047 少女の檻と愛の城

047 少女の檻と愛の城


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(一日目 08:37)

賃貸住宅で言えば3LDKに相当する間取り。
灯台守が宿直時に使用していたその部屋には、生活に必要な一通りの物が揃っていた。
その寝室に当たる奥の部屋で、ベッドに身を深く沈めている少女がいた。
そして、その脇に、息をする間も惜しんで少女の顔をじっと眺めている男もいる。
仁村知佳(No.40)とグレン(No.09)だ。

【マナマナマナマナやっと出会えたねもう離さないぞマナ早く目を覚まさな】
 【いかなでも体の具合が悪そうだから心配もしこのまま目覚めなかったらど】

暗闇の中に、瀑布の様に流れ込んでくる言葉にならない言葉。想いと思考の断片。
徐々に覚醒してくる意識の中で、知佳は薄ぼんやりと、今に至る経緯を思い出そうとしていた。
(殺し合いをしろって言われて、飛んで島から脱出しようと思って、でも、脱出できなくて。
 力が切れそうになったから、島まで戻ろうとして。それで……)
それで、どうなったのだろう。
(……誰かに呼ばれて。)
【マナの頬に赤みがさして来たぞ瞼もピクピクと動いているもうそろそろ目】
 【覚めるんだなああよかったいつもの鈴を転がすような声でお父様って呼ん】
知佳の思考を邪魔するように、絶え間なく流れ込む想いの奔流。
それは夢ではなく、どうやら近くにいる何者かの心の内のようだ。
(あ、私、読んじゃってるみたい……)
そう思いながら、知佳は目覚めた。


「マナ!!」
目を開いた瞬間、抱きすくめられた。
それはたっぷりと愛情のこもった抱擁だったが、知佳には全く身に覚えのない愛情だった。
【お父さんマナをマナだけをずっと探していたんだマナを大きくなったな頬】
【もスッキリしたなマナがちゃんと成長していてお父さん嬉しくてちょっと】
 【だけ悲しいぞでもその純白の羽はそのままだその亜麻色の髪も大きな瞳も】
そして気付く。
(このおじさん、私のことをマナちゃん……娘さんと勘違いしているんだ)
同情心に囚われ、グレンの抱擁をしばらく黙って受け入れていた知佳だったが、
やがてグレンの想いの雲行きが怪しくなってきたことに気付く。
【魔力消費には精液だよなマナのちっちゃな体がいっぱいになるまで注ぎ込】
【んであげないとそうそうマナは感じると左にばかり首を振るんだお父さん】
(この人……娘さんにこんなことを……)
その行為は、天魔の命を保つために必要な行為だったが、知佳はそんな事情など知る由も無い。
ただ、父が娘と交わっている。インセスト・タブーを犯している。
その事実のみに愕然とし、そして恐怖していた。
知佳の背に回されていたグレンの右手が、いつのまにか知佳の臀部で妖しい動きを始めている。
その圧倒的な嫌悪感に、知佳は、感情を暴発させた。
周囲のあらゆるものを意図せずして破壊してしまうXXが。

「いやぁあああああっ!!」

……だが、続いてやってくるはずの大破壊は訪れなかった。
壁は放射状に割れず、家具は乱舞せず、空気も振動しなかった。
(ちから、出ない!?)
知佳は愕然とした。
体も動かない。だるい。力が入らない。集中できない。
そして、思いつく。
極度の疲労による強制休眠。
能動的な『ちから』が使えなくなるだけでなく、体すら動かなくなる、『ちから』の反動。
この状態は優に丸1日以上……長ければ3日ほど続く。
(よりによって、こんなときに。犯されそうなときに!!)
知佳は絶望感に囚われた。


……しかし、上げた悲鳴は功を奏していたらしい。
「驚かないで、お父さんだよマナ……」
慌てて知佳の体から離れたグレンは、ベッドの脇でぶんぶんと両手を左右に振っていた。

知佳はその様子を見てぼうっとする頭を必死に回転させる。
今のうちに誤解を解かなくては。
このまま誤解されていたら、このインモラルな男の成すがままになってしまう。
「あ、あの、おじさん。私、マナちゃんっていう子じゃないです。」
「え!?」
グレンの胸の内が揺れる。
知佳にはそれが、手にとるように分かる。
【今マナ変なこと言わなかったかマナじゃないとかお父さんのことをおじさ】
 【んって他人行儀に呼ばなかったかマナはお父様じゃないと間違ってるじゃ】
「日本の、海鳴の、さざなみ荘に真雪お姉ちゃんと一緒に住んでて……」
【マナじゃないマナなのかただの天使かだったらそんなモノいらないなお父】
 【さんはマナしかいらないお父さんを騙すような性悪な天使なんて…………】
グレンの煩いまでの思考が、そこで沈黙した。
(この間は、自分の勘違いを受け入れるために、一旦頭をクリアにしてるんだ。)
知佳は、そう理解した。
「君は、本当に、マナじゃないんだね?」
ゆっくりと、尋問するかのように、グレンは知佳に向かって言葉を搾り出す。
(分かってくれたみたい。)
「わたし……」
マナさんとは違います。
そう言いかけて、知佳は口をつぐんだ。
頬に添えられた手に、妙な力が入ったからだ。
恐る恐るグレンに目を合わせると……

