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(ルートC・3日目 AM11:00 J−5地点 地下シェルター)


椎名智機は憤慨した。
ザドゥたちは確かに自分の戦略を受け入れたのだ。

   ―――仮称「小屋組」を崩壊させること。
   ―――28・しおり他一名を残すこと。
   ―――この二名にて決戦させること。

にもかかわらず、今、自分は蚊帳の外で。
ザドゥとカモミール芹沢は勝手に戦術を練っている。
それは、愚かな戦術であった。
それは、勝ち目の少ない戦術であった。

故に智機は力説した。
バカな子供にでも分かるように、小学校の教師の如く
辛抱強く、平易な言葉で、繰り返し教え込んだ。

   ―――馬鹿げている。
   ―――根性論に過ぎる。
   ―――捨て鉢だ。
   ―――実効性が低い。

だのに、ザドゥは聞き流した。
だのに、芹沢はザドゥに倣った。

無論、智機のコメントは批判のみに留まらぬ。
建設的に、積極的に、代替の策も提示していた。


   ―――離間の計
   ―――ハニートラップ
   ―――透子の瞬間移動を用いた暗殺
   ―――仁村知佳人質作戦

それすら、ザドゥは聞き流した。
それすら、芹沢はザドゥに倣った。

故に智機の怒りは頂点に達した。
トランキライザが許容する限界の怒りが持続状態となり、
机に拳を、ザドゥに言葉を叩きつけた。



「だから、果し合いなどナンセンスだと言っている!」



そう。ザドゥと芹沢は。
小屋組に果たし状を叩き付け、策も陰謀も罠もなく、
全戦力を全戦力を真正面からぶつけ合って、
正々堂々と決着をつけようと、主張しているのである。

この主張、決して玉砕覚悟の特攻に非ず。
煩悶と懊悩を経て純化されたザドゥの、揺ぎ無い自負心の表れである。
小ざかしい策を弄すを排して、圧倒的な暴で捻じ伏せるのみ。
当然の如くそれが成ると確信している。

「首魁は俺だ。 従えぬなら出て行け」


芹沢は、そのザドゥの自信に同調している。
果し合いという、明快で正統な手段を好ましく思っている。
その上、芹沢には士道に根ざした潔さと、淋しがり由来の甘っちょろさが同居している。
智機の示す卑怯・陰険な策略は感情的に許容できぬ。

「だってだって、ともきんの策ってずっこいんだもん〜」

故に、智機の思いは、理は、決して二人に届かない。
小煩い蝿の耳障りな羽音にしか聞こえていない。
それでも智機は食い下がり、論理的に反駁する。

「No。 既に我々の管理者権限は失われているのだよ。
 であれば私が貴君の命令を受ける謂れがないのは自明だと思うのだが?」
「そうか、では勝手にしろ。 俺たちは俺たちで勝手にする」

ザドゥは言い捨て、智機から目線を切った。
誰の目にも明らかな拒絶の態度に、人生経験の少ない智機は気付かない。
切り口を変えて態度は変えずに、しつこく説得を継続する。

「貴殿らは、ご自身の身体の状態を本当に理解しているのか?
 そして仮称【小屋組】の実力を正当に評価できているのか?」
「黙れ椎名」
「Noだ。 誰の目から見ても明らかにNoなのだよ。
 その戦力差を覆す為には、入念な下準備と策が必要不可欠となる」
「俺は黙れと言ったぞ」
「その為の策を用意できていると―――」
「そろそろさぁ、ともきん。お口チャックしとこっか〜」


見かねたカモミールが智機を止めに入った。
芹沢は敵との戦闘を好む性質ではあるが、味方同士の争いを嫌う性質でもある。
つまりは。
芹沢にとっては、智機とて、未だに輪の内側なのである。
守るべき対象であり、出来れば仲良くしたい相手なのである。
お友達は大切にするのである。

仮に、芹沢に。
智機のことを好きなのかと問えば、即座に『嫌い〜!』と答えるであろうが、
それでも智機が敵なのかと問えば、即座に『味方だよ』と答えるであろう。
カモミール芹沢とは、そういう気性の女なのである。
現存するただ一人の智機の味方なのである。

だというのに。
智機は、芹沢を拒絶する。

「濡れ落ち葉の君は黙っていてくれ給え。
 私はザドゥ殿とのディベートで忙しいのだよ」

智機には判らない。
芹沢の言動は智機への邪魔立てなどではないことが。
智機とザドゥの溝を決定的にさせぬが為の配慮であることが。
智機には判らない。
芹沢がいかに他者への愛に満ち、偏見を抱かぬ人格を持っているのか。
愛されたいという宿願に近づく鍵となりうる人物であるのか。

