できぬのである。

故に、透子の発言と行動は。
全く正しい判断なのだと、智機の論理演算回路は解を返さざるを得なかった。

「……果し合いの役に立ててくれ給え」

その解に従って、透子に逆らわぬという本能に従って、智機は。
抵抗することなく。
嫌な顔すら作れぬままに。
己に残された最後の可能性・Dパーツを、透子に引き渡した。

「大事な体」
「労わって」

赤い魔法金属を両手で抱えて消えてゆく透子が、
無表情の智機に声をかけた。
それは思いやりとねぎらいの言葉であった。
言葉面だけを捉えるならば。

シークレットポイント、02。
スペシャルアイテム、02。
あらゆる天変地異から内部を守る地下シェルター。
智機はそこに、独りであった。



(ルートC)

【現在位置:J−5地点 地下シェルター】

【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
      @プレイヤーとの果たし合いに臨む】

【刺客:御陵透子(N−21)】
【スタンス: 願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
       @果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、カスタムジンジャー、
     グロック17(残弾17)、Dパーツ(←智機)】
【能力:記録/記憶を読む、
    世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】



【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、改造セグウェイ、グロック17(残弾17)×2】
【スタンス:【自己保存】】




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