313 諾

313 諾


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(ルートC:3日目 AM12:00 D−6 西の森外れ・小屋3)


気付いた時には、そこにあった。


嘘偽りも誇張もなく、本当に、誰もが気付かぬ間に。
玄関の扉に画鋲で以って、無造作に掲示されていた。
果たし状、である。
シンプル極まる文面で、墨汁によって記されたそれには、
ザドゥ、カモミール芹沢、御陵透子の連名と血判が為されていた。

「言っとくが俺様はちゃんと見張ってたからな」

紗霧のケツバットを恐れてか、ランスが主張する。
野武彦とまひるが薬品調達に出発してから今に至るまで、
彼は小屋の外で、周囲の警戒にあたっていた。
玄関周辺で。
時に暇すぎてあくびをしたり、ユリーシャの尻を撫でたりもしたが、
彼には研ぎ澄まされた野性の嗅覚がある。
接近する人間を見過ごす程、耄碌はしておらぬ。

「て、ゆーことは、ですよ?」

まひるが何かに心当たったのか、言葉を紡いだ。
彼のみでは無かった。
誰もが、この怪異を為すことのできる人物を思い浮かべていた。
その名を、書面に認めていた。
御陵透子。
音も無く忍び寄り、明確な気配を感じさせず、
告げたいことだけを告げ質問を受け付けぬ女。


しかし、今の彼女から、神秘の仮面は引き剥がされている。
為せる超常がテレポートだけだと、ネタが割れている。
レプリカ智機から奪ったUSBメモリ。
そこに、主催者の近況がメモ書きで記されていたのである。

   ―――素敵医師とケイブリス、死亡
   ―――ザドゥとカモミール芹沢、重度の火傷
   ―――御陵透子、能力制限でテレポートしか使えず
   ―――オリジナル椎名智機は、臆病者
   ―――四人全員が、灯台地下のシェルターにいる
   ―――レプリカ智機、残り六機(野武彦とまひるが壊したので、全滅)

これまで、虚実入り混ざった情報戦を繰り広げてきた相手である。
紗霧は、記されている内容を鵜呑みにはしなかったが、
実際にこのデータを奪ってきた野武彦にとっては、そうでもないらしい。
顎に蓄えている髭を撫でて、思慮深げに呟いた。

「果たし状に素敵医師と椎名智機の名が無い。
 ということは、この情報は信用に足るんではないのかのぅ?」
「可能性は高まりましたね。鵜呑みにはできませんが」

紗霧は野武彦に一定の理解を示しつつも、一方で短慮を諌めた。
実に虚を混ぜ込むことこそ、騙しの極意。
九割の実に一割の虚。
その、密やかに差し込まれた虚を見破ることが肝要と紗霧は考えている。

それは、深読みである。
なぜならば。紗霧は知らぬことなれど。
レプリカ達は、プレイヤー側のサポーターであった故に。
主催者を鏖殺させてのゲーム終了を目論んでいた故に。
記された情報は、100%の真実である。


強いて情報の虚を上げるのならば。
透子の能力から【N−21の体に疑問を持たせない】ことが漏れているが、
それはレプリカにとって与り知らぬことであり。
また、紗霧ら小屋組にとっても些事である。
情報の価値を何ら損ずるところは無い。

「まあ、データが本当かどうかは置いといてさ。
 この三人をやっつければ、ゲームって終わるのかな?」

この果し合いにおける最も重要な点をまひるが指摘した。
紗霧と野武彦が頷き合い、資料の真贋問題を棚に上げる。
その直後であった。


―――かしゃん。


背後から。食卓から。
突如、聞きなれぬ音がしたのである。

「あれ? あんな戦利品あったか?」
「いいや、わしは知らん。紗霧殿が出したのでなければ……」

音とは、トレイに差し込んであった用紙がプリンタに供給された音であった。
インクジェット式の、家庭用プリンタであった。
既に電源が入っており、ウォームアップも終わっていた。
先ほどまで紗霧らが覗き込んでいたノートPCに繋いであった。
つい数秒前まで、この小屋には存在しなかったプリンタであった。

