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019 闇の獣と闇のアズライト
019 闇の獣と闇のアズライト
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(AM.0:00)
少女は薄暗い部屋で目覚めた後に、眼前で起こったことを見ても眉一つ動かさなかった。
目の前の男と渡り合うだけの力がいまの彼女にはある。
儀式を終え、墓守の獣として覚醒た彼女には。
「堂島薫を殺さなくちゃ。」
彼女は堂島を殺害するための獣であり、そのための儀式だったのだから。
彼女の存在に気付くことなく、反対側の壁際に堂島はいる。
相変わらず下卑た笑いを浮かべている。いま堂島を殺すことはたやすい。
問題は、他のものたちである。おそらく、堂島との戦いを始めれば、
ルールを聞いて敏感になっている他のものもわが身を守るための戦いを始めるだろう。
「私、お兄ちゃんにもう一度会いたいょ。」彼女には幼い頃から慕ってきた少年がいる。
もう一度、死ぬ前にもう一度彼に会っておきたい、そう思っていた。
だから、堂島を殺すのは、外に出てから。そう、決めた。
(AM1:30)
煌煌たる月明かりのした、彼女はとぼとぼと歩く。堂島薫を探して、あてどなく。
配給されたズック鞄は建物を出てほどなくそのあたりに捨ててしまった。
彼女には必要ないから。
獣としての習性だろうか、人目につかぬ茂みにはいるとそのまま西へと向かった。
茂みがやがて鬱蒼とした森へ変わる頃、体操着姿をした彼女と同年輩の女の子と、
その腕にぶら下がるようにして歩く二人の少女を見かけたが、方向を変え素通りした。
彼女には関係がないから。
建物を出てから数時間も歩いたろうか。
やがて森を抜け、視界が開ける。空には満天の星空、眼前には遮るものもなき小高い丘、
大地は遠くに見える山の噴火の名残であろう火山灰、堂島はいない。
(AM4:35)
一人の参加者を殺害した後、すぐにアズライトは遠くを行くかすかな足音、枯葉を踏みしめる音を察知した。
(まだ、この近くに誰かいる。また…人を傷つけて、殺して……僕は…レティシア…)
人から畏怖されるデアボリカの身であっても、彼には人を傷つけ、あまつさえその命を奪うことに強い抵抗がある。
それも自分のためにというのだからなおさらである。
「でも…戦うことに決めたんだ。」
(…レティシアに会うために。)
落ち葉が舞い上がり、アズライトはその姿をかき消した。
薄暗い森を抜けると、一人の少女が視界に飛び込んできた。
先ほど男を殺したときの要領で、走りながら腰を落とし地面に転がる小石をいくつか拾い上げる。
(せめて、苦しまないように…)
空気の壁を突き破るドンという轟音とともに、四つの小石が飛ぶ。
その先には月明かりに生み出された長い影を引きずるようにして歩く少女、
松倉藍が、ふらふらと歩いていた。
音速の小石は彼女の心の臓を撃ち抜き、それで終わりのはずだった。
しかし、事実はさにあらず。
命中のその瞬間、愛は猫科の動物を思わせるしなやかな動きでその場を飛び退った。
と同時に、、彼女は「闇」になる。
「あの子、ただの人じゃない!?」アズライトは思わず息を呑む。
これが藍の覚醒、その力。
彼女を中心とした闇は、いまやアズライトをも呑もうとしていた。
月の光も届かぬ闇がアズライトを覆い尽くす。
少女は完全に闇となってしまったのか、アズライトの鋭敏な五感をもってしても位置を特定できない。
ぞわり、先ほど少女がいたあたりで何かが蠢く。
それがアズライトから遠去かりつつあることに気付き、再びそちらへ石礫を放つ、
と同時にそちらへ向け残像だけを残し疾走する。
「逃がさないッ!!」気を吐き、さらに加速する。
突然、アズライトの右の闇が動く。
「こんなところに!?」
不意をつかれたアズライトは力任せに大地を蹴り左へ飛ぶ。
胸のあたりの薄皮が裂け、衣服に血がにじむ。
その闇の体を翻し、獣が遠くへ走り去るのが分かる。
やがて闇はひき、そこに少女の姿はすでにない。
「逃がしちゃった…けど…」
アズライトは少女が逃げたであろう方を見やり、悲しげに眉をひそめた。
(AM5:00)
遮二無二になって走りまわった松倉藍は
先ほどとは別の森の中を流れる小川のあたりでがくりと膝を落とした。
大きく肩を上下させ、呼吸も荒い。
しばらくそのままの体勢でいたが、やがて息も収まるとよろめきながらも立ち上がり、
震える足で再び歩き始めた。
「堂…島…」地を這う蔦に足をとられ、何度となく転びそうになる。
それでもおぼつかない足取りで歩くことは止めなかった。
彼女の通ったあとには点々と赤い血痕が続く。脇腹には二つの銃創のようなものが刻まれている。
「お兄ちゃん…もう、会えそうにないょ」光るものが頬を伝った。
【アズライト】 【松倉藍】
【変化なし】 【武器:放棄】
【居場所:東の森】
【スタンス:1、堂島殺害
2、生還】
【制限:傷のためあと1・2回しか力を使えない】