「ああ〜っ、もぅ! そう思ってるのはともきんだけなのにぃ!
 ね、ザッちゃん、ちょっと待って。
 あたしがともきんに言って聞かせるから」


芹沢は気付いている。
人一倍人の顔色を伺うに敏感な彼女は、気付いている。
ザドゥの纏った空気が剣呑なものになってきていることを。
いつの間にか拳が握りこまれていることを。
そもそも彼が、智機を仲間などと思ってはいないことを。

「もういい芹沢。 埒が明かん」

ザドゥは意を決した。智機を物理的に黙らせると。
芹沢は悟った。これ以上の仲裁は無駄な足掻きにしかならぬのだと。
智機は勘違いした。ザドゥが話を聞く姿勢を見せたのだと。

その、破壊行為を伴なう断絶が表面化しようとした刹那。
絶妙のタイミングで。
もう一名の元主催者が、音も無く帰還した。

「ただいま」

レプリカ智機・N−21に共生した、御陵透子である。
芹沢は魔剣を担いだ救世主の思わぬ登場に笑顔で応え、手を振った。

「トーコちん、おっかえりー」
「ん」

今の透子は、御陵透子なる人間の肉体を失っている。
亜麻色の柔らかな髪も焦点の合わぬ大きな瞳もない。
変わりに得たのは椎名智機のレプリカボディである。
銀色の硬質な擬似毛髪とルビーの質感の三白眼しかない。


それでも。
透子にあって智機に無い、不可思議な透明感がある。
透子にあって智機に無い、茫とした佇まいがある。
透子にあって智機に無い、間延びしたアンニュイ感がある。
透子にあって智機に無い、ひび割れたロケットがある。

それら透子をあらわす記号と、脳の認識能力に直接作用する何かの影響で。
ザドゥも芹沢も、N−21=透子の図式を当たり前に受け入れていた。
そういうものなのだから仕方ないのだと、否応なしに納得させられていた。

「カオっさんもおつかれさーん」
《はいっ、そこでセクシーポーズ!》
「うっふ〜〜ん♪」

芹沢と駄剣の間の抜けたやり取りに、緊張感は失われる。
ザドゥは毒気を抜かれ、深く溜息をつき。
智機も肩を竦め、大げさに首を振る。 
芹沢はさらに二人の意識を逸らすべく、透子に問いかけた。

「ねねねトーコちん、皆の様子はどうだったぁ?」

その言葉と同時に、ザドゥと智機が透子に向き直る。
透子の言葉を待つ姿勢に移行する。

参加者どもの動向を探って来い―――

ザドゥは透子に命じていたのである。
これに応じた透子は、島内の情報収集に出向いていたのである。

「ん」


透子は最短の返答と共に、白衣の内ポケットから無造作に紙束を差し出した。
おそらくは口頭にて報告するのが面倒だったのであろう。
どこかの民家のプリンタを用いて印刷した紙束には、
透子の【空間の記憶/記憶】検索能力によって集められたここ数時間の情報が、
箇条書きに羅列されていた。
重要箇所を抜粋すれば、以下の通りである。

   ―――プレイヤーは無傷でケイブリスに勝利
   ―――高町恭也、意識不明の重態。薬品切れか
   ―――東の森、完全鎮火
   ―――レプリカ智機、全滅
   ―――魔窟堂野武彦、分機解放スイッチ他を入手
   ―――仁村知佳、起床間近
   ―――しおり、さおりの遺骸を求めて放浪中

「この短時間で、これほどの情報量とは……」

ザドゥが嘆息する。
なにしろ透子が情報収集に出発して10分程度である。
にも関わらず、レポートには全生存者の近況が網羅されている。

(これが…… 人の頭脳を脱した透子様の処理能力か……)

智機の読みは正しい。
人の身であった頃の透子の空間検索といえば、
情報一つの意味・発信者・時制を理解するのに、数秒の時間を要していた。
しかも、目を通さねば、その情報が必要なものか否かも、
既に目を通した記録か否かすらも、判別できぬものであった。
脳という記憶装置もまた、容量、記憶力共に低スペックである。
覚え違い、物忘れのリスクも常に付きまとう。