「御陵透子というのは、案外おちゃめなんですかね?」


否。茶目っ気に非ず。透子は不精なだけである。
口頭で質疑応答を受け付け、沢山喋るのが面倒臭い故の手抜きとして、
印刷で済ませているだけなのである。

じゃわじゃわと、A4のコピー用紙はプリンタに飲み込まれてゆく。
しゅんしゅんと、紙面にインクが吹き付けられていく。
印刷されたのは、今、皆が口々に発していた疑問への回答であった。


『−回答−』

『貴方達が智機の分機から奪った情報は、信用してもいい。
 素敵医師は、死んだ。ケイブリスは、貴方達に殺された。
 だから残存主催者は、私たち三名に椎名智機の、計四名』

『この果たし合いは主催者と参加者との最終決戦などではない。
 ゲームの運営とは関係ない。
 警告を無視して団結し、本拠地に侵入し、あまつさえケイブリスすら倒して
 私たちの管理をしっちゃかめっちゃかにした貴方達が気に入らない。
 そう感じた私たち三人が、貴方達に対して叩きつけた私的な書状に過ぎない。
 貴方達以外の参加者には届けていない。
 参加者の一グループ、対、主催者の有志という構図』

『その有志に、椎名智機は入らなかった。戦うのが怖いと引きこもった。
 だから、貴方達も全員揃わなくてもいい。
 有無を言わさずにこんなゲームに引っ張り込んだ私たちが許せない人、
 主催の全滅でのゲームクリアへの近道だと考える人、
 単に戦いたい人だけが、果し合いに参加すればいい。
 誰が来てもいい。 何人来てもいい。
 来た全員を私たち三人で相手する。
 これは、そういう戦い』


『だから、万一、貴方達が完全勝利したとしても、
 残る椎名智機を破壊しなくては、ゲーム自体はクリアにならない』


印刷されたものは回答のみでは無かった。
無駄を極限まで削ぎ落とした果たし状に対する補足説明も、
そこには追記されていた。


『−補足−』

『果し合いを受ける気概があるならば、以下四条を遵守してもらう』

『ルール1――― ルール適用の期間は、果し合いの終了時点までとする』
『ルール2――― ルールは、果し合いに参加しないメンバーにも適用される』
『ルール3――― 期間中、互いに敵対的行動を取らないこととする』
『ルール4――― 現場への仕込みは不可とする』


まずは紗霧が。
次いでランスと野武彦とまひるが競い合うように。
最後にユリーシャが印刷物に目を通した。
通し終えた。

その、頃合を見計らって。
御陵透子は、姿を現した。


「受ける?」
「つっぱねる?」
 


誰もが彼女を意識し、誰もがいずれ現れるであろうと予感していた。
故に衝撃は走れども混乱は発生しなかった。
透子の姿が、智機の姿に変わってしまったこともまた、彼らを心乱さなかった。
その違いを認識しながらも、その違いは当たり前のこととして受け入れられた。

「参加メンバーは今この場で伝えなくてよいのですよね?」
「いえす」
「いいでしょう。受けて立ちましょう」

月夜御名紗霧は首肯した。透子を一瞥するなり決定した。
仲間たちの意見を伺うことなく、即座に勝手に返答した。

「でぇええ!?」
「即断とな……」

野武彦とまひるの驚愕に含まれる、若干の非難の色が、紗霧に対して訴えていた。
考える時間が、相談する時間が、落ち着く時間が、必要なのだと。
それを、ランスがばっさりと却下した。

「いい機会じゃないか?
 ここらですぱっと決着をつけるのは、アリだぞ」

戦いを日常とする、血に飢えた戦士にとって、
決闘・果し合いなどは茶飯事でしかないのか。
それとも単にくそ度胸の持ち主なのか。
ランスは広場まひると魔窟堂野武彦の如く驚愕することも惑うこともなく、
紗霧の決定をあっさりと肯定した。
紗霧はすかさずユリーシャに確認を取る。


