055 ガイガー・ガイガー・ガイガー

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(1日目 8:10)

現場

 ―――小屋の爆発から、3分余りが過ぎようとしていた。
 立ちこめていた煙と埃が落ち着くにつれ、しだいに小屋の惨状も顕わになってゆく。

 小屋は、コント劇の舞台セットで使われているような、断面図そのものだった。
 東側半分だけが、綺麗に瓦解している。
 火の手は、上がっていない。
 小屋の基本素材は、耐火ボードと鉄筋コンクリートだったからだ。
 また、屋外に大型のプロパンタンクは設置されておらず、
 ガス器具の類は、カセット式のコンロだけだったことも、二次災害を防ぐ重要な要因だった。
 しかし、幸不幸はたいていの場合、表裏一体である。
 火災を防いだ鉄筋とコンクリートは、木材とは比べ物にならない破壊力を持つ凶器となる。

 ……元は玄関があったその場所に、常葉愛は仰向けに倒れ、苦痛にうめいている。
 コンクリートの塊に右足を潰され、身動きが取れない状態で。







(くそっ、なんて重さなんだい、このコンクリは!!)
 怒りと痛みでかなり感情的になっている彼女は、がむしゃらにコンクリ塊を持ち上げようとしていた。
 しかし、それを持ち上げようと上半身を起こすと、肺が焼け付くように痛む。
 折れた肋骨が、肺を刺激しているのだ。
 こつ、こつ、こつ……
 そんな愛の耳に、煙の向こうから、かろやかな足音が聞こえてくる。
 そして、無感情な声も。
「生体反応は……3つ、ですね。」

(……3つ?)
 私、しおり、さおり、メイド―――全部で、4人。
 それは、つまり。
(一人死んだ……のかッ!?)
 愛は、その数から除外される。
 単純に計算して、幼い双子のうち、どちらかが死んだ確率が66.6%ということだ。
「守るって……誓ったのに」

 実際のところ、ナミの各種サーチ系は、小屋の範囲にのみかけられていた。
 つまり、爆風で吹っ飛ばされた者、直後に小屋から逃げ出した者がいた場合は、
 反応にかからないというわけだ。
 現時点で誰かが死んだと結論付けるのは早計であったし、もちろんナミもそのことは分かっている。
 しかし―――愛にそのようなことが分かろう筈もない。

(人に作られた分際で人を殺すたぁ……許せん、この機械野郎め!
 ぶつけてやる。Lv4のブルマー技を!!)
 愛の中に、確かな殺意が芽生える。
 痛みなど吹き飛んでしまうほどの、怒り。
(ムレろ、ムレろ、ムレろ…… 煮え立つくらいに!!)
 くちゅくちゅくちゅ。
 性器に指を2本突っ込み、乱暴にかき回す。
 通常よりもかなり大胆な愛撫だ。
 しかし、いつもなら痛みを感じるであろう行為に、愛は激しく愛液を分泌させていた。
 殺意と性欲、二つの熱い衝動が絡み合った結果だ。
(来た……十分高まったッ!!)

「あ、生体反応の1個目、見つけました」
 タイミングよく、ナミが愛の正面に立つ。
(壊す!!)
 愛は肺の苦痛に耐えて上半身を起こすと、
 全身全霊の怒りを込め、ブルマに食んだ下着をピチリと弾いた。

 『チェルノブルマーーーーーーッ!!』




ナミ

愛の予備動作を目視した瞬間、ナミは全力回避を選択。
バックステップを5連続で行い、約7Mの距離をおくことに成功。
しかし―――
先ほどの攻撃に多少風のようなものを感じはしたが、衝撃が全く来ない。
それどころか、対象は意味不明な叫び声を上げた直後、血を吐いてパタリと倒れ込んでしまった。
キルリアン反応も低い。
―――つまり、死にかけている。
(口先だけでしたか。脅威レベルSと連戦したので、用心が過ぎたようですね)
ナミは倒れた愛に向けて、洗濯体勢で歩み寄る。