対して、今は。
機械の体を得ることで、情報処理能力が劇的に向上していた。
漂う記録を片っ端からクラス化し、パラメータを付けてリストに挿入する。
その処理にコンマゼロ一秒も掛からない。
しかも、それを自由にマージ・ソートし、アウトプットできる上に、
記録の重複判定も、クラスに登録したインデックスにて高速で行える。
機械としての長所を、徹底して生かしている。


ザドゥら三名が情報の一通りを吟味し終えたのは、
透子が収集に掛けた時間の倍にあたる20分後となった。

「高町が倒れたか……
 であれば、実質戦力は、ランス、魔窟堂、広場の三人でしかない。
 俺一人でも殲滅できよう」
「あーん、独り占めは駄目だよぅ、ザッちゃん」

ザドゥと芹沢、二人の口許から不敵な笑いが同時に漏れる。
一度ならず死線を潜り抜けた身ならではの覚悟が、そこにある。
共に苦難の道を歩んだ連帯感が、そこにある。

「ふん」
「えへへー」

二人は目線を交わし、拳と拳をごつりと打ち合わせる。
それは、計画に変更が無いことを確認する儀式であった。
果し合いの場への参加表明の合図であった。
そこに。
拳がもう一つ、へにょりと重ねられた。


「おー」

気合の抜けた声で唱和したのは御陵透子。
その意外な乱入者に、ザドゥは息を呑み、智機は絶句した。

「トーコちんも戦うのぉ!?」
「ん」
「まったく、どういった風の吹き回しだ?」

ザドゥの無防備な問いに、透子は答える。
己の言葉で。
焦点の合った瞳で、ザドゥと芹沢の顔をまっすぐに見つめて。

「もう」
「傍観者でいる意味は喪われた」
「勝たないと願いが叶わないなら」
「戦う」
「それだけ」

二人を包むのはさらなる驚愕であった。
透子が、これほど長く話すとは。
透子が、これほど熱く語るとは。
しかしその驚愕は二人にとって決して不快なものではなかった。
むしろ好感を持って迎え入れるべきものであった。

「そっか、そだね♪ トーコちん、一緒に頑張ろうね!」
「いえす」
「ま、良かろう」


一方。
先ほどまであれほど果し合いの却下に食い下がっていた智機であったが、
今は不気味なほどに沈黙を貫いて、傍観者に徹していた。
透子には逆らわない―――
智機の【自己保存】の本能がそう結論を下している故に。
透子が果し合いに参加するのであれば、最早智機に嘴は差し挟めぬのである。
悔しげに下唇をかみ締めつつ、三白眼でザドゥらを見つめるのみである。

「じゃあさあじゃあさあ、場所と時間、決めよっか」
「場所は学校の校庭でよかろう。 時間は……」
「明日の晩」

ザドゥの言葉に間髪入れず飛びついたのは透子であった。
透子にとってこの【明日の晩】という時間は切実に重要であった。
その時間からの開始が願望の成就に最適であると結論付けていた。

根拠となるデータと論理演算がある。

透子はザドゥに命じられた参加者動向とは別に、個人的な記録収集を行っている。
それは、撒き餌の如く散らされた、最愛のパートナーの記録ではない。
ルドラサウムとプランナーの記録/記憶を追跡・記録・分析しているのである。

そのデータから透子が判ずるに。

今、ルドラサウムは一人で楽しんでいる。
この島から回収した魂の記憶を反芻し、取り込んでは吐き出し。
おもちゃにして。
死者の魂を味わっている。

それに強く関連付けられているのが、プランナーの、この記録である。


【これであと二日――― いや、一日半程度は保ちますね】
 
あまり検索に引っかからないプランナーのこの思念だけは、
なぜか明瞭な形を伴って、透子の検索網に掛かっていた。
それを透子は、自分へのメッセージと読み取った。
すなわち。

(鯨神が魂いじりに飽きた頃に)
(最高の娯楽を提供する……!)