「と、ランスも言ってますが、ユリーシャさんはどう思います?」
「ランス様が、そうおっしゃるなら」

そう問えば、そう答える。紗霧は判っていて言質を取った。
言質を取って数的有利を確保した。
否。
確保の上で、誰も言い出していない多数決に帰結させたのである。

「はい、三対二。多数決でおっけーです」

紗霧の暴挙は、勝算あってのことではない。
一日半。
この、不戦が約された時間の確保こそを重要視した故にである。

「でも恭也さんは……」
「おばかさんたちは黙って私の言うことを聞きなさい」

紗霧はまひるの心配を遮って、ぴしゃりと諌めた。
片頬に浮かんでいるのは、まひるを馬鹿にするかの如き、冷ややかな笑み。

「……りょーかい」

まひるはそれ以上食い下がらずに同意する。
野武彦も黙して頷いた。
紗霧のその笑みの裏に、何らかの思惑があるのだと勘付いた故に。
それだけで二人は納得して了承した。
ケイブリス狩りでの鮮やかな勝利の記憶が、
彼らの胸中での軍師の地位を不動のものとしていた故に。


「全員合意」
「果し合いの受諾を確認」
「じゃ」

透子は消えた。音も無く、名残も無く。
契約を交わして、果たし状とプリンタを残して。

沈黙、暫し。
最初に口を開いたのは、月夜御名紗霧。
やはりこの女であった。
この女の言葉を、四者は待っていた。

「さて、一日半の猶予が得られた訳ですが……
 この期間内で、私たちがすべきこと決めましょう」

紗霧はまず、仲間たちに意見を求めた。
仲間たちが少しは使える頭を持っているのか、
底意地悪く見定めようとしているのである。
紗霧は女教師の如くまひるを指差し、返答を促す。

「えとー、そのー、寝不足はお肌の敵だし、体休めとく…… とか?」

指差されたことにあたふたしつつ、自信なさげに答えるまひる。
紗霧はうんともすんとも言わずに、指さす先を野武彦に移した。

「ここは知佳殿やアイン殿を探すの一手じゃな。
 プリントに書いてあるじゃろ?
 貴方たち以外の参加者に果たし状は届けていない、と。
 それは即ち、まだ生きておる者がおるということ。
 その保護に全力を尽くすんじゃ!」


野武彦の鼻息荒き主張が終わるや否や。
紗霧の指差しを待つことなく、心底あきれた口調で、
ランスが己の考えを吐き捨てた。

「バカかお前ら」

確かにランスは切った張ったも好むが。
面倒ごとは大嫌いでもあった。
ズボラなのである。
裏技ですぱっとカタが付くならそれに越したことはないと思っている。
楽をして美味しいとこ取りしたいと、常に考えている。

「そんなもん、主催者どもの隠れ家に乗り込んで、
 ズバッとぶった切って終わりじゃないか」

故にランスは、果し合いのルール3を破っての奇襲を主張するのである。
紗霧はユリーシャを一瞥し、頷く彼女を確認した。
それは、ランスに倣うと、着いて行くと、常の彼女の解答であった。

「ランス、正解」

出揃った解答に、紗霧は合格者を発表した。
まひると野武彦はすかさず異議を唱えた。

「や、でも約束したでしょ?」
「それは道を外れることになりゃせんか?」

それは人としての信義の問題であった。
心根や育ちの問題であった。
それを、紗霧は嫌悪感を隠さずに、唾棄して捨てた。


「約束だの人の道だのなんだの……
 あなたたちは少年漫画の読みすぎで脳がスポンジ化でもしてるんですか?
 だから日本は外交下手なんて国際評価がなされるんです。
 約束なんて破るためにあるんです。
 守っていい約束なんてこっちに利のある約束だけです。
 そもそも、破らせたくない約束なら破れない拘束力を掛けておくべきなのです。
 それをしなかったのは奴等の落ち度で、そこ突くのは闘争の大原則でしょう?
 勝たなきゃならない戦いは、どんな手を使っても勝つ。
 そんなことも言わなきゃ判らないんですか、どうですか?」