(―――は?)
洗濯。
この局面では、使用する意味の無い機能だ。
(私、チェーンソーを振り上げようと……)
改めてナミは、掃除を開始した。
(え!?)
……何かが、おかしい。
「ドリルは地面を掘るためのものじゃないですか」
(ナミは今、何を言いました?)
「だってすばらしいですよね、お米、お米、お米。……スーパーは年内無休ですよ?」
(違います、違います!! ナミはこんなことを言いたいんじゃありません!!)
ここに来てようやく命令系統の不調を感じ取ったナミは、中枢コンより各系への、故障走査を開始する。
   command:ドリル回転。
   command:録画予約。
   command:アナル拡張。
   command:眼球、エアウォッシュ。
(命令と違います!!)
   command:キャンセル。
   command:キャンセル。
   command:キャンセル。
   command:キャンセル。

ガイガー・ガイガー・ガイガー・ガイガー・ガイガー……


ナミの中枢コンは一時、空ネスト状態に陥ったが、(混乱した)
4秒後にそれを抜け、(少しだけ冷静になった)
1秒ごとに故障走査と誤命令キャンセルを繰り返す。(やっきになった)
しかし、それもすぐビジー状態となってしまうので……(テンパった)
不正アクセス!!強制終了!!不正アクセス!!強制終了!!(キレた)

ガイガー・ガイガー・ガイガー・ガイガー・ガイガー……

ナミには計器類や可動部補助サブコンに、不吉な鳴動がこだましているように感じられた。
(ダメ……この状態で人前にいては危険……)
彼女はシステム修復の必要があると判断し、小屋前からの転進を決意する。
足の挙動を補佐しているサブコンに命令を下すと誤命令となってしまうので、
それを介さず、中枢コンから直接神経系をコントロールする。
走る―――たったそれだけの命令に、中枢コンのメモリの70%を占有。
ぎくしゃく、ぎくしゃく。
森へ向かって、走る。

ガイガー・ガイガー・ガイガー・ガイガー・ガイガー……





(1日目 10:00)

ナミは日本で開発され、ドールファイト用に改造されたロボットだ。
攻撃力・防御力・処理速度は、日本ロボット工学の粋を集めたものであると言えよう。
しかし非合法とは言え、ルールあるドールファイト用だからこそ、排除された能力や知識もある。
例えば、放射能対策。
そして、愛が放ったチェルノブルマーこそ―――その放射能で相手を汚染する攻撃。
強烈な放射線に、ナミのほとんどの計器と処理装置は正常動作不能に追い込まれていたのだ。

(機能が正常に働いているのは……)
 ・中枢コン
 ・動力炉
 ・HD
 ・ブラックボックス
(この4点、だけですか……他の機器類は全滅ですね。)

これらの機能が正常動作していることは、偶然ではない。
中枢コンとHDは、ナミの命と言ってもいい。
極論、これらだけを他の機体に移植しても、ナミたる『個』は持続できるからだ。
それゆえ、他の枝葉機構より数段高い防衛システムを持っている。
動力炉は爆発の危険を防ぐ為、高い耐性を発揮するよう設計されていた。
また、ブラックボックスはあらゆる災害に耐え抜くことを前提に開発されるものだ。

熱暴走を避けるため、ナミはデフラグをかけつつ、省電力モードに入る。
目覚めたときに、全ての不調が解消されていることを願いつつ。
そうでなければ、全ての挙動を中枢コンのみで担当しなくてはならなくなる。

ガイガー・ガイガー・ガイガー・ガイガー・ガイガー……

耳障りな鳴動は、夢の中でも鳴り止みそうに無かった。



                【ナミ】
                【現在位置:西の森】
                【能力制限:防御力を除く全能力が一般人並に】
                【能力制限:放射能汚染。エネルギー残量不明】

                【愛】
                【能力制限:不治の病。怪我により重態】




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