それが、『主を楽しませなさい』という金卵神の神託を全うする、
最良の選択枝であると、結論を下したのである。

「ほう、明晩か……」

ザドゥにしても、一日半の猶予とは一考に価する提案であった。

ザドゥの【正の気】による治療は、それなりに効果があった。
最低限の体力や免疫力は確保できた。
いくつかの箇所の今後来る破損を、未然に防ぐことができた。
しかし全身を覆う火傷や傷、発熱を完治させるには至っていない。

それが治せるまでの時間が一日半であるのか?
否、である。
発熱を引かせるのすらそれだけの時間では足りぬし、
そもそも火傷や傷の多くは一生治らぬ類の深度であった。

では、ザドゥは何ゆえ一日半の時間を欲するのか?
それは、馴染む為の時間であった。
急激な肉体の変化に、それまで体を動かしていた記憶というものは
即時には対応/変更しきれぬものなのである。


例えば、身長が急激に伸びた為に制球力を失う高校球児がいる。
例えば、体重が急激に減った為に打撃力を失うボクサーがいる。

それと同じである。

全く健常であった頃の過去の運動能力と、
引き攣りや炎症の上にある今の運動能力。
過去のイメージで体を動かせば、今の体は付いてこない。
ギャップに惑えば、感覚が狂う。
ザドゥは、過去と現在の肉体記憶の最低限の摺り合わせに、
少なくとも一昼夜は必要であると判じたのである。

故に、ザドゥの返答は。

「いいだろう」

こうして、果し合いの全てが、決定した。




   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   




(ルートC・三日目 AM11:15)


「ふんふーん、らんらーん、しゅぱしゅぱ〜♪」

カモミールの能天気な鼻歌が、シェルターに響いている。
彼女が腕を振るう毎に、墨汁の雫が周囲に飛び散る。
果たし状をしたためているのである。


「ほう…… 意外と達筆なのだな」
「えへへ〜♪ これでもカモちゃんさんはモノノフの端くれだも〜ん♪」

ザドゥと芹沢との間に連帯感があることは、智機も以前から判っていた。
しかし、今やそれだけではない。

《実は儂も筆使いは上手なんですよ? 女体に対しては》
「駄剣は無駄にエロい」
 
その輪の中に、魔剣・カオスと御陵透子までが含まれているのである。
無生物の分際で。
智機と同じ外装の癖に。
人間の輪に入って、笑顔で軽口を叩き合っているのである。
 
それは、団欒であった。
それは、和気であった。
 
一人、離れた位置から眺める智機には、眩しすぎる光景であった。
妬ましすぎて切なすぎる光景であった。

「血判いっちゃう?」
「ふん、好きにしろ」
「困った、血が無い」
《トーコちんはオイルでええじゃろ》

智機がこれまでに幾度と無く感じてきた隔絶感。
それがこれまでより切実に智機の胸を締め付ける。

(遠い…… 彼らと自分とは、かくも遠い)


智機は人を蔑む。
時に強すぎる感情に思考を支配され、期待値を下回る行動をとる存在故に。
智機は人を羨む。
時に強すぎる意志で本能を凌駕して、期待値を上回る行動をとる存在故に。

内部処理キューの履歴を辿れば。
彼女が何度、感情的な発言や行動を取ろうとしたか判るだろう。
何度論理演算回路に否決されたか判るだろう。

(わたしなんか…… 見向きもされない)

眩しくて愚かしい矛盾する存在を見つめ、
憧れの想いを侮蔑の意思で覆い隠し、
高まる情動波形をトランキライザで相殺して。

智機は、智機であるを望まぬまま保ち続ける。



(ルートC)

【現在位置:J−5地点 地下シェルター】


【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、改造セグウェイ、グロック17(残17)×2、Dパーツ】
【スタンス:@【自己保存】
      A【自己保存】の危機を脱するまで、透子には逆らわない
      B【自己保存】を確保した上での願望成就可能性を探る】


【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
      @プレイヤーとの果たし合いに臨む】

【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
      @プレイヤーを叩き伏せ、優勝者をでっちあげる
      A芹沢の願いを叶えさせる
      B願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:体力消耗(大)、全身火傷(中)】

【刺客:カモミール・芹沢】
【スタンス:@ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らない)】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)
     魔剣カオス(←透子)】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)】
【備考:体力消耗(大)、腹部損傷、左足首骨折、全身火傷(中)】

【刺客:御陵透子(N−21)】
【スタンス: 願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、改造セグウェイ、
     グロック17(残17)】
【能力:記録/記憶を読む、『世界の読み替え』(現状:自身の転移のみ)】

 ※ザドゥと芹沢は素敵医師のまっとうな薬品、及び、ザドゥの気による治療継続中




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310 タクスタスク 〜the final mission〜(ルートC)
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307 χ−1(ルートC)
ザドゥ
椎名智機
316 SPI-02:『地下シェルター』〜終身願望保険(掛け捨て)〜(ルートC)
カモミール・芹沢
御陵透子
313 諾(ルートC)
魔剣カオス