そう、底意地の悪い濃い影の笑みを浮かべたのと同時であった。
紗霧の側頭部に冷たい筒先が押し当てられたのは。



「ばん」



無表情に発砲音を口真似る御陵透子が右手に握るはグロック17。
紗霧は笑んだまま硬直。
こめかみに細波の如き痙攣が走る。

「拘束力」

透子は銃を握る反対の手で自分を指差し、そう言った。
それはつまり、宣告であった。
ルール違反のペナルティは命であると、伝えたのである。


今の透子は、ただの監察官ではない。
警告を発するだけで立ち去るメッセンジャーではない。
首輪を渡すだけで帰ってゆく宅配人ではない。
死刑執行人でもあるのだと、行動で示していた。

紗霧の全身は粟立っている。
全ての毛穴から汗が吹き出ている。
枯れた口腔に唾液は分泌されず、
唇はチアノーゼを起こしている。

そんな軍師の絶対死地を眼前に、誰も動かない。
否。動けない。
グロックの銃口もまた紗霧のこめかみを捕らえて離さない故に。
ワンアクション、即、紗霧の死。
全ては透子の胸ひとつ。
状況は、一呼吸の間に、そこまで切羽詰っていた。

「勝負は」
「せいせいどうどうと」

そうして、十秒ほど。
紗霧が過呼吸に陥る一歩手前で、透子は消えた。
今回の行動は、デモンストレーションであった。
こうなる、の具体例を示した、警告であった。
ルールを守らせるための強制力は存在していた。

(どうやって今の会話を聞きつけたのですか?
 首輪が無いのに盗聴……?
 それ以外のなんらかの監視手段を講じている?
 元々小屋に監視カメラでも仕込まれていた?
 それともジジイの拾ってきたノーパソに仕込みが?)


卓上からかしゃりと音がした。
音の発生源は透子が置いていったプリンタであった。
プリンタは3枚目の印刷物を吐き出してゆく。

それは、紗霧の問いに関する回答であった。
紗霧が口に出していない。
ただ、心に抱いただけの。
誰も知らないはずの疑問に対する回答であった。


『−回答−』

『なぜ、私が監察官という職に就いていると思う?
 それは、私に力があるから。
 あなたたちの過去を、現在を、未来を。
 あなたたちの行動を、考えを、思いを。
 全てを。どこにいても。
 見通す力があるから、就いている』


底冷えのする沈黙が、紗霧たちを包んだ。
瞬間移動。
それだけであると、誰もが思っていた。

レプリカの遺した情報に嘘は無い。
透子のそれは、能力ではなく生態である故に。
『世界の読み替え』によるものではなき故に。

「……アレと戦えと?」

震える膝を柔い頬に押し付けて、体育座りのまひるがぼそりと呟いた。



(ルートC)

【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、果し合いに臨む】
【備考:全員、首輪解除済み】

【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】

【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】

【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨数本にヒビ(処置済み)・鎧破損】

【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×4、簡易通信機・小、
     軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】

【月夜御名紗霧(元36)with ナース服】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、ボウガン、対人レーダー、ナース服(装備中)】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、意思に揺らぎ有り】

【広場まひる(元38) with 体操服】
【所持品:せんべい袋(残 17/45)】



【小屋の保管品】
  [武器]
    指輪型爆弾×2、レーザーガン、アイスピック、小太刀、鋼糸、斧×3、鉈
    グロック17(残弾16)×2
  [機械]
    解除装置、簡易通信機・大、分機解放スイッチ、プリンタ
    モバイルPC、USBメモリ、簡易通信機素材(インカム等)一式×3
    カスタムジンジャー×2
  [道具]
    工具、竹篭、スコップ、シャベル、メス、白チョーク1箱、文房具、
    謎のペン×15、メイド服、生活用品、薬品・簡易医療器具、手錠×2
  [食品]
    小麦粉、香辛料、干し肉、保存食、備蓄食料


【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → ?】

【監察官:御陵透子(N−21)】
【スタンス: 願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
       @果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、改造セグウェイ、
     グロック17(残 17)】
【能力:記録/記憶を読む、
    世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】




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