 マナでなければ、殺す。

読心など使わなくても明らかだった。その目が語っていた。狂気と殺意を。
……それを悟った知佳には、こう言い逃れることしか出来なかった。
「わたし……なんだか頭がぼーっとしてて、体に力も入らなくて……
 でも、ちょっとずつ思い出してきたみたい。お父様。」


その時の、グレンの顔。
辞書の『歓喜』という項目に挿絵を添えるならば、こんな絵になるであろう表情だった。
「お父様。」その一言だけで生じた変化だ。

グレンはマナとの愛と安らぎに満ちた日々のひとコマひとコマを、断片的に思い浮かべていた。
あのときのこと、このときのこと。笑顔。些細なケンカ。夜の生活。
……それを、知佳は読み逃さなかった。
必死で彼の心を盗み読み、『マナ』なる少女とこの男の過去を構築する。
そして、畳み掛ける。命がかかった思い出話を。
「お父様、お花畑のピクニック、とても楽しかったね。」
「うんうん、そんなこともあったね。お父さんもいまそのことを思い出していたよ!」
「今でもあのドレスを着たら、貴婦人みたいに見えるかな?」
「うんうん、もちろんだよ。あのときよりもずっと、マナは綺麗になったよ!」

【やっぱりマナだ間違いないきっと疲労の余り一時的に記憶混濁が起きてい】
 【たんだけだだってお父様と呼んでくれたしお父さんはマナだけのお父様な】

グレンの心から疑心と殺意は消え失せ、再びマナへの愛情一色に染まった。
知佳は辛くも死の危機を脱したことに、ほっと胸を撫で下ろす。
シャツの背中は、汗でびっしょりだ。

「ごめんね、お父様。
 マナももっとお父様とお話したいけど、凄く疲れてて……」
ボロが出ないうちに一旦この場を収めたほうが良い。知佳はそう判断した。
「ああごめんね、お父さんマナの保護者なのに、浮かれていて気付かなかったよ。
 マナは安心して眠るといい。ゆっくりと体を回復させるといい。
 大丈夫。お父さんがマナを守ってあげるから。」
「でも……この島では皆が殺し合いをしてるよね……」
「安心して、マナ。お父さんの配布物はね、これだったんだ。」
 ちゃり、ちゃり……
グレンは風化しかかっているそのローブの袂から、古びた鍵の束を取り出した。
「この灯台の扉はね、重ーい鉄の扉だったんだ。
 お父さんはこの鍵があったから灯台に入れたけど、他の誰もここには入りこめないさ。
 だから……」
安心して。
知佳はそう続くものとばかり思っていた。
「だから……ここで暮らそうね。あの頃みたいに。幸せに。」
うっとりとした表情で、グレンはそう告げた。
「いつまでも2人で。2人だけで。」

 ……がしゃり。

知佳の耳に、聞こえる筈のない重々しい施錠音が響いた。鉄格子の。





(09:13)

知佳は狸寝入りをしていた。
その寝顔を30分以上も眺めていたグレンだったが、さきほどようやく重い腰を上げ、奥の部屋へと消えた。
何度も何度も振り返りながら。

去り際に彼が頬に残したキスの感触に怖気を震いながら、固く閉じた瞼の下で、知佳は決意する。
(回復するまで、マナちゃんのふりをする。)
身動きがとれず、超能力も使えない知佳にとって、生き延びる道はそれしかなかった。
この状況は既に戦いだった。激しく静かな消耗戦。
戦場には、知佳一人。



【グループ:グレン(No.9)、知佳(No.40)】
【所持武器:グレン(鍵×4。うち1本は灯台の鍵)、知佳(不明)】
【現在位置:灯台内】
【能力制限:知佳 疲労により寝たきり。読心以外の超能力も使用不可】
【スタンス:グレン 知佳を守る。灯台への侵入者は問答無用で抹殺】
【スタンス:知佳 マナに成りすましグレンの機嫌を取る。貞操は守る】




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